学位論文要旨



No 121711
著者(漢字) 張ヶ谷,有里子
著者(英字)
著者(カナ) ハリガヤ,ユリコ
標題(和) YTHファミリーのRNA結合タンパク質Mmi1pは、分裂酵母の体細胞分裂期における減数分裂特異的遺伝子群の発現抑制に必須である
標題(洋) Mmi1p, a YTH-family RNA-binding protein, is essential to repress expression of meiosis-specific genes during the mitotic cell cycle in fission yeast
報告番号 121711
報告番号 甲21711
学位授与日 2006.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4897号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 助教授 程,久美子
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 有性生殖サイクルにおいて、減数分裂は世代から世代へと遺伝情報を伝達する生殖細胞を形成するために必須の機構である。減数分裂では、遺伝情報を半減させるために特殊化した、一回のS期とそれに続く二回のM期から構成される細胞周期、およびそれらと協調した配偶子特異的な形態形成などの事象が種を越えて広く保存されている。減数分裂特有の事象の遂行のためには、減数分裂遺伝子の緻密に制御された発現が必要であり、逆に体細胞では、減数分裂特有の反応が引き起こされないように減数分裂遺伝子の発現が抑制されることが重要である。分裂酵母において、主要な転写因子をコードするmei4や染色体接着分子をコードするrec8などの減数分裂特異的因子のmRNAは体細胞分裂期に発現させると極めて不安定であり、このような不安定性はコード領域または3'UTRに存在するDSR(destabilizing region)とよばれる領域に依存していることが明らかになっていた。本研究では、DSRのRNA配列に結合して減数分裂特異的mRNAに不安定性を与えるトランス因子mmi1(meiotic mRNA instability)の単離同定および機能解析を行った。

 分裂酵母においては、RNA結合タンパク質Mei2pの活性化が減数分裂への分化誘導を規定している。Mei2pは分化誘導因子であるのみならず、減数分裂前DNA合成および減数第一分裂の開始にも必須の機能を果たしており、Mei2pの分子機能の解明は分裂酵母の減数分裂機構を理解する上で重要な位置を占める。Mei2pは栄養源枯渇に伴って発現誘導を受け、核と細胞質間をシャトルしているが、その一部はsme2遺伝子座から転写されるmeiRNAとよばれるnoncoding RNAと直接相互作用し、sme2遺伝子座に特徴的な単一の点状構造(Mei2pドット)を形成する。sme2遺伝子(meiRNA)欠損株ではMei2pドットは観察されず、細胞周期は減数第一分裂の前で停止する。ところが、sme2遺伝子欠損株に核移行配列NLSを付加したMei2p (Mei2p-NLS)を発現させた場合やDSRを過剰発現させた場合には減数分裂の進行が回復する。以上のような事実およびその他の実験的証拠から、Mei2pドットがDSRを有する減数分裂特異的遺伝子群と相互作用して減数第一分裂の開始に役割を果たすことが示唆されていたが、その具体的な分子機序については不明であった。本研究では、新たに同定したMmi1pの制御機構の解析により、Mei2pドットの機能についてひとつの示唆を得た。

Mmi1pの単離・同定および機能解析

 次に述べるような遺伝学的スクリーニングシステムを利用して、DSRを有する遺伝子群の発現抑制に必要なトランス因子を同定した。ura4レポーター遺伝子の3'-UTRにmei4のDSRを挿入するとmRNAが不安定化され、遺伝子の発現が起きない。これを親株として変異原処理し、ウラシル非要求性となる株を取得した。このうち4株で体細胞分裂期にも内在性のmei4 mRNAが検出された。相補性検定の結果、これら4株はすべて同一の遺伝子座位に変異をもつことがわかり、この遺伝子座をmmi1 (meiotic mRNA instability)と名付けた。mmi1遺伝子を同定するため、DSRの不安定化機能の欠損が致死性につながるような以下の系を構築した。染色体接着因子Rec8pの非切断型を体細胞分裂期に強制発現すると染色体分配が著しく阻害され、細胞は生育不能となることがしられている。ここで、非切断型rec8遺伝子の3'-UTRにDSRを挿入すると、遺伝子発現が起きず、細胞は生育可能となった。一方、DSRの不安定化機構が欠損するmmi1変異体においては、遺伝子が発現し、細胞が致死となることがわかった。そこで、この株に分裂酵母遺伝子発現ライブラリーを導入し、DSR不安定化機能を相補するクローンを単離したところ、すべて同一の予測ORF、SPCC736.12cを含むことがわかった。また、4株の変異体のゲノムの塩基配列を決定したところ、このORFのC末端領域にそれぞれ別のミスセンス変異が見いだされた。また、これらの変異を有する株を再構築したところ、mmi1変異株の表現型が再現され、SPCC736.12cがmmi1遺伝子であるという確証が得られた。mmi1の予想遺伝子産物は、カルボキシル末端YTHドメインにおいて、ヒト、マウス、ラットの核タンパク質YT-521Bと20%程度の弱い相同性を示した。YTHドメインは、出芽酵母、ハエ、シロイヌナズナなど真核生物に広く見いだされ、構造生物学的見地からRNAに直接結合することが示唆されている。

 mmi1遺伝子を破壊すると、細胞は著しい生育阻害を示した。さらに解析を行うため、PCRを用いたランダム変異導入によりmmi1の温度感受性変異株を作製したところ、制限温度下において、mei4のみならず、rec8およびそのほかにDSRを有することがしられていたssm4,spo5遺伝子の異所的発現が見られた。一方、mmi1 mei4二重破壊株を作製したところ、生育が部分的に回復した。このことから、Mmi1pは栄養増殖時における減数分裂特異的mRNAの不安定化に必須であり、Mmi1pによる減数分裂特異的遺伝子の発現抑制が細胞の栄養増殖にとって重要であることが示唆された。

 分裂酵母では、DNAマイクロアレイを用いた網羅的解析により、減数分裂の進行にともなって数百におよぶ遺伝子群が次々と発現誘導されていくことが明らかにされている。このような遺伝子群のうちどの程度がmmi1に依存した発現制御を受けているかを検討するため、関西先端研究センターの堤、近重、平岡博士との共同研究によって、mmi1温度感受性変異株における遺伝子発現プロファイルを解析した。その結果、mmi1機能の欠損特異的に発現が上昇する12遺伝子群が同定され、この中には、すでにmmi1の制御を受けていることが明らかになっているssm4,spo5,rec8遺伝子が含まれていた。基準を厳しく定めたためmei4遺伝子は選ばれなかった。12遺伝子は、減数分裂期における発現プロファイルが明らかにされていない1遺伝子を除き、すべてが減数分裂期に発現上昇する遺伝子として同定されているものであった。したがって、今回の解析においては、false positiveは排除されているが、false negativeが発生しており、mmi1がさらに多くの遺伝子群の制御に関与している可能性が残されている。

 最後に、Mmi1pのRNA結合能について検討したところ、精製した組み換えMmi1タンパク質は、mei4およびssm4,spo5,rec8中のDSRに相当するRNA配列に対して、in vitroで特異的に結合することがわかった。

Mmi1pの制御機構の解析

 Mmi1pを大過剰に発現すると、細胞の栄養増殖や栄養源枯渇にともなう増殖停止には著しい影響が見られないが、減数分裂前DNA合成の開始が阻害された。このことから、減数分裂初期の進行には、Mmi1p機能の適切な制御が重要であると考えられた。減数分裂期にMmi1pを制御する因子は何であろうか。上で述べたように、DSRを過剰発現した場合、sme2遺伝子(meiRNA)欠損株の減数分裂周期停止が抑圧される。この観察に対する一つの説明としては、大過剰のDSR RNAがMei2pと結合しmeiRNAの機能を代替した可能性が考えられるが、Mei2pとDSRとは直接の結合を示さないことは、この仮説に適合しない。もう一つの説明としては、DSR RNAがMmi1pの遺伝子発現抑制機能を飽和することによって、内在性のDSRを含む遺伝子群の発現が促進され、Mei2pドットの遺伝子発現促進機能が補償されたという可能性があげられる。この可能性を検証するため、sme2破壊株にmmi1の機能低下型変異を導入したところ、減数分裂の進行が回復した。Mei2pドット形成不全による減数分裂周期停止はMmi1pの機能を低下させることにより抑圧されることが分かり、Mei2pドットがMmi1pの機能抑制に関与する可能性が示唆された。

 では、Mei2pドットによるMmi1pの制御は具体的にどのような分子メカニズムで行われているのであろうか。Mmi1pに対する抗体を用いた発現解析では、Mmi1pは減数分裂中期までほとんど量的に変動せず、発現抑制以外の制御機構の存在が示唆された。次に、Mmi1pの細胞内局在を調べるため、本来の遺伝子座からMmi1pのGFP融合タンパク質を発現する株を作製して顕微鏡観察をおこなったところ、栄養増殖期の細胞においては複数個の核内ドットが観察されたのに対し、細胞が減数分裂に進入すると核内の一点の強いシグナルに収束することが観察され、このような劇的な局在パターンの変化がMmi1pの制御に関連していることが予想された。CFP融合Mmi1pおよびGFP融合Mei2pを発現する株を作製して顕微鏡観察をおこなったところ、Mmi1pが収束する核内の一点とMei2pドットとが一致することがわかった。また、Mmi1pの一点への収束はmei2あるいはsme2に依存することから、Mei2pドットがMmi1pを係留することが示唆された。さらに、ウサギ網状赤血球抽出液中でin vitro合成したMei2pと大腸菌より精製したGST融合Mmi1pを用いてMei2pとMmi1pとの直接の結合が示された。以上により、Mei2pはMmi1pをドットに隔離して減数分裂特異的mRNAの安定な発現を保証しているというモデルを提唱した。

審査要旨 要旨を表示する

 有性生殖サイクルにおいて、減数分裂は世代から世代へと遺伝情報を伝達する生殖細胞を形成するために必須の機構である。減数分裂では、遺伝情報を半減させるために特殊化した、一回のS期とそれに続く二回のM期から構成される細胞周期、およびそれらと協調した配偶子特異的な形態形成などの事象が種を越えて広く保存されている。減数分裂特有の事象の遂行のためには、減数分裂遺伝子の緻密に制御された発現が必要であり、逆に体細胞では、減数分裂特有の反応が引き起こされないように減数分裂遺伝子の発現が抑制されることが重要である。学位申請者張ヶ谷有里子は、細胞周期制御の代表的なモデル生物である分裂酵母S.pombeを用いて減数分裂制御の問題に取り組んだ。学位論文では、IntroductionおよびMaterials and Methodsに続き、「結果と考察」にあたる2章において研究成果とその意義が述べられ、Conclusionが付されている。

 分裂酵母において、主要な転写因子をコードするmei4や染色体接着分子をコードするrec8をはじめ、ssm4やspo5などの減数分裂特異的因子のmRNAは体細胞分裂期に発現させると極めて不安定であり、このような不安定性はコード領域または3'UTRに存在するDSRとよばれる領域に依存していることが先行する研究で明らかになっていた。申請者は本研究において、減数分裂特異的mRNAのDSR依存的な不安定化に必要なトランス因子mmi1 (meiotic mRNA instability)の単離同定に成功し、その機能解析を行った。mmi1遺伝子はYTHファミリーのタンパク質をコードし、精製した組み換えMmi1タンパク質は、DSRのRNA配列に対してin vitroで特異的に結合することがわかった。mmi1を破壊すると、細胞は減数分裂特異的遺伝子の異所的発現が原因と考えられる著しい生育阻害を示した。PCRを用いたランダム変異導入によりmmi1の温度感受性変異株を作製したところ、制限温度下において、mei4およびssm4,spo5,rec8遺伝子の異所的発現が見られた。一方、mmi1 mei4二重破壊株を作製したところ、生育が部分的に回復したことから、Mmi1Pによる減数分裂特異的遺伝子の発現抑制が細胞の栄養増殖にとって重要であることが示唆された。

 Mmi1pを過剰発現すると、細胞の栄養増殖や栄養源枯渇にともなう増殖停止には著しい影響が見られないが、減数分裂前DNA合成の開始が阻害され、減数分裂初期の進行にMmi1p機能の適切な制御が重要であると考えられた。Mmi1pに対する抗体を用いた発現解析では、Mmi1pは減数分裂中期までほとんど量的に変動かった。いっぽう、Mmi1pとGFPの融合タンパク質を発現する株を作製して顕微鏡観察をおこなったところ、栄養増殖期の細胞においては複数個の核内ドットが観察されたのに対し、細胞が減数分裂に進入するとMmi1pは核内の一点の強いシグナルに収束することが観察され、このような劇的な局在パターンの変化がMmi1pの制御に関連していることが予想された。分裂酵母の減数分裂期の核内構造体として、減数分裂制御因子Mei2pの形成するMei2pドットがしられている。CFP融合Mmi1pおよびGFP融合Mei2pを発現する株を作製して顕微鏡観察をおこなったところ、Mmi1pが収束する核内の一点とMei2pドットとが一致することがわかった。Mei2pドットは、Mei2pと直接結合するmeiRNAとよばれるnoncoding RNAが転写されるsme2遺伝子座に形成され、sme2遺伝子欠損株はMei2pドット形成不全となり、細胞周期は減数第一分裂の前で停止する。sme2欠損株においてはMmi1pの一点への収束が損なわれることがわかり、Mei2pドットがMmi1pを係留する可能性が示唆された。また、組み換えタンパク質を用いて、Mei2pとMmi1pとの直接の結合が証明された。以上から、Mei2pはMmi1pをドットに隔離して減数分裂遺伝子の発現を保証しているというモデルが立てられた。これを検証するため、sme2破壊株にmmi1の機能低下型変異を導入したところ減数分裂の進行が回復し、Mei2pドット形成不全による減数分裂周期停止はMmi1pの機能を低下させることにより抑圧されるという、モデルと整合性のある結果が得られた。

 以上,張ヶ谷有里子が明らかにした研究成果は、mRNAの安定発現を介した減数分裂制御機構の存在を証明する重要な業績であり、学位申請者は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は田中祐嗣、田仲加代子、渡邊嘉典、堤千尋、近重裕次、平岡泰、山下朗、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、張ヶ谷有里子に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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