学位論文要旨



No 121692
著者(漢字) 門野,夕峰
著者(英字)
著者(カナ) カドノ,ユウホ
標題(和) 破骨細胞分化におけるシグナル分子TRAF6の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 121692
報告番号 甲21692
学位授与日 2006.04.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2757号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 鄭,雄一
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 星,和人
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

緒論

 骨組織の恒常性維持において破骨細胞は必要不可欠な役割を果たし、骨粗鬆症では破骨細胞による骨吸収が増大したり、関節リウマチなどの骨破壊性疾患では破骨細胞の分化、機能が亢進したりしている。破骨細胞の分化、活性化の機構を解明することは、これら骨粗鬆症や骨破壊性疾患の病態解明および治療開発に結びつく重要なものと考えられる。

 破骨細胞は造血幹細胞由来の単球・マクロファージ系の多機能幹細胞から分化し、その分化は主にマクロファージコロニー刺激因子M-CSFおよび破骨細胞分化因子RANKLによって制御されている。RANKL欠損マウス、または受容体RANK欠損マウスでは、破骨細胞分化障害をきたすため重篤な大理石骨病様の症状を呈する。RANKは腫瘍壊死因子TNFαの受容体TNFRのスーパーファミリー群に属し、細胞内シグナルアダプター分子であるTRAFを介してシグナルを伝達する。TRAF6欠損マウスでは、破骨細胞の分化障害による重篤な大理石骨病様の症状を呈し、TRAF6欠損マウスの破骨細胞前駆細胞をM-CSFおよびRANKL存在下で培養しても破骨細胞分化が見られないことから、RANKLがRANKに結合することによって惹起される破骨細胞分化シグナルは、主にTRAF6によって媒介されていることが伺える。

 TRAF6はN端側からRINGフィンガー、Zincフィンガー、TRAF-Nドメイン、TRAF-Cドメインという特徴的な構造を有するが、どの分子内構造が破骨細胞分化に重要なシグナル分子MAPKおよび転写因子NF-κBの活性化に必要であるかなど、破骨細胞分化や機能調節においてどのような役割を果たしているのか明らかにされていない。またTRAF6はRANKだけでなくCD40など他のTNFRスーパーファミリーからのシグナルや、IL-1R/TLRファミリーからのシグナルも媒介するが、唯一RANKLだけが破骨細胞分化を誘導するとされている。これら受容体からのTRAF6シグナルに相違点が存在するのかどうか、またそれが質的なものであるか量的なものであるかは検討されていない。本研究では以上の2点に着目して、分子生物学的手法を用いて破骨細胞前駆細胞にRANK、TRAF6を中心としたシグナル分子の正常体または変異体を発現させ、破骨細胞分化シグナルを検討した。

第1章 TRAF6分子内構造の破骨細胞分化における役割

 野生種の胎児線維芽細胞MEFをIL-1αならびにLPS刺激したところ、転写因子NF-κBならびにシグナル分子MAPKであるJNKとp38の活性化が見られたが、TRAF6欠損MEFにおいてはこれらの活性化は見られなかった。レトロウィルスを用いてTRAF6欠損MEFにTRAF6正常体を発現させたところ、これらの活性化は完全に回復したことから、IL-1αならびにLPSによるNF-κB、JNK、p38の活性化にはTRAF6が必要不可欠であることが分かった。またN端から順次、分子内構造を欠損させたTRAF6変異体を導入することで行った機能解析の結果から、RINGフィンガーおよび5つ存在するうちの1つ目のZincフィンガーはNF-κBの活性化には必要ではないもののJNKまたはp38の十分な活性化には必要であること、残り4つのZincフィンガーはNF-κB、JNK、p38すべての活性化に何らかの形で関与していることが分かった。

 TRAF6欠損マウス由来の破骨細胞前駆細胞をM-CSFとRANKL存在下で培養しても一切破骨細胞は形成されないが、TRAF6の正常体を発現させると骨吸収能を有する破骨細胞が形成されたことから、TRAF6が破骨細胞分化において必要不可欠であることが確認された。またTRAF6変異体を用いた機能解析の結果から、RINGフィンガーが極性化して骨吸収能を獲得するという成熟段階に重要であること、N端側から2つ目と3つ目のZincフィンガーが多核巨細胞になるまでの段階、つまり破骨細胞の分化に重要な働きをしていることも明らかとなった。こうしてTRAF6が破骨細胞の分化と成熟の両方の過程において重要な働きをしていることが初めて明らかとなった。

第2章 TRAF6を介したシグナル強度と破骨細胞分化の関連

 RANKにはTRAF6結合部位が3つ存在するが、TRAF6と結合しないように結合部位に変異を入れたRANK変異体を作成し、レトロウィルスを用いて破骨細胞前駆細胞に発現させ破骨細胞分化誘導能を検討した。RANK正常体を発現させた細胞からは、骨吸収能を有する破骨細胞が多数形成され、同様に1つだけに変異のあるRANKの変異体E342A、E375AまたはE449A、また2つのTRAF6結合部位に変異のあるRANKの変異体E342/449AおよびE375/449Aを発現させた細胞からも破骨細胞が形成された。これらの結果から1番目または2番目のTRAF6結合部位のうち少なくとも1つが存在すれば、骨吸収可能な破骨細胞を分化誘導することが可能であることが分かった。一方で、1番目と2番目の両方に変異のあるE342/375Aと3つすべてに変異のあるE3Aを発現させた細胞からは破骨細胞はまったく形成されなかった。これらの結果は、これら変異体を介したp38の活性化と相関していた。

 次にRANKと最も相同性が高いとされるCD40の破骨細胞分化における役割を検討した。前駆細胞上にはNF-κBとp38を活性化できる機能的なCD40が発現していたが、p38の活性化の程度はRANKLに比べ弱く、破骨細胞分化を誘導できなかった。続いてCD40を過剰発現させシグナルの増強を試みたところ、破骨細胞分化誘導の促進因子として知られているTGF-βの存在下で、p38の活性化が増強、遷延化して、RANKL-RANK非依存性に骨吸収能を有する破骨細胞が形成された。またTRAF6結合部位を増やしたCD40変異体の破骨細胞分化誘導能の強弱を検討したところ、TRAF6結合部位の増加に伴い、より多くのTRAF6と会合してより強くかつより長く持続するp38の活性化が誘導するようになり、TGF-βの非存在下でも破骨細胞分化を誘導できるようになった。またTRAF6を過剰発現させるだけで、RANKLをはじめとしたリガンド刺激やTGF-βなどの破骨細胞分化促進因子が存在しなくとも、骨吸収能を有する成熟破骨細胞が形成された。これらの結果から、TRAF6を介したシグナルの強度がある閾値に達すれば破骨細胞分化を誘導でき、生理的条件下ではRANKLだけが唯一この条件を満たしているものと考えられた。

総括

 生理的条件下では破骨細胞の分化はRANKL、RANK、TRAF6を介して伝達されるシグナルによって制御されている。第1章の結果から、TRAF6は特徴的な分子内構造を介してシグナルを分配することで破骨細胞分化ならびに成熟を段階的に制御していることが分かった。また同じTRAF6を介していても、下流分子への伝達経路はシグナルを惹起するサイトカインによって異なることも分かった。第2章の結果から、受容体RANKならびにCD40から惹起されるTRAF6シグナルの強度は異なり、その差異が生理的条件下における破骨細胞分化能の有無に影響を与えている可能性が示唆された。このシグナル強度の差異が生まれる原因としては、シグナル伝達に用いられるTRAF6内の分子内構造がRANKとCD40とでは異なる可能性や、これら受容体に結合するTRAF6以外の分子の影響が考えられる。TRAF6シグナルに対して促進的に機能する因子が多く活性化すれば、広義の破骨細胞分化シグナルは全体として増強され、抑制的なものが多ければ減弱され、シグナル全体の強度により破骨細胞分化が制御されていると考えることができる。

 RANKやCD40にはTRAF6だけでなく、TRAF6と同様にNF-κBやMAPKを活性化するTRAF2、TRAF5も結合することが知られており、これらの分子の影響も考慮する必要がある。TNFαによって惹起されるシグナルは主にTRAF2を介して下流に伝達されるが、TGF-β存在下ではTNFαにより、RANKL-RANK-TRAF6非依存性に、骨吸収能を獲得する前の段階までの破骨細胞分化が誘導され、IL-1αなどでTRAF6を活性化すればこれらの細胞が骨吸収能を有する成熟破骨細胞にまで最終分化できることが最近分かった。関節リウマチなどで見られる炎症条件下では、滑膜によってRANKLのみならずTNFα、CD40L、IL-1αなどのサイトカインが産生され、様々な経路でTRAF6をはじめとするTRAF分子が活性化されている可能性があり、生理的条件下とは異なった機構によって成熟破骨細胞が分化誘導されている可能性も考えられる。今後、生理的条件下だけでなく、病態に即した条件下における破骨細胞分化機構の解明は、関節リウマチなど骨破壊性疾患に対する「疾患特異的な治療法開発」に重要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 破骨細胞は骨組織の恒常性維持において重要な役割を果たしているが、破骨細胞の分化は、生理的条件下では主にRANKLによって制御されている。本論文では、破骨細胞分化におけるシグナル分子TRAF6の役割に関する研究を行い、下記の結果を得ている。

1.線維芽細胞において、IL-1αまたはLPSによる転写因子NF-κBの活性化にはTRAF6が必須であり、IL-1αとLPSは異なる部位のZincフィンガーを介して活性化していた。

2.線維芽細胞において、IL-1αまたはLPSによるシグナル分子JNK、p38の活性化にはTRAF6が必須であり、RINGフィンガーとZincフィンガーと全体で活性化に重要であった。

3.線維芽細胞において、IL-1αまたはLPSによるシグナル分子TAK1の活性化にはTRAF6が必須であり、特にRINGフィンガーが重要であった。

4.RANKLによる破骨細胞分化誘導においてはTRAF6が必須であり、Zincフィンガーは前駆細胞が融合して多核化するまでの分化段階に、RINGフィンガーは極性化して骨吸収能を獲得する成熟段階において重要であった。

5.RANKに存在するTRAF6結合部位のうち、N端から1番目と2番目の結合部位が重要であり、いずれか1つが存在すれば十分に破骨細胞分化を誘導できた。

6.CD40を活性化することで惹起されるシグナルは、生理的条件下では破骨細胞分化を誘導しなかった。しかし、過剰発現またはより多くのTRAF6と会合できるように変異させることで、TRAF6を介したシグナルが増強され、破骨細胞分化を誘導できたことから、CD40も破骨細胞分化誘導能を有していると考えられた。

7.TRAF6を過剰発現させた状態では、RANKLなどの外的刺激がなくとも骨吸収能を有する破骨細胞分化を誘導できた。

 以上のことから、TRAF6が特徴的な分子内構造を介してシグナルを分配することで破骨細胞分化から成熟に至る過程を段階的に制御していること、またRANKならびにCD40によって惹起されるTRAF6シグナルの強度の差異が生理的条件下における破骨細胞分化能の有無に影響を与えていることが明らかになった。これらの結果は、炎症状態など病的条件下では生理的条件下とは異なった機構によって成熟破骨細胞が分化誘導され病態形成に寄与している可能性を示唆するものであり、本論文は病態に即した破骨細胞の分化機構の解明に結びつく重要なものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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