学位論文要旨



No 121695
著者(漢字) 小林,康司
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,コウジ
標題(和) インスリンを使用していない2型糖尿病患者への看護師による外来療養相談の経済的影響
標題(洋)
報告番号 121695
報告番号 甲21695
学位授与日 2006.05.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2760号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松山,裕
 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 糖尿病の治療法である食事療法、運動療法、薬物療法は、いずれも日常生活の構成要素であり、患者がこれらをライフスタイルの中に統合させる上で、医療専門職による教育的介入が果たす役割は大きい。多職種チームによる療養指導が推奨されているが、国内では資源の制約から実施が困難であるため、療養指導を機能の一つとして持ち、かつ就業者数が多い看護師による療養相談の有用性を検討することには意義があると考えられる。看護師による療養相談は、海外では効果が報告され、国内でも外来部門で広く実施されているが、効果についてのevidence levelは未だ低く、今後さらに検証が望まれる。この際、保健医療分野に充てられる資源は有限であり、医療・看護サービスの評価の際にはその経済的影響も検討される必要がある。

 そこで、糖尿病患者への看護師による外来療養相談について評価するため、1年間のランダム化臨床研究を実施し、効果の検証と同時に経済評価を実施した。その結果、効果指標の1年間の変化量については、看護師による外来療養相談を実施した群と実施しなかった群との間に統計的な有意差が見られなかった。そのため、本論文では看護師による外来療養相談の経済評価として、費用対効果の検討は行わず、看護師による外来療養相談の実施に伴う費用を明らかにし、またその費用に関連する因子を探索することを目的とした。

方法

 本研究は、東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)の糖尿病・代謝内科(以下、糖代内)外来にて実施された。選定基準は、2型糖尿病であり、インスリンを使用しておらず、直近3回分のHbA1C値が平均6.5%〜8.5%であることなどであった。

 研究対象者は、糖尿病看護認定看護師(以下、認定看護師)1名が、専任で、対象者の受診日には原則として毎回、1回30分程度、個別に療養相談を行う看護支援群(以下、介入群)か、外来勤務の一般の看護師が、診療の補助業務のかたわらで、対象者が希望した時に療養相談を行う看護支援群(以下、非介入群)かのいずれかにランダムに割り付けられた。

 費用については、社会的視点から、看護支援費用、診療費用、直接非医療費、対象者の時間費用の4種類を特定し、ベースライン時点から1年間の費用を算出した。プログラム費用には相談担当看護師の人件費、資料費、通信費、資本費用が、診療費用には診察・検査・治療の費用、処方薬剤の調剤費用が、直接非医療費には対象者の個人負担費用、病院への交通費が、対象者の時間費用には対象者が受療(外来受診、外来通院、入院受療)に費やす時間の価値が含まれる。

 分析として、看護支援の群別に資源の使用量や費用を示し、群間比較をWilcoxonの順位和検定(両側検定、有意水準5%)にて行い、割引率、通院に要する費用の単価、時間費用の単価について感度分析を行った。さらに、費用を目的変数、対象者の各特性、看護支援、およびその交互作用を説明変数とする重回帰分析を行った。

結果

 研究参加の同意が得られた134名は各群に67名ずつに割り付けられた。ベースライン時点での対象者特性に群間差は見られなかった。不完全例は介入群7名、非介入群9名であった。

 研究対象者の糖代内外来の受診回数は1年間で介入群11.5±2.1回(mean±SD、以下同じ)、非介入群10.9±2.7回であり、統計的に有意な群間差は認められなかった。

 介入群では、面談は不適格例1名を除く66名全員に対し1人あたり10.3±2.1回実施され、対応時間は計278.5±143.1分、記録時間は計210.5±74.4分であった。非介入群では、相談は1名のみに実施され、研究開始日以降に新たに相談を開始した対象者はいなかった。

 費用は表に示したとおりであった。看護支援費用、対象者の時間費用は介入群で有意に高く、診療費用、直接非医療費、総費用は支援群間に有意差は見られなかった。費用についての感度分析においても、この傾向はおおむね不変であった。なお介入群では、看護支援費用のうち相談担当看護師の人件費は1人あたり21,677円であった。介入群における面談は、女性で回数が多く、ベースライン時点のHbA1Cが高い場合に対応時間、記録時間、面談時間計が長かった。また、面談の回数を重ねるごとに、記録時間は短縮していた。

 費用について対象者特性と看護支援の交互作用を検討した重回帰分析では、介入群での看護支援費用が高くなる特性として、HbA1C値が高いこと、HRQoLが低いことなどが、また、非介入群と比べて介入群での対象者の時間費用が高くなる特性として、同居家族がいること、SF-36のサブスケール得点が低いこと、PAID得点が低いことなどが挙がった。

考察

 本研究では、両群に対してほぼプロトコールどおりに療養相談が実施され、追跡状況も良好であり、両群には比較可能性があると考えられる。

 看護支援費用は、介入群では、その93.9%を相談担当看護師の人件費が占めており、相談の所要時間に強く影響されていた。面談時間はHbA1C値が高い群で長く、また毎回の面談時間もその日のHbA1C値が高いほど長かった。これは、HbA1C値が高い患者ほど生活習慣に調整を必要とする問題を多く抱え込みがちであるためと考えられる。また、面談の回数を重ねるにつれ、記録時間が短縮する傾向が示された。看護支援が長期間継続されれば、相談担当看護師の面談1回あたりの人件費も安くなると期待される。介入群における看護支援費用は、他研究における生活習慣介入と比較して、期間あたりでは多額ではなかった。

 診療費用は、介入群で非介入群より若干高かった。看護師による療養相談により、対象者の定期的な受診や他職種との連携が促された可能性がある。その一方、医師の診察時間を短縮する効果があった可能性もあるが、本研究では評価できなかった。本研究では非介入群でも血糖コントロール状況がさほど悪くなく、少なくとも短期的には、治療の強化を抑制して費用を減少させる余地がなかったことが考えられる。

 直接非医療費のうち、個人負担費用については、非介入群の方が若干高かった。介入群では、費用をかけただけで満足するより自身の生活習慣そのものを改善することが重要と意識付けられ、運動関連やサプリメント類などへの極端に高額な支出を抑制する効果があった可能性がある。一方、交通費については、東大病院への受診回数に群間差はなく、看護支援による影響は小さいと言える。

 対象者の時間費用のうち、外来受診時間の群間差は、介入群における相談時間より大きく、介入群での相談のために発生した対象者の時間費用の増加が、診察の待ち時間の活用により、ある程度相殺されていたと言える。予約制など、待ち時間をさらに活用できる体制の導入により、介入群における対象者の時間費用の増加のさらなる抑制が期待される。非介入群と比較した介入群の増分費用は、他研究における生活習慣介入と比較して多額ではなかった。介入群では時間についての対象者の負担感も小さく、対象者にとって許容範囲内と評価されたものと考えられる。

 総費用としては、差は有意ではなかったものの介入群の方が約16万円高く、その大半は診療費用の群間差によるものであった。しかし、東大病院に入院した者を除外した解析では、総費用の群間差は約4.3万円まで縮小したことから、看護支援の診療費用への影響は大きくないと考えられる。一方、看護支援費用と対象者の時間費用は群間差が有意であり、看護支援が費用を増加させていたと考えられたが、これらの非介入群に対する介入群での増分費用は、非介入群における総費用のそれぞれ4.9%、3.7%に過ぎず、介入群での費用の増加はさほど多額ではなかったと言える。

 本研究の実施期間である1年間では、HbA1C、HRQoLに支援群間で有意な差は見られず、そのため費用効果分析は実施しなかった。しかし、介入群の看護支援費用や対象者の時間費用は、対象者の身体状態や精神的な健康状態が影響していたが、状態が悪いほど介入群の費用が高くなっていた特性と、費用が安くなっていた特性とがあり、傾向が一貫していなかった。

 今後は、今回実施した看護支援の長期的な効果・経済的影響の把握に加え、同様の看護支援をより効率的に実施できる条件の検討や、看護師による療養相談を適用するのが効率的となる患者の特徴の把握などが課題である。

表.費用

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、インスリンを使用していない2型糖尿病患者134名をランダムに2群に分け、病院外来で、糖尿病看護認定看護師が看護過程に沿って個別に継続して行う療養相談の費用を、従来型の看護支援との比較により、1年間の研究期間で評価したものであり、以下の知見を得ている。

1.糖尿病患者への看護師による外来療養相談に伴う看護支援費用は、1人あたり23,090円であり、そのほとんどを相談を担当した看護師の人件費が占めていた。これは国外の他の糖尿病患者を対象とした生活習慣介入と比して大きな額ではなかった。

2.診療費用については、看護師による療養相談により、対象者の定期的な受診や他職種との連携が促された可能性があるものの、支援群間に統計的に有意な差は認められず、その影響はさほど大きくないと考えられた。

3.直接非医療費のうち、いくつかの個人負担費用については介入群の方が安く、看護師による外来療養相談では対象者の金銭的な負担を極端に増やさぬよう配慮されていたためである可能性があるが、直接非医療費全体としては、支援群間に統計的に有意な差を認めなかった。

4.対象者の時間費用については、看護相談に外来受診の待ち時間を利用しても、なお介入群の方が17,000円程度高額であり、非介入群との差は統計的に有意であった。しかしこの額は、他の研究における費用と比して大きくはなく、また介入群における対象者の時間に対する主観的な負担感はわずかであった。

5.総費用は、介入群で627,494円、非介入群で467,957円であったが、群間差の大部分は、看護支援の影響を受けたとは考えづらい入院医療費によるものであった。群間差が有意であった看護支援費用および対象者の時間費用の、非介入群に対する介入群での増分費用は、非介入群における総費用のそれぞれ4.9%、3.7%に過ぎず、看護師による療養相談による費用の増加はさほど多額ではなかったと言える。

6.看護師による療養相談を実施した際の看護支援費用、対象者の時間費用のいずれについても、対象者の身体状態や精神的な健康状態が影響していたことが明らかになった。これらには、状態が悪いほど介入群の費用が高くなっていた特性(HbA1C値、SF-36の各サブスケール得点)と、費用が安くなっていた特性(糖尿病の細小血管症、PAID得点)とがあった。

 以上、本論文は日本国内における糖尿病看護支援による経済的影響を初めて評価した。日本国内での看護師による外来療養相談が及ぼすさまざまな経済的影響の記述には資料的価値があるのみならず、より効率的な看護療養相談を検討する上での重要な示唆を与えており、独創性、臨床的有用性が高く、学位の授与に値するものと考えられる。

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