学位論文要旨



No 121671
著者(漢字) 尾上,弘晃
著者(英字)
著者(カナ) オノエ,ヒロアキ
標題(和) マイクロ構造体の順序付き自己組立て
標題(洋)
報告番号 121671
報告番号 甲21671
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第96号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 松本,潔
内容要旨 要旨を表示する

序論

本研究の目的は,液中環境下におけるマイクロスケールの自己組立てにおいて,微小部品間の相互作用を制御することにより,組立て順序を制御した自己組立ての方法を提案・実現することである.液中環境下におけるマイクロスケールの自己組立ては,自然現象としての自己組織化からヒントを得たものであり,多数のマイクロスケールの微小部品をランダムに衝突させることにより,微小部品の2次元的な配置や3次元的な構造を構成することができる手法である.本研究は,これらの自己組織化の仕組み中で,特に結合順序の制御に着目し,これを工学的にマイクロ・ナノ構造の自己組立手法に導入することにより,これまでの構造・機能面での制限の打破を狙ったものである.

自己組立てにより作れる電子回路やマイクロ構造を発展させていく上で,組立ての順序制御は必須の技術である.今までの自己組立てでは構成できなかった閉構造といったより複雑な3次元構造の組立てが可能となり,3次元電気回路ネットワークなど,部品や粒子の固定化から一歩進んだ工業的デバイスの応用へと期待できると考える.

組立て順序制御の原理,および表面間ポテンシャル計算

Fig.2に自己組立ての順序制御の原理を示す.自己組立てに利用するマイクロ粒子間の相互作用は,疎水性相互作用・電気2重層斥力・ファンデルワールス(VDW)力の3つである.粒子はA表面とB表面の2種類の表面をもっている.攪拌する溶液のpHを変化させることにより,最初はA表面同士のみを1段階目として結合させ,次にB表面同士を2段階目として結合させるというものである.

2つの表面はAuとSiO2で作製し,Au表面のみメチル末端(-CH3)のSAMで表面修飾してある.すると純水中(pH=6.5)でAu表面は疎水性かつ無帯電に(A表面),SiO2表面は親水性かつ負に帯電(B表面)する.純水中でAu表面同士は疎水性相互作用により引き合い結合するのに対し,SiO2表面は表面電荷の反発により結合しない.つまり純水中ではA表面のみが結合することとなる.この状態から塩酸を加えることでpHを2.0程度まで下げることにより,2段階目の結合が生じる.純水中で表面電荷により反発していたSiO2表面(B表面)であるが,pHの低下に伴い表面電荷が消失するという現象が生じる.その結果,表面電荷による反発がなくなり,かわりにVDW力により引力が働き,2段階目の結合が形成される.

これらの表面間の相互作用は,ポテンシャルにより記述できる.表面間の疎水性相互作用,電気2重層斥力,VDW力のポテンシャルをそれぞれVH,VR,VAとすると,それらのトータルのポテンシャルVTは,VT=VH+VA+VRと表すことができる.Fig.3はSiO2表面のpH11のときのそれぞれのポテンシャルの様子である.この場合において,トータルポテンシャルVTは表面間距離5nmのあたりでピークを持つ.つまり,5nnより表面間が離れた状態においては斥力が働くことが予測できる.このポテンシャル計算によるA表面間同士とB表面間同士のpH2.0とpH6.5におけるトータルポテンシャルの様子をFig.4に示す.PH6.5においてはA表面同士に引力が働いているが,B表面同士は斥力が働いていることがわかる.一方pH2.0においては,A表面同士,B表面同士とも引力が働く計算結果がでた.つまり理論計算の結果から,pH6.5からpH2.0とすることで,順序自己組立てが可能であることがわかる.

液中表面間の相互作用計測

マイクロ粒子間に働く相互作用を正確に知る方法として,実際に自己組立てを行う粒子自体を利用して,マイクロスケールの平面間相互作用を直接計測する計測方法を開発した.Fig.5に計測方法の概念図を示す.円柱形をしたマイクロ粒子を,水溶液中で基板上に散布する.重力によりマイクロ粒子は次第に沈殿し,基板と接触することにより,粒子と基板間のマイクロスケールの平面間に結合が生じる.この粒子表面と基板表面の結合を,マイクロ自己組立てにおけるマイクロ粒子間の結合と見立てて計測する.計測にはピエゾ抵抗型の力計測カンチレバーを用いる.このカンチレバーにより粒子を押すことにより,粒子が基板から離れるの必要な力を粒子−基板間の結合力として評価する.

Fig. 6に典型的な計測結果の例を示す.0 sから基板が動き出し,aで粒子とカンチレバーが接触し,カンチレバーの変形に伴い,抵抗値が変化していく.bにおいて粒子が基板から離れ,カンチレバーが元に戻る.cで再び粒子が基板に付着し,カンチレバーが変形する.b,cと同じ現象が再びd,eでも観察される.fで基板が元の場所に戻りだし,計測が終了する.a-b間の抵抗値の差が,粒子が基板から離れる瞬間にカンチレバーにかかっていた力となり,この力を"measured force"として定義した.Fig. 6の場合,measured forceは5.2 nNであった.

pH変化に伴うA-A結合面(ODT-ODT表面間)とB-B結合面(SiO2-SiO2表面間)の結合状態を計測し,順序自己組立てを行う際の指針とするべく考察を行った.Fig. 7に示す.SiO2-SiO2表面間のpH3.0からpH6.5の3点の白抜きの点は,計測値が0であったことを意味する.これにより,順序自己組立てを実現するための1段階目の条件は,A-A面のみ結合しB-B面は結合しないことであるので,1段階目はpH3.0からpH6.5の条件で行えばよいことがわかる.また2段階目はA-A面,B-B面両方とも結合する必要があるため,2段階目の条件はpH2.0以下となる.また,A-A面の結合強度は1段階目,2段階目とも4*104pN/μm2程度(pH6.5で1段階目を行ったときのみ,およそ1*105 pN/μm2),B-B面の2段階目の結合強度は50 pN/μm2から200 pN/μm2であった.2段階目における結合力を比較すると,B-B面に比べてA-A面がおよそ30倍強いことがわかる.これは自己組立ての粒子のデザインとして,A-A面とB-B面の結合に同程度の強度が欲しい場合,B-B面の面積はA-A面の30倍程度の広さが必要であることを意味している.逆に,A-A面は面積が小さくデザインしても構わないということを示している.

順序付き自己組立て

液中相互作用の理論計算・実験結果に基づき,順序付きマイクロ自己組立てを行った.マイクロサイズの粒子の製作・表面修飾を行い,結合順序の制御を実現した.Fig. 8に製作したマイクロ粒子のデザインとSEM写真を示す.Fig. 9に攪拌方法の概念図を示す.攪拌を開始すると,流れにより粒子がシャーレ中央に集まってくる.この流れにより粒子同士が中央で高密度に保たれ,ランダムな衝突を繰り返す.

製作したマイクロ粒子を用いた順序自己組立てを行った.1段階目の攪拌溶液は純水でpHは6.5,2段階目は塩酸溶液でpHは2.0であった.攪拌速度は500 rpm,攪拌時間は1段階目を60 min,2段階目を60 minとした.Fig. 10に1段階目と2段階目の水溶液中での光学顕微鏡写真を示す.1段階目においては,ほとんど全ての粒子がA-A面同士で結合しているのが明らかに見て取れる.また,ほとんどが2個の粒子で1組の結合体となっていることから,B面には結合が生じていないことが観察できる.2段階目の攪拌後は,1段階目でA-A面を向かい合わせて結合した粒子の結合体が,B-B面同士で結合し柱状の結合体となっているのがわかる.Fig. 11に溶液を乾燥させた後の1段階目の攪拌後と2段階目の攪拌後のSEM写真をそれぞれ示す.2段階目の攪拌後,12個の台形粒子がA-A面とB-B面同士で結合している結合体が観察された.

自己組立てによる粒子の結合状態の時間変化を調べた.Fig. 12に攪拌時間とA-A面,A-B面,B-B面同士の結合率との関係を示す.1段階目にて,攪拌開始10 minでA-A面の結合率は90 %を超え,60 min後には96 %に達する.B-B面,A-B面の結合率はきわめて低く,0.6 %と0.2 %であった.この結果より,A-A面は疎水性相互作用により結合し,またB-B面同士は電気2重層斥力の反発が機能して結合を阻害していると考えられる. 2段階目開始から,B-B面同士の結合率が次第に上昇し始める.2段階目開始から60 min後にはB-B面の結合率は45 %に達する.この結果より,pHを2.0にすることで反発力が消失し,VDW力によるB-B面の結合が形成されたことがわかる.

結論

マイクロ構造間の結合力にコロイド凝集・分散で支配的な疎水性相互作用,電気2重層斥力,VDW力を導入した.これにより溶液のpHというマクロな環境を変えることにより,マイクロ粒子間の相互作用を制御し,マイクロ粒子間の結合力を制御した.実際にマイクロ粒子間に働く力を調べるために,液中間における平面間結合力計測法を開発した.この計測結果により,pHによる結合力が制御されていることを確認した.これらの知見に基づき,2種類の異なる結合表面をもつマイクロ粒子を設計・製作し,段階の順序付き自己組立てを実現した.これにより,複雑な3次元構造が自己組立てにより構成可能性を示した.

Figure 1. 2段階の順序付き自己組立ての概念図.粒子は2種類の表面(表面Aと表面B)を持ち、1段階目の結合で表面A同士が互い結合、2段階目の結合で表面B同士が結合する.

Figure 2. 結合順序の制御の原理図.A表面は自己組織化単分子膜(ODT)により疎水性・無帯電表面に表面修飾されている.B表面はSiO2表面であり、親水性・帯電表面となっている.1段階目は純水中(pH6.5)で攪絆を行い、疎水性相互作用によりA表面が結合する.B表面同士は表面の帯電による電気2重層斥力により、結合が生じない.塩酸を加えることでpH2.0にすると、B表面の表面帯電が消失し、ファンデルワールス力による2段階目の結合が生じる.

Figure 3. Sio2表面間のpH11における各ポテンシャルの値.疎水性相互作用VAとファンデルワールス力VHが引力として働き、電気2重層斥力VRが斥力として働いている.それらの加算としてトータルポテンシャルVTが算出される.

Figure 4. A-A表面間、B-B表面間のpH2.0と6.5におけるトータルポテンシャルVTの比較.B-B表面間におけるpH6.5の時のみ反発力が働き、それ以外では引力が働くことがわかる.つまり、pH6.5からpH2.0とすることで順序組立てができる.

Figure 5. 液中におけるマイクロ粒子ー基板間力計測の概念図(左上)と液中での計測時の写真(右下)

Figure 6. 典型的な計測データ.上が基板の動きで下がカンチレバーの抵抗値の変化を示す.a-b間の抵抗値の変化からカンチレバーにかかっていた力を算出する.

Figure 7. A-A表面間(赤)とB-B表面間(青)のpHによる結合力の変化.pH3.0以上でA-A表面間のみに結合力が働き、pH2.0以下でA-A表面、B-B表面同士にも結合力が働くことにより、1段階目と2段階目の条件が決定される.

Figure 8. 製作したマイクロ粒子のデザインとSEM写真.A表面としてCr/Au/ODT表面、B表面としてSiO2表面を利用している.粒子側壁はエッチングにより表面を粗し、結合しないように加工してある.

Figure 9. 粒子の攪絆方法.ステンレスシャーレに溶液を入れ、そのなかに粒子を分散させる.シェーカーを利用して500rpmで回転させると粒子が流れで中央に集合し粒子同士のランダムな結合が生じる.

Figure 10. 自己組立て後の光学顕微鏡写真.(A)1段階目攪絆後の様子.(B)2段階目攪絆後.

Figure 11. 自己組立て後のSEM写真.(A)(B)1段階目攪絆後の様子.(C)(D)2段階目攪絆後.

Figure 12. 自己組立てにおける各表面の結合率の時間遷移.1段階目.2段階目ともに攪絆時間は60minとした.1段階目においては、A-A結合のみ生じ、B-B結合、A-B結合は生じない.2段階目開始からB-B結合が時間とともに次第に増えていく様子がわかる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「マイクロ構造体の順序付き自己組立て」と題し,5章からなっている.マイクロ自己組立てとは,自然現象としての自己組織化からヒントを得た組立て方法であり,多数のマイクロスケールの微小部品をランダムに衝突させることにより,同時並列的に微小部品の2次元的な配置や3次元的な構造を構成することができる手法である.本論文では,このマイクロ自己組立てに「組立て順序の制御」という要素を新たに導入し,マイクロ粒子の自己組立てにおいて完成体の収率が上昇することを実証することで,組立て順序制御の有効性を示すことを目的としている.

第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,論文の構成について述べている.

第2章「液中における表面間相互作用の理論計算」では,まず水溶液中での固体表面の物理現象について説明し,表面間に働きうる疎水性相互作用,電気2重層斥力,ファンデルワールス力についてポテンシャル計算の方法を示している.それらを統合した液中での表面間ポテンシャルを利用し,液中で表面間に働く相互作用の評価方法を提案している.その上で,溶液中のpHを変えることで表面間の引力と斥力が切り換わることを示し,筆者が提案する順序付き自己組立てが原理的に可能であることを明らかにしている.一方,ポテンシャルの理論計算は,表面の粗さや表面の化学特性のばらつきが考慮されていない点に触れ,ポテンシャルの理論計算による適応範囲の限界について考察を加えている.

第3章「液中における表面間相互作用の直接計測」では,ピエゾ抵抗カンチレバーを用いて液中におけるマイクロ粒子−基板間の相互作用の計測方法を提案・開発し,様々なpHのもとでの液中表面間相互作用の計測を行っている.計測結果として,疎水性表面であるAu/ODT(Octadecanethiol)表面間はpHにかかわらず常に引力が働いているのに対し,親水性帯電表面であるSiO2表面間はpHにより引力と斥力が切り換わることが実験により示されている.これにより第2章での理論計算と同様に順序自己組立てが可能であることを実証しただけでなく,各表面間の相互作用の大きさについても明らかにしている.またこの実験結果より,順序自己組立てを行うための攪拌溶液のpH条件を導き出している.

第4章「マイクロ自己組立ての結合順序制御」では,第2章と第3章で示された順序自己組立ての条件をもとに,実際に台形マイクロ粒子とU字型のマイクロ粒子を用いて,2段階の順序自己組立てを実現している.台形粒子を用いた順序自己組立てにおいては,1段階目の収率が90 %,2段階目が74 %を達成している.また順序制御した場合としない場合とで収率を比較することで,順序制御を行ったほうが目標とする完成体の収率が1.4倍になること実証している.U字型のマイクロ粒子を用いた順序自己組立てでは,チェーン状のマイクロ3次元構造の組立てを実現し,複雑な3次元構造の組立てにおける順序制御の有効性を示している.

第5章「結論」では,本研究によって得られた成果とその結論を述べ,考察を加えている.

以上のように,本論文では2種類の結合表面を持つマイクロ粒子を製作し,pHを変えて表面間相互作用を制御することで,順序付きの自己組立てを実現している.順序を制御することで完成体の収率が上昇すること,また3次元のマイクロ閉構造の組立てを実現していることより,本論文で提案した手法の有効性が示されている.本論文で提案した手法は,既存の3次元の自己組立てで可能である構造の制限を突破し,自己組立ての可能性を一歩進めるものであると言える.それと同時に,表面物理・コロイド化学を始めとする数多くの分野にまたがる研究であり,非常に意義深いものであり,知能機械情報学の発展に貢献できると判断される.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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