学位論文要旨



No 121706
著者(漢字) 中田,千紗子
著者(英字)
著者(カナ) ナカダ,チサコ
標題(和) ゼブラフィッシュ初期発生におけるフォークヘッド型転写因子のクローニングと機能解析
標題(洋) Cloning and characterization of forkhead transcription factors in zebrafish early development
報告番号 121706
報告番号 甲21706
学位授与日 2006.05.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2761号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 井上,貴文
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

フォークヘッドドメインは、ショウジョウバエのホメオティック遺伝子とラット肝細胞調節因子遺伝子の間に、保存された110アミノ酸残基からなるDNA結合領域として見い出された。現在100以上のフォークヘッドドメインを持つ転写因子が発見され、生物の発生、組織の分化、細胞の運命づけに深く関わっている事が明らかになりつつある。いくつかのフォークヘッド遺伝子はレンズ形成や角膜発生に関与する事が知られている。私は、ゼブラフィッシュを実験モデルとし、胚発生、眼の発生に関与する新規フォークヘッド遺伝子のクローニングとその機能解析を行った。ゼブラフィッシュの頭部より調製したmRNAからcDNAを作成し、既知フォークヘッド遺伝子の塩基配列を元に種々のdegenerate primerを用いてPCRを行い、いくつかの既知および新規のcDNAフラグメントを得た。そのうち新規と思われるフラグメントについて3'RACE、 5'RACEを行い、哺乳類フォークヘッド型転写因子FoxL1のゼブラフィッシュホモログである事が明らかになり、それについて機能解析を行った。

転写抑制化因子foxl1はshhの発現を抑制する事によりゼブラフィッシュ胚における中枢神経発生を調節する

異なる発生段階のゼブラフィッシュから作成したRNAを用いたRT-PCRの結果、foxl1は発生段階の初期から発現が検出され、成魚の各臓器から作成したRNAを用いたRT-PCRでは、脳でその発現が高い事が示された。Whole-mount in situハイブリダイゼーションの結果、foxl1は原腸形成期の動物極側の一部に発現し、受精後24時間では間脳と中脳の領域および耳胞に、受精後48時間では心臓に発現する事が示された。切片in situ ハイブリダイゼーションにより、受精後24時間胚の網膜にfoxl1の発現が確認された。強力なアンチセンスオリゴの一種であるモルフォリーノ(MO)を用いた knock down実験により、foxl1 MOインジェクション胚の約70%が脳の形成異常、網膜層構造形成異常を示した。

Whole-mount in situハイブリダイゼーションで種々の神経系遺伝子発現の動態を検討すると、受精後24時間後のfoxl1 MOインジェクション胚の中脳でsonic hedgehog (shh)が異所的に発現し、同時にpax2aの発現が眼枝において上昇し、さらにpax6aの発現が前脳および網膜において減少していた。このことから、foxl1が中脳領域でshhの発現に抑制的に働いている事が示唆された。

foxl1の転写機能を解析するため、foxl1のDNA結合領域にショウジョウバエEngrailedの転写抑制化ドメイン(foxl1-EnR)もしくはヘルペス単純ウイルスVP16の転写活性化ドメイン(foxl1-VP16)を融合したコンストラクトを作製し、ゼブラフィッシュで過剰発現させた。

foxl1-EnRの過剰発現はfoxl1を過剰発現させた胚と同様な表現型を示した。

foxl1がshhの発現を直接制御する可能性を検討するため、shh promoterを単離し、shh-promoter-EGFPをfoxl1とゼブラフィッシュ受精卵で共発現させると、EGFPの発現が強く抑制された。さらにPC12細胞でshh-promoter-luciferaseへのfoxl1の影響を一過性発現の系で検討すると、フォークヘッド領域依存的にfoxl1がshh-promoterの活性を抑制する事が明らかになった。同様の実験をNIH3T3細胞あるいはHeLa細胞を用いて行うと抑制活性がまったく観察されない事から、foxl1の活性は神経細胞にて特異的に機能する事が示唆された。Gal4-UASシステムでfoxl1の転写抑制領域を検討した所、C末端側の領域が必須である事がわかり、その中にcorepressorである Grouchoの結合配列として知られるEh1モチーフの存在が明らかとなった。これにより、foxl1はshh promoterの転写をフォークヘッド領域およびC末端側の領域依存的に抑制し、その活性にはGrouchoが関与する事が示唆された。

以上の事からfoxl1はshhの転写抑制因子として、ゼブラフィッシュ中枢神経発生に必須の役割を果たしている事が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生物の発生、組織の分化、細胞の運命づけに深く関わっているフォークヘッド型転写因子の機能を明らかにするため、ゼブラフィッシュを実験モデルとし、中枢神経系発生に重要な役割を演じる新規フォークヘッド型転写因子foxl1のクローニングと機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. ゼブラフィッシュ発生段階の経時的RT-PCRの結果、foxl1は発生段階の初期から発現が検出され、成魚の各臓器では脳でその発現が高い事が示された。Whole-mount in situハイブリダイゼーションの結果、foxl1は中枢神経系に強く発現する事が示された。

2. モルフォリーノ(MO)を用いた knock down実験により、foxl1 MOインジェクション胚の約70%が脳の形成異常、網膜層構造形成異常を示した。Whole-mount in situハイブリダイゼーションの結果、受精後24時間後のfoxl1 MOインジェクション胚の中脳でsonic hedgehog (shh)が異所的に発現し、同時にpax2aの発現が眼枝において上昇、さらにpax6aの発現が前脳および網膜において減少しており、foxl1が中脳領域でshhの発現に抑制的に働いている事が示唆された。

3. foxl1の転写機能を解析するため、foxl1のDNA結合領域にショウジョウバエEngrailedの転写抑制化ドメイン(foxl1-EnR)もしくはヘルペス単純ウイルスVP16の転写活性化ドメイン(foxl1-VP16)を融合したコンストラクトを作製し、ゼブラフィッシュで過剰発現させた所、foxl1-EnRの過剰発現はfoxl1を過剰発現させた胚と同様な表現型を示した。

4. foxl1がshhの発現を直接制御する可能性を検討するため、shh promoterを単離し、shh-promoter-EGFPをfoxl1とゼブラフィッシュ受精卵で共発現させると、EGFPの発現が強く抑制された。さらにPC12細胞でshh-promoter-luciferaseへのfoxl1の影響を一過性発現の系で検討すると、フォークヘッド領域依存的にfoxl1がshh-promoterの活性を抑制する事が明らかになった。Gal4-UASシステムでfoxl1の転写抑制領域を検討した所、C末端側の領域が必須で、その中にcorepressorである Grouchoの結合配列として知られるEh1モチーフの存在が明らかになった。

以上、本論文はゼブラフィッシュ初期発生において、Shhの転写を抑制する事により、中枢神経系の発生に重要な役割を果たす、新規フォークヘッド型転写因子foxl1の機能を明らかにした。本研究は、フォークヘッド型転写因子による胚発生調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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