学位論文要旨



No 121694
著者(漢字) 吉田,光爾
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,コウジ
標題(和) 中学生を対象とした精神保健における援助希求行動の増進を目的とする教育体験プログラムの開発とその効果評価
標題(洋)
報告番号 121694
報告番号 甲21694
学位授与日 2006.05.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2759号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 助教授 松山,裕
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

背景

 精神障害における早期介入が昨今注目を集めている。発病後から受療までの未治療期間(Duration of Untreated Psychosis)を短縮し早期介入をすることによって、後の障害の軽減・予後の改善などが期待されることがわかってきたからである。しかし、精神保健領域においては、必要時に専門家に援助を求めるという援助希求行動が、問題発生時においても遅延したり、サービスが十分に活用されていないことが指摘されてきた。この受療の遅延要因としては、精神保健機関の受療・相談等に関する知識の不足・スティグマが存在することがあげられる。

 他方、思春期青年期にあたる中学生や高校生の時期は、精神障害の好発期に当たり、精神保健上の様々な不適応が高頻度で発生する時期である。よって、メンタルヘルスに関する知識の増進をはかり、最終的に援助希求行動の可能性を増進させることを目的とする思春期教育現場における教育プログラムには、一次予防の観点から重要な意義があると考えられる。しかし、そのプログラムの効果評価研究については未だ端緒にある状態である。

目的

 本研究の目的は、思春期を対象にした精神保健に関する理解の増進、特に援助希求行動の促進を焦点としたプログラムのモデルを提示し、プログラムが本人の援助希求行動に対する態度に与える影響を検証することである。また、援助希求行動の前提となる諸変数を構造的に把握・介入するとともに、それらへの影響を評価することで、援助希求行動を増進するためには、どのような介入のあり方があるのかについて検証する。

方法

 千葉県C市にある公立の中学校の協力を得、中学1年生5クラス181名を対象とした。うち2クラス(73名)をプログラムの介入群とし、3クラス(108名)を対照群とした。介入となる教育プログラムの実施をはさんで2時点において、無記名の自記式調査票による調査を行った。

 本研究では、援助希求行動を増進するにあたって、介入可能な要因を「I.メンタルヘルスへの理解」と、「II.専門相談機関への援助希求行動に対する認識」の2方向から構造的に把握し、これらに介入することで、最終的に「III.援助希求行動に対する態度」が増進されるかどうか検討した。

 実施された教育プログラムは、1)(1)ストレスと精神障害、(2)こころの相談施設をテーマとした授業2時間、2)相談機関への希望者による見学取材、並びにその情報のシェアリングの授業1時間、3)統合失調症をもつ当事者からの講話と「悩む」ことへの意味づけの授業1時間、の計授業4回・見学1回で構成された。

 なお、効果に関連する指標として「I.メンタルヘルスへの理解」に対して、「精神障害の知識度尺度」「精神障害の罹患可能性の意識尺度」、「II.専門相談機関への援助希求行動に対する認識」に対して「専門相談機関に関する知識度尺度」「こころの相談に関するイメージ尺度」、「III.援助希求行動に対する態度」に対して「専門相談機関への相談意向態度尺度」「ASPH」を用いた。また精神障害者への偏見に関する副次的効果を評価するため、「精神障害者の自立性と権利の尊重に対する消極度態度尺度(以下:消極度尺度)」を用いた。(以下〜尺度略)

 各尺度について、時期(介入前/介入後)と群(介入群/対照群)を要因とした反復測定の共分散分析を行い、時期と群の交互作用を検定することで、介入の効果を評価した。共変量には「性別」と「専門相談機関への接触経験」を投入した。また介入効果の大きさを評価するため、偏η2を交互作用のエフェクトサイズの指標とした。また、結果の解釈の補助とするため、各尺度の相関係数を算出するとともに、男女別の効果の比較検討も行った。

結果

 介入の影響として交互作用が認められた変数は、「I.メンタルヘルスへの理解」については、「精神障害の知識度」(p<.001, 偏η2=.224)、「精神障害の罹患可能性の意識」(p<.01、偏η2=.057)であった(表1)。また「II.専門相談機関への援助希求行動に対する認識」について、「専門相談機関に関する知識度」では交互作用が認められたが(p <.001,偏η2=.090)、「こころの相談に関するイメージ」の総合得点には影響が認められなかった(p=.512, 偏η2=.003)。しかし、同尺度の下位因子である「(相談の)メリットの意識因子」因子得点には交互作用が認められた(p<.05, 偏η2=.030)。なお、同尺度下位因子「恥の意識因子」「デメリットの意識因子」因子得点には影響が認められなかった(表2)。最終的な目的変数である「III.援助希求行動に対する態度」については、「専門相談機関への相談意向態度」(p<.001, 偏η2=.119)、「ASPH」(p<.05, 偏η2=.052)の両尺度について、介入の影響が認められた(表3)。なお、「消極度尺度」には影響が認められなかった(p=.410, 偏η2=.005)。

 また、男子と女子に対する影響の差を比較すると、女子のみに「精神障害の罹患可能性の意識」(p<.01, 偏η2=.095)、「こころの相談に関するイメージ」に介入の効果が認められた(p<.05, 偏η2=.058)。また交互作用のエフェクトサイズを比較すると、いずれかの共分散分析における交互作用が有意だったものについて、「精神障害の知識度」(偏η2値:男女順:以下同じ、.167<.265)、「精神障害の罹患可能性の意識」(.027<.095)、「専門相談機関に関する知識度」(.053<.147)、「こころの相談に関するイメージ」(.025<.058)、「イメージ尺度下位因子:メリットの意識因子」因子得点(.000<.121)、「専門相談機関への相談意向態度」(.068<.159)、「ASPH」(.031<.165)、において、女子が男子より大きなエフェクトサイズを示しており、本プログラムは特に女子に対して効果が高いことが示された。

 なお、最終的な目的変数である援助希求行動に対する態度をはかる「専門相談機関への相談意向態度」「ASPH」と相関が見られたのは、「こころの相談に関するイメージ」(各r=.465, p<.001, r=.456, p<.001)と、その下位因子である「メリットの意識因子」因子得点(各r=.335, p<.001, r=.451, p<.001)、「恥の意識因子」因子得点(各r=.319, p<.001, r=.239, p<.01,)、「デメリットの意識因子」因子得点(相談意向態度尺度のみr = .216, p < .01)、「消極度」(各r=-.329, p<.001, r=-.185, p<.05)であった。また最終的な目的変数に大きな影響を与えている「こころの相談に関するイメージ」については、その下位因子「メリットの意識因子」因子得点が、「精神障害の知識度」、「専門相談機関に関する知識度」と相関していることが示唆された(各r=.231, p<.01, r=.174, p<.05)。

考察

 本研究においては、最終的な目的変数である援助希求行動に対する態度の各指標に改善が見られ、本プログラムが援助希求行動を増進する効果をもつ可能性が示唆された。また援助希求行動に対する態度に大きな影響を与えていた「こころの相談に関するイメージ尺度」の下位因子「メリットの意識因子」因子得点にもその効果を及ぼすことができた。また、援助希求行動の前提となる、精神障害や障害の罹患に関する意識、専門相談機関に関する知識などの諸変数に有意な影響を及ぼしていた。これらから、本プログラムが、総合的に援助希求行動を増進するためのプログラムのモデルとなりうることが示唆された。また、その効果は特に女子において顕著に現れることも示唆された。

 一方、今後のプログラムの改良のために検討すべき点も同時に明らかになった。援助希求行動に大きな影響を与える「恥の意識」については、本研究のような介入方法では十分な変化をもたらされなかったと考えられ、今後この領域の教育効果をいかに上げていくか、という課題が示唆された。また、精神障害者への偏見に関する副次的な効果は得られなかったと考えられた。精神障害者への偏見は援助希求行動の阻害とも関連が高いと報告され、援助希求行動の増進上、偏見緩和の果たす役割は看過できない。今後、グループワークやボランティア体験などを含む介入内容の比較検討をすることが必要であると考えられた。

表1 I.メンタルヘルスへの理解に関する評価

表2 II.専門相談機関への.援助希求行動に対する認識に関する評価

表3 III.援助希求行動に対する態度に関する評価

審査要旨 要旨を表示する

 思春期青年期にあたる中学生や高校生の時期は、精神障害の好発期にあたり、精神保健上の様々な不適応が高頻度で発生する時期である。よって、精神保健に関する知識の増進をはかり、最終的に専門相談機関へ援助を求めようとする「援助希求行動」の可能性を増進させることを目的とする思春期教育現場における教育プログラムには、早期介入による障害の軽減や予後の改善といった観点から重要な意義がある。しかし、その研究は端緒についたばかりである。

 本論文は、その点に注目し、思春期を対象にした精神保健に関する理解の増進、特に援助希求行動の促進を焦点としたプログラムのモデルを提示し、プログラムが本人の援助希求行動に対する態度に与える影響を検証したものである。また、援助希求行動の前提となる諸変数を多軸的・構造的に把握・介入するとともに、それらへの影響を評価し、援助希求行動を増進するためには、どのような介入のあり方があるのかについても検証している。論文提出者は、千葉県C市にある公立の中学校の協力を得、中学1年生5クラス181名を対象とした研究を行っている。うち2クラス(73名)をプログラムの介入群とし、3クラス(108名)を対照群とし、介入となる教育プログラムの実施をはさんで2時点において、無記名の自記式調査票による調査を行い、効果を評価している。

 介入の影響が認められた変数は、「I.メンタルヘルスへの理解」については、「精神障害の知識度」、「精神障害の罹患可能性の意識」であった。また「II.専門相談機関への援助希求行動に対する認識」について、「専門相談機関に関する知識度」では影響が認められたが、「こころの相談に関するイメージ」の総合得点には影響が認められなかった。しかし、同尺度の下位因子である「(相談の)メリットの意識因子」因子得点には影響が認められた。なお、同尺度下位因子「恥の意識因子」「デメリットの意識因子」因子得点には影響が認められなかった。最終的な目的変数である「III.援助希求行動に対する態度」については、「専門相談機関への相談意向態度」、「ASPH」の両尺度について、介入の影響が認められた。

 また、男子と女子に対する影響の差を比較すると、女子のみに「精神障害の罹患可能性の意識」、「こころの相談に関するイメージ」に介入の効果が認められた。また「精神障害の知識度」、「精神障害の罹患可能性の意識」、「専門相談機関に関する知識度」、「こころの相談に関するイメージ」、「イメージ尺度下位因子:メリットの意識因子」因子得点、「専門相談機関への相談意向態度」、「ASPH」において、女子が男子より大きなエフェクトサイズを示しており、本プログラムは特に女子に対して効果が高いことが示された。

 以上から、最終的な目的変数である援助希求行動に対する態度の各指標に改善が見られ、本プログラムが援助希求行動を増進する効果をもつ可能性が示唆されていた。また、援助希求行動の前提となる、精神障害や障害の罹患に関する意識、専門相談機関に関する知識などの諸変数に有意な影響を及ぼしていた。これらから、本プログラムが、総合的に援助希求行動を増進するためのプログラムのモデルとなりうることが示唆されていた。

 以上から、本論文は、思春期青年期における精神保健に関する知識・態度を総合的に増進するプログラムの効果を実証的に評価したという観点で独創性がある。またそのプログラムの効果は有用であると示唆されていることから、実際の思春期の教育現場で使用しうるものを開発したという点で実践的にも有用性があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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