学位論文要旨



No 121656
著者(漢字) 星野,隆行
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,タカユキ
標題(和) 集束イオンビーム励起表面反応を用いた立体ナノ構造造形法の開発とこれを応用した神経インターフェースに関する研究
標題(洋)
報告番号 121656
報告番号 甲21656
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第81号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 助教授 竹内,昌治
 東京大学 講師 川上,直樹
 東京大学 教授 松井,真二
内容要旨 要旨を表示する

目的

ナノメートルからマイクロメートルオーダーの立体構造の集合である生体の機能を解析するにあたり,従来では光学顕微鏡や電子顕微鏡に代表される観察による方法が主であったが,近年では生体の微細構造に直接手を加えて構造を改変したり,機能を制御したりする研究も行なわれるようになってきた,生体の微細な構造を取り扱うための加工技術としては,現在は半導体技術から派生したリソグラフィ技術が基本となっているが,2次元のパターン形成を目的とした技術が多い.そのため,生体の本来の形態である立体的な構造を解析したり模擬したりすることは困難である.

立体構造作製を目指した微細加工技術としては,CVD(chemical vapor deposioton)などの成膜技術やエッチングを利用したマイクロマシニング技術や,光造形法などがある.しかし,前者は平坦な形状や段差形状に制限されるという問題があり,後者の光造形法は造形性能は非常に良好であるが造形樹脂に細胞毒性があるといわれており生体材料として使用するには問題がある.医用生体分野に用いるために立体ナノ構造作製技術が要求されることは,第1に材料特性である.立体ナノ構造構築が生体の機能を模すことが目的である場合,その材料特性は生体親和性があり,毒性や成長阻害因子を含まないことが重要である.第2には生体の構造を考えるとオーバハングや中空構造を含む複雑な3次元構造を造形しうる能力が必要である.第3に材料の選択性も要求される.単一の材質で発揮できる機能性は限られており,作製した微細構造に機能を付与させるためには複数の材料が同時に使用できることが必要である.

以上のことを考慮すると現在までに開発されてきた微細加工技術ではその性能は不十分であることは否めない.そこで本論文では,生体・医用工学分野において用いることのできる立体ナノ構造造形法を開発することを第1の目的とする.材料の選択性と造形能力から,集束イオンビーム励起表面反応を造形原理に選択した.原料ガスの選択により材質を変化させることが可能で,イオンビームの集束径はnmオーダーであることが選択の理由である.集束イオンビームによるオーバハング構造を含む立体構造造形は従来不可能であるとされていたが,本論文によって初めてこれを実現した.この造形法の造形能力の実証実験として,モルフォチョウが持つナノスケールの微細な立体構造が発する構造色の再現を行ない発色機構の解明を行った.

また造形能力と材料選択性を利用して,立体ナノ構造内に再生する神経軸索からの神経シグナルの取得を目指した神経インターフェースの開発を行なうことを第2の目標とした.生体を制御する情報としての神経信号は末梢神経を介して中枢神経系と末梢の器官との間を伝播している.生体と義肢などの外部機器との接続を図る場合,これらの情報を取得あるいは提示するための神経インターフェースが必要となる.末梢神経が有する直径数μmから数10μmの個々の多数の軸索に対して,独立して信号を計測するために,切断された軸索が再生することを利用し微細な電極アレイに接続させる再生型神経インターフェースがある.このようなインターフェースでは微小な空間内に電極や配線を配置するため,軸索の再生路と電極,配線構造が立体的に配置していることが空間効率の面で望ましい.そこで,本論文で提案した立体造形法を応用して立体構造を有する再生型神経インターフェースの開発を行なった.

集束イオンビーム励起表面反応

材料の選択性と加工分解能の観点から集束イオンビーム励起表面反応による化学気相堆積法(CVD:chemical vapor deposition)が良好な特性を有している.堆積物の原料となるガス雰囲気の組成を変えることで堆積物の組成も制御することができ,またその空間分解能はビーム径が数nm,ビーム励起範囲が数10 nmと微小である.特に有機金属を成分とするガスを用いることで電気的な抵抗が小さな導電体の造形が可能である.

従来,集束イオンビーム励起表面反応を用いた微小な立体構造やオーバハングの製作は試みられているが,立体造形に不可欠な形状の制御や完全に水平なオーバハング構造の作製には成功していなかった.従来の研究では,集束イオンビームによって逆テーパー形状などにデポジションさせることは可能であったが,ビーム励起表面反応であるためデポジションの方向を正確に制御し3次元形状の造形を造形することは不可能であり,2.5次元あるいは逆テーパー状の形状が集束イオンビームの加工限界であると思われてきた.この限界を突破するため集束イオンビームによる化学気相堆積法の立体ナノ構造物作製時の堆積メカニズムを考察し,形状の制御と水平方向成長のモデルを構築しその可能性の検討を行なった.成長端でデポジションが側方に成長するためには構造の上側と同時に下側でもデポジションが発生する必要があるので,イオン飛程によるビームエネルギーが透過する効果およびビーム照射面でのスパッタ効果を考慮するモデルを提案し,計算を行なった.その結果,図1に示すように描画ピッチとスパッタ効果が構造の傾きに影響を与え,特にスパッタ効果が大きい場合ではオーバハング構造を水平あるいは下方へ成長することが可能であることが示された.

立体ナノ構造造形法

側方成長モデルの妥当性を検証し,立体ナノ構造の作製を行なうために造形システムの構築を行なった.この造形技術の確立により従来不可能であったオーバハングを含む立体ナノ構造造形が世界で初めて可能になった.図2に示すように,3D-CADモデルからスライスデータを,次にvoxelデータを作成し,描画順番を決定した後,これらのデータから生成された制御信号によって制御されたイオンビームをフェナントレン等の雰囲気中に照射することで立体構造物を造形するシステムとなっている.描画条件や描画順番決定法など立体造形に不可欠なパラメータを調べ,適した条件を決定した.この装置によりこれまで不可能であると思われていた中空構造やオーバハング構造の造形が可能になった.これにより微小構造設計の上での制約が大幅に減少し以下に述べるような微小光学素子の設計への応用や中空チューブ構造を利用した神経インターフェースへの応用が可能となった.

本装置の造形性能を検証するため図3左のようなオーバハングを有する立体構造を3D-CADにて設計し,本装置に入力して造形を行なった結果,図3右に示すように全長8.8 μmの立体構造の作製に成功した.またモルフォチョウの持つ鱗粉構造を模した微細構造を作製してその光学特性の計測を行ない,本装置が微細光学素子を造形する能力があることを示した.南米に生息するモルフォチョウは鮮やかな青色をしており,観察する角度により微妙に色彩が変化するものの分光はしないという特性を有している.発色の原理が鱗粉の多層棚形状が発する構造色と呼ばれる光の回折と干渉からなる現象であることが知られているものの,このような形状を人工的に作ることが不可能であった.本論文で初めてこの構造の造形に成功し,棚構造のピッチを変化させることによって発色を制御できることが示された.

再生型神経インターフェース

本論文で提案した立体ナノ構造造形法のひとつの応用として,生体の制御情報の伝播経路である神経系の情報システムと直接接続を行なうために必要な神経インターフェースの構築に関して論じた.特に末梢神経との直接接続を可能にするような再生型神経電極を考え,提案した立体ナノ構造造形システムを用いることで,本電極で問題となっている配線等のひとつの解決法が原理的に可能であることを示した.

末梢神経は切断されたとき近位側の断端から軸索を伸張して最終的には効果器へと再接続されていく.このとき再生経路に神経線維の膜電位を計測できるような電極を配置しておくことで,神経線維一本一本との接続が可能な多チャンネルの神経インターフェースを構築することが理論的には可能であるが,現在はいくつかの問題が存在する.これまでの再生電極は2次元構造であるがゆえにランビエノードを捉えにくいことや配線数を増やしにくいという問題があり,そのひとつの解決法として図5に示すように軸索の再生経路を立体構造として軸索の密度を減少させてから立体的な配線を行うことを提案し,超多チャンネル電極が原理的に可能であることを示した.このような立体構造を本論文で提案する立体ナノ構造造形法により作製することを考え,図6に示すような神経再生路になるような立体でかつ中空のチューブを作製し,この材料が有する生体親和性を検証するために神経様培養細胞を用いた評価を行なった.これらの検証により本手法で原理的に立体構造を有する神経再生型の電極が可能であることを示した.

結論

以上の実験および検証からこれまで不可能であったナノレベルでの立体造形が本論文で提案する集束イオンビーム立体ナノ構造造形法により可能になった.この手法は構造色といった光学的な立体ナノ構造を再現する造形能力を有していることを示し,また作製した構造物が細胞の伸張を阻害しないことを確認して神経インターフェースのような微細構造作製に原理的に使用可能なことを示した.

図1: オーバハング構造の傾きに対する描画ピッチとスパッタ効果の影響

図2 集束イオンビーム励起表面反応を用いた気相化学成長法による立体ナノ構造造形法

図3 オーバハングを有する立体ナノ構造

図4 モルフォチョウの鱗粉を模した微細構造

図5 立体的な軸索再生経路を有する神経再生電極の概念図

図6 カーボンマイクロチューブ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は立体ナノ構造を造形する手法の一つである集束イオンビーム励起表面反応を用いた造形法を発展させ、従来困難であった真横方向へオーバーハング状の構造を堆積により造形させる方法を開発し,これを神経インターフェースである神経再生型電極の構造作製へ応用したものである。従来不可能であった真横方向への堆積・成長を可能とする条件について考察し,これを実際にシステムを構築することにより,オーバーハング形状を初め任意の形状の造形を実現するシステムの開発を行い、さらに同システムを用いて神経電極における神経再生経路に用いるマイクロ・ナノ構造を作製し,その特性について報告を行っている.

第1章は「序論」であり,生体の構造が微細な構造から構築されている事,および,これらの構造の持つ特性や機能を明らかにしていく方法として,生体と同様の微細な立体の構造物を用い,より生体に近い状態において解析を行う事が有用である事を述べ,そのためには微細な任意の形状の立体構造を作製できる方法が必要であるという本研究の第一の目的と意義を明らかにしている.次いで、現在行われているマイクロ・ナノスケールの立体構造物の造形・加工法とその特徴について述べ,その中で集束イオンビーム励起表面反応法を取り上げ,現状における同法の問題点とその解決の可能性について説明し,その問題点の解決により,本造形法が神経インターフェースである神経再生型電極の問題点のひとつを解決しうることを明らかにし,本研究での第二の目的である神経インターフェースへの応用に対する本研究で開発した造形法の位置付けを述べている.

第2章は「集束イオンビーム励起表面反応」であり,これまで研究されてきた集束イオンビーム励起表面反応による堆積のモデルを拡張し,イオン飛程がオーバーハング構造を透過することが側方成長を可能にする機構である事を提案している.次いで,このモデルにおいてオーバーハング構造が可能であることをシミュレーションによって明らかにし,その生成過程において生じる堆積物の挙動を示している.また,このときの加工条件と造形される構造の形状との関係を示し,第3章で述べる造形システムの設計指針としている.

第3章は「立体ナノ構造造形法」であり,第2章で示された結果を踏まえ,実際に集束イオンビーム励起表面反応による化学気相堆積法を用いた立体ナノ構造造形法とこれを実装したビームスキャニングシステムの開発を行なっている.3D-CADの形状データから描画データを生成するための変換アルゴリズムを構築しビームスキャニングシステムへの実装を行いこの装置の評価を行なった.任意の形状を造形するための描画データには描画位置データのほかに,ビーム条件によるデポジション速度,デポジション範囲,描画ピッチ,ビーム照射待ち時間および過去の描画位置との3次元的な位置関係から決定される描画順番が必要であることを実験により明らかにしている.この装置を用い,オーバーハングや中空構造,100 nmピッチの微細構造を有する立体ナノ構造物を造形し,3D-CADモデルのデータが造形できることを示している.現システムは未だプロトタイプであり,一部歪みなどの問題は残存しているが,造形される形状は高さ方向に100 nm程度の精度があることを光学的に確認している.

第4章は「末梢神経とのインターフェースに対するFIB-CVD法の応用」である.生体の制御情報が詳細に計測,提示可能な神経インターフェースを目指して,末梢神経の多数の神経線維との接続を考慮した超多チャンネル神経再生の開発を行うため,末梢神経の「一旦切断されても軸索は再生する」という性質を利用した神経再生型電極を紹介している.この種の電極はこれまで2次元的な構造で作製されていたために,多数の配線の実施が困難である事やランビエノードを捉えにくいなどの問題があったが,第3章で述べた造形法がこれらの解決法となりうることを論じている.軸索の再生経路を立体構造として,一旦この再生経路の密度を減少させ、空いた空間に立体的に配線を行う事により,超多チャンネル電極の構築が原理的に可能であることを示した.次いで第3章で開発した造形法により,軸索再生経路を Diamond like carbon (DLC) を材料としたマイクロチューブを作成し,このDLCマイクロチューブの生体親和性等を検証するために,神経様培養細胞であるPC12を用いて軸索がその中を伸展するかどうかの評価を行なっている.結果として軸索はDLCマイクロチューブ上に伸展可能である事を確認しており,基本的な構造の造形が可能である事、また、材料として基本的な生体適合性があることを確認し,神経インターフェースへの利用可能性を示した.

第5章は「結論」であり,本論文の結果をまとめ,今後の課題について言及している.

第6章は「今後の展望」であり.以上の結果に述べられた造形形状の歪み,造形時間の長さや,神経電極としての課題など,本論文で残された問題を論じ,その解決法を述べている.

以上,これまで困難といわれていた真横方向への堆積を含む任意の形状の造形を集束イオンビーム励起表面反応を用いて行い,その特徴を生かして神経再生型電極へ応用の可能性を示した本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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