No | 121710 | |
著者(漢字) | 鴻,宗義 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオトリ,ムネヨシ | |
標題(和) | 線虫C.elegansの生殖細胞の性決定におけるDeleted in Azoospermia相同遺伝子の役割 | |
標題(洋) | The role for the C.elegans orthologue of Deleted in Azoospermia in germ cell sex determination | |
報告番号 | 121710 | |
報告番号 | 甲21710 | |
学位授与日 | 2006.05.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4896号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 卵子と精子が融合して次世代の新しい生命を作る有性生殖は、多細胞動物が種を維持するために必須の過程である。有性生殖で見られる2つの重要な現象として、(1)DNA合成を伴わない2回の連続した分裂により生殖細胞の染色体構成が2倍体から1倍体になる減数分裂と、(2)卵子になるか精子になるかの運命を選択し、未分化の生殖細胞が形態変化を行い卵子や精子を形成する配偶子形成がある。これらは非常に複雑で劇的なプロセスであるが、この過程を制御する分子機構には解明されていない点が多く、さらなる解析が必要である。 Deleted in Azoospermia(DAZ)ファミリータンパク質は多細胞動物で広く保存されたRNP型RNA結合タンパク質であり、標的mRNAの翻訳を促進することで配偶子形成を実現させると推測されている。しかし、DAZファミリータンパク質の具体的な生理的、分子的機能に関しては未だ明らかでない点が多い。このファミリーをコードする遺伝子として最初に同定されたDAZ遺伝子は、ヒト無精子症患者の多くで欠失が見られるY染色体DAZ領域に見出された遺伝子の1つである。DAZ遺伝子と相同な遺伝子は、多くのセキツイ動物、ショウジョウバエ、線虫C.elegansといった多岐にわたる動物種で見出されている。そのため、DAZファミリー遺伝子の機能解析を進めることで、配偶子形成を司る分子機構の動物間で保存された局面を明らかにできると期待される。 C.elegansのdaz-1遺伝子は、C.elegansのゲノムがコードする唯一のDAZ相同遺伝子である。daz-1遺伝子の働きは他の多くの動物種とは異なり、雌の配偶子形成(卵形成)には必要であるが、雄の配偶子形成(精子形成)には必要でない。daz-1変異体雌雄同体は、染色体の異常凝縮、卵形成時特有の生殖腺の細胞質の蓄積が起こらない、核小体の縮小といった異常を卵形成時に示し、最終的には減数分裂第一分裂前期パキテン期以降への進行が阻害されて不稔となる。DAZ-1タンパク質は、雌雄同体生殖腺で生殖細胞が体細胞分裂を行う部位から減数分裂に移行する部位、そして減数分裂の初期を行う部位にかけて発現する。これらのことは、DAZ-1タンパク質が減数分裂の開始から初期にかけての過程で重要な働きを持つことを示唆する。しかし、DAZ-1タンパク質がどのようなmRNAに結合して卵形成に寄与しているかは、他のDAZファミリータンパク質の場合と同様に未知であった。 本研究では、まずC.elegansの近縁線虫種C.briggsaeおよびC.remaneiからDAZ相同遺伝子(Cb-daz-1およびCr-daz-1)を同定した(図1)。予測アミノ酸配列の比較の結果、標的RNAと結合すると考えられるRRMドメインは3種間で高い相同性を示した。しかし、タンパク質全体の一次構造は多様化しており、特にRRMドメインよりC末端側の領域では大きな差異があった。進化速度が速いDAZファミリー遺伝子の特質が、3種の線虫間でも見られたことになる。 次に、各々の線虫種のDAZ相同遺伝子の機能をRNA干渉法により阻害することで検討した。Cr-daz-1のRNA干渉を行ったC.remaneiの雌の生殖腺は、C.elegansのdaz-1変異体と同様に、卵形成の減数分裂の進行がパキテン期で停止し不稔となる表現型を示した(図2)。一方、Cb-daz-1のRNA干渉を行ったC.briggsaeの雌雄同体の生殖腺は、成虫になっても卵形成を行えずに精子のみを形成のみを続けるために不稔となる表現型を示した(図2)。このCb-daz-1(RNAi)の表現型はMog(Masculinization of germline:生殖腺の雄化)表現型と呼ばれ、一般に生殖細胞の性決定の不全によるものである。 C.briggsaeでの知見に基づき、C.elegansのdaz-1も生殖細胞の性決定に関与するかどうかを、遺伝学的かけ合わせ実験により検証した。fem-3(q20)変異は、fem-3遺伝子の機能獲得型の高温感受性変異であり、許容温度15℃ではほぼ正常であるが、制限温度25℃ではMog表現型を示し不稔となる。daz-1(tj3);fem-3(q20)二重変異体を作製したところ、fem-3(q20)変異の許容温度15℃でもMog表現型を示した(図3)。この制限温度の低下は、C.elegansのdaz-1遺伝子も生殖細胞の性決定に関与していることを示している。また、15℃ですでに卵形成への切り替えが起きた後のfem-3(q20)変異体の成虫個体にdaz-1遺伝子のRNA干渉を行ったところ、卵形成を停止して精子形成を再開した。このことは、daz-1遺伝子が個体の発生段階に関わらず卵形成を維持し精子形成を抑制するように機能することを示している。daz-1(tj3)変異体での精子形成の様子を経時的に観察したところ、対照と比べてdaz-1(tj3)変異体では精子形成の終結が遅れることが見られた。従って、daz-1変異単独でも確かに精子形成から卵形成への切り替えに欠損を生じた。 本研究者の所属する研究室では、fbf-1/-2(fbfと総称)遺伝子のmRNAがDAZ-1タンパク質の標的として同定されており、daz-1変異体でFBFタンパク質の総量が減少することが示唆されていた。fbfがコードするFBFタンパク質は、そもそも雌雄同体の生殖腺でfem-3 mRNAと結合することでfem-3遺伝子の活性を抑制し、精子形成を抑制して卵形成を行わせる因子として同定された。抗FBF抗体を用いたウェスタンブロット実験を行い、FBFタンパク質の発現量を野生型とdaz-1変異体とで比較した。その結果、daz-1変異体でのFBFタンパク質の発現量の減少が、精子形成から卵形成への切り替えが起きるL4幼虫期に起きていることが再現性良く確認された。(図4)。さらに、ノザンブロットによるfbf mRNA量の比較では、野生型とdaz-1(RNAi)個体でfbf mRNAの量に差は見られなかった(図4)。よって、daz-1遺伝子はfbf mRNAの翻訳制御を介してFBFタンパク質の発現を促進していると考えられる。 生殖細胞の性決定においてfbfと対立して機能する遺伝子として、gld-3遺伝子が知られている。daz-1 gld-3二重変異体を作製し表現型を観察したところ、daz-1単独変異体ではほとんど観察されない成熟した卵子様の細胞が存在した(図5)。この卵子様の細胞は、成熟した卵子で特異的に発現するOMA-2タンパク質を発現していたことから、正常な卵子に近い状態にある。fbfと対立して働く遺伝子gld-3の阻害によりdaz-1変異体の卵形成が部分的に回復したことは、daz-1遺伝子によるFBFの発現促進が卵形成にとって重要であることを意味している。 以上の結果から、C.elegansのDAZ相同遺伝子であるdaz-1が生殖細胞の性決定に関与し、精子形成から卵形成への切り替えを促進する方向に働くことが明らかとなった。また、daz-1遺伝子が精子形成から卵形成への切り替えを司るFBFタンパク質の発現を翻訳制御により促進することも示唆された。すなわち、daz-1遺伝子はFBFタンパク質の発現を促進することによって、生殖細胞の性決定に関与していると推察される。 fbf遺伝子よりも下流の性決定経路にdaz-1変異が影響を及ぼしているかの検証はまだできていない。fbf遺伝子が発現を抑制する性決定因子として、fem-3、fog-1、fog-3が同定されている。これらの発現にもdaz-1変異が影響を及ぼすのかどうかを確認する必要がある。DAZ-1タンパク質のどのような分子活性が翻訳促進を実現しているかも、まだ不明である。これまでに、DAZファミリータンパク質の作用機序としてはポリアデニル鎖結合タンパク質(PABP)との結合を介してであるということや、標的mRNAのポリソーム画分への局在を促しているということが提唱されている。C.elegans DAZ-1がこのような機構を通じて作用しているのか、あるいは他の別の分子機構を介しているのか明らかにすることに意義があるだろう。 図1 C.elegansと近縁線虫種におけるdaz-1遺伝子 図2 Cr-daz-1(RNAi)およびCb-daz-1(RNAi)の表現型(切り出した生殖腺のDAPI染色) A)C.remanei野生型雌、B)C.remanei Cr-daz-1(RNAi)雌、C)C.briggsae野生型、D)C.briggsae Cb-daz-1(RNAi)雌雄同体。矢印は卵子の核、かっこ内は精子の核をそれぞれ示す。AとB、CとDがそれぞれ同じ縮尺である。バー;50μm(以下の図でも同様)。 図3 daz-1変異による合成的な生殖腺の雄化(切り出した生殖腺のDAPI染色) A)野生型N2雌雄同体、B)daz-1(tj3)雌雄同体、C)fem-3(q20)雌雄同体15℃、D)fem-3(q20)の雌雄同体25℃、E)daz-1(tj3);fem-3(q20)雌雄同体15℃。矢印は卵子の核、括弧内は精子の核をそれぞれ示す。 図4 FBFタンパク質のウェスタンブロットおよびfbf mRNAのノザンブロット 図5 gld-3変異による卵形成不能の部分的な回復(切り出した生殖腺のDAPI染色) A)野生型N2雌雄同体、B)gld-3(ok308)雌雄同体、C)daz-1(tj3)雌雄同体、D)daz-1(tj3)gld-3(ok308)雌雄同体。矢印は卵子の核を示す。 | |
審査要旨 | 多細胞動物間で広く保存されたDeleted in Azoospermia(DAZ)ファミリー遺伝子は、配偶子形成に重要なRNA結合タンパク質をコードする。DAZファミリー蛋白質は、生殖細胞特異的に発現して特定のmRNAに結合し、そのmRNAの翻訳を促進すると考えられている。DAZファミリータンパク質の機能解析を進めることで、配偶子形成を司る分子機構の動物間で保存された局面を明らかにできると期待される。しかし、DAZファミリータンパク質の具体的な生理的、分子的機能に関しては未知の点が多く残されている。線虫C.elegansのDAZ相同遺伝子daz-1は、精子形成に必要でないが、卵形成の減数分裂の進行に必要であることが以前に示されていた。しかし、C.elegansのDAZ-1タンパク質がどのようなmRNAに働きかけて卵形成に寄与しているかは未解明であった。学位申請者鴻宗義はこの問題に取り組んだ。学位論文では、「序」および「材料と方法」に続き、2節からなる「結果」、「考察」、そして「結論」に分けて、得られた成果とその意義が述べられている。 申請者はまず、C.elegansの近縁の線虫C.briggsaeおよびC.remaneiのDAZ相同遺伝子(Cb-daz-1およびCr-daz-1)を同定した。予測アミノ酸配列の比較の結果、標的RNAと結合すると考えられるRRMドメインは3種間で高い相同性を示した。しかし、タンパク質全体の一次構造は多様化しており、特にRRMドメインよりC末端側の領域では大きな差異があった。進化速度が速いDAZファミリー遺伝子の特質が、3種の線虫間でも見られたことになる。 申請者は次に、RNAi法により機能阻害を行った。Cr-daz-1(RNAi)雌は、C.elegans daz-1変異体雌雄同体と同様に卵形成の減数分裂の進行が停止し不稔となる表現型を示した。一方、Cb-daz-1(RNAi)雌雄同体は、野生株で起こる精子形成から卵形成への切り替えが起こらず不稔となる表現型を示した。このCb-daz-1(RNAi)の表現型はMog(生殖腺の雄化)表現型と呼ばれ、生殖細胞の性決定の不全を意味する。機能阻害による詳細な表現型は異なるものの、Cb-daz-1とCr-daz-1はともに、他のDAZファミリー遺伝子と同様に、配偶子形成に重要な働きを果たすということが明らかとなった。 C.briggsaeでの知見に基づき、C.elegansのdaz-1も生殖細胞の性決定に関与するかを遺伝学的かけ合わせ実験により検証するために、C.elegansのdaz-1変異と既存の部分的なMog変異との二重変異体を作製した。その二重変異体は完全なMog表現型を示し、C.elegans daz-1も生殖細胞の性決定に関わっていることが示唆された。また、すでに卵形成への切り替えが起きた後の部分的なMog変異の成虫に対してdaz-1のRNAiを施したところ、卵形成を停止して精子形成を再開した。このことは、daz-1遺伝子が個体の発生段階に関わらず卵形成を維持し精子形成を抑制するように機能することを示している。 申請者は最後に、fbf遺伝子発現とdaz-1との関係を解析している。FBFは生殖細胞の性決定の重要な制御因子であり、そのmRNAにDAZ-1タンパク質が結合して発現を促進する可能性が共同研究者により示唆されていた。ウェスタンブロットの結果、daz-1変異体のL4幼虫期においてFBFタンパク質の減少が認められた。一方、fbfと機能が対立するgld-3遺伝子の欠失変異をdaz-1変異体に導入したところ、卵形成が部分的に回復した。このことは、daz-1遺伝子によるFBFの発現促進が卵形成にとって重要であることを意味している。 以上、鴻宗義はC.elegansのdaz-1が生殖細胞の性決定に関与し、精子形成から卵形成への切り替えを促進する方向に働くこと、その際daz-1遺伝子はFBFタンパク質の発現を翻訳制御していることを明らかにした。この研究成果は生殖細胞の性決定の分子機構の理解に対する重要な寄与であり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は辛島健、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、鴻宗義に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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