学位論文要旨



No 121755
著者(漢字) 紙田,和代
著者(英字)
著者(カナ) カミタ,カズヨ
標題(和) 市街地整備のためのツールセット・デザイン手法の開発と適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 121755
報告番号 甲21755
学位授与日 2006.09.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6328号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 堀田,昌英
 東京大学 助教授 加藤,浩徳
 政策研究大学院大学 教授 篠原,修
内容要旨 要旨を表示する

 都市の公共施設や市街地整備の実現方法については、需要予測と必要容量などをもとにした施設の整備計画に基づき順次進められていたが、社会情勢の変化により、都市経営の視点や住民ニーズの多様性に対応した効率性、合理性やアカウンタビリティが求められている。

 同じ都市像を実現する際にも、それに至る手段が異なれば、権利者等の生活や事業後の都市活動、周辺への効果も異なり、結果として投入した費用の有効性が左右されることになる。

 そこで、本研究は、これまでの都市の公共施設や市街地整備の事業制度や手法の選択について把握し、その問題点を改善した方法のあり方を検討し、その具体的方法を開発することを目的として行った。

 本研究では、事業の実現手段の選択方法という、あまり研究の対象とされなかった分野において方法論を開発し、選択理由を説明可能にした。また、数値化して比較されることがなかった手法間の比較を行い、合理的に選択することを可能とした。そのため、現在のパッケージ化された事業制度に対してツールセットという新たなコンセプトを導入し、きめ細かくかつ必要最低限の機能を有した事業が行えることとした。また、権利者の効用の数値化や可視化を行い分布の把握や事業地区の設定にも役立つものとなった。

 この研究に用いた調査分析の手法は以下の通りである。まず、事業制度に関する分析は、主に事業法や制度要綱等の文献研究によって行い、市街地整備基本計画の策定状況に関する事実の把握は毎年県に対して行われる国土交通省調査のデータ分析によって行った。市街地整備基本計画に関する意識は44都道府県からのアンケート調査、既存計画における選択指標の傾向の把握は収集できた82冊の市街地整備基本計画からの指標の抽出と類型化により行った。事業地区調査は、47地区を対象に地区事情を知る担当者からのヒアリングと事業計画の内容分析により行った。評価の方法論の検討は、現在行われている国の補助事業採択等や政策評価等のの文献分析から考察を行い、課題を抽出することにより行った。

 権利者のツールセットに対する効用の推定は、従前敷地条件と権利者の属性とツールセットの関係を探るため、2地区、213世帯の権利者の敷地の状況を現地調査するとともにアンケート調査を行い、コンジョイント分析により効用関数を同定した。また、事業への反対期間の推定は、県を通じた市町村アンケートの各事業300〜1000地区の回答をもとに反対者と遅延期間の二次回帰近似式を作成した。社会的経済性を計る分析方法はヘドニックアプローチを用い、財務的健全性に関しては割引計算により税収を現在価値化し事業費の回収年を求めた。各権利者の効用の可視化は、誰にも使いやすいよう表計算ソフトを用いたセルの着色により行った。

 市街地整備基本計画の中の指標別の頻度から、都市の公共施設や市街地の整備手段は、主に整備履歴や事業の採算性で決定されていたことがわかった。また、公共団体等へのヒアリングによると、同計画によらない場合は、担当者により補助金の有無や住民の反対の多さなどを複合的に判断し決定されていた。

 決定された手段は、国庫補助対象事業の場合は、新規採択時の費用便益分析を行うことが求められ、B/Cなどが一定値以上でなければ補助対象とならず、同時に事業推進もあきらめることとなる。

 実際には、これらの方法で決定されている事業地区は未着手や、着手しても破綻してしまう地区などが多く見られるようになった。本研究における破綻事業地区調査によると、その理由は、住民の理解が得られないこと、事業費の増大や宅地需要の鈍化などに対応できない事業計画の見誤りであった。

 これらの事業手段とその決定方法は、既成市街地における権利者意向にきめ細かく対応できる説明可能なものとなっていないことがわかった。

 そこで本研究では、今後の社会における都市の公共施設や市街地の整備のあり方は、既成市街地での多様な地区事情に対応できるよう、1)これまでの事業制度のように画一化された都市像と市街地拡大を想定してパッケージ化されたものではなく、地区事情にきめ細かく対応できるもの、2)多くの権利者がいることを踏まえた多様な意向に合った事業手法と選択、3)複数の選択肢から最も適した事業手法を選択しなければならない、とした。また、4)選択根拠は誰もが納得できる視点で行われ、根拠が明確で、できる限り数値化され、公正で、効率的、効果的な手法と選択方法でなければならない。

 本研究ではこれらの方針をもとに、きめ細かい事情に対応できる複数の選択肢を用意するために、パッケージ化された事業制度を分解して必要に応じて組み合わせること(図-1 右中段)を、ツールへの分解とツールセットの作成として提案した。

 さらに、権利者の意向による影響を加味し、納得が得られる視点に基づいて適したものを提示された複数のツールセットから、選択する作業をツールセット・デザインとよび、今までの選択方法への改善案として提案した。(図-1 右下段)

 ツールセット・デザインの具体的方法として、視点の明確化、各視点での選択指標の設定を行った。視点は、社会的経済性、財務的健全性、公平性の3つとし、これまでのあいまいな視点、都市拡大型の視点などを改善するものとして提示した。

 まず、権利者の意向による影響のもととなる複数のツールセットに対する選好性を効用で表すこととした。

 属性や従前の立地などに基づき、各権利者の各ツールセット導入による市街地の変化に対する反応を評点づけしてもらい、コンジョイント分析を行って、表-1の効用関数のパラメータを得た。

 第1の視点の社会的経済性では、事業制度ごとに異なるため手法間での比較が行えなかった費用便益分析をヘドニックアプローチに統一し、既成市街地では多くの権利者がいることにより事業未実施の地区が多いことなどを踏まえて、反対者による遅延期間の影響を加えて比較し評価する方法を開発した。

 反対者数は、提案した効用の推定モデルにより求めた効用がマイナスの権利者数、遅延期間は県アンケートによる約300地区のデータから得た反対者と遅延期間の二次回帰式により近似した。遅延期間は便益発現の遅れと費用の割引に影響した。

 第2の視点の財務的健全性では、事業が成立するか、破綻しないかどうかを整備後のビルトアップによる固定資産税などの増収により事業費が最も短期に回収できる手段を選択する方法を開発した。これまで行っていた事業収支による採算性は、土地や床の新たな創出が社会的命題でなくなった今後においては、開発事業者などの個別ニーズと個別責任で自由に行うべきで、今後必要とされる既成市街地における事業費投入は、税収によって回収できるかどうかを基本に考えることとした。その際、移転対象の建物が除却後ビルトアップするかしないかは、権利者が補償による建て替えを望んでいるかどうかを効用の値を用いて推定し、算入することとした。

 第3の視点の公平性では、権利者に各ツールセットを適用したときの効用のバラツキが少ないものを不公平感が少ないものとして選択する方法を開発した。

 効用のばらつきは本研究で明らかにした効用関数の標準偏差で算定できると同時に、図2に示すようなアクセプタンス・マップを開発し、簡易に可視化することにより、エリア内の効用の分布も把握できるようになった。この際、ばらつきの少なさだけでは、大きなマイナス効用ばかりで数値が似通っている場合も考えられるため、この際の前提として効用の合計が大きいこと、効用がマイナスの権利者がほとんどいないことを条件とし、地区の権利者に最も受け入れられるツールセットを選択することとした。

 このツールセット・デザインの方法を、市の決定により土地区画整理事業が30年以上前から取り組まれているものの部分的な反対により事業着手できていない栃木県宇都宮市小幡清住地区において試した。社会的経済性および公平性の2種類の視点で、現在進められている既存パッケージのツールセットは高くならず、現在行っていない「買収・区画道路」ツールセットが高い値となった。これは区画整理に対する根強い反対のある地区の事業推進の現状とあてはまる。市の財務的健全性に関しては、既存パッケージでいうと「沿道区画整理型街路事業」という制度がもっとも評価が高くなった。これは、沿道の一部で区画整理事業推進意向者が集積している地区の状況とあてはまる。今回、潜在的に権利者が望んでいることが新たに発見できたことで、権利者の意向にきめ細かく対応する方策を見出すことができた。

 このように、ツールセット・デザインの考え方と方法論を検討し、事例地区でも実態に即した結果が得られ、ツールセット・デザインを取り入れない場合とは全く異なることとなった。

 ツールセット・デザインは整備手段選択の根拠となることがわかったが、費用便益に影響を与える要因は事業開始の遅延のみではないこと、遅延も反対者のみに起因するものではないことは改善が必要と考える。また、事業後の建物のビルトアップの率と進捗度については地区のポテンシャルなどに左右されることも本研究ではカバーできていない。さらに、減歩では利益還元するが買収の反射的利益は還元しなくてよいことに関する公平性の議論は今後必ず行わなければならない。

 今後の課題としては、事業制度の見直しが挙げられる。パッケージ化された事業制度のツールセットには、個別の法律や補助制度などが存在し、税制の優遇、強制力の付与、補助金などが備えられることとなっている。多くの候補から最も適した手段を選択するには、手段に関わらず得られるアウトカムに即して行うよう検討が必要である。

以上

図-1 ツールセット・デザインのしくみの提案

表-1 権利者の効用関数のパラメータ

図-2 アクセプタンス・マップ

審査要旨 要旨を表示する

 紙田和代氏は、長年にわたって市街地整備の実務に携わってこられたが、本論文は、同氏がそうした経験の中で直面してこられた硬直的な市街地整備の事業制度をより合理的にかつ能率的に設計する手法を提案しそしてその妥当性の検証を試みたものである。以下に論文の内容の概略と審査の結果の概略を記す。

 都市の公共施設や市街地整備の実現方法については、需要予測と必要容量などをもとにした施設の整備計画に基づき順次進められていたが、社会情勢の変化により、都市経営の視点や住民ニーズの多様性に対応した効率性、合理性やアカウンタビリティが求められている。同じ都市像を実現する際にも、それに至る手段が異なれば、権利者等の生活や事業後の都市活動、周辺への効果も異なり、結果として投入した費用の有効性が左右されることになる。そこで、本研究は、これまでの都市の公共施設や市街地整備の事業制度や手法の選択について把握し、その問題点を改善した方法のあり方を検討し、その具体的方法を開発することを目的として行った。

 本研究では、事業の実現手段の選択方法という、あまり研究の対象とされなかった分野において方法論を開発し、選択理由を説明可能にした。また、数値化して比較されることがなかった手法間の比較を行い、合理的に選択することを可能とした。そのため、現在のパッケージ化された事業制度に対してツールセットという新たなコンセプトを導入し、きめ細かくかつ必要最低限の機能を有した事業が行えることとした。また、権利者の効用の数値化や可視化を行い分布の把握や事業地区の設定にも役立つものとなった。

 この研究に用いた調査分析の手法は以下の通りである。まず、事業制度に関する分析は、主に事業法や制度要綱等の文献研究によって行い、市街地整備基本計画の策定状況に関する事実の把握は毎年県に対して行われる国土交通省調査のデータ分析によって行った。評価の方法論の検討は、現在行われている国の補助事業採択等や政策評価等のの文献分析から考察を行い、課題を抽出することにより行った。

 権利者のツールセットに対する効用の推定は、従前敷地条件と権利者の属性とツールセットの関係を探るため、権利者の敷地の状況を現地調査するとともにアンケート調査を行い、コンジョイント分析により効用関数を同定した。

 市街地整備基本計画の中の指標別の頻度から、都市の公共施設や市街地の整備手段は、主に整備履歴や事業の採算性で決定されていたことがわかった。また、公共団体等へのヒアリングによると、同計画によらない場合は、担当者により補助金の有無や住民の反対の多さなどを複合的に判断し決定されていた。

 決定された手段は、国庫補助対象事業の場合は、新規採択時の費用便益分析を行うことが求められ、B/Cなどが一定値以上でなければ補助対象とならず、同時に事業推進もあきらめることとなる。

 実際には、これらの方法で決定されている事業地区は未着手や、着手しても破綻してしまう地区などが多く見られるようになった。本研究における破綻事業地区調査によると、その理由は、住民の理解が得られないこと、事業費の増大や宅地需要の鈍化などに対応できない事業計画の見誤りであった。

 これらの事業手段とその決定方法は、既成市街地における権利者意向にきめ細かく対応できる説明可能なものとなっていないことがわかった。

 そこで本研究では、今後の社会における都市の公共施設や市街地の整備のあり方は、既成市街地での多様な地区事情に対応できるよう、1)これまでの事業制度のように画一化された都市像と市街地拡大を想定してパッケージ化されたものではなく、地区事情にきめ細かく対応できるもの、

 2)多くの権利者がいることを踏まえた多様な意向に合った事業手法と選択、3)複数の選択肢から最も適した事業手法を選択しなければならない、とした。また、

4)選択根拠は誰もが納得できる視点で行われ、根拠が明確で、できる限り数値化され、公正で、効率的、効果的な手法と選択方法でなければならない。

 本研究ではこれらの方針をもとに、きめ細かい事情に対応できる複数の選択肢を用意するために、パッケージ化された事業制度を分解して必要に応じて組み合わせること(図-1 右中段)を、ツールへの分解とツールセットの作成として提案した。さらに、権利者の意向による影響を加味し、納得が得られる視点に基づいて適したものを提示された複数のツールセットから、選択する作業をツールセット・デザインとよび、今までの選択方法への改善案として提案した。

 ツールセット・デザインの具体的方法として、視点の社会的経済性、財務的健全性、公平性の3つとし、これまでのあいまいな視点、都市拡大型の視点などを改善す明確化、各視点での選択指標の設定を行った。視点は、るものとして提示した。

 まず、権利者の意向による影響のもととなる複数のツールセットに対する選好性を効用で表すこととした。

 第1の視点の社会的経済性では、事業制度ごとに異なるため手法間での比較が行えなかった費用便益分析をヘドニックアプローチに統一し、既成市街地では多くの権利者がいることにより事業未実施の地区が多いことなどを踏まえて、反対者による遅延期間の影響を加えて比較し評価する方法を開発した。

 第2の視点の財務的健全性では、事業が成立するか、破綻しないかどうかを整備後のビルトアップによる固定資産税などの増収により事業費が最も短期に回収できる手段を選択する方法を開発した。これまで行っていた事業収支による採算性は、土地や床の新たな創出が社会的命題でなくなった今後においては、開発事業者などの個別ニーズと個別責任で自由に行うべきで、今後必要とされる既成市街地における事業費投入は、税収によって回収できるかどうかを基本に考えることとした。その際、移転対象の建物が除却後ビルトアップするかしないかは、権利者が補償による建て替えを望んでいるかどうかを効用の値を用いて推定し、算入することとした。

 第3の視点の公平性では、権利者に各ツールセットを適用したときの効用のバラツキが少ないものを不公平感が少ないものとして選択する方法を開発した。

 効用のばらつきは本研究で明らかにした効用関数の標準偏差で算定できると同時に、アクセプタンス・マップを開発し、簡易に可視化することにより、エリア内の効用の分布も把握できるようになった。この際、ばらつきの少なさだけでは、大きなマイナス効用ばかりで数値が似通っている場合も考えられるため、この際の前提として効用の合計が大きいこと、効用がマイナスの権利者がほとんどいないことを条件とし、地区の権利者に最も受け入れられるツールセットを選択することとした。

 このツールセット・デザインの方法を、市の決定により土地区画整理事業が30年以上前から取り組まれているものの部分的な反対により事業着手できていない栃木県宇都宮市小幡清住地区において試した。社会的経済性および公平性の2種類の視点で、現在進められている既存パッケージのツールセットは高くならず、現在行っていない「買収・区画道路」ツールセットが高い値となった。これは区画整理に対する根強い反対のある地区の事業推進の現状とあてはまる。市の財務的健全性に関しては、既存パッケージでいうと「沿道区画整理型街路事業」という制度がもっとも評価が高くなった。これは、沿道の一部で区画整理事業推進意向者が集積している地区の状況とあてはまる。今回、潜在的に権利者が望んでいることが新たに発見できたことで、権利者の意向にきめ細かく対応する方策を見出すことができた。

 このように、ツールセット・デザインの考え方と方法論を検討し、事例地区でも実態に即した結果が得られ、ツールセット・デザインを取り入れない場合とは全く異なることとなった。

 以上のように、本論文は、硬直的な市街地整備の事業手法を大幅にフレキシブルに運用することを可能とするとともに、事業制度選択と事業制度設計の透明性と合理性を高める方法論的コンセプト(ツールセットデザインコンセプト)の転換を提唱する非常に独自性の高いものであり、膨大な実地事例とデータの検証をベースとして、モデル推定と実際的適用を図り、同コンセプトの有効性とフィージビリティを検証したものである。研究の独自性や実用性ともに十分高いものであり、最終学力審査の結果も合わせて本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

以上

図-1 ツールセット・デザインのしくみの提案

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