No | 121698 | |
著者(漢字) | 西田,奈央 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシダ,ナオ | |
標題(和) | DNAエンコード技術を用いた遺伝情報解析法の開発 | |
標題(洋) | Development of genetic information analysis method based on DNA encoding technology | |
報告番号 | 121698 | |
報告番号 | 甲21698 | |
学位授与日 | 2006.04.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第670号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I.目的 2001年2月、ヒトゲノムのドラフト配列がNature誌、Science誌で同時に発表された。ヒトゲノムのドラフト配列が明らかになったことで、遺伝子マッピングやSNPマッピングといった遺伝情報の蓄積が盛んに行われている。現在では、50万を超えるSNPsを同時に解析する技術も確立され、疾患感受性候補領域の探索に大きな役割を果たすと期待されている。しかしながら、これらのゲノムワイド連鎖分析あるいはゲノムワイド関連分析によって検出された候補領域において、第一義的な疾患感受性遺伝子多型を特定するためには、数十から数百種類のSNPsをもれなくタイピングできる技術を確立することが求められている。また、遺伝子の機能解析を行う際には、発現している遺伝子の種類や量を正確に調べることのできる遺伝子発現解析法が非常に重要になる。DNAチップやマイクロアレイを用いた解析で検出された数十から数百種類の機能的に重要な遺伝子について正確な発現量を知ることのできる技術を確立することが求められている。本研究はDNAエンコード技術を用いて、数十から数百種類のSNPsや発現遺伝子を対象とした成功率の高い遺伝子多型解析法および正確な遺伝子発現解析法を確立することを目指している。 II.方法 DNAエンコード技術を用いた遺伝情報解析では、SNPsの対立遺伝子型や発現遺伝子の種類や量といった遺伝情報を「DCNs (DNA coded numbers)」と呼ばれるオリゴDNAへと変換する(エンコード)。DCNsはDNAコンピューティングのために開発されたオリゴDNAで、DNA分子反応が正確に進むよう設計されている。遺伝情報をDCNsへ変換して解析を行う技術を、「DNAエンコード技術」と呼んでいる。 DNAエンコード技術を用いた遺伝子多型解析法(DigiTag法)では、SNPの対立遺伝子型をDCNsへと一対一に変換する。DigiTag法で用いるDCNsは3つの部分配列(名称:SD、D1、ED)で構成されている。SD、EDはすべてのDCNsに共通な配列でPCRを行う際にプライミング部位として使用する。D1は各DCNsに特異的な配列とし、DCNsの種類を識別するために用いる。SNP情報からDCNsへのエンコードステップはライゲーション反応で行い、複数のSNP部位から同時にSNP情報をDCNsへ変換することができる。変換されたSNP情報は共通のプライマーペア(SD、ED)で一様に増幅し、DNAキャピラリーアレイを用いてDCNsの読み出しを行うことで対立遺伝子型が決定される。 DNAエンコード技術を用いた遺伝子発現解析法(GepDen法)では、発現している遺伝子産物をDCNsへと一対一に変換する。遺伝子発現解析法で用いるDCNsは4つの部分配列 (名称:SD、D1、D2、ED)で構成されており、DCNsの種類を識別するための部分配列としてD1とD2の2種類を用意した。DCNsは共通のプライマーペア(SD、ED)で一様に増幅した後、D1とD2の組み合わせをデコード反応により明らかにする。最後に、DNAチップを用いてD1とD2の組み合わせを読み出すことにより発現している遺伝子の種類と量が明らかとなる。 .結果 28箇所のSNPsを対象としたマルチプレックスSNPタイピングを40検体で行った。その結果、多型が見られなかったSNP#13とクラスター分離の悪かった3箇所のSNPs(#6、#9、#19)を除く全24SNPsにおいてコール率は99.2%となることが分かった。また、シークエンシング結果との一致率は100%となり、2回の独立した実験から再現性は、2箇所のSNPsを除いて、R二乗値で0.99以上となることが分かった(SNP#2: 0.96、SNP#20: 0.96)。解析した27SNPsのうち、24箇所のSNPsでは3つのクラスターに分離されている様子が観察され、SNPタイピングに成功していることが分かった(タイピング成功率88.8%)。しかし、SNP#6、#9、#19ではクラスター分離が悪く、SNPタイピングに失敗していることが明らかとなった。ここで、多型の見られなかったSNP#13は解析から外した。 また、エンコードステップに用いる5'クエリープローブにミスマッチを導入してマルチプレックスSNPタイピングを行った結果、SNP#6とSNP#9においてクラスター分離が改善されSNPタイピングに成功することが明らかとなった。この結果、ミスマッチ導入プローブを用いた際のタイピング成功率は96.3%となることが分かった。 続いて、7種類のマウスGvHR遺伝子(IGTP、TGTP/Mg21、Nedd5、PRCC、vitronectin、Mn-SOD、activin beta C)をターゲット遺伝子として、GepDen法の有効性を検証した。ターゲット遺伝子に特異的な30塩基長の合成DNAを使った実験により本手法が特異的に進むことが確認され、また、同じ合成DNAを使った実験により3桁の濃度範囲で定量的な解析が行えることが明らかとなった。さらに、GvHRマウスの肝細胞から抽出した2μgのトータルRNAを使った実験では、半定量的PCR法の結果とよく一致することが明らかとなった。最後に、濃度未知の逆転写産物(Mn-SOD、activin beta C)に加えて、濃度既知の合成DNAを3種類、3pM 〜 30fMの濃度範囲で混ぜて解析することにより、その校正曲線から濃度未知の遺伝子産物の絶対量を明らかにできることを示した。 .考察 DigiTag法では、解析対象となるSNPの対立遺伝子型をDCNsへと変換してから解析を行う。物理化学的性質が一様となるように設計されたDCNsを用いて解析を行うことにより、SNPタイピングを正確にかつ高い再現性で行えることが明らかとなった。また、エンコードステップに用いる5'クエリープローブにミスマッチを導入することにより、より高い成功率でSNPタイピングを行えることが分かった。一方、クラスター分離の悪かったSNP#19では、シグナル強度が弱く検出されたために解析が難しくなっている様子が見られた。これは、マルチプレックスPCRにおける増幅産物量が不十分であったことが原因であると考えられる。 DigiTag法の特徴のひとつとして汎用性の高さが挙げられる。解析対象となるSNPsに対して自由にDCNsを割り当てられることから、エンコードステップ以降は共通の素材および実験条件で解析を行うことができる。また、解析対象をSNPsではなくcDNAとすることで遺伝子発現解析を行うことが可能であることが確認できた。これらの特徴は本手法がより安価な遺伝情報解析のプラットホームとなりうることを示している。 | |
審査要旨 | 本論文は7章から構成されている。第1章は「序論」で、本論文の研究の背景と目的について述べられている。第2章は「原理」で、DNAエンコード技術を用いた遺伝情報解析の原理、それを遺伝子多型解析(SNP解析)に適用したDigiTag法の原理、遺伝子発現解析に適用したGepDen法の原理について述べられている。第3章は「試料」で、DigiTag法の開発で使用されたヒトゲノムDNA、SNP、プローブ及びDNAコード化数(DCN)配列、DNAキャピラリーアレイと、GepDen法の開発で使用されたマウスの遺伝子、プローブ及びDCN配列、汎用DNAチップについて述べられている。第4章は「実験方法」で、DigiTag法及びGepDen法のプロトコールの詳細、反応条件及び特性を検討する実験の方法、DigiTag法によるヒト第5番染色体上の28箇所のマルチプレックスSNPタイピング解析の実験方法、GepDen法によるマウスの移植断片対宿主病関連遺伝子の発現解析の実験方法について述べられている。第5章は「結果」で、DigiTag法とGepDen法の反応条件及び特性を詳細に検討・評価した結果、DigiTag法によるヒトゲノムのマルチプレックスSNPタイピング解析の結果、GepDen法によるマウスの遺伝子の発現解析の結果について述べられている。これらの実験結果に対する考察が第6章で行われ、最後の第7章では本論文の研究の結論について述べられている。 ヒトゲノムのドラフト配列が発表されて以来、ゲノムワイドなSNP解析、遺伝子発現解析が盛んに行われるようになった。しかし、ゲノムワイドなSNP解析によって検出された候補領域において、第一義的な疾患感受性遺伝子多型を特定するためには、数十から数百種類のSNPを正確かつ効率よくタイピングできる技術が必要とされる。また、遺伝子の機能解析においても、ゲノムワイドな発現解析によりスクリーニングされた数十から数百種類の機能的に重要な遺伝子について、その機能を明らかにするためには、正確な発現量を効率よく決定できる技術の確立が不可欠である。論文提出者は、このような背景を踏まえ、上記の要求に応えることのできる遺伝子多型解析法と遺伝子発現解析法の確立を目指した研究を行った。 本論文の第2章に述べられているように、DNAエンコード技術を用いた遺伝情報解析法では、SNPの対立遺伝子型や発現遺伝子の種類や量といった遺伝情報をDNAコード化数(DCN)と呼ばれるオリゴDNAに変換して解析を行う。この変換のことをDNAエンコードと呼ぶ。DCNはDNAコンピューティングのために開発されたオリゴDNAで、DNA分子反応が正確に進むよう設計されている。 DNAエンコード技術を用いた遺伝子多型解析法であるDigiTag法では、SNPの対立遺伝子型が3つの部分配列(名称:SD、D1、ED)で構成されたDCNに変換される。D1はSNP部位の情報を、ED (ED1あるいはED2)は対立遺伝子型の情報を表現するために用いられる。Taq DNAリガーゼを用いたライゲーション反応により複数のSNP部位から同時にSNP情報がDCNへ変換されたのち、反応液は2つに分けられ、それぞれ、プライマーペア(SD、ED1)及び(SD、ED1)を用いた非対称PCRにより増幅され、異なる蛍光分子で末端標識される。最後に、両方のPCR産物を一緒にしてDNAキャピラリーアレイにハイブリダイズし、二波長で検出することにより、対立遺伝子型が決定される。 DNAエンコード技術を用いた遺伝子発現解析法であるGepDen法では、発現遺伝子のcDNAの種類と量の情報を4つの部分配列 (名称:SD、D1、D2、ED)で構成されたDCNに変換して解析が行われる。DCNは共通のプライマーペア(SD、ED)で一様に増幅されたのち、デコード反応と汎用DNAチップを用いてD1とD2の組み合わせが読み出され、発現している遺伝子の種類と量が決定される。 第5章で述べられているように、論文提出者は第4章で述べた実験方法にしたがってDigiTag法の反応条件と特性を詳細に調べたのち、ヒト染色体5q31-33の約500 Kb領域に存在する28箇所のSNPを対象としたマルチプレックスSNPタイピングを40検体に対して行うことにより、DigiTag法の評価を行った。その結果、多型が見られなかったSNP#13とクラスター分離の悪かった3箇所のSNP(#6、#9、#19)を除く全24箇所のSNPにおいてコール率99.2%でタイピングができることがわかった。シークエンシング結果との一致率は100%で、2回の独立した実験から再現性は、2箇所のSNP(SNP#2: 0.96、SNP#20: 0.96)を除いて、R二乗値で0.99以上であった。多型の見られなかったSNP#13を除く27箇所のSNPのうち、24箇所でタイピングが成功したので、タイピング成功率は88.8%である。この成功率をさらに向上させるために、論文提出者はエンコードステップに用いる5'クエリープローブにミスマッチを導入してマルチプレックスSNPタイピングを行った。その結果、SNP#6とSNP#9においてクラスター分離が改善され、SNPタイピングに成功した。ミスマッチ導入プローブを用いた際のタイピング成功率は96.3%となり、既存の方法と比較してDigiTag法は成功率の高い方法であることが実証された。 同じく第5章に述べられているように、論文提出者は移植断片対宿主病に関連する7種類のマウス遺伝子(IGTP、TGTP/Mg21、Nedd5、PRCC、vitronectin、Mn-SOD、activin beta C)を標的遺伝子として、GepDen法の有効性を検証する実験を行った。標的遺伝子に特異的な30塩基長の合成DNAを使った実験によりGepDen法の特異的と定量性を確認したのち、移殖断片対宿主病を発症させたマウスの肝細胞から抽出した2μgのトータルRNAを用いて発現解析を行った。その結果は半定量的PCR法の結果とよく一致することがわかった。さらに、濃度未知の逆転写産物(Mn-SOD、activin beta C)に加えて、濃度既知の合成DNAを3種類、3pM 〜 30fMの濃度範囲で混ぜて解析することにより、濃度未知の遺伝子産物の絶対量を明らかにできることを示した。 論文提出者が開発したDNAエンコード技術を用いた解析法の特徴のひとつとして汎用性の高さが挙げられる。解析対象に対して自由にDCNを割り当てられるので、エンコードステップ以降は共通の試薬、器具、実験条件で解析を行うことができる。また、エンコード反応を僅かに変更する程度で、SNPタイピングと遺伝子発現解析を同じように行うことができる。このような汎用性の高さは、本論文で開発された方法がより安価な遺伝情報解析のプラットホームとなり得ることを示している。 以上のように、論文提出者は、DNAエンコード技術を用いた遺伝子多型解析法と遺伝子発現解析法を世界で初めて開発し、ゲノムの機能解析の研究に重要な足跡を残したといえる。 なお、本論文は田邊哲也、橋渡賢図、平安恒幸、高須美和、陶山明、徳永勝士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって方法の開発、実験、解析及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(学術)の学位を授与できると認める。 | |
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