学位論文要旨



No 121788
著者(漢字) 石井,誠之
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,シゲユキ
標題(和) 慢性虚血肢に対する血管新生を目的としたEx vivo法による遺伝子治療の至適投与量と複数回投与に関する検討
標題(洋)
報告番号 121788
報告番号 甲21788
学位授与日 2006.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2768号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 玉置,泰裕
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 重症下肢虚血症例に対し、生体が本来持つ動脈の側副血行路の発達を促進させることができれば、有効な治療法となり、治療的血管新生という概念の臨床的実現が期待できる。血管新生療法においては、どの血管新生因子をどのようにして虚血部位に到達させるかが重要である。

 一般に血管新生には、Vasculogenesis、angiogenesis、arteriogenesisの3つの過程で成立するが、機能的な側副血行路の発達にはarteriogenesisが重要である。bFGFにはarteriogenesisを誘導する働きがあり、またangiogenesisにも関与しているとされている。当科の血管新生療法ではbFGFを使用した。成長因子タンパクの動脈内投与や、血管新生因子のnaked plasmid DNAを虚血筋肉に投与した遺伝子治療は、動物実験では良好な血管新生を認めたが、臨床試験の成績は満足のいくものではなかった。

 2001年東京大学血管外科はex vivo法を用いた新たな遺伝子導入法を提示した。

特徴1. 血管新生因子の遺伝子のex vivo法での虚血組織への導入

 ウサギ線維芽細胞を培養し、これに遺伝子を導入し投与した。

特徴2. 分泌型bFGFの導入

 本来のbFGF遺伝子にIL-2の分泌シグナルを挿入し、細胞外にbFGFを分泌するようにした組み換えbFGF遺伝子を使用した。

特徴3. アデノウイルスベクターの使用

 遺伝子導入効率が高いが、生体内での遺伝子導入細胞が数週間で排除される。

特徴4. 遺伝子導入細胞の虚血肢内腸骨動脈からの投与

 血管新生因子の標的部位は、虚血部位そのものではなく、虚血部位の近傍で側副血行路の拠点となる血流豊富なdonor arteryが適していると考えられている。

 ウサギの下肢慢性虚血モデルに対して上記の方法で遺伝子を導入し、良好な側副血行路の発達を認めた。

 未解決の問題としては、治療の効果と安全性を両立させる投与細胞数である。以前の検討では、投与細胞の数は、5×106個のみであり、至適細胞数を決定する必要がある。またこの方法を複数回施行できるかどうかに関しても検討する。

【至適投与細胞数に関する検討-側副血行路の発達と組織還流の増加-】

1. 方法と材料

下肢慢性虚血モデル、線維芽細胞培養、ウイルス導入、動脈内細胞投与

 ウサギの左大腿動脈を切除し、この時採取した皮膚切片からは線維芽細胞を培養した。2.5×107個の線維芽細胞を得るには15〜19日を要し、虚血モデル作製後20日目、IL-2を挿入した分泌型bFGF遺伝子組み込みアデノウイルスベクター (AxCAMAssbFGF) を導入した。その24時間後に、カテーテルを左内腸骨動脈内に留置し、2×105個(2×105群)、1×106個(1×106群)、5×106個(5×106群)、2.5×107個(2.5×107群)のウイルス導入線維芽細胞希釈液をそれぞれ動脈内投与した。2% FBS添加 DMEM液も同様に投与した(Vehicle群)。

側副血行路発達の形態学的、生理学的、組織学的評価

 大腿動脈切除直後、細胞投与直前、直後と28日後に両下肢後脛骨動脈の血圧を計測し、calf blood pressure ratio=(虚血側下肢血圧/健常側下肢血圧)とした。細胞投与28日後にドップラーガイドワイヤーを用いて安静時平均血流速度と塩酸パパベリン動脈内投与直後の最大平均血流速度を実測し、左内腸骨動脈の安静時および最大血流量を計算した。左内腸骨動脈選択的血管撮影を施行し、側副血行路発達を定量的に検討するため、angiographic scoreを算出した。殺処分後左半膜様筋を採取し、毛細血管内皮細胞を染色した。毛細血管の増加の検討のためにcapillary densityを計算した。

2. 結果

 2.5×107群の6匹のうち2匹のCalf blood pressure ratioは細胞投与直後に0に低下していた。投与後28日目において、5×106群と2.5×107群のCalf blood pressure ratioは他の3群より有意に高値であった。5×106群と2.5×107群のangiographic score、 capillary density、内腸骨動脈最大血流量は他の3群と比較して有意に高値を示した。安静時血流量は、5×106群と2.5×107群ではVehicle群と比較して有意に高値であった。

3. 小括

 ウイルス導入細胞投与28日後の側副血行路の増加は、2×105群と1×106群においてはVehicle群と差を認めず、この系では少なくとも1×106個より多くのbFGF分泌型ウイルス導入細胞を投与する必要があると考えられ、安全性の検討は5×106個以上の投与に対して施行することとした。また2.5×107個の細胞投与では末梢への塞栓の危険性を認めた。

【至適投与細胞数に関する検討-副作用と安全性-】

1. 方法と材料

内腸骨動脈内投与後細胞の体内分布率

 (111)Inで標識したウサギ線維芽細胞1×106、5×106、2.5×107個をそれぞれウサギ下肢慢性虚血モデル左内腸骨動脈に投与し、5時間後に両側の膝上部大腿筋肉、膝下部下腿筋肉、各臓器を採取し、各臓器への分布率、分布細胞数を計算した。

In vivoでのbFGF遺伝子の発現と副作用

 bFGF遺伝子導入線維芽細胞の体内における時系列的変化を検討するために、同様に5×106、または2.5×107個の遺伝子導入細胞、または2% FBS添加 DMEM液を投与し、7, 14, 21, 28日目に両側内転筋、各臓器、血液を採取した。

 細胞分布の多かった左内転筋、肺、肝臓でのbFGFの発現をWestern blotting法により検討した。ELISA法により、血清bFGF濃度を測定した。血清アデノウイルス抗体を中和法により定量した。血算、生化学と各組織のHE、EVG染色によって、細胞投与の副作用を評価した。細胞投与による炎症反応の評価のために、投与7日目の左内転筋をマクロファージ、CD18、T細胞に対してそれぞれ免疫染色した。

ウイルス導入細胞の静脈系への投与

 1×107個のbFGFまたはLacZ遺伝子導入細胞を正常なウサギの腸骨静脈に投与し、1, 4, 7, 14, 21, 28日後に動脈血液ガス分析を施行した。投与後7, 28日目に肺をHE染色、EVG染色し、組織学的に評価した。

2. 結果

投与細胞の体内分布

 1×106個と5×106個の細胞投与では、標識細胞の約45%は左虚血肢の筋肉に集積したが、2.5×107個の投与では左下肢筋肉への分布は約10%で、肺に約40%集積した。5×106個と2.5×107個の細胞投与では、左下肢筋肉へ集積した細胞数には有意差を認めなかった。

In vivoでのbFGF遺伝子の発現と副作用

 左内転筋に発現されるbFGFは、5×106個と2.5×107個の細胞投与では、Vehicle投与後と比べて、7, 14日目に強く認められ、次第に漸減するが、21, 28日目でもVehicle投与後よりは強く発現している。肺、肝臓は対照群と比べて有意なbFGFの発現を認めなかった。血清bFGF濃度は、時系列的にも3群間にも有意差を認めなかった。血中アデノウイルス抗体価は2.5×107個の細胞投与群では、5×106個投与群よりも有意に高値を示した。5×106個、または2.5×107個の細胞投与群では、血算、生化学、HE染色、EVG染色でも、Vehicle投与後と比べて各時点で差を認めなかった。炎症細胞に対する免疫染色で5×106個の細胞投与群は、Vehicle投与群と比べて、これらの浸潤に差を認めなかった。

ウイルス導入細胞の静脈系への投与

 PaO2とPaCO2は、時系列的にまた対照群とも有意差を認めなかった。肺のHE染色、EVG染色でも各群は組織学的繊維化に差は認めなかった。

【複数回投与に関する検討】

1. 方法と材料

 下肢虚血モデル作製21日後に、ルシフェラーゼ遺伝子組み込みアデノウイルスベクター(AxCAluc)を感染させた線維芽細胞5×106個を虚血肢内腸骨動脈に投与し(第1回投与)、その21日後に同細胞を同様に投与した(第2回投与)。第2回投与7, 14, 21, 28日後に左下肢膝上部の筋肉を採取した(反複投与群)。第1回投与に非感染線維芽細胞を、第2回投与にAxCAluc導入線維芽細胞を同様に投与された群を対照群として同様に検体が採取された。ルシフェラーゼアッセイにて左膝上部大腿筋肉に含まれるルシフェラーゼの量を計算した。

2. 結果

対照群では、左膝上部筋肉に著明なルシフェラーゼ蛋白の発現を認めたが、反複投与群では、第2回投与後ルシフェラーゼの発現はほとんど認められなかった。

【まとめ】

 ウサギ下肢慢性虚血モデルにおいて、IL-2の分泌シグナルを挿入した組み換えbFGF遺伝子をアデノウイルスベクターによりウサギ自家線維芽細胞にex vivoで導入し、虚血側内腸骨動脈に経カテーテル的に投与し、新生血管の発達と安全性について検討した。側副血行路を十分に発達させ、また副作用を最小限にするための遺伝子導入線維芽細胞の最適な投与数は、今回のモデルにおいては5×106個であった。またこの遺伝子治療は3週間の間隔では繰り返し施行することはできなかった。長期的な効果と安全性や人に対する投与細胞数の検討などが今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、動脈硬化性疾患が増加するに伴い、下肢切断の危険を有する重症下肢虚血症例も増加している。慢性重症虚血肢においては薬物治療では十分な効果が得られないことも多く、また、外科的手技やグラフトの進歩にもかかわらず、外科的血行再建が困難な症例もしばしば見受けられる。東京大学血管外科は、2001年慢性重症虚血肢に対してex vivo法を用いた新たな遺伝子導入の方法を提示した。インターロイキン2の分泌シグナルを挿入した組換え塩基性線維芽細胞増殖因子 (basic fibroblast growth factor: bFGF) 遺伝子をアデノウイルスベクターによりウサギ自家線維芽細胞にex vivoで導入し、ウサギ下肢慢性虚血モデルの虚血側内腸骨動脈に経カテーテル的に投与したところ、虚血肢において新生血管の発達が確認された。しかし、良好な側副血行路の発達と安全性を両立させる最適な細胞投与数についてと、この方法が複数回施行できるかについてはいまだに明らかではない。本研究はex vivo法を用いた遺伝子導入法を応用するために、投与する細胞数を様々に変化させて上記の方法を施行し、血管新生と安全性を両立させる至適投与細胞数について検討し、また細胞投与を複数回施行しその効果について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 様々な数のウイルス導入細胞 (2×105個、1×106個、5×106個、2.5×107個)またはVehicle投与28日後において、5×106群と2.5×107群が他の3群よりウサギ虚血肢に良好な血管新生を認めたが、5×106群と2.5×107群の間では差を認めなかった。また2×105群と1×106群は対照のVehicle群と差を認めなかった。以上より、1×106個以下のウイルス導入細胞の投与では、この系においては有効な側副血行路の発達と組織還流の増加を得られないことが示された。また5×106個より多くの細胞を投与しても、血管新生はそれ以上増加しないと考えられた。

2. 5×106個と2.5×107個の細胞投与28日後までに、血清bFGF濃度の上昇を認めず、また明らかな全身合併症は認めなかった。投与細胞数を5×106個より増加させても、虚血肢に分布する細胞数は一定であり余剰の細胞は主に肺に蓄積することが示されたが、明らかな肺合併症は認めなかった。2.5×107個の細胞投与後には血中アデノウイルス抗体価は有意に高値を示した。2.5×107個の細胞投与直後に虚血肢の血圧が一過性に低下する例を認め、大量の細胞投与は塞栓の危険性があることが示唆された。1と併せ、この系においては血管新生と安全性を両立させる至適投与細胞数は5×106個と考えられた。

3. アデノウイルスベクターを用いてルシフェラーゼ遺伝子を導入したウサギ自家線維芽細胞を3週間の間隔を空けて同様の方法で2回投与したところ、対照群では、虚血肢筋肉に著明なルシフェラーゼ蛋白の発現を認めたが、反複投与群では、第2回投与後ルシフェラーゼの発現はほとんど認められず、3週間の間隔ではこの方法は繰り返し施行することはできないと考えられた。

 以上、本論文はex vivo法を用いてbFGF遺伝子が導入されたウサギ自家線維芽細胞をウサギ下肢慢性虚血モデルの虚血側内腸骨動脈に投与するにおいて、側副血行路を十分に発達させ、また副作用を最小限にするのに適した細胞投与数は5×106個であることを示した。本研究は、これまで治療の困難であった外科的血行再建が不可能な慢性重症虚血肢に対する、新しい治療法の応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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