学位論文要旨



No 121674
著者(漢字) 野口,博史
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,ヒロシ
標題(和) 異種センサ配置住居環境における人間行動計測支援ネットワークミドルウェア
標題(洋)
報告番号 121674
報告番号 甲21674
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第99号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 助教授 森,武俊
内容要旨 要旨を表示する

居住者を支援する将来的な住居環境の実現を考えた場合、多様なセンサが分散配置されることになる。そのセンサの多種性や分散性などのために、センサ群からのデータの統合による人間行動計測および応用プログラムを構築することは容易なことではない。本研究は、そのような異種センサ群からのデータ取得プログラムと応用プログラムの仲立ちをすることで、プログラム作成時の困難さおよび負担を軽減するミドルウエアの構築を目的としている。

提案するミドルウエアの特徴は、種々のセンサによるデータ取得や複雑なセンサデータ統合処理などを含むすべてのセンサ処理をネットワーク上における統一的なコンポーネントの自動連結を通じて実現することにある。その特徴に基づき、環境内の異種センサに対するセンサ処理の依存性の軽減および、センサ処理の共有化を実現し、それらを通じて住居内センサ群に基づいた居住者支援システムの構築の支援が可能となることを示した。

以下に論文の各章の内容に沿って、その概要を述べる。

第1章 : 緒論

本研究の対象である異種センサ住居環境における人間行動計測の背景について述べる。従来の住居内の埋め込みセンサ群を利用した居住者支援研究について、そのセンサ構成およびプログラム構築の観点から整理を行う。それをもとに、本論文の目的であるミドルウエアの構築について述べる。

第2章 : 人間行動計測支援ネットワークミドルウエアの構成法

本章では、異種センサおよび、センサを利用した人間行動計測において求められる必要機能、および、利用者の観点からの必要機能を整理し、その必要機能を満たすミドルウエアの構成方法の基本的な考え方および、その構成要素について述べる。さらに、従来研究の整理とともに、他の構成法との比較により構成法の特徴を明らかにする。

その構成方法は、実センサからのデータ取得および、センサデータ処理のプログラムを同一の取り扱いを可能としたコンポーネント化し、ネットワーク上においてそれらをセンサ情報記述と呼ばれるセンサ特性の記述をもとに、自動的に連結させる考え方に基づくものである。

その構成法を実現するための要素機能は、

1)コンポーネントの手がかり情報とするためのセンサの性質のモデリングおよび記述機能

2)センサ特性およびセンサに関係する空間情報に基づくセンサ処理コンポーネントの管理機能

3)センサ特性の条件照合に基づくコンポーネントの自動結合機能である。以降の章では、実験環境であるセンシングルームおよび各要素機能についてそれらの詳細を述べる。

第3章 : 日常人間行動計測環境センシングルームの構築

本研究で対象とする異種センサ配置住居環境のテストベッドとしてセンシングルームを構築したことについて述べる。センシングルームは、圧力センサやスイッチセンサを中心に500個強からからなるセンサを埋め込んだ部屋である。その密なセンサ群と居住者に対する非拘束性から、ロバストに長期間に渡り居住者の行動を計測することができる。また、そのセンサ数もさることながら、他のプロトタイプ住居環境と異なり居住者位置や操作情報のみならずRFIDタグセンサを利用した対物行動計測が実現できることも特徴となっている。以下の章におけるミドルウエア検証のための環境として用いるものである。

第4章 : RDFを利用した付属物体に着目するセンサ情報の記述

本章では、人間行動計測プログラムの要素となるセンサ処理コンポーネントを特徴付けるために利用されるセンサ情報記述の方法について述べる。まず、センサの特性として記述すべき項目をセンサの入力特性と出力特性に着目して整理し、センサの名称やセンシング対象などの情報を記述項目として整理している。記述表現方法としては、Web分野の技術として利用が広まっているRDF(Resource Description Framework)および、それを拡張したOWL(Web OntologyLanguage)を用いて記述する。 RDFを利用することで、情報の追加などの記述内容の変更に柔軟に対応できるだけでなく、他の知識情報との連携が可能となる。OWLによりセンサに関する性質の記述だけでなく、それらの構造についても規定することが可能となる。

センサ関連知識を整理して、センサ情報記述としては、センサ情報、センサ付属物体、人間行動についての知識記述をミドルウエア側で用意することとした。そのミドルウエア側で提供する知識情報を利用して、ミドルウエア利用者は、コンポーネントと関連付けられるセンサの情報の記述および、ミドルウエアが計測の対象としている人間行動に関して記述する。この記述の特徴は、例えば家具などのセンサの付属物体、または、付属物体の機能と人間行動が密な関係を持つことに着目し、センサ付属物体を仲立ちとして、個別のセンサから人間行動までの包括的な記述を実現している点にある。その包括的な記述により、センサから最終的な応用プログラムまでの関係を明示的に表現することができるため、自動的なコンポーネント処理が可能になっている。

記述方法の特徴を示す例として、センサ情報記述とセンサデータ可視化用記述を対応付け、その対応情報に基づいたセンサデータの自動可視化プログラムを作成し、それを通じてRDFを利用することがセンサ情報の記述に適することを示した。

第5章 : センサ特性および付属物体空間情報に基づくコンポーネントの管理

まず、ネットワーク上に分散して配置されるセンサ処理コンポーネントの構成方法として、分散オブジェクト技術を利用することについて述べる。分散オブジェクト技術により、ネットワーク透過性が実現できるだけでなく、各センサデータ取得およびデータ処理のためのプログラムをコンポーネント化可能である。

それらのネットワーク上のコンポーネントの名前解決機構としての管理サーバの構築法について述べる。管理サーバは、コンポーネントの管理および検索の機能を持つ。管理のためには、センサ処理コンポーネント毎にセンサ情報記述および付属物体の位置空間情報を保持する。コンポーネントの入出力情報やセンサの性質をセンサ情報記述に基づいて管理するだけでなく、付属物体位置情報を管理することで、実住居空間内に存在するセンサの空間的構成をも管理するところに特徴がある。センサ情報記述を用いたコンポーネント検索時には、センサの性質に対する一致条件だけでなく、センサ情報記述に利用した語彙や他の知識情報を利用した演繹に基づいた検索が可能である。また、空間情報を利用した検索時には、包含体積の干渉計算に基づいた範囲検索が可能である。さらに、空間情報とセンサ情報記述の両方にまたがる検索も可能である。管理サーバでは、コンポーネントは一元的に常時管理される。そのことにより、住居内におけるセンサやプログラム変更などに対する動的な対応が実現される。

管理サーバの機能検証として、前述したコンポーネントの検索機能について、様々な検索条件時の挙動を検証するとともに、その際のコンポーネント検索や登録・削除などの性能についての実験を行い、ミドルウエアにおける利用可能性を確認した。

第6章 : センサ特性の条件照合に基づくコンポーネントの自動連結

本章では管理サーバにおいて管理されるセンサ処理コンポーネントの自動連結の方法ついて述べる。コンポーネントでは単一のプログラムインターフェイスを通じてセンサデータをPull型もしくはPush型の通信でやり取りすることでセンサ処理を行う。各コンポーネントは、センサ処理に必要なセンサデータを出力するコンポーネントの特徴となる情報を条件として保持しており、その条件を管理サーバで照合して必要なコンポーネントを探し出し自動的に連結する。全体として、コンポーネントが連結し、自動的にセンサデータの処理される。

また、同様の考え方で、条件照合とセンサ情報記述に基づいてコンポーネントを自動生成する仕組みについても実現した。自動生成は、条件照合に基づく処理対象プログラムの自動選択、元となるプログラムの複製、センサ情報記述に基づいたセンサデータの自動選択プログラムの付加により実現される。この機能により、必要なコンポーネントが住居環境内のコンポーネントに合わせて自動生成されるようになるため、コンポーネント作成の手間が軽減される。これらの自動連結および生成は、従来のコンポーネントベースのミドルウエアには見られない特徴である。さらに、これらの機能は管理サーバのコンポーネント管理機構と連動し、コンポーネントの増減や付属物体の移動に動的に応じ、コンポーネントの連結状態を変化させることを可能としている。

センシングルームにおいて、その連結生成の機能検証実験および連結時ミドルウエアの処理時間などの性能実験を行った。実験対象とするためのプログラムとして、各センサの出力状態から居住者の家具などに対する接触状態および位置を獲得し、それを元に居住者姿勢を推定するプログラム、人間行動記述に基づいてその記述と適合する行動の出力を検知するプログラムを作成した。それらのプログラムにおいて、住居内のセンサの増減や、異なるセンサ構成を試み、コンポーネントを新規に追加したり、動的にコンポーネントの連結を変化させても、作成したプログラムの変更が必要ないことを実証した。また、その実験時および仮想的な環境における処理時間の計測を通じて、コンポーネントの通信におけるミドルウエアのオーバヘッドが軽微であり、実アプリケーションでの利用可能であることを確認した。

第7章 : 結論

各章述べた内容をまとめて、本ミドルウエアの構成法とその特徴を総括する。また、本研究の発展方向および将来展望について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「異種センサ配置住居環境における人間行動計測支援ネットワークミドルウエア」と題し,7章から構成される.将来の住居環境では多種多様なセンサ群が住居内に埋め込まれ,そのセンサデータ計測を通じて認識された人間行動に応じた支援が求められる.しかし,遍在した異種のセンサ群を利用したセンサデータ統合処理は,その分散性や多種性などからそのプログラミングは容易ではない.本論文ではその解決法として,センサ処理をネットワークコンポーネント化し,その各コンポーネントがセンサの特性を照合条件として保持し,その情報に基づいて個々のコンポーネントが自動的に連結することで最終的に統合処理のプログラミングを容易にすることを実現する方法を提案するものである.その照合条件は,人間行動とセンサの関係の包括的関係や部屋内の空間情報を利用可能であるという特徴を持つものである.論文では,実証環境として構築した非拘束人間計測環境における種々のアプリケーションを通じた,センサ処理の共有化やコンポーネントの自動再構成の実証し,その有用性を実証している.

第1章「緒論」では,本研究で対象とする異種センサ配置環境における人間行動計測支援ソフトウエアの背景および従来の住居内埋め込みセンサ群を利用した居住者支援研究を整理し,それをもとに本研究の目的を述べるとともに,論文構成について述べている.

第2章「人間行動計測支援ネットワークミドルウエアの構成法」では,本研究における対象から生じる必要機能,および,利用者の観点からの必要機能を列挙し,それを実現する構成法について議論するとともに,ミドルウエアの関連研究の整理を通じてその新規性を明確にしている.また,構成要素として,センサ情報記述,コンポーネントの管理,コンポーネントの自動連結の3つを挙げている.

第3章「日常人間行動計測環境センシングルームの構築」では,ミドルウエアの検証環境として500個強からのセンサを埋め込むことにより非拘束に人間行動を計測することを可能とした部屋の構築について述べている.

第4章「RDFを利用した付属物体に着目するセンサ情報の記述」では,本研究で取り扱うセンサのモデリングと,その結果として記述すべきセンサの性質を論じている.記述方法としては,Web分野の技術として利用が広まっているRDF(Resource Description Framework)により情報の追加や他の知識情報との連携を可能とし,その拡張であるOWL(Web Ontology Language)を利用することで,is-aや関係の制約や推論のための関係の規定を実現している.これらの記述法は次のことを可能としている.つまり,センサ集合とそれらが取り付けられた家具などの付属物体,また,付属物体の機能と人間行動が密な関係を持つことに着目し,センサ付属物体を仲立ちとすることで,個別のセンサから人間行動までの包括的な記述を実現している.

第5章「センサ特性および付属物体空間情報に基づくコンポーネントの管理」では,ネットワーク上に散在するコンポーネントをセンサ記述および,付属物体の空間情報に基づいて発見する機構について述べている.センサ記述のような静的な情報および,位置のような動的に変化する情報を同時に利用できるところに特徴がある.また,ネットワーク環境内にあるコンポーネントは一元的に常時管理されることで,動的なコンポーネント変化にも対応可能である.

第6章「センサ特性の条件照合に基づくコンポーネントの自動連結」では,コンポーネントが処理するセンサデータの入出力をセンサ特性という形で記述し,その照合を通じて,自動的にコンポーネント群を連結させる方法,および,類似する方法を用いてコンポーネント自体を自動生成する方法について述べている.また,実験としてセンシングルーム内において,居住者の姿勢状態をセンサ群から推定するためのコンポーネント群を作製し,部屋構成を変化させても動的にコンポーネント連結が再構成されることを示している.

第7章「結論」では,各章の内容をまとめた上で,ミドルウエアの構成法を総括し,研究の発展方向および将来展望について述べている.

以上要するに,本論文は住居内に存在する異種センサ群と人間行動応用ソフトウエアの仲立ちとなるミドルウエアに関して,コンポーネントの自動連結に特徴を有する構成法を提案し,その有効性を実センサ環境における適用を通じて実証したものである.実際に構築されたミドルウエアは,環境内に遍在する実センサ群からのデータ処理をソフトウエアの観点から支援するものであり,知能機械情報学分野に貢献するものである.

よって,本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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