学位論文要旨



No 121699
著者(漢字) 井上,毅
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,タケシ
標題(和) ヒト非古典的ミオシン相互作用因子の探索およびその機能解析
標題(洋) Identification and characterization of human unconventional myosin-interacting proteins
報告番号 121699
報告番号 甲21699
学位授与日 2006.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第671号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
内容要旨 要旨を表示する

 真核細胞において、オルガネラなどの構成成分を細胞内に秩序立てて配置し、その形態を維持しているのは「細胞骨格」と呼ばれる微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメントである。そして微小管、アクチンフィラメント上を運動し、細胞内の「力」や「動き」を司っているのが、ミオシンをはじめとする「モータータンパク質」群である。

 ミオシンは、ATP加水分解による化学的エネルギーをアクチンフィラメントに沿った力や動きといった力学的エネルギーに変換するモータータンパク質で、18クラスにわたる広範なサブファミリーを形成している。ヒトゲノムの解析により、ヒトには12クラスにわたり少なくとも40のミオシン遺伝子が存在していることが明らかになっている。このなかで古典的ミオシン (conventional myosin)と呼ばれる骨格筋より発見されたII型ミオシンについては、筋肉における筋収縮以外にも非筋細胞における細胞運動や細胞分裂に関与するなど多くの知見が得られている。一方、II型ミオシン以外の非古典的ミオシン (unconventional myosin)と呼ばれるミオシンに関しては、細胞運動や小胞輸送などの機能が明らかになりつつある一部のミオシンを除き、大半は細胞内における生理学的機能が明らかになっておらず、近年その研究に注目が集まっている。

 ミオシンサブファミリー間において保存性の高いモーター領域はアクチンと相互作用しATPを加水分解して力を発生するという各ミオシンに共通した役割を果たしている。一方、多様性に富む尾部領域は他のタンパク質や細胞膜などと結合することによりそれぞれのミオシン独特の機能を担っていると考えられている。

 本研究の目的は、尾部領域を通して相互作用するタンパク質群のハイスループットスクリーニングにより、これら非古典的ミオシンが細胞内でどのようなタンパク質と相互作用し、その結果生じる複合体がどのような機能をはたしているかを明らかにすることである。私は、17クラスの非古典的ミオシンのうち、特異な構造あるいは性質を持つVI型とXVIIIB型ミオシンに着目し研究を行った。

1.ミオシンVIとKPI-2の相互作用

 ミオシンVIは他のクラスのミオシンには見られないアクチンフィラメントのマイナス端方向に運動するという特性を利用し、細胞表層下のアクチンフィラメントの網目構造内を主にプラス端が配向している細胞の外側からマイナス端が配向している内側に向けて物質を輸送する。すなわち、ミオシンVIは、クラスリン被覆小胞の形成や、クラスリン脱被覆後の非被覆小胞の初期エンドソームへの輸送といったエンドサイトーシス初期経路において機能していると考えられている。同時に、ミオシンVIは、ある種の細胞ではゴルジ体に局在し、ゴルジ体の形態維持や形質膜へのエキソサイトーシスにおいて機能していることも示唆されている。

 私は、ヒト胎児脳cDNAライブラリーを用いた酵母two-hybridスクリーニングから哺乳類細胞two-hybridアッセイ, GST pull-down, 免疫共沈降実験といったin vivo, in vitroにおける一連の結合実験により、ミオシンVIの新規相互作用因子として膜貫通型セリン/スレオニンキナーゼKPI-2を同定した。これまでの知見により、KPI-2は広範な組織で発現しており、神経細胞においてCyclin dependent kinase 5/p35によって活性が制御されることが分かっているが、その細胞内機能の詳細は明らかになっていない。そこで、KPI-2の細胞内機能解明を目的とし、まず免疫蛍光染色によって過剰発現体や細胞内在性のKPI-2の細胞内局在を解析したところ、KPI-2は細胞質全体にドット状に分布し、特に核近傍に凝集した局在を示した。様々なオルガネラマーカーやトランスフェリンを指標としたクラスリン依存的エンドサイトーシス小胞との局在比較より、この核近傍の構造は初期/リサイクリングエンドソームであることを明らかした。さらにsiRNAによる細胞内在性KPI-2の発現抑制を行いその表現型を解析したところ、核近傍のリサイクリングエンドソームへのトランスフェリンの凝集阻害を認めた。このKPI-2の発現抑制による表現型の変化は、外因的にKPI-2を発現させることで解消された。一方、細胞のトランスフェリン取り込み及び放出の経時的定量的解析により、KPI-2の発現抑制はトランスフェリン放出には顕著な影響を与えないものの、その取り込みを減少させることを明らかにした。これらの結果は、KPI-2が細胞内小胞輸送経路、特に初期エンドソームからリサイクリングエンドソームへの輸送において重要な働きをしていることを示唆している。

 先行研究で同定されたミオシンVI相互作用因子Dab2, GIPC, Optineurinは、それぞれミオシンVIとクラスリン被覆小胞、クラスリン脱被覆後の非被覆小胞、ゴルジ体で共局在している。このことは、エンドサイトーシス経路の初期過程やゴルジ体からのエキソサイトーシス経路における細胞内小胞輸送にミオシンVIが関与していることを示すものである。しかし、本研究で同定したKPI-2の解析結果は、ミオシンVI/KPI-2複合体がエンドサイトーシス小胞輸送経路の比較的遅い過程である初期/リサイクリングエンドソームでの輸送経路で機能している可能性を示唆している。これは、動態や構造の詳細が明らかになっているエンドサイトーシス初期経路に比較して知見の限られているエンドサイトーシスの後期経路、特に受容体タンパク質のリサイクリング経路について、新たな知見を与えるものである。

2.ミオシンXVIIIB(MYO18B)とSug1の相互作用

 新規遺伝子MYO18Bは、肺がん細胞の約50%で不活化していること、及び遺伝子を肺がん細胞株に過剰発現させることによりがん細胞の足場非依存性増殖を抑制することから、肺がんの発生・進展に関わる重要な新規がん抑制遺伝子であると考えられている。MYO18B遺伝子産物であるMYO18Bはクラス18に分類されているミオシンであり、尾部のほかにもモーター領域の上流に機能未知のドメインを持つ特異なミオシンであるが、その細胞内機能に関してはほとんど知見が得られていない。私は、細胞内機能の解明を目的としてMYO18Bと相互作用する因子を酵母two-hybridスクリーニングによりヒト肺のcDNAライブラリーより探索し、その結果、相互作用候補タンパク質の一つとして26Sプロテアソーム構成要素Sug1を同定した。

 ミオシンVIと同様のin vivo, in vitroにおける結合実験により両者の細胞内における相互作用を確認した。また細胞内局在解析により両者は細胞内で共存していることを示した。26Sプロテアソームは主としてユビキチン化された標的タンパク質をATP依存的に選択的に分解する、総分子量約2.5 MDaに及ぶ巨大なプロテアーゼ複合体である。p53をはじめとする主要ながん抑制遺伝子産物の多くがユビキチン−プロテアソームシステムの制御の下、秩序だった分解を受け、その発現レベルが厳密に制御されていることが一般的に知られている。本研究ではプロテアソーム阻害剤やsiRNAによるSug1の発現抑制によってMYO18Bタンパク質レベルの上昇が見られたことから、両者が機能的に相互作用していることがわかった。さらに、in vivoユビキチン化実験によりMYO18Bは細胞内でユビキチン化を受けることも明らかにした。これらのことから、MYO18Bの機能がプロテアソームによる分解で調節されていることを示すことができた。

 本研究において、私は、非古典的ミオシンとその相互作用因子の細胞生物学的解析から、細胞内における非古典的ミオシンとそれが織り成すネットワークの機能の一端を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 ミオシンは広範なサブファミリーを形成しているモータータンパク質である。ヒトゲノムの解析により、ヒトには12クラスにわたり少なくとも40のミオシン遺伝子が存在していることが明らかになっている。本論文における研究の目的は、これらヒトミオシン―特に特異な構造あるいは性質を持つミオシンVIとミオシンXVIIIB―が細胞内でどのようなタンパク質と相互作用し、その結果生じる複合体がどのような機能をはたしているかを明らかにすることある。本論文では、ミオシンVIについて研究結果を第1章に、ミオシンXVIIIBについての研究結果を第2章にまとめた。

第1章.ミオシンVIとKPI-2の相互作用

 論文提出者は、ヒト胎児脳cDNAライブラリーを用いた酵母two-hybridスクリーニングから哺乳類細胞two-hybridアッセイ, GST pull-down, 免疫共沈降実験といったin vivo, in vitroにおける一連の結合実験により、ミオシンVIの新規相互作用因子として膜貫通型セリン/スレオニンキナーゼKPI-2を同定した。これまで、KPI-2の細胞内機能の詳細は明らかになっていない。そこで、KPI-2の細胞内機能解明を目的とし、まず免疫蛍光染色によって過剰発現体や細胞内在性のKPI-2の細胞内局在を解析したところ、KPI-2は細胞質全体にドット状に分布し、特に核近傍に凝集した局在を示した。様々なオルガネラマーカーやトランスフェリンを指標としたクラスリン依存的エンドサイトーシス小胞との局在比較より、この核近傍の構造は初期/リサイクリングエンドソームであることを明らかにした。さらにsiRNAによる細胞内在性KPI-2の発現抑制を行いその表現型を解析したところ、核近傍のリサイクリングエンドソームへのトランスフェリンの凝集阻害を認めた。このKPI-2の発現抑制による表現型の変化は、外因的にKPI-2を発現させることで解消された。一方、細胞のトランスフェリン取り込み及び放出の経時的定量的解析により、KPI-2の発現抑制はトランスフェリン放出には顕著な影響を与えないものの、その取り込みを減少させることを明らかにした。これらの結果は、KPI-2が細胞内小胞輸送経路、特に初期エンドソームからリサイクリングエンドソームへの輸送において重要な働きをしていることを示唆している。

第2章.ミオシンXVIIIB(MYO18B)とSug1の相互作用

新規遺伝子MYO18Bは、肺がん細胞の約50%で不活化していること、及び遺伝子を肺がん細胞株に過剰発現させることによりがん細胞の足場非依存性増殖を抑制することから、肺がんの発生・進展に関わる重要な新規がん抑制遺伝子であると考えられている。MYO18B遺伝子産物であるMYO18Bはクラス18に分類されているミオシンであり、尾部のほかにもモーター領域の上流に機能未知のドメインを持つ特異なミオシンであるが、その細胞内機能に関してはほとんど知見が得られていない。論文提出者は第1章と同様に、MYO18Bと相互作用する因子を酵母two-hybridスクリーニングによりヒト肺のcDNAライブラリーより探索し、その結果、相互作用候補タンパク質の一つとして26Sプロテアソーム構成要素Sug1を同定した。

 ミオシンVIと同様のin vivo, in vitroにおける結合実験により両者の細胞内における相互作用を確認した。また細胞内局在解析により両者は細胞内で共存していることを示した。26Sプロテアソームは主としてユビキチン化された標的タンパク質をATP依存的に選択的に分解する、総分子量約2.5 MDaに及ぶ巨大なプロテアーゼ複合体である。p53をはじめとする主要ながん抑制遺伝子産物の多くがユビキチン−プロテアソームシステムの制御の下、秩序だった分解を受け、その発現レベルが厳密に制御されていることが一般的に知られている。本研究ではプロテアソーム阻害剤やsiRNAによるSug1の発現抑制によってMYO18Bタンパク質レベルの上昇が見られたことから、両者が機能的に相互作用していることがわかった。さらに、in vivoユビキチン化実験によりMYO18Bは細胞内でユビキチン化を受けることも明らかにした。これらのことから、MYO18Bの機能がプロテアソームによる分解で調節されていることを示すことができた。

 論文提出者は、本論文において、ヒトミオシンとその相互作用因子の細胞生物学的解析から、細胞内におけるヒトミオシンとそれが織り成すネットワークの機能の一端を明らかにした。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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