学位論文要旨



No 121690
著者(漢字) 高野,久紀
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,ヒサキ
標題(和) 社会ネットワーク、競争、マイクロファイナンス
標題(洋) Essays on Social Network, Competition, and Microfinance
報告番号 121690
報告番号 甲21690
学位授与日 2006.04.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第207号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澤田,康幸
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 松島,斉
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 助教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

Since the birth of the human beings, we human beings have not conquered worldwide poverty yet. More than 1 billion people live with the expense of one dollar per day while a small number of the people in the global village succeed in escaping from the poverty.  A large number of benevolent people and organizations invest their money, time and power to reduce the poverty in the third world, but the success has been still limited. Although enormous amount of money flew into African countries, they are still poor as if there had been no inflow of money. The task of economic analysis for economic development and poverty reduction is, therefore, to unravel what kinds of policy sets can change the situation.

 In this dissertation, we focus on social networks, competition and microfinance. Chapter 2 is allotted for the analysis on social networks. Information on job vacancies, business chances, opportunity for trainings and various activities flows through social networks. Those who have connection with politicians or government bureaucrat may be treated better in many situations. Those with more social connections can deal with income shocks more easily than those with less social connections. In some cases of job hunting, the important thing is not who you are but who you know. In developing countries where job opportunity is rather limited, most good jobs are available only for those who have connections. On the other hand, availability of low wage income jobs for less educated people is also determined by social connections since employers would not place emphasis on educational levels but put a high priority on the trustworthiness of the applicants, which can only be established by referrals from common acquaintances (See Nakanishi (1991)). Chapter 2 deals with such cases where applicants with connections can ask their friends or relatives working in firms with vacancies for referrals. We show that an extension of networks may decrease applicants' payoffs while a diversification of the networks can raise referred applicants' payoffs.

 In Chapter 3, our focus is turned to competition. Competition can be classified into competition based on absolute performance evaluation and one based on relative performance evaluation. In economic theory literature, the latter is called contests. We can find many examples of such contests: for example, recruitment, promotion, admission to universities, student grading, Olympic and sports tournament. World Bank's influential book The East Asian Miracle points out that East Asian countries use contests to induce export companies' efforts. Before evaluating the effectiveness of these contests, it is important to clarify in which situations contests work better than traditional individual contracts and how these two schemes differ. In Chapter 3, we show that it is optimal for the principal to deliberately make the signals noisier according to the degree of heterogeneity. This is contrary to the traditional individual contract theory based on absolute performance evaluation, where using most accurate signals is optimal for the principal. We also argue how the contest types influence the optimal accuracy of noisy signals.1

 1This chapter is from joint work with Nobuyuki Yagi, who provided substantial contribution to this research.

 The last chapter is on field experiments on microfinance. After the success of the Grameen Bank in Bangladesh, The boom in microfinance happened all over the world. Joint liability, one of key innovation of the Grameen bank, became synonymous with microfinance. As of the end of 2005, it is estimated that 100 million people had been served microcredit service. As the year of 2005 is proclaimed by the General Assembly of the United Nations as the International Year of Microcredit, many conferences and working groups for microfinance were held in 2005. Recently, however, some microfinance institutions have discarded the joint liability and shifted toward individual lending. An article of The Economist (2005) pointed out the following two points as the reasons: (1) the members who expanded their businesses faster and require more capital felt constrained in what they could borrow, while those whose businesses grew more slowly found themselves guaranteeing big debts for other people, and (2) as group members developed personal credit histories through their loan payments, the need for collective guarantees disappeared. In this chapter, we challenge the validity of the argument that joint liability contracts are better incentive schemes to discourage borrowers from defaulting strategically and achieve higher repayment rates than individual lending contracts. We implemented eleven different types of repayment games with dynamic incentives in Hochiminh city, Vietnam. Our results show that joint liability contracts caused serious free-riding problems, inducing strategic default and lowering repayment rates. When group members observed each others' investment returns, then participants were more likely to choose strategic default. Even after introducing cross-reporting system or punishment among borrowers, the default rates and the ratio of participants who chose strategic default under joint liability were still higher than those under individual lending. Joint liability contracts themselves do not seem to provide good incentives for the borrowers to repay their loans. Moreover, joint liability schemes failed in inducing mutual insurance among borrowers. Those who had been helped or repaid a little in the previous round were more likely to default strategically and repay a little again in the current round and those who paid large amounts were always the same individuals.

審査要旨 要旨を表示する

1. 審査論文の主題と位置付け

 本論文は、博士論文全体の問題意識やまとめにあたる第1章と、広い意味でのネットワークとインセンティブに関する3つの論文から構成されている。第一の論文は、労働者の賃金に対してネットワークが与える影響に関する理論的な論文である(第2章)。第二の論文は、個人の能力が異質である場合の相対評価の問題を扱った理論的な論文である(第3章)。第三の論文は、マイクロファイナンス・プログラムにおける連帯責任制度が戦略的債務不履行のインセンティブをどのように変えるのかを、ベトナムにおける実験データから検証した実証的な論文である(第4章))。

 1970年代から、発展途上国における分益小作制度の理論的解明などを通じて、不確実性や非対称情報の元でのミクロ経済学の分析手法をさらに発展させ、途上国における組織・制度の合理性を明らかにするという分析手法がJoseph Stiglitzなどを中心として進展した。高野氏の研究の第2章は、こうした大きな研究の流れを踏襲し、発展途上国の貧困層が直面する労働市場のマッチングという固有の問題について新たな知見を得ようとするものである。高野氏が得た分析結果は、高く評価できるものであり、第2章は既にJournal of Development Economicsに掲載が受理されている。第3章は、八木伸行氏との共同論文であるが、発展途上国を対象とした第1章とは異なり、より一般的な状況におけるインセンティブの問題について理論的に考察している。本章は、エージェントの能力が異質である場合の相対評価の効力について既存の議論で欠けている論点を指摘し、それに対する理論的な回答を与えているという点で高く評価できる。この章は、Japanese Economic Reviewに掲載が受理されている。第4章では、ごく近年、Dean Karlanらを中心として急速に分析手法が発展しつつある、実地実験(Field experiments)の手法に慎重に沿いながら、マイクロファイナンス・プログラムにおける戦略的債務不履行のインセンティブを評価したものであり、先端研究を踏襲しながらさらに新たな知見を得ようとしている点で先進的である。本章は、現在投稿準備中であるが、今後高く評価されるものと考えられる。

 以下においては、第2章から第4章の各章のより詳しい内容とその主な貢献、残された課題などについて述べることにしたい。

2. 各章の概要と評価

 第2章では、発展途上国の低賃金労働者を想定しながら、職業紹介が賃金決定に果たす役割を理論的に考察している。ここでは、競争的に賃金が決定される労働市場が存在するものの、他方で一定の割合(λ)の労働者については、自らの持つ職業紹介ネットワークを活用することによって個別に雇用者と賃金を交渉する方法もある。ネットワークを通じた個別賃金は労働者と雇用者とのナッシュ交渉解として導出されると考えている。労働者が持つ職業紹介の数が最大1つである場合、労働者の生産性が一様分布に従うと言う仮定の下では二つの理論的な結果が得られる。第一に、紹介ネットワークを持つ労働者の比率λが上昇すると(ネットワーク拡張効果)、労働市場での均衡賃金が下がるということである。職業紹介ネットワークをもつ労働者の中でも実際に職業紹介を利用するのは、より生産性の高い労働者である。従って、このような自己選抜メカニズムが働くため、λの率が上昇すると、労働市場に残る労働者の平均的な生産性が低下する。このことが、市場均衡賃金を下げるのである。筆者はこれを「レモン効果 (lemon effect)」と定義している。一方、第二の結論は、レモン効果を通じた市場均衡賃金の低下は、職業紹介ネットワークを利用する労働者の外部オプションたる市場賃金低下を意味するため、ナッシュ交渉解として決まる個別賃金を低下させるというものである。筆者はこれを「交渉効果 (bargaining effect)」と呼んでおり、この効果と「レモン効果」を合わせて「負のネットワーク効果 (negative network effect)」と呼んでいる。

 次に、職業紹介ネットワークを持つ労働者が、単一ではなく複数の紹介チャネルを持っている場合、雇用者側が労働者側の情報を完全に知っているいないにかかわらず、以下のような結果が得られる。まず、レモン効果については、紹介チャンネルの数にかかわらず、単一チャンネルと同様にλに依存しながら出現する。従って、労働市場の均衡賃金は紹介チャンネルの数には依存しない。一方、交渉効果については、紹介チャネルが多くなるほど軽減される。従って、負のネットワーク効果は、紹介チャンネルの数が多くなれば軽減されることになる。

 以上のように、本章の結果は、発展途上にある労働市場の分断性が生む特異な性質を明快に示したものであると高く評価できる。しかしながら、同時に明確な結論を導出するために捨象された数多い問題点もある。モデルの定式化として、紹介ネットワークを持つ労働者の比率λが外生的なパラメタとして扱われているのは非現実的であろう。より現実的には、λは労働者の生産性θの正の関数であると考えるなどの工夫が必要と思われる。第二に、紹介チャネルの数に雇用確率が影響を受けないという仮定も緩める必要があろう。最後に、紹介者の行動が明示されておらず、λの変化によって社会的な厚生水準がどのように影響を受けるかが明らかでないという問題がある。これらの問題点は今後の課題であろう。

 第3章は、個人の能力が異質である場合での相対評価の効力を扱った理論的な論文である。Edward LazearとSharwin Rosen以来の相対評価とインセンティブに関する従来の研究では、エージェントが均質であるという想定のもと、成果に関するシグナルのノイズが大きくなるほどエージェントの努力水準が低下するということが示されている。一方、本章では、エージェントが不均質であり、能力にばらつきがある場合、成果に関するシグナルのノイズを増やすことがかえってエージェントの努力水準を向上させ、プリンシパルの利得を増加させることを示している。

 まず、能力が異質であり、勝利者が一人のみであるというコンテストの状況では、全てのエージェントの努力インセンティブは低い。このような問題の解決法として、ハンディキャップを与えたり、アファーマティブアクションを行ったりすることが考えられる。しかしながら、第三者機関などによってエージェントの能力が立証できない場合、それらの手法を用いることは難しい。この問題を解決するため、本論文では、リスク中立的なプリンシパルが利得を最大にするように成果ノイズの水準と賞金の水準を選択するという問題を解いている。その結果によれば、最適なノイズ水準は、エージェント間の能力格差に比例するという興味深い結果を導出している。これは、ノイズが大きければ、第一に、能力の低いエージェントにとっては、勝利する可能性がより高くなるため、努力するインセンティブが向上するということと、第二には、能力が高いエージェントにとっても、成果ノイズが大きい状況で勝利を確実にするためにはより努力しなければならないからである。

 次に、敗者達も利得を得るというランクオーダートーナメントのケースを検討している。基本的な結果は、勝利者が一人のケースと同様であるが、新たな結果は、ランクオーダートーナメントの場合、最適なノイズの水準がより大きくなるという点である。その理由は、勝利者が一人の場合と異なり、敗者であるエージェントもある程度の利得を得るため、プリンシパルはエージェントに過度な努力を行わせて成果を享受しようとするインセンティブが生じるからである。これも大きな成果であるということができよう。

 本章では、さらに、エージェントの能力が私的情報であるケースについて検討している。ただし、ここで検討されているのは能力が二つの値をとりうるという単純な場合であり、能力が連続的に分布するというより一般的なケースについては検討されていない。そもそも、本論文が問題にしているのは、能力が客観的に立証できない場合にハンディー・キャップやアファーマティブアクションを用いることが困難であるという点である。従って、不完全情報の場合こそ、精緻に分析しなければならないともいえる。この点について、今後は既存研究との関連を含めて議論を拡張することが必要であろう。さらに、本章で考察の対象とされた二人のエージェントのケースを拡張し、より一般的なN人のケースにおいて本論文の結果が維持されるかどうかを検討することも意味があろう。

 第4章では、マイクロファイナンス・プログラムにおける連帯責任制度が戦略的債務不履行のインセンティブをどのように変えるのかを、ベトナムに実験を実施し、収集されたデータから検証した実証的な論文である。本章では、個別融資のケースとグループ融資の比較をすること主眼であるが、特にグループ融資についてはメンバーの返済額の観察可能性、モニタリングの可能性、クロスリポーティングの可能性、金銭的制裁の可能性などさまざまな実験の拡張を行うことで、計11のタイプの実験を行っている。実験から得られた、融資返済に関する5,105ものデータを用いて計量分析を行っている。

 分析から得られた実証結果は、第一にグループ融資の連帯責任制度が戦略的債務不履行の確率を有意に上昇させていることである。さらに、お互いの投資収益を観察でき、他のメンバーの債務不履行が戦略的なものであったかどうかを識別できるという意味でのモニタリングの可能性が高まることは、より戦略的債務不履行の確率を向上させている。一方、金銭的制裁は戦略的債務不履行を抑制するもののその効果は十分ではなく、総じて連帯保証制度に基づくグループ融資は、個別融資に比べてより戦略的債務不履行の確率が高いことが頑健な結果として示されている。これらの分析結果は、グループ融資が強いただ乗りのインセンティブを生み、返済の押し付け合いをもたらしていることを示しており、連帯責任制度が戦略的債務不履行を抑制するとしてきたTimothy BesleyやStephen Coateらによる既存の理論的な結果を実証的な見地から覆すものとして非常に重要である。さらに、Dean Karlanらを中心として、ミクロ開発経済学の分野において急速に分析手法が発展しつつある、実地実験(Filed experiments)の先端的な手法を拡張したものであり、この点でも大きな貢献がある。

 ただし、この章については、いくつかの問題が指摘された。第一に、前提となっている個別融資・連帯責任融資の理論モデルが必ずしも明確ではなく、理論的な結果との対応関係が希薄であるという問題がある。第二には、異なるゲームの結果の違いを統計的に検定する方法として、本章が用いたように全ての実験結果をプールして回帰分析を行うことが妥当かどうかという問題がある。第三には、このゲームで用いられている金銭的な制裁が、連帯保証制度におけるコミュニティの社会制裁メカニズムを捉えるものとして妥当かという問題がある。最後に、この実験をベトナムで行ったということについての特殊性・特徴についての議論が希薄であるという問題がある。この点については、例えばマイクロファイナンスの連帯保証制度を、日本型の連帯保証人制度と比較するというような視点も考えうる。

 以上、説明したように、本論文を構成する第2・3・4章はそれぞれ将来的な分析課題を残してはいるものの、学術的に十分な貢献を行っており、第2章・第3章については、すでに査読付きの国際学術雑誌に掲載が受理されている。また、第4章についても、十分な学問的貢献があると考えられる。従って、提出された論文は博士論文として十分なレベルに達しており、審査員一同、高い評価を与えたいと考えている。審査員一同は、論文審査と所定の口頭試問の結果から、審査委員会は高野久紀氏が博士(経済学)の学位を取得するにふさわしい水準にあるという結論に達した。

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