学位論文要旨



No 121659
著者(漢字) 阪野,貴彦
著者(英字)
著者(カナ) バンノ,アツヒコ
標題(和) 移動型レンジセンサによる形状取得とその復元
標題(洋) ACQUISITION AND RECTIFICATION OF SHAPE DATA OBTAINED BY A MOVING RANGE SENSOR
報告番号 121659
報告番号 甲21659
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第84号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 苗村,健
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 助教授 佐藤,洋一
 東京大学 助教授 上條,俊介
内容要旨 要旨を表示する

最近の3次元形状計測技術の発達により,実物体のモデリングに関する研究が盛んにおこなわれている.実物体モデリングの技術は,学術,産業,エンターテインメントなど多くの分野で必要とされ,また波及効果も期待できる.その中でも,巨大文化遺産のモデリングは,もっとも重要で包括的な内容を含んだアプリケーションのひとつである.これら文化遺産のモデリングは,多くの分野で重大な意義をもたらす.まず,幾何形状のモデリングをおこなうことで,文化遺産の形状をデジタル化することで劣化しないデータとして保存できるため,自然災害,火災,戦争等などによって,たとえ一部破壊されたとしても,修復・復元が可能となる.また,インターネットやDVDなどの媒体を通して,自宅に居ながらにして,その文化遺産を訪れたような擬似体験を提供できるシステムを構築することも可能となる.このように,実物体のモデリングの技術は多くのアプリケーションに利用することができる.われわれはこれまでに,大仏,歴史的建造物,街並などの巨大文化遺産を対象としたモデリングをおこなってきた.形状モデリングのためには,実物体の計測が不可欠であるが,対象が巨大になれば地上においた計測機器から計測できない部分が生じることになる.このような巨大物体を計測する場合には,ヘリコプタや航空機にレンジセンサを搭載する,高所に足場を組む,クレーン等の重機を用いる等,いくつかの方策が考えられる.しかし,ヘリコプタなどを用いると,エンジンで発生する高周波数の振動が得られる形状データに重大な影響を与えてしまう,との問題がある.足場に関しても,数多くの足場を組むことで時間やコストがかかってしまう.また,対象物体が文化的に非常に価値が高い場合には,クレーンなどの重機を使用することは,安全面を考慮して避けるべきであろう.

このような諸問題を解決するためわれわれの研究室では,形状計測装置を気球に吊るして空中から計測をおこなうシステム(FLRS : Floating Laser Range Sensor)を開発した.この方法により,通常の計測では困難であった地上から計測できない部分に対して,広範囲にわたって計測することが可能となった.ただし,このような移動型計測システムを使用することによって,チャレンジングな問題が新たに発生した.通常,レンジセンサは固定して計測するものであるが,本システムのように計測時間中にセンサそのものが運動すると,結果として得られた形状データが歪んでしまうことである.本論文では,レンジセンサを移動させながら形状データを取得する手法と,そのレンジセンサから得られる歪んだ形状データを本来の正しい形状に復元する手法について述べる.形状の復元手法に関して2種類の手法を提案する.ひとつは,FLRSにビデオカメラを搭載し,得られた画像列と歪んだレンジデータそのものを用いて,センサの運動を高精度に推定する手法である.この手法では,FLRSから得られたデータセットのみから形状復元することができ,地上等に固定して置かれた他のレンジセンサからのデータを必要としない.もうひとつは,レンジセンサの運動を滑らかであると仮定して各運動パラメータの時間遷移を多項式で近似し,他のレンジセンサから得られたデータをもとに歪んだデータを復元する手法である.この手法では,他のセンサからのデータを必要とするものの,画像列を必要とせず,カメラ−レンジセンサ間のキャリブレーションを回避することができる.本論文に示した手法は,気球による移動システムを用いていることもあり,一見,特殊にみえるが,実際に適用している手法は,"Shape from Motion"や距離画像の位置合わせなど,コンピュータビジョンの分野での根幹に根ざしたものであり,気球以外の移動手段を持つ移動型センサに対しても適用可能である.

第2章では,計測時間中に移動することを前提として開発した計測システム,FLRSについて述べる.本システムでは,レーザー光線によって定点計測をおこなう測距機をコア部分として,2種類の鏡を回転させることで,有効画角内を計測する.形状データの復元をおこないやすくするよう,FLRSではラスタスキャン順に計測がおこなえるよう工夫が施されている.また,センサの運動パラメータを推定するためのビデオカメラと,レンジセンサ−ビデオカメラ間の同期がとれるようなシステムを組み込んでいる.

第3章から第5章にかけては,画像列を利用した運動推定手法について述べる.この手法では,キャリブレーションされたカメラによる画像列のみを利用して運動パラメータの初期推定をおこない,次にレンジセンサから得られる歪んだ形状データ等を用いてパラメータの高精度化をおこなう.

第3章では,運動パラメータの初期推定法として利用した透視投影下での因子分解法(Full Perspective Factorization)について述べる.この手法は画像特徴点を各画像について追跡することによって,特徴点の3次元位置と各画像でのカメラの位置・姿勢を推定する手法であり,実際のカメラモデルである透視投影モデル下で解くことにより,精度の良い初期推定をおこなうことができる.また,本研究で用いた特徴点の抽出手法についても述べる.本章の最後には,本手法によって画像列の特徴点のみから3次元形状を推定した実験結果についても示す.

第4章では,前章の初期推定を受けて,運動パラメータの高精度化をおこなう.ここでは, 3つの制約を課すことによって設定されるコスト関数を最小化することでパラメータの高精度化をおこなっている.3つの制約とは,特徴点のトラッキング(実際に得られる画像中の特徴点と各パラメータを用いて再構成される特徴点が一致する),センサの滑らかな運動(気球の運動は滑らかであり浮遊経路に特異点が存在しない),歪んだ形状データから得られる瞬間的な局所座標値に関する制約(レンジセンサがラスタスキャンしていることで,各特徴点がスキャンされた瞬間での局所座標値がわかる)であり,これらの定式化をおこなう.また,コスト関数を最小化するための手法である共役勾配法と黄金分割による囲い込みについても述べる.

第5章では,FLRSにおけるカメラ−レンジセンサ間のキャリブレーションに関する問題を取り扱う.第3,4章で述べる手法はキャリブレーションされたビデオカメラで撮影された画像列であることが前提である.キャリブレーションは通常,計測の前後に参照物体を用いておこなわれるが,本研究では大規模物体を取り扱うため,参照物体も巨大であることが望ましい.そこで,FLRSを地上に固定して計測したレンジデータを参照物体としてキャリブレーションをおこなう.ところが,3次元参照物体からのキャリブレーションではノイズによる精度の問題が顕著になる.第5章の前半では,3次元参照物体を用いてキャリブレーションをおこなう際,RANSACを取り入れた頑強なカメラパラメータの推定法を提案する.同章後半では,キャリブレーションをおこなっていない未校正なビデオカメラであっても,内部パラメータが既知である場合は,前章までで述べた手法が適用できることを示す."Shape from Motion"による手法によってビデオカメラの画像列のみからスケールの曖昧性を残したままの形状復元が可能であることに着目し,推定された運動パラメータにしたがって変形させた復元形状と,レンジセンサから得られる歪んだ形状データとの位置合わせ(スケール付きアラインメント)をおこなう.この手法によって,カメラとレンジセンサのキャリブレーションを事後的におこなうことが可能であることを示す.

第6章では,画像列を用いない形状復元手法について述べる.この手法では,センサが滑らかに運動していることを前提にし,各運動パラメータの時間遷移を時間による多項式で近似する.さらに,地上等に固定された他のレンジセンサの形状データをもとに,多項式近似された運動パラメータを組み込んだ拡張型ICP(Iterative Closest Point)法によって位置合わせをおこなう.この手法は画像列を用いないため,前章で述べたキャリブレーションの問題は全て回避される.また,他のセンサによる形状データが必要になるが,本FLRSシステムは,もともと,地上から計測できない部位を補完的に計測することを目的としているため,現実的な設定条件であると考えられる.

第7章では,これまでに述べた手法に対しての定量的な評価をおこなう.CGモデルによる既知モデルを,コンピュータ上のバーチャルFLRSによって計測することで,データを収集し復元をおこなう.ここで,数値的な評価を与えることで,本論文に述べた手法の有効性を示す.

第8章では,われわれがおこなっている大規模文化遺産のデジタルコンテンツ化であるデジタルバイヨンプロジェクトにおいて,実際に本手法を適用し,その実験結果を示す.ここでは,以上に述べられた手法を研究室外のフィールドにおいて,現実に適用しているようすを示す.

第9章においては,本論文のまとめと将来の課題について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「ACQUISITION AND RECTIFICATION OF SHAPE DATA OBTAINED BY A MOVING RANGE SENSOR(移動型レンジセンサによる形状取得とその復元)」と題し,計測中に運動するレンジセンサを用いて大規模物体の形状を取得するシステムと,その形状データを復元する手法についてまとめたものであり,9章で構成されている.

第1章では,移動型レンジセンサである本システムの目的と,レンジセンサが計測中に移動することによって発生する問題を述べている.本システムは大規模物体の形状を効率的に計測するために開発されたものであるが,レンジセンサは本来計測中は固定して設置されるべきものであり,計測時に運動させると形状データが歪んでしまうという問題が発生する.そこで,本研究では,移動型レンジセンサによる歪んだ形状データの復元手法の開発をおこなう.

第2章では,計測時間中に移動することを前提として開発した計測システムについて述べる.本システムでは,レーザー光線によって定点計測をおこなう測距機をコア部分とし,2種類の鏡を回転させることで,ラスタスキャン順に有効画角内を計測している.また,センサの運動パラメータを推定するためのビデオカメラと,レンジセンサ−ビデオカメラ間の同期がとれるようなシステムを組み込んでいる.

第3章では,運動パラメータの初期推定法として利用した透視投影下での因子分解法について述べる.この手法は画像特徴点を各画像について追跡することによって,特徴点の3次元位置と各画像でのカメラの位置・姿勢を推定する手法であり,実際のカメラモデルである透視投影モデル下で解くことにより,精度の良い初期推定をおこなうことができる.また,本研究で用いた特徴点の抽出手法についても述べる.本章の最後には,本手法によって画像列の特徴点のみから3次元形状を推定した実験結果についても示す.

第4章では,前章の初期推定を受けて,運動パラメータの高精度化をおこなう.ここでは, 3つの制約を課すことによって設定されるコスト関数を最小化することでパラメータの高精度化をおこなっている.3つの制約とは,特徴点のトラッキング(実際に得られる画像中の特徴点と各パラメータを用いて再構成される特徴点が一致する),センサの滑らかな運動(気球の運動は滑らかであり浮遊経路に特異点が存在しない),歪んだ形状データから得られる瞬間的な局所座標値に関する制約(レンジセンサがラスタスキャンしていることで,各特徴点がスキャンされた瞬間での局所座標値がわかる)であり,これらの定式化をおこなう.

第5章では,本システムにおけるカメラ−レンジセンサ間のキャリブレーションに関する問題を取り扱う.キャリブレーションは通常,計測の前後に参照物体を用いておこなわれるが,本研究では大規模物体を取り扱うため,参照物体も巨大であることが望ましい.そこで,本システムを地上に固定して計測したレンジデータを参照物体としてキャリブレーションをおこなう.ところが,3次元参照物体からのキャリブレーションではノイズによる精度の問題が顕著になることから,本章の前半では3次元参照物体を用いた頑強なカメラパラメータの推定法を提案する.後半では,キャリブレーションをおこなっていない未校正なビデオカメラであっても,内部パラメータが既知である場合は,前章までで述べた手法が適用できることを示す.この手法によって,カメラとレンジセンサのキャリブレーションを事後的におこなうことが可能であることを示す.

第6章では,画像列を用いない形状復元手法について述べる.この手法では,センサが滑らかに運動していることを前提にし,各運動パラメータの時間遷移を時間による多項式で近似する.さらに,地上等に固定された他のレンジセンサの形状データをもとに,多項式近似された運動パラメータを組み込んだ拡張型ICP法によって位置合わせをおこなう.この手法は画像列を用いないため,前章で述べたキャリブレーションの問題は全て回避される.また,他のセンサによる形状データが必要になるが,本システムは,もともと,地上から計測できない部位を補完的に計測することを目的としているため,現実的な設定条件であると考えられる.

第7章では,これまでに述べた手法に対しての定量的な評価をおこなう.CGモデルによる既知モデルを,コンピュータ上で擬似計測・データ収集し復元をおこなう.そこで,数値的な評価を与えることで,本論文に述べた手法の有効性を示す.

第8章では,われわれがおこなっている大規模文化遺産のデジタルコンテンツ化であるデジタルバイヨンプロジェクトにおいて,実際に本手法を適用し,その実験結果を示す.ここでは,以上に述べられた手法を研究室外のフィールドにおいて,現実に適用しているようすを示す.

第9章においては,本論文のまとめと将来の課題について述べる.

以上これを要するに,本論文では,計測中に運動する計測システムと,そのために発生する歪んだ形状データの復元手法に関する取り組みがなされており,画像列を用いたセンサの動き推定に基づいた形状復元手法と,他のレンジセンサから得られた形状データをもとにした形状復元手法を提案している.本研究で移動型レンジセンサを用いた新しい計測システムを確立しており,電子情報学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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