学位論文要旨



No 121701
著者(漢字) 須賀,晶子
著者(英字)
著者(カナ) スガ,アキコ
標題(和) アフリカツメガエル初期発生でのFGFシグナルの調節に関わるADAMTS1の機能解析
標題(洋) Functional analysis of ADAMTS1, a modulator of FGF signaling in early Xenopus embryogenesis
報告番号 121701
報告番号 甲21701
学位授与日 2006.04.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4895号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 産業技術総合研究所 部門長 岡本,治正
内容要旨 要旨を表示する

脊椎動物の発生において、分泌性の因子によって活性化されるシグナルが細胞運命の決定、パターン形成、細胞運動などに重要な働きをしている。初期発生における誘導シグナルの中心として知られるシュペーマン・オーガナイザーはTGF-βスーパーファミリーの一つであるNodalとWntによって誘導され、次いでオーガナイザーから分泌される因子がBMP及びWntと拮抗することによって中胚葉の背側化、外胚葉の神経化、前後のパターン形成が行われる。これらの組織分化には、オーガナイザーを含むより広い領域で発現している分泌性因子も関わっており、例えばFGFシグナルは中胚葉誘導、原腸形成運動、神経化、前後のパターン形成に、レチノイン酸は前後のパターン形成とニューロン分化に重要なことがこれまでの研究で示されている。これらの誘導シグナルの多くは細胞外に分泌されたリガンドが細胞膜貫通型の受容体と結合し、細胞内シグナル伝達を介して遺伝子の発現を活性化又は抑制する。そしてさらに近年の研究で、このシグナル伝達経路は細胞膜及び細胞内の様々な位置で正または負に調節されていることが明らかになってきた。私は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)のオーガナイザー特異的転写活性化因子Xlim-1によって発現が上昇する因子として同定された分泌型のメタロプロテアーゼ、Xenopus ADAMTS1(XADAMTS1)に注目し、初期発生における細胞外因子の役割とその作用機序を明らかにする目的で研究を行った。

 ヒト及びマウスでは、ADAMTS(A Disintegrin and Metalloprotease with thrombospondin motifs)ファミリー遺伝子はゲノム中に19個存在することが報告されている。XADAMTS1は全長が928アミノ酸残基からなり、哺乳類のADAMTS1と同様に、シグナルペプチド(SP)、プロドメイン、メタロプロテアーゼドメイン(MP)、ディスインテグリンドメイン(D)、システインに富む領域(CR)、スペーサー領域(SR)、そして3つのトロンボスポンジン1型リピート(TSP)を持つ(図1、WT)。プロドメインを除いた成熟型XADAMTS1のマウスに対するアミノ酸レベルでの一致率は79.5%である。ニシツメガエル(Xenopus tropicalis)のゲノムデータベースからは、哺乳類と同じく19個のADAMTS遺伝子がゲノム中に見出された。ホヤやショウジョウバエからもADAMTS遺伝子のオーソログが報告されており、これらの結果はXADAMTS1が進化的に保存された役割を持つことを予想させる。アフリカツメガエルは偽4倍体と考えられているため、私は偽対立遺伝子XADAMTS1bを公開ESTデータベースから検索し、第一エクソンを含む部分的なcDNAクローン(XL180c03)を同定した。XADAMTS1とXL180c03との一致率はDNAレベルで91.1%であり、アミノ酸配列を基に系統樹を作製した結果、アフリカツメガエルの系統で倍加したと考えられた。

 ADAMTS1遺伝子の脊椎動物初期胚における発現領域は、特に原腸形成前後については解析されていないことから、まずXADAMTS1の初期胚における発現パターンを全胚in situハイブリダイゼーションで検討した。XADAMTS1 mRNAは後期胞胚期から外胚葉で発現を開始し、原腸胚期にはオーガナイザー領域と背側の外胚葉で強く発現していた。原腸胚期から神経胚期にかけては後方のオーガナイザー領域と外胚葉で発現が見られた。尾芽胚期には鰓弓、神経管の一部、真皮節で発現が見られたが、尾芽胚後期には脊索と、マウスで報告されている発現箇所に対応して前腎、心臓原基にも発現していた。

 XADAMTS1の初期胚における機能と活性に必要な領域を調べるために、アフリカツメガエル胚を用いたmRNA微量注入実験を行った(図1)。野生型XADAMTS1を頭部領域に過剰発現させると前方外胚葉組織であるセメント腺が横に拡大し、また背側帯域に過剰発現させると背側に反り返った胚となり原腸形成が阻害されたと考えられた。これらの表現型をもたらす活性に必要な機能ドメインを決定するために、欠失型コンストラクトを作製して同様の実験を行った結果、予想に反して、プロテアーゼドメインは活性に必要ではなく、C末側のCR、SR、TSPが活性に必要かつ十分であった。原腸形成阻害胚では中胚葉性組織である脊索の形成が阻害されていたため、XADAMTS1が中胚葉分化に影響している可能性を考え中胚葉マーカーXbraの発現を調べたところ、XADAMTS1過剰発現領域でXbraの発現は著しく阻害され、またこの活性には原腸形成阻害と同じくC末のCR、SR、TSPが十分であった。これまでの報告から、Xbraの発現にはNodal/activin、FGF、Wntシグナルが各々必要なことが示されている。私はこのうちNodal/activinとFGFシグナルに対してXADAMTS1が阻害的に作用するか否かをアニマルキャップ・アッセイで検討した。activin又はFGF処理によって誘導される遺伝子の発現をreal-time RT-PCRにより検出した結果、XADAMTS1はFGFシグナル特異的に阻害することが示された。さらに、FGFシグナルの下流であるRas/MAPKシグナル伝達経路に含まれるERK(MAPK)のリン酸化を調べた結果、XADAMTS1による阻害はRasより下流ではないことが示された。原腸形成阻害活性にはXADAMTS1のシグナルペプチドが必要であり、タグ付きXADAMTS1タンパク質が細胞膜に沿って局在していた事、またマウスADAMTS1タンパク質は細胞外マトリクスに存在するとの報告があることから、XADAMTS1は細胞膜の外側でFGFシグナルを阻害していると推測された。

 XADAMTS1が細胞外でどのようにFGFシグナル伝達に作用するかを検討するため、FGFリガンドと受容体の複合体形成に必須の因子である細胞外基質のヘパラン硫酸との相互作用について、in vitroでのヘパリンビーズを用いた結合実験を行った。その結果、XADAMTS1の全長およびC末側領域はヘパリンと結合するが、メタロプロテアーゼドメインを含むN末側は結合しない事が示された。しかしXADAMTS1はFGF2ほど強くヘパリンと結合しなかったことより、FGFとヘパラン硫酸に対して競合するのではなく、ヘパラン硫酸/FGF/FGFR複合体との何らかの相互作用によりFGFシグナルを阻害するのではないかと考えられる。

 これまでの結果で示されたXADAMTS1によるFGFシグナルの阻害が生体内での役割を反映しているかどうかを検討するために、アンチセンス・モルフォリーノオリゴ(MO)を用いたRNAのスプライシング阻害による機能阻害実験を行った。XADAMTS1a, XADAMTS1b両遺伝子に対しMOを設計し(MOab)、ツメガエル胚に微量注入した。陰性コントロールには5カ所に変異を導入した5mmMOを用いた。XADAMTS1の発現は発生とともに動物局側外胚葉から後方の中胚葉・外胚葉と変化するため、まずアニマルキャップ・アッセイにより外胚葉のXADAMTS1を阻害した場合のFGFシグナルに対する反応性を検討した。その結果、MOabの注入によりFGF2で誘導される中胚葉マーカーXbraの発現量は2.5倍に増強され、ここに微量のXADAMTS1 mRNAを加えることでXbraの発現は5mmMOを注入した場合と同程度まで減少した。この結果から生体内でXADAMTS1がFGFによる中胚葉誘導、神経化、後方化、神経冠形成等を調節する可能性が示唆された。

 次いで胚発生に対する影響を全胚で検討したところ、胞胚期の外胚葉にMOabを作用させると頭部の小さい胚が得られ、FGFによる後方化作用が亢進したと予想された。胞胚期の外胚葉にはFGF2とFGF8が発現しており、これらの結果からXADAMTS1がFGFシグナルの抑制を介して後方化作用を調節する可能性が考えられた(図2左)。原腸胚期のXADAMTS1の発現は帯域におけるFGF8とFGF4の発現と重なっている。そこでこの領域でのXADAMTS1の役割を調べるために帯域にMOabを作用させたところ、中胚葉組織の分化にはあまり影響が見られなかったが、神経胚初期に神経冠のマーカーであるSlugの発現が抑制され、逆に神経組織マーカーであるSox2の発現が拡大した。このことは、XADAMTS1の機能低下によりFGFシグナルが増大することで神経組織が拡大し、その結果神経冠が減少したと解釈される(図2右)。しかしFGF8は神経冠の誘導に必要であるという報告もあり、XADAMTS1がFGF8を抑制するという仮説と矛盾するが、この点に関しては今後の課題である。

 本研究ではADAMTS1遺伝子の初期胚における発現パターンを明らかにし、C末側のドメインにFGFシグナルの抑制活性があることを示した。また機能阻害実験によって、初期胚で発現しているXADAMTS1が頭部の形成と神経冠細胞の形成に必要であることが示唆された。細胞外に分泌される因子によるFGFシグナルの制御はこれまで報告がなく、本研究はADAMTS1遺伝子の初期発生に関わる機能を示すと共に分化誘導シグナルの制御について新たな知見を加えるものと考えている。

図1 XADAMTS1と欠失コンストラクトとの活性比較

図2 初期胚におけるXADAMTS1の役割のモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、一部構成で要旨、序論、方法、結果、考察、文献、図表から成っており、アフリカツメガエル胚の初期発生における分泌型のメタロプロテアーゼのADAMTS1の機能解析結果について述べられている。

 動物の胚発生の過程には数多くの遺伝子が関与すると考えられているが、それぞれがどのように機能と役割をもつかの知見は未だ十分ではない。脊椎動物の発生における組織の誘導と分化には様々な分泌性の因子が関わっており、例えばTGF-βスーパーファミリーのNodalとWntによるシュペーマン・オーガナイザーの誘導、BMP阻害因子及びWntによる中胚葉の背側化、外胚葉の神経化と前後のパターン形成、FGFによる中胚葉誘導、原腸形成運動、神経化と前後のパターン形成などが報告されている。細胞外に分泌されたリガンドは多くの場合細胞膜貫通型の受容体と結合し、細胞内シグナル伝達を介して遺伝子の発現を活性化又は抑制するが、近年の研究で、正常発生には細胞内外でのシグナル伝達の調節が重要なことが示唆されてきた。本研究では、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)のオーガナイザー特異的転写活性化因子Xlim-1によって発現が上昇する因子として同定された分泌型メタロプロテアーゼ、Xenopus ADAMTS1(XADAMTS1)の機能解析を行った。その結果、XADAMTS1がFGFの負の制御因子として働くことを初期胚においては初めて示し、またこの活性にはXADAMTS1のプロテアーゼドメインでは必要なくC末側の領域が必要十分であることを示した。さらに機能喪失実験を行い、XADAMTS1が頭部の形成と神経冠細胞の形成に必要であることが示唆された。

 XADAMTS1は全長が928アミノ酸残基からなり、哺乳類のADAMTS1と同様に、シグナルペプチド(SP)、プロドメイン、メタロプロテアーゼドメイン(MP)、ディスインテグリンドメイン(D)、システインに富む領域(CR)、スペーサー領域(SR)、そして3つのトロンボスポンジン1型リピート(TSR)を持つ。本研究ではまずゲノムデータベースから近縁種のニシツメガエルのADAMTSオーソログがほ乳類と同数の19個存在することを示し、ADAMTS1の進化的保存性が示唆された。また公開ESTデータベースからのアフリカツメガエルの偽対立遺伝子ADAMTS1bを同定した。次にADAMTS1遺伝子の原腸形成前後における遺伝子発現領域を知るためにアフリカツメガエル初期胚を用いた全胚in situハイブリダイゼーションを行い、XADAMTS1 mRNAが後期胞胚期から外胚葉領域で発現を開始した後、原腸胚期から神経胚期にかけてオーガナイザー領域と背側外胚葉で強く発現することを見出した。この結果より、ADAMTS1が、形態形成の中心となるオーガナイザーで機能する可能性が初めて示唆された。

 次にXADAMTS1の初期胚における機能と活性に必要な領域をmRNA微量注入実験によって検討した。野生型XADAMTS1は頭部領域で前方外胚葉組織であるセメント腺を横に拡大させ、また背側帯域ではXADAMTS1過剰発現領域で中胚葉由来組織の形成と中胚葉マーカー遺伝子Xbraの発現が著しく阻害された。しかし予想外なことに、これらの活性にはプロテアーゼドメインは必要ではなく、C末のCR、SR、TSR領域が十分であった。C末側領域のみの活性はこれまでに培養細胞や生化学的実験で示されていたが、初期胚内で示したのは本研究が初めてである。さらにアニマルキャップ・アッセイにより遺伝子発現とRas/MAPKシグナル伝達経路因子ERK1/2のリン酸化状態の変化を検討し、XADAMTS1がXbraの発現に必要なactivin又はFGFのうち、FGFシグナルを阻害することが示された。XADAMTS1によるFGFシグナル阻害の作用機序は、本研究では明確には示されなかったが、in vitroでXADAMTS1の全長およびC末側領域がヘパリンと結合することが示されたため、XADAMTS1は細胞外基質のヘパラン硫酸との結合を介してFGFシグナル伝達に作用すると予想された。

 最後にアンチセンス・モルフォリーノオリゴを用いた翻訳抑制によるXADAMTS1の機能喪失実験を行った。アニマルキャプを用いた実験では、XADAMTS1は胞胚期の外胚葉でFGFシグナルを抑制していることが示された。この結果は初期胚におけるFGFシグナルの活性として知られる中胚葉化、神経化、後方化、神経冠形成などに対するXADAMTS1の調節作用を示唆している。一方、全胚を用いた解析では、XADAMTS1は神経冠細胞の形成に必要なことが示された。これらの結果からは、FGFシグナルが関わる初期発生過程の中で主として神経冠形成にXADAMTS1が関わっていると考えられる。なお神経冠の誘導にはFGF8や本研究で検討されていないWntシグナルの関与も知られており、それらとXADAMTS1との関わりについては今後の課題として残された。

 細胞外に分泌される因子によるFGFシグナルの制御はこれまで報告がなく、本研究は脊椎動物の初期発生に関わるADAMTS1遺伝子の機能を示すと共に、分化誘導に関わるFGFシグナルの制御について新たな知見を加えるものといえる。

 なお、印刷公表した論文中のXADAMTS1のクローニングと塩基配列決定は共著者の日笠弘基によるものであが、本論文に記載されている解析は全て論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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