学位論文要旨



No 121719
著者(漢字) 藤本,圭一郎
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ケイイチロウ
標題(和) 宇宙輸送機概念設計に向けたCFD解析の自動化に関する研究
標題(洋) Study on the Automated CFD Analysis Tools for Conceptual Design of Space Transportation Vehicles
報告番号 121719
報告番号 甲21719
学位授与日 2006.06.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6324号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 寺本,進
 東京大学 助教授 佐藤,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,複雑形状に対する粘性流れ解析を自動的かつ短時間に実現するCFD解析手法を確立し,その宇宙輸送機概念設計への適応を通して,この解析手法が効率的で信頼性のある空力概念設計に有効であることを明らかにしたものである.

 宇宙輸送機の概念設計では,多くの機体コンセプトの中から,とくに優れた設計候補を選定することが重要である.このようなコンセプト選定では,広範囲にわたる気流条件下における機体の空気力学的評価が必要となるが,その中でも非線形性が強く動圧の高い亜音速から超音速までの速度域では,効率的に空力評価の可能な数値シミュレーション技術(CFD: Computational Fluid Dynamics) が有効である.概念設計におけるCFD解析には,複雑形状への適合性,プロセスの自動化,粘性解析が求められる.概念設計での利用において多くの利点をもつCFD解析であるが,従来の重合構造格子法,非構造格子法では,格子生成等のいわゆる前処理作業に多大な人的時間を必要とする.近年,CFD解析の設計問題への実用化を強く意識し,CADなどの形状定義から数値計算までの作業を効率化する手法として直交格子の利用が注目されてきている.しかしながら,そのほとんどは非粘性流れのみを扱うものであり,剥離流れを伴い,しかもかなりの形状複雑性を有する宇宙輸送機を対象とした手法として,空力特性の定量的な評価を短時間で可能とする手法はいまだに実現されていない.

 このような背景から,筆者は,宇宙輸送機概念設計での利用を念頭に,高亜音速から超音速に至る流体非線形性の強い速度域を対象として,複雑機体に対する粘性流れ解析を短いターンアラウンド時間で実現する空力解析手法の確立を目的とした研究を行った.

 まず,形状データからCFD解析までの空力解析プロセスの自動化における課題を分析し,個々の課題を解決する手法の開発を行なった.さらに,開発した空力解析手法の概念設計における実用性,解析結果の信頼性を検証するとともに,宇宙輸送機に対する適用例を示すことで,開発した解析手法の有効性を明らかにしている.

 まず,空力解析プロセスの,形状定義,格子生成,数値計算のそれぞれに対して,(1)形状モデリング手法,(2)粘性計算用格子自動生成手法,(3)効率的な流れ計算ソルバー,を提案し,その実現に必要となる計算技術の開発を行った.宇宙輸送機コンセプトの機体形状は,胴体や主翼,空力デバイスなど多くの構成要素からなることから,各コンポーネントを独立したデータとして取り扱い,機体の構成要素を自由に選択し,ひとつの形状として組み上げるComponent-based approachを用いた新しい形状モデリング手法を提案した.また,直交格子をベースとし,物体近傍の格子点の投影により境界層計算用の格子を生成する部分境界適合直交格子法という複雑機体周りの粘性計算用格子の自動生成が可能な手法を提案した.そして,その実現に必要な格子解像度制御や特徴線保持手法などといった計算技術の構築を行った.さらに,空力解析プロセスの自動化に欠かせない解適合格子法を含めた,効率的な流れ計算ソルバーを開発した.

 次に,提案した自動空力解析手法を宇宙輸送機周りの空力解析問題に適応し,従来法では不可能であった複雑機体周りの粘性計算格子をほぼ自動的に生成し,しかも短いターンアラウンド時間で一連のシミュレーションを実現できることを示した.続いて,宇宙輸送機の飛行時に見られる局所衝撃波,離脱衝撃波,大規模剥離流れといった流れ解析に本空力解析手法を適応し,実験データや既存数値シミュレーション手法との比較により,本空力解析手法が既存の手法と同程度の空力予測精度をもつことを確認した.

 さらに,提案した自動空力解析手法を実際の概念設計問題例に適用し,剥離流れを含むような信頼性の求められる空力解析が,従来の手法よりも十数倍早いターンラウンド時間で可能であることを示した.本解析手法は実空力概念設計問題においても有効であり,本手法が現段階で最も効率的で信頼性を有する空力設計手法のひとつであることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)藤本圭一郎提出の論文は,「Study on the Automated CFD Analysis Tools for Conceptual Design of Space Transportation Vehicles」(邦題:宇宙輸送機概念設計に向けたCFD解析の自動化に関する研究)と題し,本文5章から構成されている.

 宇宙輸送機の概念設計では,様々な機体コンセプトの提案が可能である.このような機体では,経験する幅広い環境条件と飛行領域に対し多岐にわたる空気力学的評価が必要となるが,その中でも非線形性が強い高亜音速から超音速に至る速度域においては,効率的に空力評価を可能とする高度な数値シミュレーション技術(CFD: Computational Fluid Dynamics) が有効である.概念設計での利用において多くの利点をもつCFD解析ではあるが,一般に普及している重合構造格子法,非構造格子法といったシミュレーション手法においては,格子生成等のいわゆる数値計算前処理作業に多大な人的時間を必要としている.近年,この課題を解決し,形状定義から数値計算に至るシミュレーション全体作業を効率化する方法として直交格子法が着目されはじめてきた.しかしながら,そのほとんどは非粘性流れのみを扱うものであり,剥離流れを伴い,しかもかなりの形状複雑性を有する宇宙輸送機を対象とした手法として,定量的な解析を短時間で可能とする手法はいまだに実現されていない.

 このような背景から,筆者は,宇宙輸送機概念設計での利用を念頭に,高亜音速から超音速に至る流体非線形性の強い速度域を対象として,複雑機体に対する粘性流れ解析を短いターンアラウンド時間で実現する空力解析手法の確立を目的とした研究を行った.具体的には,形状データからCFD解析までの空力解析プロセスの自動化における課題を分析し,個々の課題を解決する手段を提案し,最終的にそれを実現するのに必要な手法の開発を行なった.さらに,開発した空力解析手法が概念設計において実用的であること,信頼性に足るものであることを検証するとともに,具体的な概念設計への適用例を示すことで,開発した解析手法の有効性を明らかにしている.

 第1章は序論で,宇宙輸送機の概念設計,その中でも特に空気力学分野の現状と課題を概観し,本論文の研究対象を述べている.続いて, CFD解析技術の現状と残された課題や問題点を示し,それに基づいて本論文の目的と意義を示している.

 第2章では,空力解析プロセスの自動化のために開発した計算技術として (1)形状モデリング手法,(2)粘性計算用格子自動生成手法,(3)効率的な流れ計算ソルバー,の3要素の詳細が述べられている.概念設計で重要となるパラメトリック解析で有効な手法である複雑機体の構成要素を自由に選択し,ひとつの形状として組み上げるComponent-based approachを用いた形状モデリング手法を基本概念として,部分境界適合直交格子法という短時間で粘性計算用の格子を自動生成する手法を提案している.続いて,部分境界適合直交格子法による粘性流れ解析適用の課題解決に必要な格子解像度制御や特徴線保持手法などといった必要計算技術を構築している.

 第3章では,提案した自動空力解析手法が宇宙輸送機の概念設計プロセスにおいて有効であることを確認し,その実用性と工学的インパクトについて議論している.まず,宇宙機空力解析のツールという観点に立ち,本手法により,従来法では不可能であった複雑機体周りの粘性計算格子生成をほぼ自動的に実現し,短いターンアラウンド時間で一連のシミュレーション作業が実現できることを示している.続いて,部分境界適合直交格子を利用し,いくつかの流れ場解析を行い,実験データや既存数値シミュレーション手法との比較によって,ここで開発され部分境界適合直交格子法と合わせて開発した計算手法による数値シミュレーション解析が既存の手法による解析に比べ遜色ないことを確認している.

 第4章では,提案した自動空力解析手法を実際の概念設計問題例に適用し,本解析手法の有効性を証明することにより,本手法が現段階で最も効率的で信頼性を有する空力設計手法の1つであることを示している.

 第5章は,結論であり本研究で得られた成果をまとめている.

 以上要するに,本論文は,複雑形状に対する粘性流れ解析を自動的かつ短時間に実現するCFD解析手法を確立し,その実問題への適用を通して,この解析手法が効率的で信頼性のある空力設計に有効であることを明らかにしたものである. 宇宙輸送機概念設計におけるCFD解析の実用化における課題に注目し,解決する手段を提示することでCFD解析の利用価値を飛躍的に高めた本研究成果の意義は大きい.本研究で開発された手法は,宇宙輸送機の概念設計にとどまらず,課題解決型の数値シミュレーション等にも利用できるものであり,今後の航空宇宙工学に貢献するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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