学位論文要旨



No 121703
著者(漢字) 小豆川,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ショウズガワ,ユウコ
標題(和) 企業組織と個人の関係に関する一考察 : ICT(Information & Communication Technology)の進展と情報活用能力
標題(洋)
報告番号 121703
報告番号 甲21703
学位授与日 2006.05.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6319号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 助教授 元橋,一之
 東京大学 教授 丹羽,清
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 この10年、インターネットをはじめとしたICT(Information & Communication Technology、以下ICTと表記)の普及は、経済のグローバル化、産業構造の転換、規制緩和の進展など、日本の社会構造変化と重なりながら進展してきた。

 日本における企業組織と個人の関係に関しても、「産業の情報化」と「情報の産業化」がダイナミックに普及・展開するなかで、戦後から高度経済成長期を通じて大きな特徴とされてきたわが国の雇用システムが転換期を迎えている。具体的には、企業は長期継続雇用、年功賃金・昇進等の処遇制度等を見直し、グローバル化、競争市場の激化、スピード化に対応して、ピラミッド型組織や稟議制度などの意思決定システムの変革に着手している。さらに、ICTの普及・進展とともに組織の分散化が進み、テレワーク等の柔軟なワークスタイルも組織に浸透している。

 本論文は、企業組織と個人(雇用者)の関係に照準を定め、ICTの進展と相互影響関係にあると想定される個人の情報活用能力を機軸として、企業組織と個人の関係を検証すると同時に、企業要因、個人要因に関する有効な施策について多面的に検討を行う。そして、今後ICTが環境インフラとしてますます整備され、企業を中心に展開されるであろう知識創造社会のなかにおける企業組織と個人の関係のゆくえを考察する。

研究の目的と方法

 本論文では、個人の情報活用能力に焦点を合わせて、企業組織における雇用・労働と個人、そしてそれらの間の関係を考察する。本論文の目的は2つある。第1の目的は、A、B、C,Dの4種類のデータによって、ICTの活用の有無による個人の情報活用能力の格差の確認を行うことである。次に、D調査もしくは、C調査およびD調査のデータによって、ICTの活用層を抽出し、企業組織と個人の関係を1.テレワーク(組織と個人のFlexibility)、2.自己評価と会社評価の一致(Integration)、3. 勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)の3つの観点から捉え、個人の情報活用能力をキー変数として想定した上で、企業組織と個人の関係を規定する要因を考察することを第2の目的とする。

 研究方法としては、本研究と関連する先行研究を理論的に検討するとともに、実態把握を行った上で、17の作業仮説を設定し、実証的・統計的に分析する。

 利用データについては、A調査、B調査、D調査はそれぞれ国勢調査区(各250、100、210)における18歳以上70歳未満の男女個人を対象としている。C調査は帝国データバンクのデータベースおよび「会社四季報」よりリストアップした日系および外資系の大手金融機関に勤務する従業員(専門人材)を対象とした調査であって、調査設計、調査対象者の抽出、調査方法は、一定の代表性が確保されている。

 また、利用データによって若干異なるものの、設定する変数は、情報活用能力に加えて、個人要因として年齢、学歴、勤務年数、担当業務の経験年数、情報システムを活用した情報共有の実践度、職務満足度等である。企業要因としては、実績の給与や昇進への反映、ローテーションの可能性、年俸制の有無、教育訓練等があり、評価・処遇、能力開発等、雇用システムの全体の枠組みを捉えた設定となっている。

論文の概要

 本論文は,序章、本論の6章、および補論から構成されている。序章は本論文の全体概要、第1章は本論文をめぐる先行研究および既存統計を概観した部分である。第2章から第5章までは実証研究、第6章は総括である。巻末には、補論として利用した調査の概要、設定変数、統計分析手法等、付属資料として参考・引用文献を添付している。具体的な内容は、以下のとおりである。

 第1章では、本論文を通底するキー概念である個人の情報活用能力および企業組織と個人の関係について、企業組織における情報、ICTの進展と組織能力、個人能力、組織変革とテレワーク、転換期にある企業組織と個人等に関する先行研究や既存統計を概観し、本研究との関わりについて論述している。

 第2章では、個人の情報活用能力に直接関連のある先行研究をサーベイした上で、本研究の視座を明らかにするとともに、4種類のデータを用いてICTの活用と情報活用能力との関連分析を行っている。結果として、個人の情報収集・情報選択・情報の編集と加工・情報発信の4つのフェーズの合成で表わされる情報活用能力(スコア)は、ICTの活用層の方が非活用層よりも高いこと、さらに学歴、年齢等の変数をコントロールして分析を行ったところ、モデルのデータの適合度に若干課題を残す結果であるとはいえ、情報活用能力の高低を規定する要因としてICTの活用の有無が有意な変数となっていることを検証している。

 第3章では、企業組織と個人の関係として、組織と個人のFlexibilityを実現するテレワークに関連した先行研究をサーベイした上で、本研究の視座を明らかにするとともに、テレワークの実施を規定する要因分析を行っている。テレワーカーと非テレワーカーでは、情報活用能力はテレワーカーの方が高いこと、さらに、学歴、年齢等の変数をコントロールしても、「情報活用能力」高位層がテレワークの実施に対してプラスに寄与することを検証している。合わせて個人要因として「男性」、「管理職」、「転職経験あり」、「職場の信頼実感」の高位層、企業要因として「事業・組織の再構築」高位層もテレワークの実施に対して促進的である。

 第4章では、組織と個人の統合(Integration)を、専門性(あるいは働きぶり)の自己評価と会社評価の一致と捉え、関連した先行研究をサーベイした上で、本研究の視座を明らかにするとともに、統合(Integration)を規定する要因分析を行っている。そして「統合あり、すなわち自己評価と会社評価の一致している」層と「統合なし、すなわち一致していない」層では、情報活用能力は「統合あり」層の方が高いことを検証している。さらに学歴、年齢等の変数をコントロールした上で分析を行ったところ、C調査では、モデルのデータの適合度に課題を残す結果であるとはいえ、「統合あり」に対して「情報活用能力」高位層、個人要因の「30代」、「担当業務の経験年数」の長い層、「専門職志向あり」層、「情報システムを活用した情報共有の実践度」の高位層、「ミドルマネジメントに対する満足度」、「職務満足度」高位層、企業要因として「部門や職務のローテーション」がない層が促進的であるということを検証している。

 D調査では、「情報活用能力」高位層に加えて、「職場の信頼実感」高位層、「職務満足度」高位層、さらに、企業要因の「実績ベースの業績管理制度」の高位層が「統合あり」にプラスに寄与することを検証している。

 第5章では、企業組織と個人の関係において勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)に関連した先行研究をサーベイした上で、本研究の視座を明らかにするとともに、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)を規定する要因分析を行っている。「勤続志向」層と「転職志向」層では、「転職志向」層の方が情報活用能力が高いという仮説に関しては、C調査では支持、D調査では棄却されている。さらに、学歴、年齢等の変数をコントロールした上で分析を行ったところ、C調査では、「情報活用能力」高位層が「転職志向」に対してプラスに寄与、「勤続志向」に対しては「勤務年数」の長い層、「ミドルマネジメントに対する満足度」高位層が促進的であり、「組織と個人の統合」ダミーを投入したMODEL:Dでは「職務満足度」もプラスに寄与している。D調査ではC調査同様、情報活用能力は「転職志向」に対してプラスの傾向がみられるものの、有意な変数とならなかった。また「転職志向」に対して、個人要因の基準変数を60代とすると「10〜20代」、「30代」、「40代」がプラスに寄与する一方、「勤続志向」に対しては「勤務年数」の長い層、「職務満足度」高位層が促進的である。「組織と個人の統合ダミー」、「テレワークダミー」を投入したMODEL:Fでは、「職場の信頼実感」がある層が「転職志向」に対して促進的であることを検証している。

 第6章は、本論文の総括である。すなわち、本研究における仮説検証の成果、限界と課題、今後の拡張可能性をまとめている。まず、第2章から第5章までにおける17の作業仮説の検証結果を踏まえて、情報活用能力が組織と個人の関係のなかで、Integration(統合)を促進する役割を果たしながら、テレワーク、転職志向を高めていく、というメカニズムを組み込んだ「企業組織と個人の関係に関するモデル」を提示している。

 次に、本論文の今後の課題として、情報活用能力に関しては、職務上の情報活用に適合した項目の設定、テレワークに関しては、e-Japan戦略の定義に即した項目設定、Integration(統合)に関しては、人事評価・処遇等の客観数値による把握、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)に関しては、転職経験層等がどのような情報を入手し、決定に至ったかのメカニズムに関する研究等をあげている。

 最後に、今後の研究の拡張可能性について、ICTの利活用をビルトインした情報活用能力、対面コミュニケーションの進化、メカニズム、企業組織と個人の関係に関する、より一層拡張した研究等を提示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、インターネットをはじめとするICT(Information & Communication Technology、以下ICTと表記)が急速に進展・普及する中で、ICTの活用の有無による個人の情報活用能力の格差を確認した上で、それと相互影響関係にあると想定される企業組織と個人の関係のうちいくつかの側面に注目して、情報活用能力の影響の有意性を検証した点に特徴がある。

 具体的に、まずA、B、C、Dの4つの調査の結果に基づいて、ICTの活用の有無による個人の情報活用能力の格差について分析した上で、企業組織と個人の関係について、現在のICTの進展・普及、労働市場、日本型雇用システムの状況を踏まえて(1)テレワーク(組織と個人のFlexibility)、(2)自己評価と会社評価の一致(Integration)、(3)勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)の3つの側面に注目して、D調査およびC、Dの調査によって分析している。ここで、A、B、D調査はそれぞれ国勢調査区(各250、100、210)における18歳以上70歳未満の男女個人を対象とした調査であり、C調査は帝国データバンクのデータベースおよび「会社四季報」よりリストアップした日系および外資系の大手金融機関に勤務する従業員(専門人材)を対象とした調査であって、調査設計、調査対象者の抽出、調査方法の点で、一定の代表性が確保されている。

 また、利用データによって若干異なるものの、用いた変数は、情報活用能力に加えて、個人要因として年齢、学歴、勤務年数、担当業務の経験年数、情報システムを活用した情報共有の実践度、職務満足度等の変数、そして企業要因としては、実績の給与や昇進への反映、ローテーションの可能性、年俸制の有無、教育訓練等の変数である。分析結果は評価・処遇、能力開発等雇用システムの全体の枠組みを捉えることにかなりの程度成功している。

 本論文は序章、本論の6章、および補論からなる。序章は本論文の全体の概要、第1章は本論文に関連する先行研究および既存統計を概観し、理論的検討、実態把握を行っている。第2章から第5章までにおいては、17の作業仮説を設定し、実証的検討、統計的手法を用いた検証を行っている。第6章では総括として、本研究における仮説検証の成果、限界と課題、今後の拡張可能性をまとめている。巻末の補論では、利用した調査の概要、用いた変数の定義、統計分析手法をまとめている。参考・引用文献も含めて全体は198ページからなり、400字詰め原稿用紙で約600枚に相当する。

 各章の内容は以下のとおりである。第1章では、本論文を通底するキー概念である個人の情報活用能力、および企業組織と個人の関係について、企業組織における情報の位置づけ、ICTの進展・普及と組織能力・個人能力の関係、組織変革とテレワーク、転換期にある企業組織と個人の関係等に関する先行研究や既存統計を概観し、本研究との関わりについて論述している。

 第2章では、個人の情報活用能力に直接関連のある先行研究をサーベイした上で、4種類のデータによって、ICTの活用と情報活用能力との関連分析を行っている。個人の情報収集・情報選択・情報の編集と加工・情報発信の4つのフェーズの合成として表わされる情報活用能力(スコア)は、ICTの活用層の方が非活用層よりも高いこと、さらに学歴、年齢等の変数をコントロールして分析を行って、データへの適合度に若干課題を残す結果になっているとはいえ、情報活用能力の高さを規定する要因としてICTの活用の有無が有意な変数となっていることを検証している。

 第3章では、企業組織と個人のflexibileな関係を実現する一つの手段であるテレワークに関連した先行研究をサーベイした上で、テレワークの実施を規定する要因分析を行っている。テレワーカーと非テレワーカーでは、情報活用能力はテレワーカーの方が高いこと、さらに学歴、年齢等の変数をコントロールしても、「情報活用能力」高位層がテレワークの実施に対してプラスに寄与することを検証している。合わせて個人要因として「男性」、「管理職」、「転職経験あり」、「職場の信頼実感」の高位層、企業要因として「事業・組織の再構築」高位層もテレワークの実施に対して促進的であることを検証している。

 第4章では、組織と個人の統合(Integration)を専門性(あるいは働きぶり)の自己評価と企業による評価の一致と捉えて、関連の先行研究をサーベイした上で、統合(Integration)を規定する要因の分析を行っている。まず「統合あり」層と「統合なし」層では、情報活用能力は「統合あり」層の方が高いことを示している。さらに、学歴、年齢等の変数をコントロールした分析の結果、C調査では、データへの適合度に課題を残す結果であるとはいえ、「統合あり」に対して促進的であるのは、「情報活用能力」高位層、そして個人要因としては「30代」、「担当業務の経験年数」の長い層、「専門職志向あり」の層、「情報システムを活用した情報共有の実践度」の高位層、「ミドルマネジメントに対する満足度」、「職務満足度」の高位層、企業要因としては「部門や職務のローテーション」がない層であることを検証している。

 D調査では、「情報活用能力」高位層に加えて「職場の信頼実感」高位層、「職務満足度」高位層、さらに企業要因では「実績ベースの業績管理制度(実績の給与や賞与への反映)」の高位層が「統合あり」にプラスに寄与することを検証している。

 第5章では、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)に関連した先行研究、本研究をサーベイした上で、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)を規定する要因の分析を行っている。「勤続志向」層と「転職志向」層の比較では、「転職志向」層の方が情報活用能力が高いという仮説に関しては、C調査では支持、D調査では「統合あり」層の方が「勤続志向」層の割合が有意に高くなっており、仮説は棄却されている。さらに学歴、年齢等の変数をコントロールした分析結果では、C調査では、「情報活用能力」高位層が「転職志向」に対してプラスに寄与しており、「勤続志向」に対しては「勤務年数」の長い層、「ミドルマネジメントに対する満足度」高位層がプラスで、「組織と個人の統合」ダミーを投入したMODEL:Dでは「職務満足度」もプラスに寄与することを検証している。D調査ではC調査同様、情報活用能力は「転職志向」に対してプラスの影響を与える傾向がみられるものの、有意な結果とはなっていない。また「転職志向」に対して、個人要因の基準変数を60代とすると「10〜20代」、「30代」、「40代」がプラスに寄与する一方、「勤続志向」に対しては「勤務年数」の長い層、「職務満足度」高位層が促進的である。また「組織と個人の統合ダミー」、「テレワークダミー」を投入したMODEL:Fでは「職場の信頼実感」高位層が「転職志向」に対して促進的である。

 第6章は、本論文の総括であり、本研究における仮説検証の成果、限界と課題、今後の拡張可能性をまとめている。まず本研究の総括として、第2章から5章までの17の作業仮説の検証結果を踏まえて、情報活用能力がIntegration(統合)を促進する役割を果たしながら、テレワーク、転職志向を高めていくというメカニズムを組み込んだ「企業組織と個人の関係に関するモデル」を提示している。

 そして、本論文の今後の課題として、情報活用能力に関しては職務上の情報活用に適合した項目の設定、テレワークに関してはe-Japan戦略の定義に即した項目の設定、Integration(統合)に関しては人事評価・処遇等の客観数値による把握、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)に関しては転職経験層等がどのような情報を入手し、決定に至ったかのメカニズムに関する研究等があることを指摘している。

 最後に、今後の研究の拡張可能性について、ICTの利活用をビルトインした情報活用能力、対面コミュニケーションの進化とそのメカニズム、企業組織と個人の関係の未来の姿に関する研究等を提示している。

 以上の内容を持つ本論文には、次のような長所が認められる。

 第一に、作業仮説の設定し、検証するために用いたデータの妥当性である。本論文は、国勢調査区(各250、100、210)における18歳以上70歳未満の男女個人を対象とした3つの調査、帝国データバンクのデータベースおよび「会社四季報」よりリストアップした日系および外資系の大手金融機関に勤務する従業員(専門人材)を対象とした1つの調査という、代表性が確保されたデータによって、17の作業仮説を設定し、それに基づいて検証するという手法で問題に迫真している。この点は、高く評価できる。

 第二に、個人の実態・意識と組織の状況との関係を深耕するために、方法論的個人主義(methodological individualism)に依拠した個人ベースの分析(individual level analysis)アプローチをとった点である。ICTと企業組織の生産性、組織の効率性、組織変革等に関する実証研究は、これまで主として企業ベースの分析(firm level analysis)を中心に行われてきた。本研究は、利用データによって若干異なるとはいえ、情報活用能力に加えて、個人要因として年齢、学歴、勤務年数、担当業務の経験年数、情報システムを活用した情報共有の実践度、職務満足度等、企業要因として実績ベースの業績管理制度、ローテーションの可能性、年俸制の有無、教育訓練等の変数を選択し、評価・処遇、能力開発等雇用システムの全体の枠組みを構築しようとしているところに独自性があり、労働経済学、組織論、人的資源管理論、情報社会論の分野にとって有意義な成果を挙げている。

 第三に、情報活用能力に関して、一般的に指摘されながら、これまで十分に検証されることがなかった「情報活用能力は、ICTを活用していない層よりも活用している層の方が高い」という仮説を、代表性が確保された複数の調査によって、支持できることを示したことである。これは、組織における意思決定への参画度、能力開発の機会、そして企業内外の労働市場における雇用機会の重要性を示唆している。さらにはこの個人の情報処理能力の向上によって、日本型経営システムで適合的であった文脈的技能(contextual skills)への依存から機能的スキル(functional skills)への転換の可能性をも示唆している。

 第四に、企業組織と個人の関係を、現在のICTの進展と普及、労働市場、日本型雇用システムの状況を踏まえて、(1)テレワーク(組織と個人のFlexibility)、(2)自己評価と会社評価の一致(Integration)、(3)勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)の3つの観点から捉え、企業組織や人事制度改革の状況と合わせて、個人の情報活用能力の役割を確認した点である。

 具体的には、テレワークに関しては、Flexibilityが高い働き方である故に、場所や時間の乖離によるコミュニケーション・ロスを補完し、意思決定を速める情報活用能力がキーとなっていること、また、組織的には事業・組織の再構築や実績ベースの業績管理など人事制度の透明化が行われており、ICTを活用した情報共有や職場の信頼醸成を実践しながらテレワークが実施されていることを示唆している。自己評価と会社評価の一致(Integration)に関しては、情報活用能力は組織と個人のマッチングを高める役割を果たしていること、C調査の分析では、仕事へのコミットメント、有能感・自己決定感は情報活用や情報共有を基盤に高められ、組織の結節点であるミドルマネジメントの役割が重要であること、さらにD調査の分析では、組織における信頼醸成や評価と処遇の透明性を図ることが、統合(Integration)を高める上で重要であることを示唆している。勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)に関しては、専門人材については(C調査)、職務満足度が高い層が勤続志向が高い一方で、"well-match"層であっても、外部労働市場、内部労働市場を比較し、外部労働市場の方が自分にとって魅力的であれば流動していく可能性を持っている点、職務満足度を高める上でミドルマネジメントの役割が重要であること、D調査では、「職務満足度」の高位層が「勤続志向」を高い一方、「職場の信頼実感」の高位層が「転職志向」にプラスに寄与している点である。

 しかしながら、本論文にも問題点がいくつか存在する。まず、情報活用能力の検証に関して、一般生活者対象の調査も含まれていることから、調査設計上、必ずしも職務上の情報活用に適合した項目の設定がされていない点である。次に、組織と個人の関係に関して、テレワークについては、現在、政策の基準として設定されている「週8時間以上実施」というe-Japan戦略の定義に即した形になっていない点である。Integration(統合)については、さらに検証結果の妥当性が確認できるであろう人事評価・処遇等の客観数値による把握、そして、勤続志向・転職志向(Retention/Turn over)については、転職経験層等がどのような情報を入手し、決定に至ったかのメカニズムに関して明らかにする必要があるであろう。しかしながらこのような課題は,本論文の基本的価値を損なうものではない。

 以上,本論文は若干の問題点をもつとはいえ,ICTの活用の有無による個人の情報活用能力の格差の確認した上で、企業組織と個人の関係においてもその能力の影響が有意に見られることを検証し、合わせて雇用システム全体に対するインプリケーションを獲得した点で、労働経済学、組織論、人的資源管理論、情報社会学の諸分野に十分貢献する成果であると評価できる。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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