No | 121726 | |
著者(漢字) | 吾郷,貴紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アゴウ,タカノリ | |
標題(和) | 空間経済学に関する研究 | |
標題(洋) | Essays on Spatial Economics | |
報告番号 | 121726 | |
報告番号 | 甲21726 | |
学位授与日 | 2006.06.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 博経第208号 | |
研究科 | 大学院経済学研究科 | |
専攻 | 現代経済専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本学位論文は、空間的な要素を経済理論モデルに明示的に取り入れた「空間経済学」について、3つの応用的研究をまとめたものである。 第1章「Overview」では、既存の空間経済学に関する研究を紹介しながら、本論文に収められている研究との関連を説明している。取り上げられるのは、部分均衡分析としての「空間競争(寡占)」と一般均衡分析としての「新経済地理学」である。前者はHotelling(1929)の空間競争モデルに端を発し、企業の立地分析に戦略的な相互依存関係を取り込んだ分析である。そこでは線分で表される1次元の都市(空間)において、同質財を販売する2つの企業の立地-価格の2段階競争ゲームが分析される。消費者はその都市に一様に分布し、各消費者は同質かつ非弾力的な需要を持ち、フルプライス(=製品価格+距離について線形の輸送費)の小さくなる企業から財を購入する。この設定のもとで、企業はともに都市の中央に集中して立地すると結論付けられる。すなわち、企業は地理的空間上では他企業と差別化を行わないということであり、これは「差別化最小の原理」として知られている。 しかしながら、Hotelling(1929)のオリジナルの分析には誤りがあることをd'Aspremont et al.(1979)は示した。そこでは線形の輸送費では価格均衡が保証されないとして、2次の輸送費に設定を変更したときにはオリジナルの結論はひっくり返り、2つの企業は都市の両端に完全に分散して立地することを示した。すなわち、「差別化最大の原理」が成立する。さらに発展的研究として、立地空間を2次元以上に拡張したTabuchi(1994)とIrmen and Thisse(1998)があり、これらはある1つの次元においては差別化を行うものの、それ以外の次元については差別化しないことを示した。総じて同質財を扱う企業の立地-価格競争(空間的価格競争モデル)が結論付けることは、企業は同じ地点に集中しないということである。 一方、第2段階で価格ではなく数量を選択する空間的数量競争モデルの枠組みがある(Hamilton et al.1989、ならびにAnderson and Neven、1991)。そこでは線分都市の各点を数量競争する市場とみなし、企業が都市全体に存在するそれらの市場について供給するとき、どの地点に立地するのかを扱っている。結果として、企業は中心に集中立地することが示され、前段までの空間的価格競争とは異なり、差別化最小の原理が成立する。ただし、分析においては輸送費が小さく、必ず都市全体に各企業が正の供給を行うという条件が課されている。第3章においてはその仮定が緩められる。 さらに明示的に地理的な空間と財の特性空間を区別して分析する枠組みとして、同質財ではなく水平的に製品差別化された財を扱う2つの企業の立地-価格競争ゲームを分析した研究にAnderson and De Palma(1988)とDe Fraja and Norman(1993)がある。これらはともに製品差別化が十分に行われているとき、企業は都市の中心に集中することを示した。第2章においては、競争条件を寡占(複占)ではなく、独占的競争で考えたときにどのような結果が得られるかを分析する。 新経済地理学(NEG)は一般競争の枠組みで企業の空間分布がどのようになるのかを扱う。これはKrugman(1991)に端を発し、独占的競争と収穫逓増(かつ正の輸送費)のもとで企業の空間分布を分析する。NEGの枠組みでキーワードとなるのが「集積力」と「分散力」であり、前者は経済活動を1つの地域に集める要素であり、後者は経済活動を各地域に分散させようとする要素である。ここではNEGの最も簡単な2地域2部門(工業、農業)2生産要素(労働者、農民)の「Core-Peripheryモデル」を例にそれらが説明される。このモデルにおいては、集積力は輸送費が小さい(あるいは差別化の程度が大きい、工業製品への支出割合が大きい)ほど強くなり、輸送費が大きいときには企業は2地域に分散するが、輸送費が低下し、ある閾値を越えると1地域に企業が集中することになる。 この基本的なNEGの枠組みは、Dixit-Stiglitz流のCES効用関数に基づいており、計算が一部簡単になるものの、価格のマークアップ率が一定であることや最終的な結果を得るために数値計算に頼らざるを得ない点などで不満が残る。代替的な設定を提供する研究にOttaviano et al. (OTT、2002)が挙げられる。そこでは準線形かつ差別化財について2次のサブ効用を持つ効用関数から線形の需要関数を導き、解析的に解ける形でNEGモデルを再定式化した。また、価格(マークアップ率)も企業数の減少関数となり、価格競争効果が明示的に表される。KrugmanとOTTは代替的な分析ツールと言えるが、本質的な差もある。第4章では、非対称な3地域を対象にして、この両者の重要な差異が示される。 第2章「Central Agglomeration of Monopolistically Competitive firms」では、OTTの設定を用いて、線形都市における独占的競争の立地を分析した。代表的な3つの空間的価格政策であるdiscriminatory pricing(D、価格差別)、mill pricing(M、店頭共通価格)、uniform delivery pricing(U、単一送達価格)のいずれにおいても、輸送費用が低く都市全体に財が供給されるときには、すべての企業が中心に一極集中することが唯一の空間均衡となることが示された。また、それら価格政策の中でDが生産者余剰を最大化し、Mが消費者余剰と社会的余剰を最大化することを示した。 第3章「Equilibrium Location in a Spatial Cournot Competition Model」は、石橋郁雄氏との共同論文をもとにしている。本研究では、上述の空間的数量競争モデルにおいて課されている輸送費に関する制限を外し、輸送費が高く、2企業が都市全体に必ずしも供給できないときにどのような立地均衡が得られるのかを分析した。結論としては、既存研究が導いている中心集中に加え、輸送費がある水準を超えると中心対称に2企業が分離するタイプの均衡を導いた。 第4章「Locational Disadvantage of the Hub」は、磯野生茂氏、田渕隆俊氏との共同論文をもとにしている。NEGの枠組みにおいて、1つのハブ地域(中心)と2つの周辺という非対称な3地域モデルを考え、輸送費が低下していくときの企業分布の変化を分析した。結果はKrugmanのCES需要関数とOTTの線形需要関数で際立った差異を示すこととなった。Krugmanモデルでは、輸送費用が低下するとハブが周辺から企業を吸収し、ハブに工業生産が一極集中していく。ハブの持っている輸送上の優位性(locational advantage)が経済活動をそこに集める。逆にOTTモデルでは、輸送費が低下し地域間の交易が開始すると、企業がハブから両周辺に流出していくことを示した。これは交易開始時にはハブには両周辺から財が流入し、価格競争が最も激しくなるのに対して、周辺地域は中心からだけ財が流入するために競争が緩やかであることに起因する。価格競争の側面からすればハブは「locational disadvantage」を持っていることになる。 OTTモデルにおいて輸送費がさらに大きく低下していったとき、縮んでしまったハブに企業が還流し、最終的にハブへの一極集中が実現することもある。一方で、あるパラメータ条件においては、輸送費用の低下がある1つの周辺地域への一極集中を最終的に導くことが示される。これは効率性の観点からはハブへの一極集中に劣るが、集積力から生まれる慣性によって中心へと企業は移動しなくなる。これはある種のコーディネーションの失敗を示唆している。 各章は独立しているが、論文全体を通して見られる共通の知見をまとめると以下のようになる。(1)企業が分散するためには、それによって地域独占といったその企業独自の需要を掴む必要があること(同質財の空間的価格競争モデル、第3章、第4章OTTケース)、(2)逆に企業が集中するためには、各企業が経済全体に供給を行うグローバルな競争にあるときで、これは競争条件や価格政策に依存しない(第2章、第4章Krugmanケース)。 | |
審査要旨 | 本博士論文は、「空間経済学」に関する一連の研究成果をまとめたものである。4章から構成されており、第1章Overview、第2章Central Agglomeration of Monopolistically Competitive Firms、第3章Equilibrium Location in a Spatial Cournot Competition Model、第4章Locational Disadvantage of the Hubとなっている。それぞれの章は、性質の異なるモデルに依拠しており、独立した内容になっている。とはいえ、不完全競争市場における企業が、立地とともに価格や数量を戦略変数として競争を展開するという点では、首尾一貫した内容になっている。経済活動の立地が東京のような特定地域に一極集中するのか地方全域に分散するのか、あるいは中心市街地と郊外のいずれに集積するか分散するか、そしてその帰結として、地域の経済厚生にどのような影響を与えるか、といった問題意識のもとに、分析が理論的に進められる。 本論文第1章では、第2章以降の研究との関連を説明しつつ、空間経済学の先行研究を展望し簡潔に紹介している。空間経済学とは、空間的な要素を経済理論に明示的に取り入れた経済学の総称であるが、なかでも中心的存在である空間競争理論と新経済地理学に焦点が当てられている。これらは、それぞれ独自の研究分野が確立されているが、本論文では、これらの理論を統一的な見地から眺め分析することによって、ロバストな結論を導出することに成功している。 空間競争の研究は、Hotelling(1929, Economic Journal)に始まる。この分野では、立地と価格を戦略変数とした非協力ゲームを解くことによって、Nash均衡を求めることが主流である。しかし産業によっては、多数の企業が製品差別化を行い、独占的競争市場を形成している場合もある。第2章では、そのような市場の解析を行っている。また、産業によっては、価格ではなく数量を戦略変数として寡占市場を形成している場合(Hamilton, Thisse and Weskamp, 1989, Regional Science and Urban Economics)もある。第3章では、立地と数量を戦略変数とした非協力ゲームを扱い、Nash均衡を求めている。一方、Krugman(1991, Journal of Political Economy)に始まる新経済地理学は、歴史こそ浅いけれども、近年急速に発展しつつあり、数多くの研究成果が発表され、貿易理論や開発経済学にも影響を与えている研究分野である。そこでは、独占的競争の一般均衡モデルが分析される。通常の一般均衡モデルと違って、ここでは複数の地域を扱うので、地域間の財市場も存在し、複数均衡や経路依存性といった問題、いわゆる複雑系を分析することが余儀なくされる。第4章では、Krugman(1991)とOttaviano, Tabuchi and Thisse (2002, International Economic Review)のモデルをそれぞれ拡張し、中心地域と周辺地域のあいだに生じる厚生格差や産業集積について分析を行っている。 第2章は、立地と価格を戦略変数とするHotelling(1929)の空間競争モデルの拡張であるが、独占的競争市場を扱っているという点では、空間競争の研究と新経済地理学の研究分野を繋ぐものとして位置づけられる。線分市場において企業が価格と立地を戦略変数として競争するのは、Hotelling(1929)やd'Aspremont, Gabszewicz and Thisse(1979, Econometrica)のベンチマーク・モデルと共通している。しかしながら、第2章では、企業数が十分大きく、各企業の提供する財が水平的に差別化されている、すなわち独占的競争市場を仮定している。この仮定の違いにより、ベンチマーク・モデルでは企業が常に分散するのに対して、本モデルでは常に中心に集積することが示される。寡占市場を扱ったd'Aspremont, Gabszewicz and Thisse(1979)とDe Fraja and Norman(1993, Journal of Regional Science)との比較考察によって、企業数の違い(すなわち寡占市場か独占的競争市場か)ではなく、財の差別化の度合い(すなわち同質財か異質財か)がベンチマーク・モデルと異なる結論を導くこと明らかにされた。同質財の場合には、一つの店でしか購入しないため、必然的に地域独占になる。ところが異質財の場合には、消費者は複数の店舗で少しずつ財を購入するため、企業にとって分散することは集客力を失うことになるというのが、このモデルの直観的解釈である。すなわち、財の異質性が中心部における集積の源になっていることが示されたのである。 第3章は、Hamilton, Thisse and Weskamp(1989)のCournot空間競争モデルの拡張であり、石橋郁雄との共同研究をもとにしている。第2章では立地と価格が戦略変数である独占的競争モデルであるに対し、第3章では立地と数量が戦略変数である複占モデルとなっている。Hamilton, Thisse and Weskamp(1989)など既存の研究では、すべての消費者に財が供給されることを与件とするために、輸送費用に上限を設けている。しかし第3章では、輸送費用上限の仮定を外したために、一部の地域で財が供給されない場合が生じることになる。分析の結果、既存研究では企業が線分市場の中心に集中する均衡しか得られなかったのに対して、第3章では企業が分散して立地する均衡を得た。既存研究では、分析の都合上、輸送費用に上限を設けたために地域独占の均衡、すなわち分散立地の均衡が排除されていたのである。このことは、一部の地域で地域独占が行われるか否かが、企業の集中と分散に大きく影響していることを示唆している。 第4章は、二つの新経済地理学モデル(Krugman, 1991; Ottaviano, Tabuchi and Thisse,2002)の拡張であり、磯野生茂と田渕隆俊との共同研究をもとにしている。これらのモデルが対称な2地域を扱っているのに対して、第4章は非対称な3地域(1つの中心地域と2つの周辺地域)を扱いっている。なお、その他すべての仮定は同一にしている。輸送費用が次第に逓減すると、企業と家計がどの地域に集積するかそれとも分散するか、そして社会厚生にどのように変化するかという点が分析の主眼である。Krugman(1991)のモデルを3地域に拡張した場合では、中心地域に立地上の優位が常に生じ、輸送費用の逓減とともにすべての経済活動が中心地域に吸収されていくことが示された。一方、Ottaviano, Tabuchi and Thisse(2002)のモデルを3地域に拡張した場合では、中心地域に立地上の劣位が生じ、輸送費用の逓減とともにすべての経済活動が周辺地域に集積されるケースが存在することが示された。前者は、中心地域が交通の要衝であることが産業の発展に寄与するというハブ効果を示したことに他ならない。一方、後者においては、中心地域における価格競争激化を嫌って、企業が周辺地域に流出するという価格競争効果が強く作用し、ハブ効果を圧倒することを示した。また、社会厚生に関しては、前者のほうが望ましい経済活動の集積が得られるのに対して、後者ではコーディネーションの失敗により望ましくない集積が得られることが明らかになった。従来の研究では、対称な2地域しか扱わなかったために、両者の結果に殆ど差異が表れなかったが、第4章では非対称な3地域を扱うことによって、両者の結果に際立った差異が表れたのである。このように、両者で効用関数や輸送費用関数の形が違うと、異なる結論が得られたということは、地域政策を行う上で細心の注意が必要であることを示唆している。 本博士論文では、互いに性質の異なるモデルを関連付けて議論することによって、全体で体系だった研究成果を得ることに成功している。全体を通じて導き出された結論は、「寡占市場であっても独占的競争市場であっても、また価格競争であっても数量競争であっても、グローバルに交易が行われることが集積が起きる要因であり、逆にローカルにしか交易が行われず地域独占市場が形成されることが分散の要因である」ということである。これは、経済学的直観とも整合的であり、興味深い。 本論文には、理論上の問題点や残された課題がないわけではない。事実、審査委員会において、以下のような意見が交わされた。中心と周辺がある線分市場ではなく、円環市場のような空間構造を仮定すると、結論にどのような影響があるだろうか。消費者の分布は、第2章や第3章では所与であるが、第4章のように企業立地に依存し内生的に決まるとすると、結論どう変わるであろうか。中心部に集積することと周辺部に集積することはいかなる相違をもたらすのか。競争の激しさと地域独占の関係、および企業分散と地域独占の関係について、理論的に明らかにすべきではないか。しかしながら、いずれの意見も本論文の範囲を超える内容であり、著者の今後の研鑽を通じて改善されるであろうと期待される。 ちなみに、第3章は2006年にAnnals of Regional Scienceに掲載される予定であり、第4章は2002年に応用地域学研究に掲載済みであることから、この博士論文が一定水準に達していることは間違いない。また、第2章は国際学術誌に現在投稿中であり、審査委員会においていささか荒削りなところが散見されたとの指摘があった。しかしながら、他の2つの章に比べると、より意欲的な試みであり、今後の研究の進展が期待できる章であることは評価に値する。以上により、審査員は全員一致で本論文を経済学博士の学位を授与するにふさわしい水準にあると認定し、ここに審査報告を提出する次第である。 | |
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