No | 121724 | |
著者(漢字) | 石川,誠 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシカワ,マコト | |
標題(和) | 胃癌の発育、進展に及ぼすアディポネクチンの影響についての総合的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121724 | |
報告番号 | 甲21724 | |
学位授与日 | 2006.06.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2764号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 食生活の欧米化、運動不足、ストレス社会などを原因として、肥満が増加する傾向が近年、著しく、また、肥満が生活習慣病である糖尿病、高脂血症、高血圧、動脈硬化の基盤となることが多く報告されてきている。そして、肥満が閉経後乳癌をはじめとして胃癌、大腸癌、前立腺癌などの癌罹患率と正の相関があることが報告され、癌との関連性についても注目されはじめた。 近年、ヒトゲノムプロジェクトの一環として、ヒト脂肪組織発現遺伝子の解析を行い、脂肪組織の発現遺伝子パターンを他の臓器と比較した結果、脂肪組織は予想外に多くの分泌タンパク質遺伝子を発現していることが判明した。このような脂肪組織由来の内分泌因子はアディポサイトカイン(Adipocytokine)と総称され、その1つであるadiponectinは脂肪細胞が特異的に分泌するペプチドホルモンであり、 健常人における血中濃度は2〜30μg/mlであり、肥満者において低下し、減量によって増加しBMI(Body Mass Index)と逆相関を示すことが報告されている。さらに、肥満度が同じでも、II型糖尿病や動脈硬化性疾患を有する患者では血中adiponectin濃度が有意に低下していることが知られており、低adiponectin血症が、肥満、糖尿病、動脈硬化症の病態と深く関連していることが示唆されている。また、子宮内膜癌、乳癌等では血中adiponectin濃度が正常人と比較し低値であること、進行度、腫瘍悪性度と相関していることも報告され、これらの病態発現の根底にadiponectinが作用している可能性が推測されている。 そこで、本研究では、adiponectinと胃癌の関連に注目し、発育と進展の過程に果たすadiponectinの機能を明らかにする事を目的とした。 第1章では、胃癌患者75人と健常人52人の末梢血を用い、血漿adiponectin濃度を測定し、血漿adiponectinレベルと胃癌の罹患性との関連を検討した。また、胃癌患者における血漿adiponectinレベルと臨床病理学的因子を検討し、胃癌の発育、進展の過程にadiponectinがどのように関与しているかについても検討した。 この結果、血漿adiponectin濃度は、胃癌患者の方が正常人より有意に低値であり、BMI、年齢、性別を加えた多変量解析でも独立した胃癌罹患の危険因子として認められた。したがって、低adiponectin血症が胃癌罹患のリスク因子である可能性が示された。また、その他、胃癌患者血漿adiponectin濃度は癌の進行度と負の相関を来たすことが認められ、分化度別に血漿adiponectin濃度を検討すると、高分化型癌症例においては、健常人と同様に、血漿adiponectin濃度と年齢、BMIとに有意な関係を認め、健常人と同じ脂質代謝機構が維持されていることを示していると考えられた。一方、低分化型癌症例では、血漿adiponectin濃度と年齢、BMIとに有意な関係は認めなかったが、腫瘍進行度と有意な負の相関を示していた。この結果は、高分化型胃癌と低分化型胃癌の生物学的違いを反映しており、adiponectinは低分化型胃癌に対し特異的に癌浸潤や転移のステップで抑制作用を発揮している可能性も示唆された。 第2章では、胃癌細胞株、また外科手術にて切除した胃癌組織におけるadiponectin Receptor 1, 2(AdipoR1, R2)の発現を検討し、また、胃癌細胞株、ヌードマウスへの移植実験を通して胃癌細胞に対するadiponectinの作用も検討した。 胃癌細胞株でのAdipoR1, R2の発現を、Northern Blotting Analysis、RT-PCR、Western Bloting Analysisで検討すると、6種類いずれの胃癌細胞株においてもAdipoR1, R2共に発現認めた。また、免疫染色では凍結、ホルマリン固定の方法に関わらず、細胞質に強い発現を認め、分化度と相関があることが判明した。このことから、adiponectinが胃癌細胞に対しても多彩な作用を及ぼしていることが十分に考えられ、その受容体の発現量の相違が胃癌の性質と密接に関与している可能性が推測された。事実、本研究ではadiponectinは生理学的濃度で、胃癌細胞に対してapoptosisを誘導することにより強い細胞増殖抑制効果を示した。血中adiponectin濃度は、肥満者において低下、減量によって増加というBMI(Body Mass Index)と逆相関を示す事が知られていることから、血中adiponectin濃度低値の肥満者においてはadiponectinの胃癌細胞増殖抑制、アポトーシス誘導効果が減弱し、発癌や癌の進行を促進している可能性も推測された。この事実は、これまでの疫学的な報告と一致し、そのメカニズムを説明する一つの原因となる可能性が示唆された。また、この作用がAdipoR1, R2どちらの受容体を介するものかを検討するために、siRNA法を用いてそれぞれの受容体発現抑制下で実験を行うと、AdipoR1, R2どちらかを特異的に発現抑制しても、増殖抑制効果は低下した。このことからAdipoR1, R2共に癌細胞の増殖抑制シグナルを有することは間違い無いと考えられた。 In vivoの検討では、皮下腫瘍モデルにおいて、adiponectin投与群では、22日目の腫瘍サイズがコントロールに比し、約15%まで抑制されることが観察され、in vivoでのadiponectinの抗腫瘍作用が再確認された。腹膜播種モデルでも、腹腔内adiponectin持続投与にて、腹膜播種巣の個数、総体積も劇的に減少する抗腫瘍作用が観察された。病理学的検討では、播種巣の新生血管は50%まで減少し、アポトーシスに陥った細胞数は2.5倍まで増加していた。このことは、新生血管のみならず、胃癌細胞そのものに対する作用も合わせた総合的結果と考えられた。この腹膜播種モデルにおける結果は、adiponectinが胃癌の腹膜播種に対する新しい治療ツールとして応用できる可能性を強く示唆した。腹腔内には多量の大網脂肪が存在することを考えると、常時多量のadiponectinが腹腔内に産生、分泌されている可能性が推測され、腹腔内のadiponectinが腹膜播種の成立上重要な役割を果たしている可能性が考えられた。 本結果は、胃癌に対する予防から治療までの新たな治療戦略としてのadiponectinの大きな可能性を示唆するものと考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究では、脂肪組織由来の内分泌因子(Adipocytokine)の1つであるadiponectinと胃癌の関連に注目し、発育と進展の過程に果たすadiponectinの機能を明らかにする事を目的としたものであり、下記の結果を得ている。 1)胃癌患者における血漿adiponectinレベルの検討 血漿adiponectin濃度は、胃癌患者の方が正常人より有意に低値であり、BMI、年齢、性別を加えた多変量解析でも独立した胃癌罹患の危険因子として認められ、低adiponectin血症が胃癌罹患のリスク因子である可能性が示された。また、胃癌患者血漿adiponectin濃度は癌の進行度と負の相関を来たすことが認められ、分化度別に血漿adiponectin濃度を検討すると、高分化型癌症例においては、健常人と同様に、血漿adiponectin濃度と年齢、BMIとに有意な関係を認め、健常人と同じ脂質代謝機構が維持されていることを示していると考えられた。一方、低分化型癌症例では、血漿adiponectin濃度と年齢、BMIとに有意な関係は認めなかったが、腫瘍進行度と有意な負の相関を示していた。この結果は、高分化型胃癌と低分化型胃癌の生物学的違いを反映しており、adiponectinは低分化型胃癌に対し特異的に癌浸潤や転移のステップで抑制作用を発揮している可能性も示唆された。 2)胃癌細胞に対するadiponectin作用の基礎的検討 胃癌細胞株でのAdipoR1, R2の発現を、Northern Blotting Analysis、RT-PCR、Western Bloting Analysisで検討すると、6種類いずれの胃癌細胞株においてもAdipoR1, R2共に発現認めた。また、免疫染色では凍結、ホルマリン固定の方法に関わらず、細胞質に強い発現を認め、分化度と相関があることが判明した。このことから、adiponectinが胃癌細胞に対しても多彩な作用を及ぼしていることが十分に考えられ、その受容体の発現量の相違が胃癌の性質と密接に関与している可能性が推測された。事実、本研究ではadiponectinは生理学的濃度で、胃癌細胞に対してapoptosisを誘導することにより強い細胞増殖抑制効果を示した。血中adiponectin濃度は、肥満者において低下、減量によって増加というBMI(Body Mass Index)と逆相関を示す事が知られていることから、血中adiponectin濃度低値の肥満者においてはadiponectinの胃癌細胞増殖抑制、アポトーシス誘導効果が減弱し、発癌や癌の進行を促進している可能性も推測された。この事実は、これまでの疫学的な報告と一致し、そのメカニズムを説明する一つの原因となる可能性が示唆された。また、この作用がAdipoR1, R2どちらの受容体を介するものかを検討するために、siRNA法を用いてそれぞれの受容体発現抑制下で実験を行うと、AdipoR1, R2どちらかを特異的に発現抑制しても、増殖抑制効果は低下した。このことからAdipoR1, R2共に癌細胞の増殖抑制シグナルを有することは間違い無いと考えられた。 In vivoの検討では、皮下腫瘍モデルにおいて、adiponectin投与群では、22日目の腫瘍サイズがコントロールに比し、約15%まで抑制されることが観察され、in vivoでのadiponectinの抗腫瘍作用が再確認された。腹膜播種モデルでも、腹腔内adiponectin持続投与にて、腹膜播種巣の個数、総体積も劇的に減少する抗腫瘍作用が観察された。病理学的検討では、播種巣の新生血管は50%まで減少し、アポトーシスに陥った細胞数は2.5倍まで増加していた。このことは、新生血管のみならず、胃癌細胞そのものに対する作用も合わせた総合的結果と考えられた。この腹膜播種モデルにおける結果は、adiponectinが胃癌の腹膜播種に対する新しい治療ツールとして応用できる可能性を強く示唆した。腹腔内には多量の大網脂肪が存在することを考えると、常時多量のadiponectinが腹腔内に産生、分泌されている可能性が推測され、腹腔内のadiponectinが腹膜播種の成立上重要な役割を果たしている可能性が考えられた。 以上、本論文は胃癌に対する予防から治療までの新たな治療戦略としてのadiponectinの大きな可能性を示唆するものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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