No | 121748 | |
著者(漢字) | 飯嶋,寛子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イイジマ,ヒロコ | |
標題(和) | サンゴ骨格酸素同位体比解析による塩分変動の復元 | |
標題(洋) | Reconstruction of sea surface salinity from coral oxygen isotope analysis | |
報告番号 | 121748 | |
報告番号 | 甲21748 | |
学位授与日 | 2006.07.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4904号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 海洋表層の塩分(SSS)は、主に蒸発量と降水量のバランスによって決まるため、海上気象を表す指標となる。熱帯海域はENSOなどの大気-海洋相互作用によって起こる気象変動の成因と深く関わる地域であり、熱帯での塩分変動の復元は特に重要である。しかし、観測によるSSSは、過去十数年間の限られた期間、地域についての報告があるのみで、ENSOなどの大気-海洋相互作用の長期的な変動を議論するには十分ではない。 熱帯浅海域に広く生息するサンゴの骨格の酸素同位体比(δ(18)O(coral))は、周囲海域の海面水温(SST)とSSSの指標である海水の酸素同位体比(δ(18)O(sw))によって決まる(式(1):a、bは係数)。 δ(18)O(coral)-δ(18)O(sw)=aSST+b(1) そのため、δ(18)O(coral)からSSTの効果を差し引くことで、塩分変動を復元することができる。しかし、δ(18)O(sw)の十分なデータセットがないため、その関係式はδ(18)O(coral)とSSTのみを用いて算出されることが多く、δ(18)O(sw)の変動を復元するには不十分であった。 δ(18)O(sw)とSSSについては、近年の海水分析により、両者の間に強い線形相関があることが明らかになっている(式(2):c、dは係数)。 δ(18)O(sw)=cSSS+d(2) この関係は、サンゴから見積もったδ(18)O(sw)をSSSへ変換できることを示唆している。両者の関係は、その変動を支配する蒸発量と降水量のバランスが特に熱帯域で地域性が高いことから、地域毎に算出された関係式を利用することが必要である。 本研究の目的は、(1)十分なデータセットのないδ(18)O(sw)の代わりにSSSを利用することで、熱帯太平洋のハマサンゴ属に共通するδ(18)OとSSTの関係式を導出し、その結果を用いて、(2)西太平洋熱帯域パラオの過去50年間の塩分変動を復元し、ENSOとの関係について考察すること。また、(3)過去50年間の太平洋熱帯域における塩分変動を、塩分の指標としてのδ(18)O(sw)を見積もることにより復元し、太平洋熱帯域の長期的な塩分変動について考察することである。さらに、サンゴより復元したδ(18)O(sw)と観測によるSSSのデータを用いて、太平洋熱帯域の3地点のδ(18)O(sw)とSSSの関係式を算出し、サンゴによる「塩分」復元の可能性について考察する。 I.サンゴ骨格酸素同位体組成の温度依存aの見積り 本研究では、十分なデータセットのないδ(18)O(sw)の代わりにSSSを利用し、δ(18)O(coral)とSST、δ(18)O(sw)の間の関係を重回帰分析によって見積もった(式(3))。 δ(18)O(coral)=aSST+cSSS+(b+d)(3) δ(18)O(coral)は、サンゴによる石灰化速度の違いなどによるKinetic Effectの影響を受ける。本研究では、Kinetic Effectを一定と仮定できる熱帯域を研究対象地域とし、さらに属の違いによる影響を無くすためにPorites spp.を対象とした。Palau,Nauru,Tarawa,Palmyra,Kiritimati,Clippertonの計6海域について、δ(18)O-SST式の傾きを算出し、太平洋熱帯域のPorites spp.に共通する値として、-0.191(±0.039)を得た。 II.パラオにおける過去50年間の塩分変動の復元 西太平洋熱帯域パラオ(7°N,134°E)のサンゴコアを用いて、δ(18)O(coral)を1954年から2000年の57年間について測定した。得られたδ(18)O(coral)からδ(18)O(sw)を復元し、さらにパラオについて報告されているδ(18)O(sw)-SSS式[Morimoto et al.,2002]を利用することで、SSS変動を復元した。その結果、パラオの塩分は、1972-73年、1982-83年、1997-98年の強いエルニーニョ時に、著しく高い値を示した。一方、SSTとSSSの混合の指標であるδ(18)O(coral)には、強弱両方のエルニーニョのアノマリーが現れた。 パラオは、エルニーニョ時に高SST・低降水量となり、その結果としてδ(18)O(coral)は高くなる。高SSS異常の起こった1972-73,82-83,97-98年は、特に降水量の減少が激しく、結果として高塩分化していたことが示された。エルニーニョ時の西太平洋での降水量の減少は、上昇気流の弱まりによって起こる。一方、西太平洋にある高SST・低SSSの水塊、暖水塊は、エルニーニョ時に東方へ移動する。パラオは暖水塊の北西端に位置するため、エルニーニョ時は暖水塊から外れ、通常よりも低SST・高SSSの状態になる。SSSは大気場の変化による降水量の減少と海洋での水塊の移動の両方の効果を記録しているため、エルニーニョの強弱はδ(18)O(coral)よりもSSSに、より強いシグナルとして現れることを考察した。 III.太平洋熱帯域の過去50年間の海水同位体比の復元 太平洋熱帯域の塩分変動の復元には、World Data Center for Paleoclimatology:Coral Data Archiveに公表されているδ(18)O(coral)値を用いた。New Caledonia,Nauru,Maiana,Palmyra,Kitirimati,Clippertonの計6海域について、δ(18)O(sw)を復元した。さらに、δ(18)O(coral)より復元したδ(18)O(sw)と観測によるSSSのデータを用いて、太平洋熱帯域の3地点(Palmyra,Kiritimati,Clipperton)のδ(18)O(sw)/SSS式を算出し、SSSの復元を行った。しかし、SSSの復元は3地域に限られること、δ(18)O(sw)/SSS式の不確定性に起因して、復元したSSSの誤差が大きくなることから、本研究では、塩分の代理指標として、δ(18)O(sw)を復元した。 その結果、西太平洋のパラオでは50年間の長期的な変動が見られなかったのに対し、中央太平洋の各海域では長期的な淡水化が起こっていたことが分かった。西太平洋と中央太平洋での淡水化傾向の差は、エルニーニョ時に見られるような、塩分のコントラストを示しており、熱帯海洋全体がエルニーニョ様の状態になっていることを指摘した。さらに、エルニーニョに伴う西太平洋暖水塊の東西移動を、暖水塊東縁域に位置するNauruとMaianaの塩分変動を比較することで復元した。 本研究は、サンゴδ(18)Oの古塩分計としての有用性を、その変動要因を指摘し、影響を見積もることで評価した。本研究により過去50年間の太平洋熱帯域での塩分変動を時間的、空間的に議論することが出来、ENSO変動や近年の温暖化傾向による海洋の応答についての知見を与えることができた。今後、より広域的な範囲での復元を行うことで、気候変動と海洋の応答を明らかにすることができると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなる.第1章はイントロダクションであり,古海洋研究における塩分復元の重要性と,サンゴ年輪の酸素同位体比(δ(18)O)利用の可能性,これまでの研究における限界が述べられている.第2章は,本研究で扱う海域の説明,第3章は,サンゴ年輪の酸素同位体比解析手法とデータセット,水温,塩分データ,続く第4~6章における計算手法をまとめている.第4章では,サンゴのδ(18)Oと水温,塩分の関係から,サンゴδ(18)Oの水温依存係数aを求め,第5章ではこの係数を用いて,パラオにおける過去47年間の海水のδ(18)Oと塩分を復元し,エルニーニョに伴う塩分変動の復元に成功した.さらに第6章では,公開されている太平洋6地点のサンゴのδ(18)O記録から,第4章で求めた関係式を用いて,過去50年間の塩分の代理指標としての海水のδ(18)Oを復元し,太平洋の東部において低塩分化が進んでいることを示した.最後の第7章では,論文で得られた成果をまとめるとともに,不確定要因について考察し,残された課題をあげている. 大気海洋系の変動メカニズムを解明するために,水温変動とともに,塩分変動の長期的な復元は重要である.塩分は観測記録が乏しいため,その時間・空間変化の復元はきわめて重要である.長期的な海洋気候変動記録は,サンゴ年輪によって復元することができる.サンゴ年輪のδ(18)Oは,水温と海水のδ(18)Oによって規定され,海水のδ(18)Oは塩分と高い相関関係にあるため,サンゴ年輪のδ(18)O記録から水温の影響を差し引くことによって塩分変動を定量的に復元できることは,理論的にはわかっていた.しかしながら,サンゴのδ(18)Oと水温,海水のδ(18)Oの関係,海水のδ(18)Oと塩分の関係式それぞれの依存係数が不明だったため,実際に塩分が復元された例はなかった.そのため,サンゴ年輪のδ(18)Oの変動は,水温と塩分の変動が複合した定性的な指標として使われることが多かった.いくつかの研究では,塩分の代理指標として海水のδ(18)O復元を行ったものがあるが,その妥当性の評価はされていなかった. こうした研究状況にあって本論文は,サンゴ年輪のδ(18)Oと,水温,海水のδ(18)Oの関係式と,海水のδ(18)Oと塩分の関係式を連立させて,この中でもっともデータが乏しい海水のδ(18)Oを消去することによって,最初の式の一般的な温度依存係数を求めることに成功した.さらに,こうして得られた係数に基づいて,海水のδ(18)Oと塩分の関係について十分なデータがあるパラオにおいては,自らが行ったサンゴ年輪のδ(18)O解析結果に基づいて塩分の定量的な復元を行い,十分なデータがない他の海域では,公開されているサンゴのδ(18)O記録をもとに,海水のδ(18)Oの復元を行った. 復元された結果に基づいて本論文では,西太平洋暖水塊においてエルニーニョの強弱によって水温と塩分の挙動に差異があることを示し,太平洋の東西でエルニーニョに伴う塩分変動のシグナルが見いだした.エルニーニョに伴う塩分変動を数10年の時間スケールで復元し,その空間的変動も含めて議論されたのは,はじめてである.さらに,中央太平洋海域で過去50年間に長期的な低塩分化が起こっていることを明らかにした.太平洋の近年の低塩分化は,観測記録とサンゴ年輪のδ(18)Oによって示唆されていたが,長期的な傾向を塩分の変化として示したのも,本論文がはじめてである.本論文によって,地質試料によって復元される塩分の古海洋記録を,観測結果と同じ単位で議論することが可能になり,大気海洋系の長期的変動メカニズムを解明する糸口が開かれた. 最後に本論文では,定量的な塩分復元のために必要なデータセットを示している.こうした提案をもとに,今後サンゴ年輪を用いた塩分や,塩分を規定する降水・蒸発量の変化の長期的な復元の道が開けた.本論文は,サンゴ年輪を「古塩分計」として利用する方法を確立し,サンゴ年輪気候学の応用範囲が広げることに成功した.本論文は,古海洋学の研究に新しい展開をもたらす,高いオリジナリティを持つ研究と評価することができる. なお本論文のうち,第5章の1部は茅根 創,森本真紀,阿部 理との共同研究(Geophysical Research Letters誌に印刷公表),第6章と第7章の1部は茅根 創,阿部 理との共同研究(Journal of Geophysical Research誌に投稿予定)であるが,いずれも論文提出者が主体となって調査と結果の解析を行ない,筆頭著者として論文をまとめたもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 上記の点を鑑みて,本論文は地球惑星科学とくに地球システム科学の新しい発展に寄与するものであり,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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