学位論文要旨



No 121689
著者(漢字) 菅原,育子
著者(英字)
著者(カナ) スガワラ,イクコ
標題(和) 中高齢者の友人関係の社会心理的研究 : 豊かな友人関係の構築にむけて
標題(洋)
報告番号 121689
報告番号 甲21689
学位授与日 2006.04.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 博人社第541号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,弘子
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 教授 池田,謙一
 聖心女子大学 教授 高橋,惠子
 名古屋大学 助教授 唐沢,かおり
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本の中高齢者の友人関係について、その情緒的機能を明らかにすると共に、友人関係と主観的幸福感との関連及び関係継続・発展に関わる要因を検討し、日本の中高齢者にとっての豊かな友人関係とは何か、という問いに取り組んだものである。

 従来の友人関係に関する研究は、主に幼少期から青年期前期を対象に重ねられており、中高齢者の友人関係を扱ったものは欧米での知見に偏っている。また日本の中高齢者の対人関係研究は家族関係を中心に検討されてきたことから、人々がいかなる友人関係を築き、その関係から何を得ているかはほぼ未開拓の課題であった。しかし、家族の縮小と高齢者の自活が進むに伴い、家族以外の親密な対人関係が中高齢者の生活に果たす役割は徐々に拡大しつつあると考えられる。そこで本論文では、日本の中高齢者が営む友人関係について多角的に実証研究を重ねることで、中高齢者にとって適応的な友人関係とはいかなるものかを明らかにすることを試みた。具体的には、1)日本の中高齢者の友人関係の構造的、機能的特性の解明、2)友人関係と主観的well-beingとの関わりの検討、3)友人関係の継続・発展に関わる要因の検討、という3つの課題を設定し、中高齢者の友人関係のあり方と働きを包括的に捉える研究枠組みの構築を目指した。

 研究対象の年齢および関係をとりまく状況の相違が友人関係にいかに反映されるかを予測するにあたっては、CarstensenのSocioemotional Selectivity Theory(1991, 1993, 1995)を基盤とし、人々は加齢に伴う個人および状況の変化に応じ適応的に対人関係を選択、構築しているという立場からの検討と解釈を試みた。青少年と中高齢者では当人の対人的ニーズや関係を取り巻く状況が大きく異なり、友人関係の機能や適応的な関係のあり方も異なると予測される。そのため、青少年を対象に検討されてきた従来の友人関係に関する知見を見直し、中高齢というライフステージに応じた友人関係の特性や機能、関係発展のメカニズムを想定する必要があると考えられた。そこでSocioemotional Selectivity Theoryに基づき友人関係の情緒的機能に注目し、中高齢者の友人関係が具体的にいかなる情緒的機能を果たしているかを記述すると共に、友人関係の機能と中高齢者の主観的well-beingとの関連メカニズム、友人関係継続メカニズムの検討、さらに高齢者が面する個人的、状況的変化が友人関係をどう変化させるかを明らかにする実証研究を行った。

 研究1では日米比較調査の二次分析を行い、日本の中高齢者の友人関係の特性を青少年およびアメリカ中高齢者のそれと検討した。また研究2では他の対人関係と友人関係を比較し、友人関係の独自性の検討を行った。これらの結果、日本の中高齢者の友人関係が従来の知見と共通する「対等で類似性、近接性が高い親密な対人関係」という特徴を有し、心を打ち明けあうコンフィダントとしての機能及び日常的活動を共に楽しむコンパニオンとしての機能を有することが明らかになった。その一方で接触頻度が低くコンフィダント、コンパニオンのどちらの機能にも当てはまらない関係が少なからず存在することが明らかになった。

 そこで研究3ではイン・デプス・インタビュー調査により中高齢者の親しい友人関係がどのような機能を持つかを探索した。結果、コンフィダント、コンパニオンとしての機能に加え、情報を提供し社会的な刺激をもたらす機能、社会的役割から一時的に解放し気分転換の場を提供する機能、過去の自分と現在の自分を繋ぐ錨としての機能を持つという仮説を生成した。続いて研究4では量的質問紙調査によって、この友人関係の5機能仮説を検討し、友人の機能が5つの下位概念からなるという因子構造モデルの妥当性を示した。更に「気分転換(カタルシス)」機能と「自己の確証(アンカー)」機能が接触頻度の低い関係で高いことが示され、日本の中高齢友人関係を理解する上での鍵となる概念であると考えられた。

 続く研究5では、友人関係と個人の主観的well-beingとの関わりを調査データの分析により検討した。その結果、親しい友人が多く多様であるほど、友人関係が全体として多様に機能する、多様に機能するほど主観的well-beingが高いという関連性を示すに至った。また、友人関係の機能と主観的well-beingとの相関が、高齢層および家族からのサポート期待が低い層で特に一貫して見られたことから、今後日本で増加すると考えられる独居高齢者にとって特に友人関係が重要な存在となることが示唆された。

 最後に、親しい友人関係の継続並びに構築に関わる要因の検討を行い、豊かな友人関係を構築するには何が必要であるかという問いに取り組んだ。研究6では、現在ある関係の継続について検討し、それまでのつきあいの長さと多様な機能の提供が、関係の代替不可能性を高めることで継続が促されるというモデルを示した。また研究7では高齢者を対象としたパネル調査の二次分析により、主観的健康状態の向上と社会活動団体への加入が、新たに親密な友人関係を形成する可能性を高めることを明らかにした。

 これらの実証研究を通じて本論文が友人関係研究にもたらした貢献は、第1に従来の欧米、青少年対象の研究では軽視されてきた「接触頻度が低くサポート交換機能は低調だが、情緒的に親密な友人関係」の存在にスポットライトを当て、その機能を提案したことである。様々な社会的役割に時間を割かれる中年期から高齢期においては、友人関係が日常的な接触や具体的な資源の交換を必要としない関係に変化しうること、そしてそのような関係ゆえの機能を持ちうる。従来は頻繁に接触のある関係を親しい友人と捉えそのサポート交換機能が重視されてきたが、本研究において「日本の中高齢者」を対象としたことにより、今までの友人関係研究の知見を相対化し、新たな友人像を提案するに至った。

 第2の貢献は、加齢およびそれに伴う状況の違いが友人関係に与える差異を理解する上で、Socioemotional Selectivity Theoryの「状況の変化に応じた対人関係の適応的な選択」という視点が有効であることを示したことにある。本研究で対象とした中高齢者は、緊密な接触のあるつきあいが必ずしも出来ない状況にあっても親しい友人関係を維持し、中高齢期のニーズに応じた情緒的機能を友人関係から得ていることが明らかになった。そして、それらの機能が満たされることは中高齢者の主観的well-beingと正相関し、また多様な機能を持つ関係ほど継続するというモデルが成り立った。つまり友人関係のあり方、働き、そして関係の発展過程を理解するのに、一貫してSocioemotional Selectivity Theoryの考え方が有効であると考えられた。この理論自体は友人関係に限定したものではないが、理論が指摘する「状況に応じた対人関係の選択」は、自主的に関係を取捨選択し望ましい関係性を主体的につくることが出来る、という特徴を持つ友人関係にこそ、顕著に現れると言えよう。

 これは本論文のSocioemotional Selectivity Theoryに対する貢献ともなる。理論の元来の立場では、加齢に伴い対人関係の重要な機能自体が変化すると主張するが、実証研究ではそのような対人関係の機能的変化は検討されず、対人関係の数や接触頻度の変化といった構造的変化を説明するのに留まってきた。本論文では、中高齢者にとって重要な親しい友人関係の機能を明らかにし、従来検討されてきた青少年の友人関係機能と、中高齢者が重視している機能とが異なることを指摘した。これはSocioemotional Selectivity Theoryの「対人関係の選択」が、対人関係の構造的な年齢差だけでなく機能的な差を理解する上でも有効であることを示唆しており、理論の適用範囲の拡張をもたらす知見であると考えられる。

 このような貢献の一方で、一連の研究では検討できなかった問題、今後検討すべき問題がある。第一に、研究対象者が比較的健康な都市部在住の中高齢者に研究対象が限定されており、結果の一般化可能性には限界がある。本研究で見出した友人像やその機能が他の社会集団においても見られるか、このような友人関係が特に重視される状況的要因があるか、検討を重ねる必要がある。第二に、ソーシャル・ネットワークを構成する他の対人関係との関わりについて深い分析をするに至らなかった。本論文は友人関係に限定してそのあり方、機能を掘り下げたものであるが、友人関係はより広いソーシャル・ネットワークの一部として存在する。本論文での友人関係に関する知見を、ソーシャル・ネットワーク全体として対人関係の働きを捉える研究枠組みと組み合わせて研究することにより、中高齢者にとって豊かな対人関係とはいかなるものかという問いを追求することが可能となる。ネットワークの中での友人関係の働きを明らかにすることが本研究の次のステップである。

 本論文を通して、日本の中高齢者にとって友人関係は親密な対人ネットワークを構成する重要な存在であること、その機能は身近なサポート交換から、非日常的な気分転換の起爆剤、過去と現在をつなぐ錨、といった多様な機能を持ちうることを示した。中高齢者の友人関係に関する研究は萌芽期にあるが、対人関係の構造や機能に対する個人や関係の置かれた状況の影響を明らかにしていく上でも、高齢者の豊かな対人関係を明らかにする上でも、友人関係を研究することの意義は大きいと言えよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本の中高齢者の「友人関係」の機能を明らかにすると共に、友人関係と精神的健康との関連、友人関係の継続・発展の規定因を検討し、日本の中高齢者にとっての豊かな友人関係とは何か、その構築には何が求められるか、という問いに取り組んだものである。

 従来の友人関係に関する研究は、専ら幼少期から青年期前期を対象としてきた。特に日本においては、中高齢者の対人関係は家族関係を中心に研究されており、日本の中高齢者がいかなる友人関係を築き、その関係から何を得ているかはほぼ未開拓の課題であった。世帯規模の縮小、殊に高齢者の単身世帯が急増する今日、家族に次ぐ親密な関係である友人関係が、中高齢者の生活に果たす役割は増大している。本論文は、日本の中高齢者が営む友人関係について多角的な実証研究を重ねることで、中高齢者にとって適応的な友人関係の概念的モデルを構築した意欲的な論文である。

 具体的には加齢による対人関係の変化に関する代表的な理論であるCarstensenのSocioemotional Selectivity Theoryを基盤とし、中高齢者の友人関係の構造的・機能的特性を明らかにした。サンプルの代表性が高い大規模な日米比較調査データを二次分析して、従来の友人研究の枠組みでは日本の中高齢者にとっての友人関係の機能が捉えきれないことを指摘した。その上で、中高齢者へのイン・デプス・インタビュー及びランダム・サンプル調査を重ねることで、若年者を対象とする従来の友人研究では軽視されてきた「接触頻度が低いが情緒的に親密な友人関係」に注目し、その情緒的機能として「気分転換(カタルシス)」機能と「自己の確証(アンカー)」を提案した。次いで、それらの機能が実際に親密な友人関係から充足されている度合いを測定し、それが関係の継続予期や、本人の精神的健康と関連することを示した。更に、全国高齢者を対象としたパネル調査の二次分析により、親密な友人関係を高齢期に構築、維持するための規定要因を検討した。

 従来の友人研究の知見に基づいて日本の中高齢者の友人関係を見ると、サポート授受機能が低く交流も低調と見える。しかし本論文では、重層的な実証研究から従来の知見を見直し、日本の中高齢者の友人関係を理解するには従来の「頻繁な接触とサポートの交換」を重視する枠組みに囚われず、中高年期にとりわけ有効な友人機能に注目することの重要性を指摘した。加齢に伴う個人や状況の変化により友人の構造や機能も適応的に変化するという視点を取り入れ、友人関係の生涯発達的モデルを提案した。本論文は社会心理学における友人関係研究を発展させるのみならず、高齢者の豊かな社会関係についての、あらたな研究分野を開拓するものであると考えられる。

 本論文の主張する「友人関係の5機能」に関しては、更に多様な社会状況で、幅広い年齢層を対象として仮説の検討を重ねる必要がある。また、個人を取り巻く対人関係(家族、近隣など)全体の中で友人関係を検討する必要がある。このような課題は今後に残されているが、従来の社会心理学研究では空白であった研究対象に取り組み、新たな概念モデルを提案すると共に、高齢社会のニーズにも応える本論文は、社会問題を科学的に究明し解を求めるという、今日望まれている社会心理学研究のあり方を拓く業績として評価できる。よって、審査委員会は本論文が博士(社会心理学)の学位に値するとの結論に達した。

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