学位論文要旨



No 121730
著者(漢字) 伊藤,昌之
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,マサユキ
標題(和) Killer cell lectin-like receptor G1のリガンドおよび機能に関する研究
標題(洋) Studies on the ligand and function of NK cell receptor Killer cell lectin-like receptor G1
報告番号 121730
報告番号 甲21730
学位授与日 2006.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第226号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 落合,淳志
 東京大学 助教授 久恒,辰博
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 ナチュラルキラー(NK)細胞はある種のがん細胞やウイルス感染細胞を自発的に傷害することで自然免疫において重要な働きをするリンパ球である。NK細胞は細胞表面上に、活性化レセプターおよび抑制性レセプターという機能的に相反する2種類のレセプターを多数持っており、NK細胞の機能はこれらから細胞内へ伝達されるシグナルのバランスにより調節されている。自己の正常細胞をNK細胞が認識すると、抑制性レセプターからのシグナルが活性化レセプターからのシグナルを上回り、NK細胞はこの細胞を『自己である』と識別し、攻撃しない。一方、一部のがん細胞やウイルス感染細胞では抑制性レセプターが認識するリガンドの発現低下が起こる結果、活性化レセプターのシグナルが抑制性レセプターのシグナルを上回り、NK細胞はこのような細胞を『非自己である』と認識し、攻撃・排除する。

 Killer cell lectin-like receptor G1(KLRG1)はラット好塩基球白血病細胞株RBL-2H3から発見されたC型レクチン様ドメインを持つ抑制性レセプターである。一方、マウスおよびヒトではKLRG1は約30〜60%のNK細胞、および一部のT細胞上に発現しており、ウイルス感染に伴いNK細胞およびT細胞中のKLRG1発現細胞の割合が上昇することが報告されている。

 これまでにNK細胞の抑制性レセプターの多くが自己マーカー分子である主要組織適合性複合体(MHC)クラスI分子をリガンドとしていることが明らかにされてきた。しかし、KLRG1のリガンドは未だに明らかにされておらず、その生理的機能も不明である。そこで本研究ではKLRG1リガンドを同定し、KLRG1の生理的役割を明らかにすることを目的とした。

【結果】

KLRG1リガンドはメラノーマおよび上皮がんに広く発現する

 KLRG1リガンドを発現する組織および細胞株は不明なため、KLRG1リガンドを発現する細胞株の同定を行なった。ビオチン化酵素認識配列を付加した可溶型KLRG1を大腸菌発現系により発現後、リフォールディング・精製を行ない、さらにビオチン化酵素によりビオチン化し、蛍光標識ストレプトアビジンと結合させることによりマウスKLRG1テトラマーを作製した。これをプローブとして、フローサイトメトリーによりKLRG1リガンドを発現する細胞株の探索を行なった。その結果、マウスKLRG1テトラマーはマウスまたはヒト由来のメラノーマおよび上皮がんに細胞株に広く結合した(Fig. 1A, B)。この結果はKLRG1リガンドが種をこえて高度に保存されている分子であることを示唆する。さらにKLRG1テトラマーにより得られた結果を確認するため、レポーター細胞を用いた新しい実験系を確立した。KLRG1の細胞外領域とT細胞活性化シグナルを伝達するCD3ζの細胞内領域を持つKLRG1-CD3ζキメラ分子を作製した。この分子をIL-2プロモーター配列の下流にβ-ガラクトシダーゼ遺伝子を連結したDNAコンストラクトをもつTリンパ腫BWZ.36細胞に安定発現させ、KLRG1レポーター細胞BWZ.muKLRG1を作製した。KLRG1と標的細胞上に発現するKLRG1リガンドとの結合をKLRG1レポーター細胞によるβ-ガラクトシダーゼの産生により検討したところ、KLRG1テトラマーが結合したマウスまたはヒト細胞株の全てがKLRG1レポーター細胞によるβ-ガラクトシダーゼ産生を誘導したが、KLRG1テトラマーが結合しなかった細胞株は誘導しなかった(Fig. 1C, D)。以上の結果から、KLRG1リガンドはメラノーマおよび上皮がん細胞株に広く発現されていることが明らかになった。

KLRG1はE-カドヘリンと結合する

 KLRG1リガンドを同定するため1.4×106個の独立クローンを含むEBC-1細胞cDNAレトロウイルスライブラリーを作製し、このライブラリーをKLRG1リガンドを発現しないマウスTリンパ腫BW5147細胞に導入した。KLRG1テトラマーが結合するようになったごく一部の細胞集団をセルソーターにより繰り返し濃縮し、KLRG1テトラマーによりほぼ均一に染色される細胞集団を得た。この細胞集団のゲノムDNAを抽出し、PCRによりKLRG1リガンドcDNAの回収を試みた結果、約5.2 kbpのcDNAが増幅され、シーケンスの結果、このcDNAはヒトE-カドヘリンをコードすることが明らかになった。

 ヒト細胞株からクローニングされたE-カドヘリンがマウスにおいてもKLRG1リガンドとして機能することを確認するため、マウスKLRG1とマウスE-カドヘリンの結合を詳細に解析した。マウスKLRG1テトラマーはマウスE-カドヘリンを強制発現させたBW5147細胞に結合した(Fig. 2A)。また、この結果はKLRG1レポーター細胞を用いても確認された(Fig. 2B)。さらに、E-カドヘリン細胞外領域とヒトIgG1のFc領域を持つE-カドヘリン-Fc融合タンパク質はマウスKLRG1発現細胞に結合した。以上の結果より、マウスE-カドヘリンはマウスKLRG1と結合することが明らかになった。

KLRG1は3種の古典的カドヘリンと結合する

 メラノーマではE-カドヘリンが発現しないと報告されているにも関わらず、KLRG1テトラマーは調べたメラノーマの全てに結合した(Fig. 1)。そこで、KLRG1テトラマーが結合した6種のマウス細胞株について、E-カドヘリンの発現をフローサイトメトリーにより検討したところ、2種類のメラノーマおよびcolon-26細胞、C2C12細胞は、E-カドヘリンを発現していないか、もしくはわずかしか発現していなかった。この結果はE-カドヘリン以外にKLRG1リガンドが存在することを示唆する。E-カドヘリンはカドヘリンスーパーファミリーに属し、タイプIカドヘリンに分類される。そこで、マウスに発現する全てのタイプIカドヘリン(E-, N-, P-, R-, M-カドヘリン)および類縁のタイプIIカドヘリンのひとつ(VE-カドヘリン)をBW5147細胞にそれぞれ発現させ、KLRG1テトラマーの結合を検討した。KLRG1テトラマーはE-, N-, R-カドヘリン発現細胞に結合したが、P-, M-, VE-カドヘリン発現細胞には結合しなかった(Fig. 3)。この結果はKLRG1レポーターアッセイによっても確認された。以上の結果から、KLRG1は3種の古典的カドヘリン(E-, N-, R-カドヘリン)と結合することが明らかになった。

KLRG1はE-カドヘリンを認識し、NK細胞の細胞傷害活性を抑制する

 KLRG1はその細胞内ドメインに抑制性シグナル伝達モチーフを有する抑制性レセプターであり、抗KLRG1抗体によるNK細胞上のKLRG1の架橋により、NK細胞の傷害活性が抑制されることが報告されている。そこで、KLRG1によるカドヘリン認識がNK細胞傷害活性におよぼす影響を検討した。KLRG1を発現しないマウスNK細胞株NK03にKLRG1をレトロウイルスにより導入した。NK03によるE-カドヘリン発現BW5147細胞の傷害は、KLRG1を発現させることにより低下した。さらにこの細胞傷害の低下は抗マウスKLRG1抗体により回復したことから、この細胞傷害の低下はKLRG1とE-カドヘリンの相互作用に依存することが分かった(Fig. 4)。また、NK03によるE-, N-, R-カドヘリンを発現するF9細胞に対する傷害もKLRG1の発現により同様に低下した。以上の結果から、NK細胞上に発現するKLRG1は標的細胞上のE-カドヘリンを認識し、NK細胞の細胞傷害活性を抑制することが明らかになった。

【考察】

 本研究ではE-, N-, R-カドヘリンがKLRG1リガンドであることを明らかにした。カドヘリンはCa(2+)依存的なホモフィリックな結合により細胞間接着を担う分子であり、発生、分化、組織形態の維持など、幅広い生物学的プロセスに関わっている。これまでにリガンドが知られているNK細胞抑制性レセプターの多くがMHCクラスIを認識する。MHCクラスIはほとんどの全ての有核細胞が発現する一方、E-, N-, R-カドヘリンも様々な組織に普遍的に発現している。カドヘリンとMHCクラスIは構造的に全く異なっているが、NK細胞が自己細胞の目印として利用するのに適当であったと考えられる。

 KLRG1の発現は、宿主のウイルス感染に伴い活性化されたNK細胞およびT細胞上にKLRG1の発現が誘導される。活性化されたNK細胞およびT細胞はKLRG1を発現することでE-, N-, R-カドヘリンを発現する正常な上皮細胞や血管内皮細胞や網膜などを傷害しないよう調節を受けている可能性が考えられる。

 また、がん細胞上のE-カドヘリンの発現低下は、ガンの転移や浸潤と連関していると報告されている。NK細胞はKLRG1を介してカドヘリンの発現量をモニターすることで、E-カドヘリンの発現が低下した悪性化がん細胞を識別・排除している可能性がある。

【発表論文】

Ito M., Maruyama T., Saito N., Koganei S., Yamamoto K. and Matsumoto N.

Killer cell lectin-like receptor G1 binds three members of classical cadherins to inhibit NK cell cytotoxicity

J. Exp. Med. 2006. 203:289-295

Koganei S., Ito M., Yamamoto K. and Matsumoto N.

B-1a cell origin of the murine B lymphoma line BCL1 characterized by surface markers and bacterial reactivity of its surface IgM

Immunol. Letters. 2005. 98:232-244

Tajima K., Matsumoto N., Ohomori K., Wada H., Ito M., Suzuki K. and Yamamoto K.

Augmentation of NK cell-mediated cytotoxicity to tumor cells by inhibitory receptor blockers

Int. Immunol. 2004. 16:385-393

Fig. 1 KLRG1リガンド発現細胞株の探索

A, B マウス由来細胞株(A)、およびヒト由来細胞株(B)に対するKLRG1テトラマーの結合をフローサイトメトリーにより解析した。実線はコントロール、灰色のヒストグラムはKLRG1テトラマーの結合を表す。C, D KLRG1レポーター細胞BWZ.muKLRG1またはコントロールレポーター細胞BWZ.EGFPをマウス由来細胞株(C)およびヒト細胞株(D)と共培養した後、β-ガラクトシターゼ活性を測定した。

Fig. 2 KLRG1はE-カドヘリンと結合する

A (上段) E-カドヘリンをBW5147細胞に発現させ、E-カドヘリンの発現をフローサイトメトリーにより確認した。実線は2次抗体のみの染色、灰色のヒストグラムは抗E-カドヘリン抗体の染色を表す。(下段) E-カドヘリン発現BW5147細胞に対するKLRG1テトラマーの結合をフローサイトメトリーにより検討した。実線はコントロール、灰色のヒストグラムはKLRG1テトラマーの染色を表す。B KLRG1レポーター細胞BWZ.muKLRG1またはコントロールレポーター細胞BWZ.EGFPをE-カドヘリン発現BW5147細胞と共培養した後、β-ガラクトシターゼ活性を測定した。

Fig. 3 KLRG1テトラマーは3種の古典的カドヘリンと結合する

6種類のカドヘリンをそれぞれ発現させたBW5147細胞に対するKLRG1テトラマーの結合をフローサイトメトリーにより検討した。実線はコントロール、灰色のヒストグラムはKLRG1テトラマーの染色を表す。

Fig. 4 KLRG1はE-カドヘリンと結合し、NK細胞傷害活性を抑制する

NK細胞株NK03にKLRG1を発現させKLRG1-NK03を作製した。BW5147細胞またはE-カドヘリンを発現させたBW5147細胞に対するNK03およびKLRG1-NK03の細胞傷害活性を測定した。○は抗体を添加しないとき、▲はコントロール抗体を、●は抗KLRG1抗体を添加したときの細胞傷害率を表す。NK細胞と標的細胞の細胞数の比を横軸に表す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1章から構成され、ナチュラルキラー(NK)細胞上に発現するKiller cell lectin-like receptor G1 (KLRG1)のリガンドの同定とその機能について述べられている。

 NK細胞は、ある種のがん細胞を自発的に障害する能力を有するリンパ球であり、末梢血リンパ球の約10%をしめる。NK細胞はがんや病原体への初期防御機構を担っている。その標的認識機構は、NK細胞が発現する活性化レセプター群と抑制性レセプター群により行われており、2種類のレセプターからのシグナルのバランスによりNK細胞の活性化が決定されている。抑制性レセプターの一部は免疫系で自己の目印として働いている分子MHCクラスIを認識し、NK細胞による自己・非自己の識別に関与していることが明らかにされているが、NK細胞はMHCクラスIに依存しない標的認識機構も有しており、これらは、リガンドが明らかにされていない、いわゆるオーファンNK細胞レセプターにより担われていると想像されている。

 本論文では、このようなオーファンNK細胞レセプターの1つKLRG1を取り上げ、そのリガンドの同定を行った。KLRG1は、ヒト,マウスのNK細胞およびT細胞の一部に発現する抑制性レセプターであり、正常マウスのNK細胞の約30%に発現する。また、その発現はウイルス感染への免疫応答時に誘導され、この点で、構成的な安定した発現様式を示すMHCクラスIをリガンドとする抑制性レセプターと大きな違いを示す。伊藤氏は、KLRG1のリガンドを同定するため、蛍光標識可溶型KLRG1を用いるリガンド結合実験系ならびにリガンド認識に関わると考えられるKLRG1の細胞外領域をT細胞シグナル伝達分子の細胞内領域に融合させたキメラレセプターを用いたレポーター実験系を確立し、これらを用いて、リガンド発現細胞の探索を行い、KLRG1リガンドが上皮がん、およびメラノーマ上に発現することを突き止めた。伊藤氏は上皮がん細胞株からKLRG1リガンドcDNAを発現スクリーニングによりクローニングすることに成功し、E-カドヘリンがKLRG1のリガンドであることを発見した。また、メラノーマにはE-カドヘリンが発現していないことを手がかりとして、E, N, R-の3種の古典的カドヘリンがKLRG1のリガンドであることを明らかにした。さらにこれらカドヘリンを認識した際、KLRG1がNK細胞の機能を抑制することを示した。以上の発見は、KLRG1の機能を明らかにする上で、大変重要な知見であり、これまで、細胞接着分子としてのみ捉えられて来たカドヘリン分子が、抑制性NK細胞レセプターを介して免疫細胞の機能を調節していることを示す全く予期し得なかった新たな知見である。さらに本論文では、がんの悪性化に伴いカドヘリンの発現が低下するとの知見と合わせて、KLRG1を発現するNK細胞がカドヘリンの発現が低下した悪性がん細胞の出現を監視しているとの仮説を提案している。また、ウイルス感染においてウイルスが免疫反応によって、コントロールされた後、免疫反応が終息され始める時期にKLRG1がNK, CD8T細胞上に誘導されることから、免疫応答の終息へのKLRG1の寄与についても提案している。これらの提案は、今後KLRG1の生理的機能を明らかにして行く上で、大変意義の大きなものと考えられる。以上、本論文は博士の学位を授与するのにまことに相応しい内容であると判断される。

 なお、本論文の一部は、丸山拓馬氏、山本一夫博士、松本直樹博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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