学位論文要旨



No 121779
著者(漢字) 神山,和人
著者(英字)
著者(カナ) カミヤマ,カズト
標題(和) 力ベクトル場計測を目的とした光学式触覚センサの研究
標題(洋)
報告番号 121779
報告番号 甲21779
学位授与日 2006.09.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第102号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,
 東京大学 講師 川上,直樹
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 助教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 奈良,高明
内容要旨 要旨を表示する

これまでに触覚情報の遠隔伝達を目的とした触覚センサの開発を行ってきた。極限空間における遠隔作業や医学分野における遠隔手術において高度な作業を行う際には,視覚や聴覚情報以上に触覚情報の伝達が重要な役割を果たす。

 五感と呼ばれる感覚の情報を遠隔伝達するためには,情報の取得,及び情報の提示を行う装置が必要となる。視覚におけるカメラ及びディスプレイ,聴覚におけるマイクとスピーカがそれぞれに対応する装置となるが,触覚においても同様に触覚センサ,触覚ディスプレイと呼ばれる装置の開発が行われてきた。情報の提示,つまり触覚ディスプレイに関しては近年様々な手法が提案されている。それに対し情報の取得である触覚センサに関する研究は古くから行われているが,人間が知覚している触覚情報の一部分を計測しているものがほとんどであり[1],提示を考えた際十分な情報を取得してはいない。そこで触覚ディスプレイによる提示を目的として十分な情報を取得するための触覚センサに着目した。

 触覚情報の遠隔伝達を目的としたとき,触覚センサが持つべき物性と計測する必要のある情報が決定される。まずセンサの持つ物性として指先と同じ弾性及び形状を持たなければならない。触覚とは対象との接触によって生じる感覚であり,接触による相互作用を人間の皮膚と同じように再現しセンシングする必要があるためである。次に計測すべき情報であるが,これは人間が皮膚から得ている情報と等しいものと考えることができる。皮膚は対象との接触により変形を起こし,それによって触覚は発生する。つまり皮膚の変形を発生させる力情報の取得が必要となる。計測する力は皮膚という面積を持つ対象に対して分布しており,また力は大きさと方向を持つベクトルである。以上より,遠隔伝達を目的とした触覚センサが計測すべき情報とはセンサ表面に発生する力ベクトルの分布(力ベクトル場)と考えられる。これまでに開発された触覚センサは[2][3],力の大きさを分布計測可能ではあるが方向情報は取得不可能なものや,1点に加わる力の大きさ及び方向のみを計測するものが大半であり,力ベクトル場を計測可能なセンサは少ない。また,遠隔作業や遠隔手術において,計測情報はリアルタイムに伝達される必要があり,計測に必要な時間もまた重要な要素となる。

 上記の研究背景及び目的から,光学式を用いた触覚センサの開発を行ってきており,その計測手法を次に述べる。

 開発した触覚センサは透明弾性体,弾性体内部の点状マーカー群及びCCDカメラを用いて構成される(図1)。力が付与された際に発生する透明弾性体内部の変形情報を,マーカー群の移動情報としてCCDカメラ画像から抽出し,変形情報から力ベクトル場を再構成する。

弾性体内部に球形の赤色マーカーを表面に対して平行な面内に並べ,弾性体表面をxy平面に,その垂直方向をz軸にとり,CCDを用いて+z方向から球状マーカーを撮影する。これにより力が加わった際の変形情報を,画像中のマーカーの移動としてxy平面に写像した形で計測できる(図2)。

 しかし,このままでは画像の2次元情報から力の3次元情報を計算することになり,情報量が少ない。そのため力ベクトル分布を再構成することは困難である。そこで最初に配置したマーカーとは異なった深さに異なった色の青色マーカーを並べる。そして撮影したカラー画像から赤色成分・青色成分を画像データから取り出すことで高さの違うマーカーの情報を分離することが可能になる。2種類のマーカーを用いることはサンプリング点(x,y)において高さの違う2つの2次元移動ベクトルをそれぞれ異なった情報として求めることに等しく,情報量を増やし力ベクトル場が求めやすくなる。計測された力ベクトル場を図3に示す。既存のセンサでは計測が困難であったねじり力の計測に成功している。

 触覚センサにおける新規手法の提案し,図1に示したプロトタイプの作成を行うことで提案手法の原理確認を行った後,指先形状型センサの開発を行った。プロトタイプの計測領域が平面であるのに対し,指先形状型センサの計測領域は人間の指を模しているため3次元曲面形状を持つ。そのため,弾性体の変形情報から力ベクトル場への写像を行うための数式がプロトタイプでは陽に解けるのに対し,曲面形状を持つセンサでは陽に解くことは困難となる。そこで写像のためのデータテーブルを実測により作成し計測に成功している。

 また,作成されたセンサのプロトタイプに対して,性能評価実験を実施した。力ベクトル場の評価は,大きさと方向を持った力の分布をセンサは計測することから,力の大きさに関する分解能評価,力の方向に関する分解能評価,力の分布つまり空間分解能評価を行わなければならない。空間分解能は,2点に力を付与し計測結果上で2点と確認できる最小の2点間距離を求めることで評価した。評価実験の結果,力の大きさに関する分解能約30グラム重,力の方向に関する分解能約5度,空間分解能2mmの性能が確認された。

開発したセンサの特長として,第一にセンサの性能向上の容易さが挙げられる。用いる弾性体のヤング率を下げることで力の大きさに関する分解能を上げることができ,また,弾性体内部に配置されるマーカー群の密度を上げることで空間分解能を向上させることができる。第二の特長として,作成の容易さが挙げられる。従来型の触覚センサの大半が大量の配線を必要とするものであったのに対し,開発したセンサはCCDカメラ一台分の配線のみでよく,また弾性体中に電気的な素子を用いず色マーカーのみで構成されるためである。

図1:開発したセンサの構成

図2:弾性体の変形によって起こるマーカー移動の模式図

図3:計測された力ベクトル場

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「力ベクトル場計測を目的とした光学式触覚センサの研究」と題し、6章からなる。触覚センサは、ロボットの感覚器としては勿論のこと、例えば、接触の有無や接触位置を計測するタッチパネル、床面に加わる力の位置と大きさを計測し自動車のタイヤの接地圧などを計測する力分布計測センサ等の多くの応用をもつ重要なセンサである。ところが、現在商品化されている触覚センサには、接触力を抵抗値変化として検出する方式である導電ゴムなどを用いたもの、静電容量変化として検出する方式のもの、光特性の変化として検出するもの等があるが、いずれも分布している接触圧を計測することを目的としており、力の方向を計測することはできない。逆に、力の大きさと方向を計測できる力センサは、その点の計測に限られ、分布として計測することができない。本論文では、力の大きさ及び方向の分布、すなわち、力ベクトル場を計測可能な計測手法を提案し、それを弾性体のセンサとして実現し、その有効性を示し、かつその設計法を明らかにして応用への道を拓いている。

 第1章「序論」は緒言で、力ベクトル場を計測することに加えて、触覚センサに特有の壊れやすさを回避するために適切な弾性を持つことを目標に挙げ、そのため弾性体で構成され、その変形情報を接触面から離れた場所から光学的に計測し、その情報から力ベクトル分布を計算する新しいタイプの触覚センサを実現するという、本研究の目的と立場と意義とを明らかにしている。

 第2章は、「力ベクトル場計測理論」と題し、弾性体の内部変位情報から表面に付与される力ベクトル場を求める一般的な理論を導出し、その後、提案手法が用いる具体的な理論を求めている。すなわち、弾性体が線形弾性体であるという仮定を用い、表面の力ベクトル場を、弾性体内部の表面から一定の深さに存在する複数点の変形情報から求める式を導出している。提案している計測方法は、弾性体の二次元の変形情報を深さの異なる2層で計測することで計測情報を増やし、三次元の力ベクトル分布の計測を容易にするというものである。2層でマーカーの色を例えば青と赤に変え、カメラを用いて光学的に計測する。表面のベクトル場の計測点をn点とし、青マーカー及び赤マーカーも計測点と同数のn個である場合、表面の1点に付与される力ベクトルの算出に3つの独立した情報が必要となるため、求めるべき値は3×n個、計測できる情報が2層計測を行うので、2×2×n個であり、マーカーの移動情報から力ベクトル場への写像行列はフルランクとなる。しかし、青マーカーと赤マーカーの移動は完全に独立ではなく、混合決定問題となるため、擬似逆行列に一種の境界条件を加えた形である一般逆行列を用いている。なお、弾性体内部に埋め込まれる2層のマーカーはそれぞれ適切な深さに配置される必要があるが、その最適な深さを本論では計測精度が最大となる位置とし求めている。

 第3章は「光学式三次元触覚センサの試作及び評価」と題し、提案した触覚センサの設計パラメータの決定及び試作、評価について論じ、透明弾性体の内部に配置された色を違えた2層のマーカー及び1 台のカメラを用いることで、弾性体内部の変形情報を取得する具体的な構成法を明確にしている。配置するマーカーの大きさを決める際、重心計測を行うことから、マーカーの大きさは撮影画素の数pixel を占める必要があることを考慮しつつ、マーカーの配置間隔は人の指先の2 点弁別閾に合わせて1[mm] から1.5[mm] 程度とすることから、0.5[mm]のマーカーサイズを導出している。各マーカーを配置する深さについては、アンチエイリアシング及び求める力の各方向成分Fx、Fy、Fz の独立性から1 層目の深さを2.5[mm]、2 層目の深さを5[mm] と決定している。また、6 軸力センサ及びxyz-ステージを用いて任意の力を構成しセンサに付与し、試作したセンサから得られた計測値と付与した力を比較することにより、性能評価を行っている。その結果、力の合計値に対して、大きさの分解能は約30[gf]、角度分解能は約5[deg] の評価値を得、4[mm] から5[mm] 程度の空間分解能を持つことが分かったとしている。また約3[ms] の計算時間を要する。なお、マーカーを層状にすることで向上する精度をシミュレーションによって計算した結果、単層と比較し、最大で誤差が6 割程度減少することを確認している。

 第4章は「光学式触覚センサの応用:大面積計測型力センサ」と題し、提案手法を用いた触覚センサの応用例として計測領域が大面積に及ぶ力ベクトル場計測センサを提案している。提案手法を用いたセンサは、計測領域の拡大に伴い計測面-カメラ間距離を大きくする必要があり、センサ配置に必要な体積が増加する。計測面が1[m]×1[m]の領域である場合、計測面からおよそ1[m]程度の位置にカメラは配置する必要があり、その際計測に必要な占有体積は1[m3]となる。そこで、この問題の解決のため1つの弾性体とカメラをユニットと考え、ユニットを計測面に敷き詰めることで大面積化を可能としている。その際に生じる問題としてユニット間接合部における非連続性を挙げ、接合部に共通部位を設けることで非連続性の問題の解決を行っている。また、広い計測領域を得る目的で使用する広角レンズにより発生するレンズ歪への対応方法についても提案し実装している。

 第5章は「光学式触覚センサの応用:ロボットの指先への搭載を目的とした触覚センサ」と題し、提案手法を用いた指先形状型触覚センサの開発及びセンサのロボットハンドへの搭載について述べている。計測面形状が平面のセンサとは異なり指先のような曲面をとる場合に発生する問題として、写像行列の理論的導出が不可能となる点を挙げ、解決手法として実測によってデータベースを作成し、これを用いることで写像行列を求める方法を提案している。データベースの作成には、各計測点に可能な限り独立した方向成分を持つ3種の既知の力を付与し、マーカーの移動情報を、Fx、Fy、Fz方向それぞれの力による移動情報に分離する。分離された移動情報が各点に付与される力に対するインパルス応答に当たり、これらを要素に行列が作成される。提案した手法を用いることで、計測面の形状を問わずセンサが実現可能なことが示されたとしている。さらに、作成された指先形状のセンサをロボットハンドに搭載し、センサ情報を用いロボットハンドの制御を行っている。センサはカメラを用いたものであるため計測ループが約14[ms]であるのに対し、ロボットハンドは1[ms]の制御ループ速度を持つ。従って、センサ及びロボットハンドのループ速度の違いから、カメラ画像から力ベクトル場を求めるPCとロボットハンドの制御を行うPCを分離し、2台のPC間はLANケーブルによって接続し、センサ計測情報をロボットハンド制御用PCに転送することで安定な制御を可能としている。

 第6章「結論」は結語で、本論文の結果をまとめ、今後を展望している。

 以上これを要するに、これまで困難であった力ベクトル場の計測を可能とする方式を理論的に考察し、それに基づき、透明弾性体の内部に点状マーカー群を配置し、表面に生じた力ベクトル場をマーカー郡のパターン変形に置き換え、それをカメラで撮影することで、その変形情報から力分布を計算するという方式を提案し、実際のセンサを試作し評価することで、その理論の有効性を実験的に明らかにするとともに、センサの設計法を明確に示して応用への道を拓いたものであって、計測工学及びシステム情報学に貢献するところが大である。

 よって、本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク