学位論文要旨



No 121717
著者(漢字) 曾,國浩
著者(英字) TSENG,KUO HAO
著者(カナ) ソウ,クオハオ
標題(和) 圧電素子の衝撃力を用いたアクチュエータ及びその応用に関する研究
標題(洋) Research on an Actuator Utilizing Impact Force of Piezo Elements and Its Applications
報告番号 121717
報告番号 甲21717
学位授与日 2006.06.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6322号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 高橋,哲
 東京大学 助教授 新野,俊樹
 東京大学 助教授 森田,剛
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 摩擦固定された部品の組み立てでは、熟練する技術者がハンマーを用いて対象物を叩いて精密位置決めさせることが従来のやり方である。

 当研究室がこの工程の自動化を求めてアクチュエータを開発してきた。Fig.1(a)にその一つを示す。このアクチュエータはエアシリンダ、圧電素子と圧電素子両側の重りから構成される。図示のように、最初からアクチュエータはエアシリンダにより対象物に押し付ける。ただし、その推力は対象物の摩擦力より小さいため、対象物は移動しない。

 積層圧電素子は入力電圧に高速応答できるため、パルス電圧を印加すると、圧電素子が急激に変形し、付けられた重りを高速移動させる。慣性力によりアクチュエータが対象物にFig.1(b)のように衝撃力を与えることができる。この衝撃力が対象物の摩擦力より大きいため、対象物を移動することができる。アクチュエータがエアシリンダの推力により対象物と接触するため、衝撃力で一旦対象物と離れてもまたFig.1(c)のように対象物と接触する。衝撃力の大きさが電圧パターンにより簡単に調整できる上、安定的な衝撃力を印加することができる。

 ただし、従来のアクチュエータが発生した衝撃力が限られたため、精密光学部品のような小さい部品の精密位置調整には適していたが、一般の機械部品の位置調整には向かなかった。それ故に応用が限られる。本研究はこのアクチュエータの実用化及び普及させるため、出力の向上及び高分解能駆動などアクチュエータの基礎性能を向上させた。その後、この高性能アクチュエータの性能を発揮ため、超精密加工機の芯出しステージ及粉末プレス機に導入した。

2. 衝撃力を拡大する方法

 圧電素子の静的発生力が圧電素子の面積に比例するが、Fig.1に示したアクチュエータが圧電素子に付けられた重りの慣性力を用いるため、発生する衝撃力が圧電素子の伸張加速度に関わる。ただし、圧電素子が容量性負荷であるため、高速駆動に大電流が必要である。この電流が市販のドライバの負荷を簡単に超えたため、大きい衝撃力が得られなかった。この問題がスイッチ電源で解決された。スイッチが瞬間最大電流20AのFET(2SK1120)の行列により構成された。

 駆動電流の問題を解決した後次の問題が現れた。重りが圧電素子に付けられるため、圧電素子が急に伸張する期間に重りが圧電素子に圧力をかけるが、圧電素子の伸張が止まる瞬間、重りの慣性が圧電素子に張力をかける。圧電素子が張力に弱い特徴がある。市販のドライバと比べると、スイッチ電源により発生した衝撃力が強いため、問題にならなかった張力が圧電素子を破壊するまで強くなった。圧電素子の変位量が定荷重にあまり影響されない特性を利用して圧電素子に予備圧縮をかけた。予圧により、圧電素子のセラミック層が剥離しにくくなり、破壊の問題が解決された。

 アクチュエータの出力は圧電素子の伸張速度だけでなく、圧電素子に付けられる重りにも関わる。本研究は接触現象を解析モデルに入れて対象物によって重りの形と重さの最適値を解析した。5×5×10mmの圧電素子を用いたアクチュエータで10kgの対象物を移動したとき、重りの最適化によって1ステップあたりの変位量が0.17μmから4.5μmになった。

 アクチュエータの使用はよく伝動機構を使って力の方向を転換し、力を拡大する。通常の圧電素子を用いたアクチュエータの変位は限られるため、伝動機構の使用ができなかった。一方、本アクチュエータのストロークがエアシリンダで調整できるため、伝動機構を使っても十分なストロークが得られる。伝動機構はいろいろあるが、本研究がバックラッシュの無いくさびを使用した。Fig.2にくさびの使い方を示す。同じ傾斜角度を持つくさびとステージがそれぞれ水平移動と垂直移動に制限されるため、アクチュエータでくさびを左方向に移動させると、重い荷重を受けるステージを上げることが可能である。実験結果により、くさびと対象物が比例移動した。また、くさびの使用により、2000Nの定荷重を移動させることを実現した。

3. 分解能を高くする方法

 このアクチュエータは対象物を高い分解能で動かせるが、Fig.3は、入力パルス電圧と位置パルス当たりの平均変位を示す。図示のように、対象物の移動量が入力電圧の平方値に比例するが、60V付近において分解能が著しく低下する。

 電圧を下げてもより小さい移動量が得られなかったため、外部から移動を静止制止する装置が必要と考えられる。しかし、衝撃力による移動が一瞬で終わったため、この短い間に通常のブレーキの反応が起こることが難しいと思われる。

 このアクチュエータが推力しか提供できないため、双方向移動するためアクチュエータ二つが要る。通常駆動する片側に移動させるときは一つのアクチュエータだけを駆動するが、本研究では、使われていないアクチュエータをブレーキとして使うことを提案した。Fig.4に実験装置を示す。まず一つのアクチュエータにパルス電圧を印加して対象物を移動させる。短い時間差が経つと反対側のアクチュエータにもパルス電圧を印加する。反対側の衝撃力が対象物の移動を止めるため、移動距離が短くなる。

 片側のアクチュエータだけで駆動したときの観察により、対象物の移動が数msで終わったため、両アクチュエータに印加する電圧の時間差を1ms付近に設定した。

 Fig.5に一つのアクチュエータだけで駆動したときの様子を示す。安定なステップ移動が得られたが、Fig.3に示したように印加電圧がある閾値より少ないと変位が不安定となった。

 Fig.6に提案した方法の駆動様子を示す。この方法により、対象物の移動量が少なくなった場合でも安定した動きを確認した。分解能の調整は、反対側のアクチュエータに印加する電圧の調整で容易に可能である。その結果分解能は0.5μmから0.05μm弱になった。

4. 位置決めでの応用

 旋盤により加工される物のヘソは、工作物の回転中心のバイトの芯出しエラーにより起こされる。超精密加工機では、このヘソの大きさが再加工のコストに大きく影響する。

 このエラーを最小限に抑えるため、本研究では、弾性ヒンジにより構成されたステージ、圧電素子の衝撃力を用いたアクチュエータ及びくさびの組み合わせにより超精密加工機の芯出しステージを設計し、製作した。Fig.7に製作した小型、高剛性、高分解能で長ストロークを持つステージを示す。従来の手動芯出し機構と比べると、自動化ができる上に分解能が100nmから20nmまで向上した。

5. 粉末プレスでの応用

 粉末プレスは、圧力を粉末にかけることにより成形させること。成形した圧粉体のバインダが焼結過程で飛ばされるため、製品と材料が同じ特性を持つことができる。しかし、圧縮過程にプレス機の圧力が圧粉体に均一に伝えないため、圧粉体に応力勾配及び密度勾配がある。細長い製品の場合に金型と圧粉体の摩擦力の影響が特に大きいため、応力勾配及び密度勾配が特に大きい。応力勾配により製品内部の残留応力が製品亀裂の原因となり、密度勾配が製品の品質に悪い影響をもたらすため、それらを無くす方法が求められている。

 本研究は圧電素子の衝撃力を細長い円柱状の圧粉体(超硬合金とアルミナ)に繰り返し印加することにより、実用密度までの圧縮力を従来の半分以下に減らせることを実現した。低い圧力の使用により応力勾配及び密度勾配が低くなると考えられ、プレス機の小型化にも繋がる。

 従来の振動充填に印加する力が金型の摩擦力に消耗されるため、効果が明白でない。振動充填と比べると、衝撃力を使用する場合に密度の増加速度が速いし、最終密度も振動充填より高い。金型の摩擦力が静摩擦から動摩擦に減少し、印加する力の消耗が少ないことが原因だと考えられる。

6. まとめ

 これまで圧電素子の衝撃力を利用したアクチュエータの出力が弱いため、応用が限られていた。本研究はまずアクチュエータの出力の増大に力を入れた。また、性能を向上させるため、高分解能駆動方法を提案した。

 発生する衝撃力が大きい、ストロークが長い、駆動速度が高い及び移動分解能が高いことがこのアクチュエータの特徴と考えられる。これらの特性を十分発揮できるため、超精密加工機の芯出しステージ及び粉末プレスに応用した。

 厳しい使用条件が要求される加工機の芯出しステージでは、アクチュエータと弾性ヒンジの組み合わせにより、分解能が20nmまで上った。粉末プレスの分野では、困難と言われる細長い製品の製作に使われた。圧電素子の衝撃力により、圧粉体は短い時間に従来の半分以下の圧力で圧縮された。密度が低い圧力で実用密度まで上げられるため、圧粉体の圧力勾配及び密度勾配が低いと考えられる。圧力勾配及び密度勾配が製品の損傷及び性能に多く関わるため、本研究のプレス機を使うと製品の品質向上が期待できる。

Fig.1 Operation principle of the actuator utilizing impact force of the piezo element

Fig.2 Utilization of the wedge mechanism

Fig.3 Limitation of the minimum step size

Fig.4 Schematic view of the experiment setup

Fig.5 Movement of the object while actuating it by one actuator

Fig.6 Movement of the object while actuating it by the proposed method

Fig.7 The centering stage for ultra-precision tooling machine

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Research on an Actuator Utilizing Impact Force of Piezo Elements and Its Applications」(圧電素子の衝撃力を用いたアクチュエータ及びその応用に関する研究)と題し英文で書かれており,位置や姿勢の微調整工程の自動化を目的として利用が拡大している圧電素子の衝撃力を用いたアクチュエータの諸性能を向上させるとともに,レベリング機構,工具芯だし機構,粉末成形用プレスなどの応用に取り組んだ研究で得られた成果をまとめたものである.

 本論文は,全9章から構成されている.

 第1章は「序論」であり,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.圧電素子の衝撃力を利用した位置決め機構は精密工学の分野で広く使用され始めているが,従来の研究では,それらの衝撃力が小さいために小型の機器での利用に限られていた.そこで,本研究では圧電素子の衝撃力を用いたアクチュエータの諸性能を向上させ,特に大きな衝撃力を得る技術を開発することと,開発した高出力アクチュエータの生産工学への展開を本博士論文研究の目的とすることを述べている.

 第2章「圧電素子の衝撃力の特徴」では,先ず,圧電素子の特性を概説し,次に圧電素子を利用した衝撃力発生用アクチュエータの特性について理論と実験で詳しく検討している.このアクチュエータはエアシリンダー,圧電素子及び圧電素子の両側に設けられた重りで構成される.一つの重りはエアシリンダーにより摩擦固定される対象物と接触し,圧電素子の急速変形によって得られた慣性力で対象物に衝撃力を与える.機械系の特性と電気系の特性を結合した解析モデルを導き,実験結果との良い一致を得ている.

 第3章「衝撃力を拡大する方法」では,先ず,大きい衝撃力を発生するための圧電素子の駆動回路の開発を行い. 次に,衝撃力発生にともなって圧電素子に加わる大きな引っ張り応力を軽減する機構を提案し,圧電素子の損傷を防止することに成功している. また,くさび機構を組み入れた微調整機構の考案を行い,大きい荷重下における位置の微調整が可能であることを明らかにした.

 第4章「高速駆動する方法」では,移動対象物を衝撃力により高速駆動できる方法を提案している.従来の駆動方法では対象物に衝撃力を与えた後にその衝撃力により一旦対象物と圧電アクチュエータとは離れる.この間にアクチュエータから対象物に衝撃力を与えることができないため,衝撃力のパルスレートを上げても移動速度が制限される問題があった.そこで,接触のメカニズムを考慮した新しい励振方法を提案し,実験により駆動速度が向上することを確認した.

 第5章「分解能を高くする方法」では,対象物の移動精度を向上させる方法について述べている.衝撃力によって物を動かすとき,衝撃力がある値より小さくなると対象物は移動しない.一方,その値より大きくなると対象物が衝撃力によって動くが,ある距離より短く移動させることができない.そこで,対向した二つのインパクトアクチュエータの一つで対象物を先ず動かせ,対象物が移動している間に反対側のインパクトアクチュエータからも移動体に衝撃力を与えるといった方法を考案している.対象物に与える力積を重ねあわせにより小さく出来るため,対象物の移動距離を極めて小さくできる.提案した方法によって,片側のみに打撃を与える方法に較べて対象物の移動が安定に得られしかも得られる最小移動距離が大幅小さくできることを実験によって確認している.

 第6章「レベリング装置での応用」では,第3章で述べたインパクトアクチュエータとくさびとを組み合わせた機構をテーブル等のレベリング装置のフットジャッキへ応用する研究について述べている.3つの変位センサーによって状態を計測し、この情報にもとづいて加える衝撃力を制御することにより,高精度レベリングができることを実証している.

 第7章「バイト芯出し装置での応用」では,インパクトアクチュエータとくさびから構成される機構を弾性ヒンジを利用したステージに組みこむことにより,超精密加工機の工具の芯出し自動ステージを実現している.従来の熟練を要する手動式芯出しステージの置き換えが期待できる.

 第8章「粉末プレス機での応用」では,開発したインパクトアクチュエータを粉末成形用プレス機に応用することを目指した研究について述べている.パンチを圧電アクチュエータによって高加速度で加振動し,型の中の圧粉体に衝撃力を与えることにより,従来よりも低いプレス力で均一密度分布の圧粉体の形成に成功している.

 第9章「結論」では本研究で得られた成果をまとめ,開発した技術の将来を展望している.

 このように,本論文でなされた研究は,圧電素子によって得られる衝撃力を利用した位置や姿勢の微調整機構に関する,基礎と応用に関するものであり,実用面で極めて効果の高い新しい技術を開発するなどの優れた成果を得ており,精密機械工業,及び精密機械工学の発展に大きく貢献するものと言える.

 よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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