学位論文要旨



No 121642
著者(漢字) 藤門,範行
著者(英字)
著者(カナ) フジカド,ノリユキ
標題(和) 発生工学的手法を用いた関節リウマチ発症関連遺伝子の機能解析
標題(洋) Transcriptome Mapping and Functional Analysis of Rheumatoid Arthritis-Related Genes
報告番号 121642
報告番号 甲21642
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第224号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 伊藤,啓
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 助教授 中谷,明弘
内容要旨 要旨を表示する

関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)は関節滑膜病変を主徴とする全身性の慢性炎症性疾患で、代表的な自己免疫疾患の一つである。患者は人種に関わりなく世界中に分布しており、世界人口の約1%が罹患するきわめて重要な疾患である。RAの病因には、遺伝的素因、免疫異常、環境要因などが複雑に関与していることが推測されているが、その詳細は不明である。そのため、RAを予防することは現時点では不可能であり、早期診断、早期治療に努める必要がある。しかしながら、現状ではRA特異的疾患マーカーや責任遺伝子の同定が不十分であり、RA関連遺伝子の同定とその発現制御メカニズムの解明、新たな治療法の開発が強く求められている。

RAの病態解析に有用な動物モデルとして、コラーゲン誘導関節炎(collagen-induced arthritis:CIA)などの誘導型モデル、MRL/1prマウスやSKGマウスのような突然変異モデル、発生工学的手法によって作製された遺伝子改変モデルなどが知られている。我々は発生工学的手法によりHTLV-I-トランスジェニック(transgenic:Tg)マウス、IL-1Ra-ノックアウト(knockout:KO)マウスの2種類のモデルマウスを作製し、これらのモデルがヒトにおけるRAの病態を忠実に再現していることを証明している。本研究では、病因の異なる2種類のモデルマウスを用いてマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現解析を行い、RA関連遺伝子の同定を試みた。さらに、新規RA関連遺伝子として同定したDCIRについて、発生工学的手法を用いた機能解析を行った。

CHAPTERIにおいて、HTLV-I-TgマウスおよびIL-1Ra-KOマウスの2種類のモデルマウスを用いて関節炎発症時の遺伝子発現プロファイルを解析した。マイクロアレイによる解析の結果、HTLV-I-TgマウスとIL-1Ra-KOマウスの間の遺伝子発現には強い相関があり、両モデルマウスは遺伝子発現において大部分が類似したモデルであるということが示唆された。関節炎の発症あるいは病態形成に、普遍的に関連するような遺伝子を抽出するため、病因の異なる2種類のモデルマウスにおいて、共通かつ有意に発現が変動する遺伝子をSAM (Significance Analysis of Microarrays)法を利用して抽出した。次に、これらの共通かつ有意に発現が亢進した遺伝子をマウス全ゲノムにマップすることによって発現亢進遺伝子の存在するゲノム領域の抽出を試みた(図1)。その結果、RAとの関連が知られているH-2遺伝子クラスターを含む17番染色体のB1サイトバンドに最も強いピークが観察された。また、SaaやMs4a、Ccl/Slfn遺伝子クラスターといった関節炎関連遺伝子クラスターを抽出することに成功した。これらの結果から、網羅的遺伝子発現解析とマウスゲノム情報を利用することにより、特定の染色体領域に関節炎発症関連遺伝子クラスターが存在することが明らかとなった。同定されたクラスターの中には、これまでに連鎖解析、関連解析によって疾患感受性が示唆されている領域と一致するクラスターが存在することから、遺伝子発現情報に基づく機能的アプローチが疾患感受性遺伝子の同定に有用であることが示唆された。

さらにCHAPTERIIでは、本研究において同定された新規RA関連遺伝子について生物学的な機能解析を行った。RAモデルマウスを用いたトランスクリプトームマッピング解析の結果、両モデルマウスにおいて樹状細胞(dendritic cell:DC)に発現するC型レクチンレセプター(C-type lectinreceptor:CLR)の遺伝子発現が亢進していることを初めて見出した。本研究では、特に抑制性モチーフ(immunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif:ITIM)を有するDCIRに注目し、その生理機能およびRAとの関連を明らかにすることを目的とした。DCIRはシグナル伝達モチーフITIMと膜貫通領域(transmembrane:TM)、糖鎖認識ドメインから成るCLRである。ITIMとTMをほぼ完全に欠損するようなターゲッティングベクターを構築し、定法に従ってDCIR遺伝子欠損(DCIR-KO)マウスを作製した。DC分化におけるDCIRの役割を解析するために、GM-CSFによる骨髄由来DC(BMDC)の分化誘導を行った結果、DCIR-KOマウスにおいて、CD11c、MHCクラスII陽性のBMDCの増殖、分化能が亢進していることが観察された。次に、関節炎におけるDCIRの役割を解析するためCIAの系を用いた結果、DCIR-KOマウスでは発症率、重症度が有意に上昇した(図2)。さらに興味深いことに、DCIR-KOマウスが加齢に伴って唾液腺炎、付着部炎を自然発症することを見出した。これらの結果からDCIRはGM-CSFシグナルに抑制的に作用することによって、生体内における骨髄由来DCの分化、増殖を制御していると考えられる。また、CIAの増悪化および加齢に伴う自己免疫様疾患の自然発症は、DCIRの自己免疫疾患における重要性を示唆すると共に、本研究において初めて作製されたDCIR-KOマウスが新たな自己免疫疾患自然発症モデルとして有用であることを示している。

本研究では、RAモデルマウスの網羅的遺伝子発現解析とマウスゲノム情報を利用したトランスクリプトームマッピングにより、多数のRA関連遺伝子クラスターを同定した。さらに、新規RA関連遺伝子として同定したDCIRについて発生工学的手法を用いた機能解析を行った結果、DCIRが自己免疫の発症に重要な役割を果たしていることが示唆された。したがって、こうしたアプローチが多因子疾患の感受性遺伝子探索に有用であることが示され、DCIR-KOマウスの解析はRAの病態解明だけでなく、新規治療法の開発にも有用な情報を提供するものと考えられる。

図1 関節炎関連遺伝子のトランスクリプトームマッピング解析

図2 DCIR-KOマウスにおけるCIAの増悪化(a.発症率、b.重症度)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章では関節リウマチ関連遺伝子のトランスクリプトームマッピング解析について、第2章ではDCIR遺伝子欠損マウスの作製と機能解析について述べられている。

関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis;RA)は、多発性、進行性の自己免疫疾患であり、その病態形成には複数の遺伝要因と環境要因が関与し、発症機構の詳細は未だ明らかになっていない。論文提出者は、新規RA関連遺伝子の同定と自己免疫発症機構の解明を目的として、RAモデルマウスを用いた網羅的遺伝子発現解析を行った。また、新規RA関連遺伝子として同定したDCIRについて遺伝子欠損マウスを作製し、自己免疫発症におけるDCIRの機能を解析した。

第1章では、病因の異なる2種類のモデルマウスを用いてマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現解析を行い、これらのモデルマウスが遺伝子発現レベルにおいて大部分が類似していることを示している。また、野生型マウスと比較して2種類のモデルマウスに共通かつ有為な発現変動の見られた遺伝子を抽出し、ケモカインをはじめとする既知の関節リウマチ関連遺伝子が多数検出されていることを示している。さらに、マウス全ゲノム情報を利用してこれらの共通かつ有為な遺伝子を染色体上にマッピングし、多数のRA関連遺伝子クラスターが存在することを示した。これらのRA関連遺伝子クラスターの中には、H-2やSaa、Ccl遺伝子ファミリーといった既知のRA関連遺伝子のほか、Ms4aやSlfn、Clecsf遺伝子ファミリーといったこれまでRAとの関連の全く知られていない遺伝子群がクラスターを形成していることが明らかとなった。

第2章では、トランスクリプトームマッピング解析の結果から新規関節リウマチ関連遺伝子として同定したDcir(Dendritic cell immunoreceptor)に注目し、遺伝子欠損マウスの作製および機能解析を行っている。DCIRは樹状細胞に発現し、抑制性のシグナル伝達モチーフを有することからGM-CSFによる骨髄由来樹状細胞(BMDC)の分化誘導実験を検討した結果、DCIR-KOマウスにおいてBMDCの増殖および分化が亢進することを示し、DCIRがGM-CSFシグナルを抑制的に調節していることを明らかにした。さらに関節炎におけるDCIRの役割を明らかにするためにコラーゲン誘導関節炎(CIA)の系を検討した結果、DCIR-KOマウスにおいてCIAは顕著に増悪化し、抗原特異的な抗体産生およびリンパ節細胞の増殖が亢進することから液性免疫、細胞性免疫の両者の活性化が重要な役割を担っていることを示している。さらにDCIR-KOマウスが加齢に伴って自己抗体を産生し、唾液腺炎や関節付着部炎を自然発症することを見出し、DCIRが自己免疫の抑制に重要な役割を果たしていることを示唆した。

本研究において、論文提出者は病因の異なる2種類の関節リウマチモデルマウスを用いて関節リウマチに共通に関連する遺伝子を網羅的に解析した。その結果、多数の関節リウマチ関連遺伝子群を抽出し、関節リウマチの遺伝子発現プロファイルを示した。さらに、これらのトランスクリプトームデータをマウス全ゲノムにマップすることによって多数の関節リウマチ関連遺伝子クラスターを同定した。また、トランスクリプトームマッピング解析の結果、関節リウマチ関連遺伝子として新規に同定したDCIRについて遺伝子欠損マウスを初めて作製し、DCIRが樹状細胞の増殖、分化に関与していること、CIAおよび自己免疫の発症に抑制的に機能していることを明らかにした。

以上の知見は、トランスクリプトームマッピング解析が新規疾患候補遺伝子の同定に有用であることを示すと同時に、DCIRがGM-CSFシグナルの抑制的制御を介して樹状細胞分化を調節し、自己免疫の発症に重要な役割を果たしていることを示したものであり、本研究において作製された遺伝子欠損マウスを用いた解析から初めて明らかにされたものである。また、RAをはじめとする自己免疫疾患の発症機構の解明に重要な貢献をなすものと考えられる。

なお本論文は、岩倉洋一郎教授、西城忍氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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