学位論文要旨



No 121718
著者(漢字) 滝澤,勇二
著者(英字)
著者(カナ) タキザワ,ユウジ
標題(和) 強い衝撃波背後の衝撃層における印加磁場の効果に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 121718
報告番号 甲21718
学位授与日 2006.06.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6323号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙機の地球周回軌道等からの再突入では、宇宙機前方に強い衝撃波が発生する。この強い衝撃波により生じる弱電離プラズマ気流により、機体は大きな空力加熱を受ける。この空力加熱から機体を防御するため、一般的には機体表面に耐熱タイルやアブレーター等の耐熱構造体を配置することにより、機体外部から機体内部へ流入する熱流束を遮断する手法が適用されている。

 一方、プラズマ気流に外部磁場を印加すると、気流には誘導電流が発生し、その誘導電流と外部磁場から速度ベクトルとほぼ反対方向のローレンツ力が気流に作用するので、物体前方の気流は減速し衝撃層がより広がることが予想されている。この「印加磁場の効果」を利用し、機体前方へ適切な強度や分布で磁場を印加することで、直接に気流を制御し、機体へ流入する熱流束自体を低減する熱防御法が提案されている。「耐熱構造の構築」とは異なり、気流状態に応じた能動的な空力加熱制御が可能となることや、システム再利用による運用コスト低減や運用サイクル短縮等の経済性、デブリ衝突等の外部要因によるシステムへのダメージの低減が図れると期待される。

 この印加磁場の効果を利用し弱電離気流を制御する手法は1950年代に提案され、弾道ミサイルの減速機構や熱流束制御機構に応用すべく研究が行われたが、強力な磁場を発生させるための磁場発生機構や安定した磁場を維持するための電磁石の冷却機構や制御機構等から構成されるシステムの小型化と経済性の問題から一時衰退した。だが近年の材料科学の発展により非常に強力な超伝導磁石や永久磁石が開発され、実現可能な弱電離気流の制御手法として再び注目されるようになった。

 現在までにCFDでは磁場の効果を表す無次元量のInteraction Parameter(:Q=Magnetic force/Inertial force)を自在に制御してそれに伴う流れ場の変化が数多く解析されてきた。また実験的にも電磁石を使用しInteraction Parameterの値をより大きくなるよう努め、プローブ等を利用してプラズマ物理量を測定するなどの研究が行われてきた。しかしこれらの実験的研究では、強磁場下における計測手法や計測機器、模型の熱伝導特性への磁場の影響が十分に考慮されておらず、実験的に磁場の効果が精度よく十分に研究されていないと考えれる。したがって理論や数値解析で期待される弱電離気体に対する磁場の効果が、実際の現象ではどの程度有効であるのかその検証が求められている。

 そこで本研究では、強い衝撃波背後の弱電離プラズマ気流を模擬するためアーク加熱風洞を設計制作し、アークジェットを生成する。一方、試験模型に強力な永久磁石を内蔵することにより、試験模型前方に安定し定常的な磁場を形成する。そしてこの試験模型を弱電離プラズマ気流に投入することにより、模型前方の流れ場に「磁場の効果」を再現し、理論的に予想される気流の変化を実験的に計測する。

 以上の背景を踏まえて本研究では、以下の3点を目的とし研究を行う。

1)強磁場下での信頼性の高い計測手法の構築

2)強磁場によるゼーマン効果の影響下での近似的な並進温度決定法の提案

3)磁場の効果の実験的検証

目的1)強磁場下での信頼性の高い計測手法の構築

 実験を行う上で過去の研究の問題点である強磁場下での計測の信頼性に留意し、磁場に影響されない計測手法を構築することを目的とする。

 磁場の効果を検証するための磁場による衝撃層の広がりを捉えるため、本研究ではアーク加熱風洞で生成した弱電離プラズマ気流の並進温度と電子励起温度を測定する。仮にプローブ等の計測機器を気流に投入し測定する場合、模型前方の気流を乱すばかりでなく、計測電流への強磁場の影響や計測点で異なる磁場強度のため、精度と信頼性のある計測結果が期待できない。このため、検証実験では適切な温度計測手法、特に光学的な計測手法が求められる。

目的2)強磁場によるゼーマン効果の影響下での近似的な並進温度決定法の提案

 レーザー吸収分光法では一般的に、原子の熱運動によりDopplar幅のあるスペクトルが観測される場合、観測された吸収プロファイルに対してGauss型関数をフィッティングすることで、その半値全幅から並進温度が求められる。一方、本研究のような強磁場下では、アルゴン原子の励起状態の縮退が解けて、そのエネルギー準位が複数に分岐する。そして分岐したそれら準位間の遷移により、吸収スペクトルは複数本に分岐してしまう。その結果、観測される吸収スペクトルは、それが互いに重なり合った形状で観測されるので、一般的なGauss型関数などのフィティングによる並進温度決定法を直接適用できない。そこでゼーマン効果が強く観測される場合に適用可能な新たな手法を構築、提案する。

目的3)磁場の効果の実験的検証

 検証実験では、発光分光法と吸収分光法により、気流よどみ流線上のアルゴン原子の電子励起温度分布と並進温度分布を得て、理論的に予想される印加磁場による衝撃層の広がりを捉えることで実験的に磁場の効果の有効性を検証する。

 本研究では「強磁場下での信頼性の高い計測手法の構築(目的1)」と「近似的な並進温度決定法の提案(目的2)」することにより正確な「磁場の効果の実験的検証(目的3)」を達成するように努め、実験を遂行した。

 実験に先立ち、まず磁場の効果を表す無次元量のInteraction Parameterの値の推算と印加磁場の効果の観測をより容易にする気流状態の実現のために、弱電離プラズマ気流の気流診断を実施した。この結果、気流診断で得られたプラズマ物理量が明らかになり、本実験条件ではInteraction Parameterの値が最大Q=5.25と推算され、十分な磁場の効果が観測できる気流状態を実現できると予想された。

 また目的2)の計測器の強磁場による影響を避けるため分光計測法を選択した。アルゴン原子の電子励起温度計測には発光分光法を、またアルゴン原子の並進温度計測にはレーザー吸収分光法を利用した。印加磁場の無い場合の吸収分光では得られる吸収プロファイルとGauss型関数とのフィッティングを行い、その全半値幅FWHMから並進温度を決定する。

 そして目的3)のため、レーザー光路上での局所的な磁場強度の変化によるゼーマン効果の強さの違いを考慮に入れたフィッティング関数を作成し、それを観測される吸収プロファイルと比較することで、近似的な並進温度を推算する手法を構築、提案するとともに、実際にその手法を適用して強磁場下でのよどみ流線上の並進温度を決定する。この詳細は第5章2節で、印加磁場の有る場合の吸収分光法で得られる吸収プロファイルと比較しつつ詳細を記す。

 これら前段階を基に、実験的に磁場の効果を明らかにすべく、吸収分光法と発光分光法により模型前方の温度分布を計測して衝撃層を捉え、印加磁場の有無での衝撃層の広がりの違いを明らかにする。

 吸収分光法と発光分光により、よどみ流線上のアルゴン原子の並進温度分布と電子励起温度分布が得られた。Knudsen数が0.18程度と連続流としては希薄であるため、明確な衝撃波は形成されないが、並進温度分布の模型前方での温度上昇から、磁場有りと磁場無しの場合でのそれぞれの衝撃層を捉えることができた。これは、

 ・並進温度分布での衝撃層による温度ジャンプ

 ・気流診断でのピトー圧計測

 ・よどみ線付近の値として近似した吸収スペクトルのDopplar Shift量

から推算された気流Mach数がそれぞれM=1.1〜1.5と同程度であることから、衝撃層による温度ジャンプであると確認した。

 この並進温度から決定された衝撃層の位置は、電子励起温度の模型直前の温度上昇点と相関があることが、並進温度分布と電子励起温度分布との比較により明らかとなった。吸収分光法ではレーザー径が2mm程度あるため空間分解能の点で並進温度分布は劣る一方、電子励起温度分布では比較的細かい空間分解能で計測できた。このため、電子励起温度分布では磁場強度と衝撃層の広がりとの相関が明確に捉えられ、磁場強度とともによどみ流線上で衝撃層が広がることが実験的に明らかとなった。

 本研究では、磁場の効果以外の物理現象による影響に留意することにより、純粋な磁場の効果により衝撃層が広がることを実験的に検証することができたものと結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)滝澤勇二提出の論文は「強い衝撃波背後の衝撃層における印加磁場の効果に関する実験的研究」と題し、6章及び付録4項から成っている。

 印加磁場による弱電離プラズマ気流の制御は、航空宇宙分野において大気圏再突入時の高速飛行体前方の気流制御への応用が期待され、近年盛んに研究が行われている。しかしながら、理論的研究から予想される印加磁場による弱電離プラズマ気流への干渉効果(磁場の効果)に対し、その有効性についての実験的研究に基づいた理解は十分には得られていない。このような背景から、本論文では強磁場による実験的手法への影響に十分留意した上で、磁気の効果による気流状態の変化を計測し、理論的に予想される磁場の効果の有効性を実験的に検証している。

 第1章は序論であり、弱電離プラズマ気流に対する磁場の効果について概観している。さらに、印加磁場を利用した弱電離プラズマ気流制御に関わる研究の現状を概観し、従来、磁場の効果による気流の特性変化(機体前方の衝撃層の拡大、熱流束の減少等)が報告されているものの、強磁場が計測手法に及ぼす影響に対する配慮が十分ではなく、計測結果の信頼性が確保されていないため、実験的研究に基づく磁場の効果の有効性についての十分な理解が得られていないことを指摘している。そのような現状を踏まえ、従来の研究で不十分となっている、強磁場下での計測精度の確立の必要性を述べている。さらに、衝撃層の検出におけるプラズマ気流の並進温度計測の必要性が述べられている。

 第2章では、実験の概要を示している。実験では、弱電離プラズマ気流を模擬するためにアーク加熱風洞により生成されたアルゴンアークジェットの気流診断を行い、プラズマパラメータを決定することで印加磁場の効果を評価する干渉パラメータの値を推算し、十分な磁場の効果が期待できる気流条件を設定している。

 第3章では、計測の概要を示している。本実験では、計測手法への磁場の影響による計測精度の低下に対処するため、分光法による弱電離プラズマ気流の温度計測手法が選択されており、従来の研究における問題点を回避している。分光的手法として、2つの手法が取られているが、本章では、特に、レーザー吸収分光法について記述されている。本実験では、弱電離プラズマ気流中にある磁場を印加された試験模型のよどみ流線上の気流について、アルゴン原子による吸収スペクトルを計測している。

 第4章では、前章に引き続きいて、もう一つの分光法による温度計測手法として、発光分光法について記述されている。本実験では、弱電離プラズマ気流の自然発光の分光計測により、アルゴン原子の発光スペクトルの計測をしている。

 第5章では、実験の結果が示されている。まず、吸収分光法により取得されたアルゴン原子の吸収スペクトルが示され、磁場の印加の有無による観測された吸収プロファイル形状の違いが比較されている。即ち、印加磁場下ではゼーマン効果により吸収スペクトルが分岐し、磁場の影響の無い場合でのガウス型関数とは異なる吸収プロファイルが観測される。本実験の場合では、吸収が空間的に非軸対称であるため、一般的なアーベル変換が適用できない。このため、本研究ではゼーマン効果を考慮した近似的なよどみ流線上の並進温度決定法が提案され、本実験結果に同手法を適用して並進温度が決定されている。

 一方、発光分光法により取得されたアルゴン原子の発光スペクトルから、淀み流線上の気流の電子励起温度が決定されている。

 これらよどみ流線上の並進温度と電子励起温度から、衝撃層の検出と磁場の効果による衝撃層の広がりについての考察が行われている。並進温度分布の温度ジャンプから磁場有り無しの場合それぞれにおける衝撃層が明らかにされ、他の気流診断におけるMach数計測結果と比較することにより、計測の妥当性を評価している。

 さらに、並進温度分布と電子励起温度分布から、試験模型前方の温度上昇位置の相関関係を示すことにより、電子励起温度分布形状と衝撃層との関係を確認している。空間分解能に勝る電子励起温度を利用して、印加磁場強度の異なる3つの場合の温度分布を比較することで、印加磁場強度の増加とともに衝撃層が広がることを明示し、理論的に予想される衝撃層の広がりを実験的手法により実証している。

 第6章は結論であり、印加磁場により衝撃層が拡大する現象が実験的に検証されたことで磁場の効果の有効性が実証されたとしている。

 以上要するに、本論文は強い衝撃波背後の衝撃層における印加磁場の効果について、磁場効果を考慮した気流の並進温度測定による衝撃層の広がりの検出を行うことにより、これまで十分な理解が得られていなかった実験的手法による磁場の効果の有効性を明らかにしており、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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