学位論文要旨



No 121732
著者(漢字) 中島,将博
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,マサヒロ
標題(和) 好熱菌由来α-マンノシダーゼに関する研究
標題(洋)
報告番号 121732
報告番号 甲21732
学位授与日 2006.07.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3067号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

序論

 真核生物において糖タンパク質は様々な場面で重要な役割を担っている。糖タンパク質の多くはアスパラギン結合型であり、ポリペプチド鎖と、アミド基に結合したオリゴ糖側鎖やN-グリカンで構成されている。生体内では糖タンパク質の糖鎖には多くのバリエーションがあり、細胞接着、糖鎖抗原、糖タンパク質の品質管理、細胞小器官への局在、糖タンパク質の糖鎖のプロセシングなど生命現象の重要な部分を担っている。

 α-マンノシダーゼはこのN-グリカンの成熟に関わる酵素であり、アミノ酸一次配列からグリコシドヒドロラーゼ(GH)ファミリーのGH38とGH47に分類される。本研究で扱う酵素が属するGH38はそのアミノ酸配列、機能からゴルジα-マンノシダーゼII(GMan)、リソソームα-マンノシダーゼ(LMan)、小胞体/細胞質α-マンノシダーゼ(ERCMan)、α-マンノシダーゼIII、精子α-マンノシダーゼのサブクラスに分かれている。原核生物のα-マンノシダーゼはそのアミノ酸配列からERCManに分類される。原核生物にも真核生物と同様にα-マンノースを構成糖とする糖タンパク質が存在し、α-マンノースを供給するまたは糖鎖をプロセシングするα-マンノシダーゼは重要な酵素であると考えられる。

 GH38の酵素は活性中心に金属をもち、金属が反応機構に関わる点がGHファミリーの中では珍しい。GMan、LManは構造解析がなされているが、ERCManとは相同性が非常に低く、また有力な酸塩基触媒残基の候補の周辺配列も異なっており、その機能、構造は興味深い。しかし、ERCMan、特に原核生物のα-マンノシダーゼではまだ、十分に機能、構造が調べられていない。そこで、好熱菌由来α-マンノシダーゼを材料にその機能、構造を明らかにする目的で本研究を行った。

(1)2種の好熱菌由来のα-マンノシダーゼの機能解析

 好酸好熱性古細菌Sulfolobus tokodaiiのα-マンノシダーゼはORF st1008、超好熱性細菌Thermotoga maritimaのα-マンノシダーゼはORF tm1851にコードされている。ORF st1008、tm1851のクローニング、発現、精製をおこない均一な目的タンパク質を得た。ST1008とTM1851はともにα-1,2、α-1,3、α-1,4、α-1,6-マンノビオースを加水分解し、他のGH38酵素と同様に広い基質特異性を示した。また、GH38の阻害剤であるスワインソニン(SW)に対するKi値はST1008とTM1851でそれぞれ17.5μM、0.68μMであった。D. melanogaster GMan(DGMan)はIC(50)=16.9nM、human LManはKi=0.076μMであり、好熱菌由来の両酵素はGManやLManよりSWにより阻害されにくいことが示された。さらにST1008とTM1851はEDTAの添加により完全に活性がなくなり、これにZn(2+)、Cd(2+)、Co(2+)を加えると活性が現れた。このことから、この2つの酵素はEDTAの添加によっても金属が外れないDGManなどとは異なり金属との結合が弱いことが示された。ST1008とTM1851では最も活性化する金属がそれぞれZn(2+)、Co(2+)と異なり、また前者の方が後者より、広い金属の濃度依存性を示した。

 したがって、ST1008、TM1851は金属依存性、阻害剤の効果からGManやLManと活性中心付近の構造が異なることが示唆された。

(2)Thermotoga maritima由来α-マンノシダーゼ(TM1851)の予備的X線結晶解析

 ST1008は精製により得られるタンパク質が少なかったので結晶化には収量の多いTM1851を用いた。オイルバッチ法により4% PEG6000、0.5 M NaCl、50 mMリン酸ナトリウム(pH 6.0)、タンパク質5.3mg/ml、10mMマンノース、1mM ZnCl2の溶液を25℃で1日インキュベーションすることにより、菱形の板状の結晶を得た。この結晶から分解能2.9Åの反射を得た2)。DGManやBovine LMan(BLMan)の全長、または一部分をサーチモデルとして分子置換を行ったがすべてうまくいかなかった。このことは、TM1851が新規な構造をもつ可能性を示唆している。また、カドミウム置換体データとネイティブデータとの間の差パターソンマップを作成したところ、2つの強いピークと1つの弱いピークが検出された。このことは、TM1851に金属結合部位が存在することを示している。

(3)TM1851の酸塩基触媒残基の同定

 DGManには活性中心に4個のアスパラギン酸Asp92、Asp204、Asp341、Asp472が存在するが、D341Nで酵素-基質中間体が得られたこと、D341Nの活性が野生型の200分の1に減少したことなどからAsp341が酸塩基触媒残基の有力な候補とされてい3)。DGManの活性中心の構造とGH38の酵素のアラインメントからTM1851ではAsp257、Asp367、Asp460、Asp568が活性中心に存在すると予想される。このうちDGManのAsp204は酵素-基質中間体において基質と共有結合する残基、すなわち求核性触媒残基であり、TM1851のAsp367の変異体がどれも大幅に活性が低下したことからこれが求核性触媒残基であると思われる。したがって、TM1851の酸塩基触媒残基の候補は残る3残基であると考えられたので、これらの変異体も作製した。驚いたことに、DGManのAsp341に相当するTM1851のAsp460をAsnに置換してもまったく活性の減少はみられず、k(cat)とk(cat)/KmのpH profileも野生型とほとんど違いがなかった。このことはAsp460が触媒残基として機能せず、DGManとTM1851で活性中心の構造や反応機構が異なることを示唆している。しかし、D460AやD460Gでは活性が著しく減少することからAsp460は活性中心付近に存在し、側鎖が活性に大きく影響していることを示している。

 D257G、D568Gの変異体についてはp-ニトロフェニル-α-D-マンノピラノシド(pNP-Man)と、2,4-ジニトロフェニル-α-D-マンノピラノシド(DNP-Man)を用いて酵素活性を測定した。DNP-Manはアグリコンであるフェノール置換体のpKaが低いために、glycosylation stepにおいて酸触媒の補助が不要なまたは少なくてよい基質である。D257G、D568GのDNP-Manに対するk(cat)はpNP-Manの場合のそれぞれ約150倍、90倍であり、pNP-Manが基質のときはglycosylation stepが律速であることが示された。

 DNP-Manを基質としてD257Gと野生型のk(cat)とk(cat)/KmのpH profileを比べると、D257Gでは塩基性側のpH依存性が明らかに無くなっていた。pNP-Manに対するk(cat)/KmのpH profileの比較でもD257Gでは塩基性側のpH依存性が明らかに野生型より緩やかになっていた。塩基性側のpH依存性は糖加水分解酵素において一般的に酸塩基触媒残基のプロトン化の状態を表しており、これらの結果はAsp257のカルボキシル基のプロトン化の状態が活性に影響することを、すなわちAsp257が触媒残基であることを示している。また、pNP-Manを用いてD257Gのギ酸ナトリウムによるケミカルレスキューを調べたところk(cat)が30倍以上になった。これは、glycosylation stepが速くなったこと、すなわち、ギ酸のカルボキシル基がglycosylation stepにおいてAsp257の側鎖のカルボキシル基の代わりに酸触媒として機能したことを示している。したがってAsp257は酸触媒としてはたらいていると考えられる。

 一方、D568GはDNP-Manに対するKmが野生型の50倍であった。DGManにおいてTM1851のAsp568に相当するAsp472は基質の6員環の3、4位のヒドロキシル基を認識しており、Asp568は基質認識に重要であると考えられる。

 以上の変異体の解析とDGManの構造から考えられるTM1851の反応機構を図に示す。TM1851で酸(塩基)触媒残基と同定されたAsp257はDGManでは金属に結合する残基であるが、DGManの酸塩基触媒残基Asp341は金属の結合には関与しない。したがってTM1851とDGManでは反応機構が大きく異なると予想される。

 DGManでは、基質の結合によるZn(2+)の6配位の状態が5配位より不安定であることにより反応が促進されると説明されている。一方TM1851では基質が活性中心に入った段階で酸触媒としてはたらくAsp257がプロトン化しているためにCo(2+)が図Aのような5配位に近い状態をとっていると考えられる。このときAsp568は基質の3, 4位のヒドロキシル基を認識している。そして、Asp367が基質のアノマー中心を求核攻撃することで環構造の変化がおき、基質-酵素中間体ができる。このときAsp257が酸触媒としてプロトンを供給して反応を助ける(glycosylation step)。この段階では図BのようにCo(2+)とAsp367の配位結合が弱く、Asp257との結合が強くなり、5配位に近い状態が保たれる。そして、何らかの塩基触媒によりdeglycosylationが進み、図Cのように基質が遊離してAsp257が再びプロトン化されると、DGManとは異なり酵素とコバルトイオンの結合が弱くなってCo(2+)が酵素から外れやすくなる。

まとめ

 本研究では同じファミリー内でTM1851とST1008がGManやLManと異なる性質をもつことを明らかにした。TM1851について現時点では立体構造解析は予備的なものにとどまるが、反応機構を検討したところ、求核性触媒残基はAsp367であり、酸塩基触媒残基はアラインメントから予想されるAsp460ではなく、Asp257であることが明らかになった。

Reference1) M. Nakajima, et al., Arch Biochem Biophys, 415, 87-93 (2003)2) M. Nakajima, et al., Acta Crystallograph Sect F Struct Biol Cryst Commun, 62, 104-5 (2006)3) S. Numao, et al., J Biol Chem, 278, 48074-83 (2003)

図、TM1851の推定反応機構(A-C)とDGManで提唱されている反応機構(D-F)(Numao et al.,2003より改変)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序論、第一章 Sulfolobus tokodaiiとThermotoga maritima由来α-マンノシダーゼの諸性質の解析、第二章 Thermotoga maritima由来α-マンノシダーゼの予備的X線結晶解析、第三章 Thermotoga maritima由来α-マンノシダーゼの酸塩基触媒残基の同定、第四章 総合討論より構成されている。

 序論ではグリコシドヒドロラーゼ(GH)ファミリーのGH38が系統樹によると大きくGMan、LMan、ERCManの3つのグループに分けられること、GManが真核生物においてN-グリカンの生合成に関わる重要な酵素であること、ERCManがアラインメントからGManやLManと異なる性質をもつ可能性があることを述べている。

 第一章ではSulfolobus tokodaii由来α-マンノシダーゼ(ST1008)とThermotoga maritima由来α-マンノシダーゼ(TM1851)の発現、精製とキャラクタリゼーションを行った。これらの酵素は広い基質特異性をもちGH38としての特徴を示した。また、ST1008、TM1851は活性に金属が必須であること、そしてST1008が亜鉛イオン、TM1851がコバルトイオンの添加により最も高い活性を示すことも明らかにした。スワインソニンによる活性の阻害は、ERCManであるST1008、TM1851ではGManやLManの場合より弱いことを示した。

 第二章ではTM1851を用いて結晶化条件の探索を行い、PEGとNaClを含む条件で空間群C2に属する菱形結晶を作製し、この結晶から分解能2.9Åの回折データを得た。また、カドミウム置換体とネイティブ結晶の回折データ間の差パターソンマップにより金属由来のピークが検出された。

 第三章ではTM1851の活性中心に存在すると予想される保存されたアスパラギン酸Asp257、Asp367、Asp460、Asp568の変異体を作製し、その詳細を調べることによりこれらの機能の解明、特に酸塩基触媒残基の同定を試みた。

 D367N、D367Aのrelative activityはwild typeの100分の1以下に低下し、Asp367が求核性触媒残基であることが明らかとなった。

 アラインメントからGManやLManの酸塩基触媒残基に相当するTM1851のAsp460の変異体D460Nではほとんど活性が低下せず、Asp460が酸塩基触媒残基でないことを示した。

 D257Gのジニトロフェニル-α-D-マンノピラノシド(DNP-Man)に対するk(cat)、k(cat)/Kmはp-ニトロフェニル-α-D-マンノピラノシド(pNP-Man)の場合より明らかに大きく、Asp257の変異により酸触媒としての機能が顕著に低下したことが示された。また、D257GのpH profileにおける塩基性側のpH依存性の完全な消失やpNP-Manを基質としたときのNa-formateによるk(cat)の著しい増加もAsp257が酸触媒としてはたらくことを支持している。

 D568GではDNP-Manを基質としたときのKmがpNP-Manが基質のときより大きくなったのでAsp568は基質の認識に重要であることが示された。

 これらの結果とDrosophila melanogaster由来GManの活性中心の構造からTM1851の推定反応機構を提唱した。

 このように本論文において、ERCManの機能、酸塩基触媒残基がGMan、LManとは異なることを明らかにし、新たな推定反応機構を提唱したので学術上貢献するところ少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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