学位論文要旨



No 121702
著者(漢字) 冨永,卓司
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,タクジ
標題(和) Large-Eddy Simulation を用いた予混合乱流燃焼場の実用解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 121702
報告番号 甲21702
学位授与日 2006.05.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6318号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,まり
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 手崎,衆
 北海道大学 教授 大島,伸行
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 高効率化や有害排気の低減など様々な点に関してますます厳しくなる性能要求を満足するため、近年の工業用燃焼器設計では、より詳細な器内の現象把握が必要となっている。特にガスタービン燃焼器においては、近年有効な有害排気低減手法の一つとして希薄予混合燃焼方式の導入が進められているが、燃焼振動や火炎の吹き消えなどの燃焼不安定を生じやすく、より詳細な現象把握と予測手法の確立の必要性が高まっている。そこで本研究では、工業用ガスタービン燃焼器における重要課題の一つである低NOx燃焼技術実現に向けて、燃焼器内乱流燃焼場の瞬時局所状態を把握可能な数値予測手法の構築及びその検証に関する一連の研究を行った。数値予測手法の構築にあたっては、従来研究において乱流燃焼場の非定常解析手法としての有効性が示されてきた[1,2]Large-Eddy Simulationによる乱流モデリングとflamelet概念に基づく燃焼反応モデリングのカップリングによる数値予測手法に注目し、実用乱流燃焼場への適用性を高めるため、2種の火炎面追跡スカラを用いる手法(2-scalar flameletアプローチ)を導入した。

2.2-scalar flameletアプローチを用いた部分予混合燃焼場の解析モデルの構築

 乱流の最小長さスケールに対して燃焼反応帯の厚さスケールが小さい場合、乱流渦による影響は火炎の変形に留まり、その内部構造までは影響を与えないと考えられる。そのような状況では、乱流火炎の火炎内部構造は層流火炎と同様になり、乱流火炎を接線方向の微小幅に分割すると層流火炎片(flamelet)の集合であるとみなせると考えられる。この概念をflamelet概念と呼ぶ。この概念に基づき、火炎のマクロ形状を流れ場スケールで解析し、ミクロな火炎内部構造に関しては火炎に対する別途単純化した系での解析結果を用いる、スケール分離による解析手法をflameletアプローチと呼ぶものとする。本研究では、予混合燃焼に対するG方程式モデル(式1)[3]と拡散燃焼に対する保存スカラアプローチに基づいた混合分率ξの方程式(式2)をカップリングする事で、両燃焼形態の中間的な複合燃焼場にも適用可能な数値予測手法を構築した。拡散火炎モデルには化学平衡モデル[4]を選定し、SGSスカラ流束項は勾配拡散モデルにより評価した。また、予混合火炎の伝播速度については1次元火炎伝播の詳細反応解析に基づくデータを使用するものし、SGS乱流燃焼速度はYakhotによるモデル[5]、SGSスカラ流束項は勾配拡散モデルを用いて、それぞれ評価した。

3.希薄予混合燃焼器内現象の数値予測による検証

 構築した数値予測手法を、有限体積法による非定常乱流解析コードに実装し、複雑形状を有する実用燃焼器の複雑形状へも適用可能な数値解析システムを構築した。そして、その数値予測システムの検証として、図1に概略図を示す希薄予混合ガスタービン燃焼器内における乱流燃焼場を対象とした数値解析を行った。

3.1.非燃焼乱流場のLES予測に関する検証

  燃焼乱流場予測の検証解析に先立ち、非燃焼乱流流動に対するLES解析についても実行し、実験計測値との比較による評価を行った。図2に旋回ノズル出口から距離3/4D(D:旋回ノズル外径)における軸方向速度とその変動強度の半径方向プロファイルを示す。乱流変動による燃焼速度の加速の見積もりが重要となる主旋回流が流れる燃焼器外周壁近くから、パイロット添加燃料の乱流拡散が重要となる燃焼器内周部の循環領域内まで、全体的な予測速度変動強度の実験値との一致が示されている。これにより、LES解析によって、燃焼器内の時間平均速度場に加え、燃焼現象との相互作用の予測で重要となる乱流速度変動強度についても充分な予測結果が得られる事を示した。

3.2.乱流燃焼場予測に関する検証

 続いて、乱流燃焼場に対する検証解析を実施した。解析で得られたflameletスカラG及びξと温度の同時刻における瞬時分布をそれぞれ図3(a)-(c)に示す。燃焼チャンバ外周部分では未燃状態であるために低温となっており、循環領域内では、パイロット燃料の拡散によって形成された燃料濃度分布が既燃混合気温度の分布を形成している。これらはそれぞれ、スカラG及びξにより表現されており、本研究で構築した2-scalar flameletアプローチによって予混合的な燃焼と非予混合的な燃焼の共存する複合燃焼状態が表現可能となった事が確認できた。

 次にスカラGの瞬時及び時間平均の分布を用いて、予混合火炎面と定義したG=0.5の等値面を図4に示す。両者の比較から、瞬時の火炎面は時間平均よりも複雑な形状を有している事が示された。これらの火炎面をチャンバ軸方向に20mm等間隔に分割し、それぞれの区間での火炎面面積を比較したグラフを図5に示す。瞬時での火炎面面積は時間平均火炎面に対して150%前後広くなっており、GSでの火炎面の変形に伴う火炎面面積増加によって生じる燃焼速度の増加が直接解析されている事が確認された。また、時間平均火炎面厚さが瞬時GS火炎面の倍程度の厚さを持ち、GS火炎面変動が時間平均温度分布を形成する過程についても直接再現されている事が確認され、今後本手法を、NOx予測や音響振動予測などと連成した解析を実施する際に、時間変動成分の評価におけるモデル依存性の低減に有効となる可能性を示した。

 さらに、総燃料投入量とパイロット燃料比について表1に示す3通りの組み合わせ(Case A,B,C)による燃料条件を用いた解析結果について、それぞれ対応する計測値との時間平均温度プロファイルの比較を行った。図6(a)に示したノズル出口より38mm下流では、燃焼器中心部(r=0-30mm)が予混合気旋回流の形成する循環領域に相当し、既燃混合気が充満した高温領域となっている。この領域では、定量的に全条件で温度の過大評価が見られるものの、パイロット燃料流量の最も小さいCase AがB, Cに対して高温となる定性的な傾向が実験計測結果と一致した。

 一方、図6(b)に示したノズル出口から358mm下流の外周領域(r=70-100mm)では、パイロット燃料流量の多いCase B, Cが高温となっており、内外周で解析条件間の温度の高低が逆転するという定性的なプロファイルの変化に関する一致が確認された。これらは、パイロット燃料流量の減少につれてその噴流の貫通距離が短くなるため、多くの燃料が循環領域内に取り込まれて内周での燃料濃度が上昇し、逆に外周部への燃料輸送は減少して燃料濃度が低下するためと考えられる。また、図3(b)ではCase Bに対してCase Cが同傾向の温度プロファイルを示しながら全体的に高温となっており、総投入燃料量の差による温度の差も再現されている。

 以上のように、総投入燃料量及びパイロット燃料比の条件変化により生じる燃焼器内現象の定性的な変化が、構築した数値予測システムにより予測可能であることが確認できた。

4.解析結果の分析と解析モデルの改良に向けた検討

 さらに、上述の検証解析結果に対してアプリオリな評価による分析と追加解析による解析条件の結果への影響評価を行った。これにより、希薄予混合燃焼器内における乱流燃焼場への適用において重要となる要素を、解析条件と解析モデルの両面について明らかにした。さらに解析結果に対する分析から、希薄予混合燃焼器内における特徴的な現象として、予混合気の希薄化に伴う予混合火炎の化学反応速度の低下により微小乱流変動の反応帯内部構造への影響が支配的になり得ることと、少なくともグリッドスケールにおいては予混合気の濃度不均一性の火炎への影響が生じている事を指摘した。

5.結論

 以上の研究により、より高度な低NOx燃焼技術の実現に必要とされる、希薄予混合燃焼器内の実用乱流燃焼場に適用可能な非定常現象数値予測手法の構築と検証がなされた。

 また、検証解析結果を用いた評価と考察を加えることにより、構築手法の希薄予混合燃焼器内の現象把握に適用するにあたって今後検討されるべき現象を明確にし、さらなる高精度な数値予測手法の実現に向けた課題を明らかにした。

参考文献[1] 村田ら, 生産研究, vol. 53, no. 1, 2001, pp. 53-56.[2] N. Park et al., Second International symposium on Turbulent and Shear Flow Phenomena, Vol. 3, 2001, pp291-296[3] Bilger,R.W., Comb. Sci. and Tech., 13, 1976, pp.155-170.[4] Williams, F. A., Combustion Theory (2nd ed.), Addison-Wesley, 1985.[5] Yakhot, V., Comb. Sci. and Tech., Vol. 60, 1988, pp. 191-214.(文字数:計3995字、図表:計14個)

図1 検証対象燃焼器概念図

図2 非燃焼乱流場のLESによる軸方向速度プロファイル(x=3/4D)

図3 乱流燃焼場解析によるflameletスカラG及びξと温度の瞬時分布

図4 予混合火炎面形状

図5 予混合火炎面面積比較

図6 平均温度の半径方向プロファイル比較

表1 解析条件

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Large-Eddy Simulationを用いた予混合乱流燃焼場の実用解析に関する研究」と題して、5章から構成されている。

 近年の環境問題への関心の高まりから、工業用熱機関におけるさらなる高効率化、低排出化は急務となっている。代表的工業用熱機関の一つであるガスタービンシステムにおいても、次世代システム開発の重要課題の一つとして、燃焼器における低排出化技術である低NOx燃焼技術の開発が挙げられている。現在、ガスタービン燃焼器における低NOx燃焼技術としては、予混合燃焼技術の採用が進められているが、不安定な燃焼特性など設計における困難も多い。このため、より高度な燃焼技術の実現に向けては、燃焼器内現象を詳細に把握し、それに基づいた燃焼器設計が求められており、従来技術では実現されていない瞬時局所状態に対する高精度な予測手法の必要性が高まっている。

 本論文では、以上のような燃焼技術開発における現象予測の要求に対して、従来技術による現象把握の限界を打破するため、対象現象である複合乱流燃焼場の特性により適する数値予測手法を導入した実用乱流燃焼場に適用可能な数値解析手法の構築と、同構築手法による実用燃焼器内予混合乱流燃焼場の数値予測に関する研究について述べている。

 第1章においては本研究の背景である工業用ガスタービン燃焼器の現状とともに低NOx燃焼技術の重要性を述べ、その実現に必要な要素技術として、希薄予混合燃焼器内における非定常乱流燃焼場の詳細現象把握が必要である事を述べている。また、その要件を満足するための数値予測手法の構築に向け、従来の乱流燃焼場に対する数値予測手法の研究について乱流モデリングと燃焼モデリングの両面から調査、概観している。その結果に基づき、本研究の目的を、マルチスケール現象である実用燃焼器内乱流燃焼場を精度良く解析可能で、予混合と拡散の両燃焼が混在する複合燃焼場を取り扱う事ができ、非定常現象の解析にも適したガスタービン燃焼器内乱流燃焼場の数値予測システムの構築に設定している。

 第2章では、第1章において述べた従来研究の内、乱流燃焼場の非定常解析手法としての有効性が示されてきたLarge-Eddy Simulationによる乱流モデリングとflameletアプローチに基づく燃焼反応モデリングのカップリングによる数値予測手法に着目し、同解析手法の拡張により実用乱流燃焼場への適用性を高めることによって、予混合燃焼と拡散燃焼の両燃焼形態が混在する複雑乱流燃焼場のための数値解析モデルを構築している。数値予測手法の拡張においては、従来flameletアプローチによる取り扱いが不可能とされていた複合燃焼現象(部分予混合燃焼現象)に対して、"2-scalar flameletアプローチ"と呼ぶ2種の火炎面追跡スカラを用いたflameletアプローチを導入する事で、その解析を可能にしている。この拡張と乱流燃焼モデルの導入及び乱流場解析とのカップリングを定式化する事によって、ガスタービン燃焼器内乱流燃焼場の数値予測システムの根幹となる解析手法を構築している。

 第3章では、第2章において構築した数値解析手法を非構造格子による汎用LES乱流解析コードへ実装し、実用燃焼器の複雑形状へも適用可能な数値予測システムを構築している。また、同予測システムを希薄予混合燃焼器を想定した供試体形状内における部分予混合燃焼場に対して適用することで、その有効性の検証を行っている。検証解析の結果から、第2章において構築した2-scalar flameletアプローチによる拡張が複合乱流燃焼場の解析を可能とした事が示されている。また、本解析手法の特徴である大規模非定常現象の直接的な解析が、乱流変動により生じる大規模な火炎面構造を直接捉え、大スケールでの燃焼速度の加速機構を再現しており、この効果にサブグリッドスケールにおける乱流燃焼速度の評価モデルを加える事によって、燃焼器内の予混合火炎の保炎機構が再現されることを示している。さらに、計測値との比較から、燃料条件に依存する定性的な温度分布の変化が予測可能であることを示し、本研究において構築された数値予測手法が燃焼器内の複合的な乱流流動現象によって形成される燃料濃度分布を再現し、燃焼反応モデルによって適切に燃焼気体温度と予混合気燃焼速度を予測した結果であることを述べている。以上の検証結果から、本研究において構築した数値予測システムの、燃焼器開発設計段階における器内現象予測システムとしての有効性が示されている。

 第4章では、第3章における解析で得られた結果を元に、本論文で構築した数値予測モデルの各要素に関する影響度評価を行っている。これにより、希薄予混合燃焼器内における乱流燃焼場への適用において重要となる要素が、解析条件と解析モデルの両面について明らかにされている。また検証解析結果に基づく分析から、実用予混合燃焼器内における特徴的な現象として、予混合気の希薄化に伴う予混合火炎の化学反応速度の低下による微小乱流変動の反応帯内部構造への影響が支配的になり得ることと、予混合気濃度の空間的な不均一性によって火炎厚さへの影響が生じている事を示し、今後の数値予測においては、これらの影響を含めたモデリングが必要かつ重要となる事を指摘している。これらによって、本研究で構築された数値予測システムの更なる予測精度改善に向けた指針が示されている。

 第5章は総結論であり、Large-Eddy Simulationを用いた複合乱流燃焼場のための数値予測手法の構築、検証と、実用予混合燃焼器内における乱流燃焼場に関して本論文で得られた知見、成果がまとめられている。

 以上に述べたように、本論文によって、工業用燃焼器開発において渇望されている高度な低NOx燃焼の設計に必要な、実用予混合燃焼器内の複合乱流燃焼場に適用可能な非定常現象数値予測手法の構築と検証がなされた。これにより、実用燃焼器設計におけるより高度な燃焼設計の実現が期待できる。また、解析結果を用いた評価と考察を加えることにより、構築手法を実用予混合燃焼器内の現象把握に適用するにあたって今後検討されるべき現象を明確にした。これにより、実用燃焼器内現象において解明されるべき現象が明らかになり、今後の研究における有意義な指針が示されたといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク