学位論文要旨



No 121736
著者(漢字) 武藤,麻紀子
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,マキコ
標題(和) 時空間閉じ込め型クラスター生成源の開発及びシリコンクラスターの自己秩序構造の研究
標題(洋)
報告番号 121736
報告番号 甲21736
学位授与日 2006.07.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6326号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京農工大学 教授 澤田,嗣郎
 千葉大学 助教授 藤浪,真紀
内容要旨 要旨を表示する

 構成原子数1000個以下、サイズにして3nm以下のナノクラスターは、量子効果が顕著に表れる系であり、CMOS微細化限界を克服する新しいLSI技術や光吸収効率の高い太陽電池として期待されている。ナノ結晶生成を溶液中で行う研究が多くなされているが、薄膜中に不純物が残存し純度のよいナノ結晶生成が難しく、高純度のナノ構造薄膜生成が可能な気相中でのクラスター薄膜成膜が望まれている。数nmレベルの微細構造を制御するためにはクラスターのサイズ制御が必要である。従来の気相中クラスター生成方法ではC(60)を除いては特定サイズのクラスターを生成する事が難しく、実用的ビーム強度のクラスタービーム生成が気相中クラスター薄膜生成プロセスの技術課題となっていた。我々は、クラスター生成領域における熱力学的条件を一様にする事によってクラスターのサイズ分布の拡がりを小さくする新しい原理を着想した。その知見に基づいてレーザーアブレーション型の時空間閉じ込め型クラスター生成源SCCS(spatiotemoiral confined cluster source)を新たに開発し、気相中でのシリコンクラスター生成領域の閉じ込め効果を確認し、サイズ分布拡がりが平均サイズの5%以下に制御されたシリコンクラスタービーム生成に成功した。またアモルファスカーボン基板への蒸着により、格子定数4nmのクラスター正方格子構造が基板上で自発的に形成される過程を観察した。更に、実用化に向けてSCCSをスケールアップし、実用的ビーム強度のシリコンクラスタービーム生成に成功し、成膜速度0.2クラスター層/分を達成した。

 クラスターは、クラスター生成領域の圧力上昇と冷却によって成長するが、従来型の生成源では熱力学的生成条件が不均一であり、生成クラスターのサイズ分布拡がりが大きくなる。我々はクラスター生成領域を時空間的に規定するという以下のような新しい原理を考案した。パルスレーザーをターゲット基板に入射し基板表面にプルームを発生させる。プルームに押されて雰囲気気体中に衝撃波が生じ、壁に衝突して反射する。反射した衝撃波とターゲット蒸気の進行波とが衝突し、ターゲット蒸気と雰囲気気体との混合気体領域が規定された領域に閉じ込められ、その領域でクラスターが成長する、という方法である。この方法でクラスターを生成すると、生成領域を局所的に規定する事によってクラスター生成条件が一様になり、生成クラスターサイズ分布拡がりが小さくなり、かつクラスター生成効率が高くなると考えられる。生成源の設計にあたり、direct simulation Monte Carlo(DSMC)法を用いて生成源内の熱力学、流体力学的数値計算を行い、パルスレーザー照射後数十nsから数μs後の間に、生成セル中で雰囲気気体中に衝撃波が生じて壁で反射される事、ターゲット蒸気波束が進行波として進み、反射した衝撃波と衝突してクラスター生成領域が形成される事、クラスター生成領域が規定された空間に一定時間閉じ込められる事を確認した。

 新原理に基づいてクラスター生成源SCCSを製作した(図1)。SCCSの内面は長径26mmの回転楕円体型構造を持ち、先端には0.8mm径のビーム取り出し孔が開いている。シリコン試料をその表面が回転楕円体の焦点に位置するように設置する。ヘリウム雰囲気気体は試料ホルダーの球面に沿って層流を形成するように導入し,SCCS内で回転楕円体の中心軸に対して対称で乱流にならないように圧力一定に調整した。Nd:YAGパルスレーザー(532nm, 10ns, 50-300mJ/pulse)はセルのビーム取り出し孔に焦点を合わせて導入し、レーザー蒸発された高密度の試料蒸気(プルーム)は、Knudsen層を形成した後ヘリウムガス中に衝撃波を誘起し、衝撃波はSCCS内を三次元的に進行し回転楕円体形状の壁面で反射する。試料表面から垂直に噴出した蒸気波面は衝撃波の伝播速度より遅い速度で進行し、反射した衝撃波と衝突して停止する。衝突した領域はシリコン蒸気とヘリウムガスの接触領域であり、両気相の高密度な混合ガス層が形成されてクラスターが成長する。クラスター成長に必要な時間スケール100μsに対する混合ガス層の自己拡散は0.1mm以下と小さいため、混合ガス層はクラスター成長の時間にわたって空間的に閉じ込められたことになる。局所的に閉じ込められた混合ガス層では原子衝突が十分な頻度で起こり、粒子密度や温度などの熱力学的条件の均一化が図られ、内部状態の揃ったクラスター成長が可能になる。

 シリコン蒸気及びヘリウムガス中の励起粒子からは閉じ込めの初期に発光が観察される。SCCSの側面に設けた4.5mm×21.5mmの観測窓を通して高速CCDカメラ(ANDOR TECHNOLOGY, 検出波長180-850nm, ゲーティング速度5ns, 分解能50μs)で発光を時間分解観察した。Nd:YAGレーザー照射直後のクラスター成長初期過程におけるSCCS内の発光の時間変化を図2に示す。フルエンス10J/cm2のレーザーによって蒸発されたシリコン蒸気は、ヘリウムとの接触により高密度に圧縮され、原子衝突によって励起された粒子からの強い発光が観測される。シリコン蒸気波面は,レーザー入射から1μsまで一定速度13.6km/sで進行し,その後減速しながら3.5μs後にSCCSの出口付近に到達し、出口孔から1.5mmの位置で停止する事が観察された。

 SCCSで生成されたシリコンクラスターの中性成分を真空中に取り出し、加速電極間でArFエキシマーレーザー(MBP Technology Inc., 6.41eV, 10ns, 1.4-1.7mJ/cm2)によりイオン化し、二段加速飛行時間型質量分析器(TOFMS)で質量スペクトルを測定した。SCCSで生成されたシリコンクラスターの典型的な質量スペクトルを図3に示す。構成原子数4より大きなクラスターサイズ領域では,安定構造のSi(23)がSi(23)H3,Si(23)H6と共に高強度で観測され、ΔN/N<5%以下の狭いサイズ分散で生成された。炭素化合物SiNCHxを除くと構成原子数9から34までのシリコンクラスターSiNHxのサイズ分布は図3の挿入図のようになり、Si(23)Hx,Si(19)Hx,Si(21)Hxがそれぞれ46%,14%,12%存在しているとわかった。TOFでセル中のヘリウム流速密度の時間変化を計測すると、シリコン蒸気とヘリウムガスの混合領域は160μsにわたってSCCS内で高密度に閉じ込められている事がわかった。160μsという時間領域は、従来方法でのクラスター成長時間数msと比べて一桁小さく、成長時間が規定された事によってクラスターのサイズ分散が小さくなったと考えられる。

図3 SCCSで生成されたシリコンクラスターのTCF質量スペクトル

 上記SCCSでは1クラスター層の蒸着に20時間以上かかるため、実用化に向けてクラスタービームの大強度化が必要であり、長径100mmの回転楕円型構造を持つセルにスケールアップし、シリコンターゲットに大強度Nd:YAGパルスレーザー(Quantel, 532nm, 11ns, 800mJ/pulse, 20Hz)を照射して実験を行った。以前と同様に高速CCDカメラでセル内部の発光を観察すると、クラスター源にヘリウムを充填しない場合(真空状態)には、アブレーションされた蒸気が18km/sで進行しセル中に拡散して1μs位で発光が消えるのに対し、ヘリウムガスを3.85kPa充填した場合には、アブレーション直後に蒸気波面が形成されて試料に垂直に36km/sで飛行していく過程の発光が10μに渡って観察された。ヘリウム充填下での発光はクラスター源のビーム出孔部まで到達しており、効率的にビームを取り出せる事を確認した。大強度化したクラスタービームを基板に蒸着し、STEM、原子間力顕微鏡(SHIMADZU)で観察したところ、約0.2クラスター層/分で蒸着されていると見積もる事ができ、4倍のスケールアップによってクラスタービームの大強度化を図る事に成功した。今後、ナノクラスター薄膜構造の解明、物性評価などを行っていく必要がある。

 博士課程の研究において、新しい原理に基づきレーザーアブレーション型の時空間閉じ込め型クラスター生成源SCCSの開発を行い、クラスター生成領域の時空間的閉じこめに成功し、規定された熱力学的条件の下で従来よりもサイズ分布の小さいクラスターを生成した。また、得られたシリコンクラスタービームを基板上へ蒸着し、自発的に正方格子のナノ構造秩序を基板上に形成する過程を観察した。さらに、SCCSを4倍にスケールアップし、大強度クラスタービームを生成する事に成功した。今後、クラスタービームの更なる大強度化、クラスターによるナノ構造秩序薄膜の物性評価を行い、半導体新機能性材料の開発へとつなげていきたい。

図1 レーザーアプレーション型の時空間閉じ込め型クラスター生成源SCCS

図2 He圧130PaでSCCS内発光時間変化のICCD観察

SCCSで生成したサイズの揃ったシリコンナノクラスタービームを超高真空下で4nm厚のアモルファス炭素薄膜に蒸着した。基板への衝突エネルギー1.1eV/atomは、シリコンクラスターから原子が解離するのに必要なエネルギー4.0eVと比べて小さいため、基板表面に着地したクラスターが解離することなくナノクラスター薄膜が生成される。蒸着した基板試料を走査型透過電子顕微鏡(STEM, Hitachi)で観察した結果、蒸着密度が1.0×10(13)cm(-2)の時にシリコンクラスターで基板表面がほぼ全面が覆われた(=1クラスター層)。蒸着密度によるクラスター配列秩序の形成過程を調べると、0.2クラスター層の被覆率では、シリコンクラスターは対形成しながら無秩序に配列し、0.67クラスター層の被覆率では、クラスターは部分的に正三角形から正六角形の秩序構造を形成し始める。1.0クラスター層になると、広範な領域にわたって粒径平均2.3nm、格子間隔約4.0nmの正方格子構造を形成した。シリコンクラスターは蒸着密度が上昇するに従いクラスター間相互作用を強め、自発的に正方格子のナノ構造秩序を基板上に形成したと考えられる(図4)。

図4 シリコンクラスターの自発的なナノ構造秩序形成過程

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「時空間閉じ込め型クラスター生成源の開発及びシリコンクラスターの自己秩序構造の研究」は、レーザー誘起型衝撃波による時空間閉じ込め型の新原理クラスター生成源spatiotemporal confined cluster source (SCCS)の開発、及び、シリコンクラスターの無秩序基板上でのナノ秩序構造の自発的形成について報告している。

 本研究では、新原理クラスター生成源を、従来の生成源における生成機構の考察から実験的に開発し、生成領域を時空間的に閉じ込める事によってサイズの揃った中性クラスタービームの生成に成功した。生成したシリコンクラスタービームを無秩序な薄膜基板上に蒸着し、シリコンクラスター結晶構造(cluster lattice structure, CLS)を自発的に形成させ、自発的なCLS形成過程を観察した。SCCSを実用的に利用するためには、生成ビームの大強度化が必要であるため、SCCSのスケールアップを行い、初期のSCCS内部で起こっている熱力学的、流体力学的な現象をスケールアップSCCS内部でも同じように起こす事を確認した。その上で、5分に基板の径10mmの領域を1層被覆する強度のシリコンクラスタービームの生成を確認した。大強度シリコンクラスタービームの生成によって、自発的にナノ構造材料を将来的に作製するための将来的な見通しを得た。今後さらに基板への蒸着を進めて電気的、光学的特性を調べる事により、室温での量子効果を発現する新しい材料創生につながると期待されている。

 本論文は全体で4章から構成される。

 第1章ではクラスターを初めとするナノテクノロジー全般の流れ、従来のクラスター研究の方法、ナノメートルスケールの最近の研究についての解説をしている。これらの背景を考えると、量子効果を発現するクラスターによる新機能性材料開発に向けた、サイズの揃った中性クラスタービームの生成源の必要性、特にシリコンクラスター生成の必要性という課題があげられる。この課題を解決するために、新規なクラスター生成源の開発という本研究のめざす目標を提示した。

 第2章では、新しいクラスター生成源の開発と性能評価について、詳細に述べられている。従来法では不可能な、サイズの揃ったクラスターを生成するクラスター源を新たに開発するために、クラスター生成機構についての考察、考察に基づいたクラスター生成源の発案、クラスター源内の熱力学的、流体力学的状態の一次元シミュレーション、新しい時空間閉じ込め型クラスター生成源SCCSの作製について述べられている。さらに、SCCS内でのクラスター成長領域の時空間的閉じ込めを内部の発光観察により確認し、狭いサイズ分布ΔN/N<5%のシリコンクラスタービームの生成に成功したことについて詳細に述べられている。また、生成したシリコンクラスターをアモルファス炭素薄膜基板上に蒸着し、格子定数4nmの立方格子形状を持つクラスター結晶構造を自発的に形成させることに成功したこと、及びクラスター結晶構造形成過程の観察結果についての議論を述べられている。

 第3章では、開発したSCCSの大強度化について詳細に述べられている。大強度化に向けたクラスター源のスケールアップ、レーザーの違いによる閉じ込め効果への影響、生成源内での時空間閉じ込め現象の観察による流体力学的な詳細解析、基板への蒸着によるスケールアップSCCSの大強度化評価について説明している。また、SCCSで生成したシリコンクラスターのサイズ計測に必要な質量分析用の20kV加速イオンビームコースの製作についても述べられている。

 第4章では、全体のまとめ、および、生成したシリコンクラスタービームを用いて将来的に開発が望まれる新機能性材料である単色電子エミッター、単電子トランジスター、薄型蓄電体などについて述べている。また、本研究を実用化により近づけるための研究展開として、蒸着基板分析装置、クラスターサイズ計測装置を用いた研究の予定について述べている。

 以上を要するに、本論文は、従来得られなかったサイズの揃ったシリコンクラスターを生成するクラスター源を開発し、基板上に自発的にクラスター結晶構造を形成する事に成功した初めての研究である。このクラスター源を用いて薄膜生成を行うことによって、将来的にナノスケールの新機能性材料開発に寄与すると期待される。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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