学位論文要旨



No 121687
著者(漢字) 片桐,恵子
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,ケイコ
標題(和) 定年退職者の社会参加のマイクロ・マクロモデルの構築
標題(洋)
報告番号 121687
報告番号 甲21687
学位授与日 2006.04.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 博人社第539号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,弘子
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 教授 池田,謙一
 桜美林大学 教授 柴田,博
 名古屋大学 助教授 唐沢,かおり
内容要旨 要旨を表示する

 【目的】

 本研究では、社会参加をRowe & Kahn (1997,1998)のサクセスフル・エイジングの第三の基準である「人生への積極的関与」を実現する手段として位置づけ、特に大都市の男性で進んでいない社会参加を促進する要因を検討することを目的としている。

 本研究のResearch questionsは3つある。

 1) 社会参加活動とは何か

 2)定年退職者の社会参加を促進阻害する要因は何か

 3)定年退職者が個人・社会関係・社会に与える効果はなにか?

 これらのRQに先行研究の知見と問題点を検討し、問題点を克服するモデルを提案し、実証研究で新たな知見を明らかにした。

 【理論編】

 Rowe & Kahn (1997,1998)のサクセスフル・エイジング・モデルは、3つの基準

 (a)病気をそれに付随した障害が生じるリスクが低いこと

 (b)高い認知、身体機能を維持すること

 (c)人生への積極的な関与

 を満たした状態がもっともサクセスフルであるとするモデルで、その実現に向けて自ら努力することが重要であると主張する。それぞれの基準の実現に対し具体的なアドバイスを行っているが、「人生への積極的関与」に関しては具体的なアドバイスを欠く。よって本研究では、社会参加を「人生への積極的関与」を実現する手段として位置づけて研究を行った。

 社会老年学において社会参加活動の定義は曖昧であり、かつ広範な活動内容を包含し、分類は単に形態などから外形的に行われてきた。社会参加の規定要因についてはモデル化されるほど研究が蓄積しておらず、社会参加活動の中でボランティアに関しては規定因に関して多くの研究が行われていたが、理論的な検討と福祉の現場からの実際的な研究が乖離して行われてきており、取り上げるボランティア活動や参加者により知見も一定していない、またボランティアに関する環境が異なる日本においてそのまま欧米の理論を適応することは難しいことが明らかになった。社会参加活動の結果については、研究ごとに特定の社会参加活動がもたらす効果が報告されてきたため、どのような社会参加活動がどういう結果をもたらすのかということが整理されてこなかった。これらをまとめるともっとも大きな問題は、社会参加活動について先行条件からその結果までを捉えるのに有効な理論的分類軸がなかったことであると指摘できよう。

 よって、本研究では、サクセスフル・エイジングの第三の基準の2つの下位概念「他者との交流」「生産的活動の維持」の実現度と社会的効益性の観点から社会参加活動を4分類する「社会参加活動4分類モデル」を提案した。このモデルは社会参加活動を何も活動をしていない状態(レベル0)、一人でする趣味活動(レベル1)、グループ活動(レベル2)、社会貢献活動(レベル3)と分類する。これらのレベルには、心理的要因として「利己的志向」「ネットワーク志向」「社会貢献志向」が関連しており、レベルによってその高低が異なると仮定したモデルを提案した。レベル0ではどの志向性も低く、レベル1は利己的志向のみ高い、レベル2では利己的志向とネットワーク志向が高い、レベル3はどれもが高いと仮定した。

 【実証編】

 質的調査と量的調査を組み合わせたMixed Methodを採用し、質的調査(調査1)と2つの量的調査(調査2,調査3)のデータを用いて研究1から研究8までを実施した。調査1は首都圏のシニア・グループとNPOの50〜70歳代の参加者26名に2001年から2002年に実施したインタビュー調査である。調査2は練馬区と茅ヶ崎市の60歳代の有配偶者の男性を住民基本台帳から層化2段階抽出し、男性とその妻を対象に2002年に調査を行った。調査3は全国縦断調査であるJHRS(東京都老人総合研究所が中心に実施した縦断研究)のデータの二次分析を行った。研究1と研究2は社会参加活動とは何かについて、研究3〜研究5は社会参加の促進・阻害要因について、研究6〜研究8は社会参加の結果の効果について検討した。

 研究1では、調査1の質的データを用いて社会参加活動に3つの志向性が関連していることを確認し、それらを定義しそこから社会参加活動の定義を行った。さらに定年退職者の特徴と思われる健康志向や、公私のバランス志向や地域密着志向等を析出した。研究2では、調査2のデータを用いて4分類モデルを検討し、分散分析によって仮説通りレベルによって志向性の高低差があることを示した。さらにPartial Order Scalogram分析により、男性では約9割の人がレベル0からレベル3までモデルで想定した通りの一次元上に位置づけられることを明らかにした。

 研究3は調査1のデータにM-GTA(Modified Grounded Theory Approach) (木下, 2003)を適応して社会参加の促進・阻害要因を析出し、社会参加促進・阻害モデルを提案した。個人的・社会関係・社会的要因が関連していることが明らかになった。個人的要因として積極性や開放性、過去の社会参加経験が促進的に働いていた。奇特な人がすることだといったステレオタイプ的なボランティア・イメージはボランティアをするのに阻害的に働いていた。社会関係要因では多様なネットワークは社会参加の機会を増し、妻が夫のためにグループ参加を申し込む、或いは家にいて邪魔にされたくないから社会参加をするといった妻の直接的・間接的効果がみられた。参加しやすいグループがない、あるいはボランティアの受け入れ体制が不十分など、マクロ的な要因は定年退職者の活動に対して阻害的な要因であること等が判明した。研究4では多項プロビット・モデル分析を用いてこのモデルの一部を量的データにより検討した。レベル2にはネットワーク志向、レベル3には社会貢献志向が関連し、仮説に沿った結果となった。ステレオタイプ的なボランティア・イメージは阻害的に働き、グループやボランティア参加者は周りにボランティアの知り合いが多かった。グループに参加し、身の回りにボランティアがいると、偏ったボランティア・イメージが是正されてボランティア参加に促進的に働くということが考えられ、グループ参加の重要性が示された。一方で質的なデータからは地域のグループにはいる心理的障害が大きいことが示され、社会参加の4分類でレベルによって促進阻害要因が異なることが明らかになった。

 研究6では質的データから、社会参加が個人、社会関係、社会に与える効果をまとめた。社会参加は役割を得て活動に満足することで生きがいをもたらす点で重要であり、地元のネットワークを形成することで、地域から遊離して生きてきたサラリーマンが地域へ溶け込むことを可能にしていた。グループ活動による消費活動や、ボランティアや情報提供を行うことにより、社会に貢献している様子も明らかになった。研究7では、社会参加のレベルによって主観的幸福感に与える効果が異なり、レベルが高い方が主観的幸福感が高いという結果を得た。研究8では、夫の社会参加活動が妻の主観的幸福感に与える効果を検討した。夫の社会参加と就業の交互作用項が有意になり、夫が就業して社会参加をしていると妻の生活満足度は高く、どちらもしていないと低いという結果を得た。定年後の夫が仕事もせず社会参加もしないと妻の満足度が低い、会話のなくなりがちな定年期の夫婦において、夫が社会参加をすることで地域の知り合いができ夫婦の共通の話題ができることが生活満足度を高めると考えられる。

 【総合考察】

RQ1. 社会参加活動とは何か

 社会参加活動に、3つの志向性が関連していることを明らかにし、日本の定年退職者固有の志向性も明らかにした。また提案した社会参加の4分類モデルのとおりに、社会参加活動が一次元上に位置づけられることが明らかになった。定年退職者の場合は、いきなりボランティアに参加することはハードルが高く、趣味から始まり、グループ参加をしてボランティアをする、というのが日本の定年退職者がボランティアをしやすいルートであることが明らかになった。

RQ2. 社会参加を促進阻害する要因は何か

 社会参加の規定因に関しては、個人的要因にとどまらず、社会関係や社会的要因からも検討する必要性が示された。日本の社会においてはボランティアの存在はまだ一般的ではなく、定年退職者が入りやすいグループを増やし、その情報を提供する、病院や施設などにおいての積極的なボランティア受け入れ体制を構築していくことなどが、定年退職者の社会参加を増やすことに関して介入可能な要因であることが示された。

RQ3. 社会参加活動が与える効果は何か

 社会参加活動の与える効果としては、定年退職者の生きがいの創出に役立ち、地元のネットワーク形成を可能にするなど個人に与える効果にとどまらず、その配偶者の主観的幸福感にも影響を与え、社会のリソースと見なしうることが判明した。つまり定年退職者の社会参加は個人のwell-beingだけなく、夫婦や社会のwell-beingも高める効果があるということができよう。

本研究で提案した社会参加の4分類モデルにおける

 【理論的・社会的貢献】

 社会参加活動がサクセスフル・エイジング実現の方略として有効であることを示したこと、及び提案した4つの社会参加レベルによって促進・阻害要因ともたらす効果が異なることが明らかになり、社会参加の規定因からその結果までを捉えるのに有効な社会参加の4分類モデルを提案したことが本研究のもっとも大きな理論的貢献である。さらに、社会参加活動が本人のwell-beingにとどまらず夫婦のwell-being、社会のwell-beingに資することを示したことも新しい知見である。

 ソフト・ランディング・グループの意義を明らかにしたこと、社会参加の促進に対して介入可能な要因を提案したこと、社会参加は配偶者の影響も配偶者への影響も大きいことを示したことが社会的貢献といえよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、定年退職者の社会参加活動を促進する方策について、サクセスフル・エイジング・モデルを発展させ、社会参加の促進阻害要因をマイクロ・レベルとマクロ・レベルにおいて論じたものであり、団塊世代の大量定年を目前に控えた現在、社会的必要性の高い課題に応えた意欲的研究である。

 老年学におけるサクセスフル・エイジング・モデル(Rowe & Kahn,1997,1998)は、 (a)病気とそれに付随した障害が生じるリスクが低いこと (b)高い認知、身体機能を維持すること (c)人生への積極的な関与 の3つの基準を満たすことがサクセスフル・エイジングの実現と定義するが、最も重要な基準である「人生への積極的な関与」については実証研究が乏しい。本論文では、社会参加活動が「人生への積極的な関与」を実現する有効な手段であると位置づけて論を展開している。社会参加活動をサクセスフル・エイジングの実現度と社会的効益性の観点から4つのレベルに分類するモデルを提案し、その分類が社会参加活動の規定因とその結果を検討する上で有用なモデルであることを実証的に示している。

 研究の結果としては、(1)社会参加活動の4つのレベル、何も活動しない状態、趣味など一人で行う活動、グループ活動、ボランティア等の社会貢献活動によって、それぞれ規定因やそのもたらす結果が異なること (2)社会参加を規定する要因としては、利己的志向、ネットワーク志向、社会貢献志向という個人の志向性が関係していること、ボランティア参加率がまだ低い日本においては、ボランティアは奇特な人がする特別なことだといったステレオタイプ的イメージが阻害要因となっていること、男性の定年退職者が参加しやすいグループやボランティアを受け入れる病院や老人施設が少ないなど、社会制度的な要因も社会参加の阻害要因となっていること (3)社会参加活動の結果、生きがいが創出され、地域でのネットワークの形成を可能にし、地域から遊離して生きてきたサラリーマンが地域社会に参加するきっかけを与えていること、夫の社会参加は本人だけでなく妻の生活満足度にも関連し、夫婦関係にも影響を与えうること、社会に対しては行政や地域住民に資源を提供していること、等が明らかになった。このような効果が社会からもっと評価されるようになれば、現在、社会参加の阻害要因となっている社会制度が改善され、社会参加を促進する方向に向かい得る可能性を指摘している。

 社会参加活動がサクセスフル・エイジング実現の方略として有効であることを示したこと、及び、社会参加の規定因とその効用を捉えために有効な社会参加の4分類モデルを提案したことが本研究のもっとも大きな理論的貢献として認められる。さらに、社会参加活動が本人のwell-beingにとどまらず夫婦のwell-being、社会のwell-beingに資することを実証的に示したことも新しい知見である。また、社会参加の促進に対して介入可能な要因を特定したことは本研究の社会的貢献として評価される。

 社会調査のデータが横断的な調査によるため、因果関係の検討については、今後縦断的な調査によりさらに検討が必要であること、また質的データが比較的社会的地位の高い人に偏っているため、今後社会的地位の低い層のデータで論を補強する必要があるなど、今後の課題はいくつか残している。しかし、本論は社会政策的必要性の高い課題に社会心理学的なアプローチを用いて応えようとした野心的な研究であり、mixed methodologyを採用して質的研究と量的研究の長所をうまく組み合わせて論を展開しており、高齢社会の問題に対して応えた社会心理学の先駆的業績として高く評価される。よって審査委員会は本論文が博士(社会心理学)の学位に値するとの結論に達した。

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