学位論文要旨



No 121723
著者(漢字) 原田,美貴
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ミキ
標題(和) 後腎間葉におけるコンディショナルノックアウトシステムの作成
標題(洋)
報告番号 121723
報告番号 甲21723
学位授与日 2006.06.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2763号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 助教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 ほ乳類の腎臓は、尿管芽とその周囲の間葉組織である後腎間葉との相互作用により、後腎間葉から、糸球体・近位尿細管・ヘンレのループ・遠位尿細管からなるネフロンの大部分が形成されることによって発生する。腎臓発生のメカニズムについては研究がすすんでいるが、いまだ不明な点が多く残っている。また、腎臓は自然には再生しない臓器であり慢性的な障害の進行を止める治療法は未だ存在しない。腎臓発生や部分的な再生・組織修復のメカニズムを解明することにより、腎障害の治療法の開発が期待できると考えられる。

 臓器発生や疾患における遺伝子機能の解明には、遺伝子操作マウスが大変有効な手段である。なかでも、コンディショナルノックアウトシステムは、Cre-loxPシステムを利用し注目する組織で特異的に、対象とする遺伝子をノックアウトするという手法であるが、単純なノックアウトでは解明されえなかった遺伝子機能の解析にきわめて有効であり、さまざまな知見がこのシステムを活用することによって得られている。腎臓の発生や疾患に関わる主要な遺伝子は、単純にノックアウトすると胎性致死であるものが多い。このため、コンディショナルジーンターゲッティングシステムは、腎臓分野においても有効な手法であると考えられる。現在盛んに研究されているが、後腎間葉に特異的なシステムは未だ確立されていない。今回の研究では、後腎間葉特異的コンディショナルジーンターゲッティングシステムの確立を目指した。

【方法】

後腎間葉に比較的特異的に発現しているSall1遺伝子を利用し、内因性のSall1の発現を再現する形でCre酵素が発現する2種類のCre発現遺伝子操作マウス(Sall1-Creノックインマウス)を作成し、その有用性を検討した。更に時間的空間的特異性を高めることを目指し、tamoxifen投与によりCreの発現を誘導する薬物誘導Creマウス(=Sall1-CreERT2マウス)を作成した。これらのマウスを、実際のfloxマウス(indicatorマウス、Sall1floxマウス、Stat3floxマウス)と交配し、その有効性を検討した。

【結果】

Sall1-CreVerマウスでCreの十分な発現が認められた。更に、この系統では別に作成したSall1floxマウスやStat3floxマウスとの交配によりそれぞれのノックアウトマウスと同様の所見が認められ、実際に生体内での遺伝子欠損が導かれることが確認された。

 しかしこのマウスでのCreの発現は当初予想した以上に広範かつ強力であり、腎臓発生の時期よりも早期にCreが作用してしまうことが判明した。時間的空間的特異性を高めることを目指した薬物誘導Creマウス(=Sall1-CreERT2マウス)では、薬物誘導により、胎児期の後腎間葉に比較的特異的にCreの発現を確認した。更に成体でも、弱いながら、Creの発現が有意に認められた

【結論】

今回作成したSll1-CreERT2マウスは、後腎間葉に発現する遺伝子のコンディショナルノックアウトに有効であることが期待される。薬物の投与方法などに最適化が必要であり、現在更に解析を継続している。今後、腎臓の発生における胎性致死遺伝子の詳細な機能解析や、成体での意義を解析するのに、有用な手法となると期待できると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、腎臓病の病態解析や治療方法の確立に欠かせない、腎臓の発生や再生のメカニズムの解析のための有効な手段の作成を行ったものであり、以下の結果を得た。

1. 腎臓の発生や組織修復・再生のメカニズムは未だに不明な点が多い。解析の手法としてCre-LoxPシステムを利用した組織特異的なコンディショナルノックアウトシステムは有効であるが、腎臓、なかでも後腎間葉に特異的なコンディショナルノックアウトシステムは存在しなかった。本研究では、後腎間葉に比較的特異的に発現する遺伝子Sall1を利用し、相同組換え法を利用して2種類のSall1-Creノックインマウスを作成し、コンディショナルノックアウトシステムの作成を試みた。

2. これらのマウスでは、内因性のSall1に類似したCre蛋白の発現を確認した。更にCre-LoxPシステムを用いて、Sall1およびStat3のコンディショナルノックアウトを行ったところ、十分なCreの発現を認めた。しかし、時間的空間的特異性が乏しかったため、更に薬物誘導によりCreを発現するSall-CreERT2マウスを作成し、解析を行った。

3. 薬物投与方法などにさらに検討すべき点が残されているが、目的どおり後腎に比較的特異的なCreの発現の誘導が示された。作成したマウスを利用して、後腎に発現する遺伝子をコンディショナルにノックアウトすることにより、今までには解明できなかった、遺伝子の機能の解析に有効な手段となると考えられる。

以上、本研究は、これまで、その発生や再生に関わる遺伝子の機能を解明する実験系が乏しかった腎臓研究の分野において、画期的かつ世界標準的な実験系となりうる手法を作成した研究である。今後、本研究で作成した遺伝子改変マウスを利用することによって、腎臓病における種々の遺伝子の機能や意義が解明される可能性がある。この点で、生物学的にも臨床医学的にも重要な貢献をしたと考えられ、学位の授与に相当すると考えられる。

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