学位論文要旨



No 121789
著者(漢字) 西蔭,誠二
著者(英字)
著者(カナ) ニシカゲ,セイジ
標題(和) 慢性虚血肢に対するbFGF plasmidを用いた血管新生遺伝子治療 : in vivo エレクトロポレーション法の応用
標題(洋)
報告番号 121789
報告番号 甲21789
学位授与日 2006.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2769号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 助教授 佐田,政隆
 東京大学 講師 山下,尋史
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 師田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

 今日、慢性動脈閉塞性疾患の治療において、側副血行路の形成を促進せしめることが新たな治療法として期待されている。とりわけ、横紋筋がplasmid DNAの形で投与された外来遺伝子を取り込み発現するという特徴を利用した、血管新生因子遺伝子を組み込んだplasmid DNAの筋注投与法に関してはその簡便性、安全性などから多くの研究報告がなされてきた。なかでも、血管内皮細胞増殖因子や肝細胞増殖因子に関しては動物実験および臨床レベルにおいても有効性が示されてきた。しかしながら、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF) に関してplasmid DNAの筋注投与法での血管新生療法の有効性をしめしたものはなく、その原因としてわれわれは、筋注投与法の遺伝子導入効率の低さを第一と考えた。一方、近年、骨格筋を含む様々な組織で、in vivoエレクトロポレーション法が遺伝子導入効率を改善することが報告されている。

 そこで、本研究においては以下の3点について検討、考察を行った。

1). IL-2の分泌シグナルを挿入したbFGF遺伝子組込みplasmidをウサギ線維芽細胞に遺伝子導入し、発現蛋白の定性および細胞分裂促進能について検討する。

2).ウサギ骨格筋にplasmid DNAを投与した場合の、in vivoエレクトロポレーション法の遺伝子導入効率に与える影響を検討する。

3). ウサギ後肢虚血モデルに、分泌型bFGF遺伝子組込みplasmid DNA (pCAcchbFGFcs23)をin vivoエレクトロポレーション法により遺伝子導入し、虚血肢における側副血行路形成を形態学的、生理学的に検討する。

【方法と材料】

 本研究ではvector plasmid としてpCAGGSを使用した。これにIL-2 の分泌シグナルおよびヒトbFGF cDNA を挿入しplasmid pCAcchbFGFcs23を作製した。動物実験におけるコントロールplasmidとしては 、E. coli LacZ 遺伝子を同様に組み込んで作製したpCAZ3を用い、遺伝子導入効率を定量する際には、組換えルシフェラーゼ遺伝子(luc+)を組み込んだpCAccluc+ を用いた。

 まず、 pCAcchbFGFcs23を、日本白色ウサギより採取、培養した線維芽細胞にグリセロール負荷硫酸カルシウム法によりトランスフェクトさせた。培養液を毎日交換し、4日目に培養液50μlをサンプルとして採取した。これを、抗マウスbFGF抗体を用いたウェスタンブロット法でbFGFの発現を確認した。また、培養液中に分泌されたbFGFのDNA合成促進能は3H-thymidine取り込み分析法により定量した。

 次に、in vivoエレクトロポレーション法の実際を以下に示す。麻酔下に日本白色ウサギの半膜様筋を露出し、27G 針を用いて筋表から5mmの深さに100 μg pCAccluc+ /500 μl PBSを筋注投与した。引き続きすみやかに10mmの間隔で固定されたタングステン鋼電極を筋繊維と垂直方向に7mmの深さに刺入し、電気刺激装置を用いて50ms/secの矩形電圧3発を与え、さらに逆向きの電気刺激を同様に3発与えた。7日目に採取した半膜様筋からルシフェラーゼを抽出し、ルシフェラーゼ活性量(pg)を測定した。電圧を0V、25V、50V、75V、100V、150Vと変化させた6群(各々n=5)を作製して電圧の差異による導入効率の変化を評価した。また、エレクトロポレーションによる筋組織への影響を評価するために、上記と同じ電圧刺激を与え、1週間後の電極刺入部近傍の筋組織を組織学的に評価した

 最後にpCAcchbFGFcs23をin vivoエレクトロポレーション法によりウサギ後肢虚血モデルの虚血大腿筋に投与し、側副血行路形成を評価した。ウサギ後肢虚血モデルは、日本白色ウサギで左大腿動脈を切除することにより作製し、 10日後、1個体あたり500μgのpCAcchbFGFcs23または、pCAZ3を75Vのエレクトロポレーション法により投与した。コントロールとして筋注投与群も作製し、以下の計4群のモデルを作製した;1) 非エレクトロポレーションpCAZ3投与群(LacZ-E-群, n = 7)、2) 非エレクトロポレーションpCAcchbFGFcs23投与群(bFGF-E-群, n = 8)、3)エレクトロポレーションpCAZ3投与群(LacZ-E+群, n = 7)、4)エレクトロポレーションpCAcchbFGFcs23 投与群(bFGF-E+群, n = 8)。28日後、下腿血圧比、血管撮影スコア、左内腸骨動脈血流量、毛細血管密度、左内腸骨動脈径を計測した。また、pCAcchbFGFcs23による遺伝子導入後のin vivoでの発現を評価するために、血清bFGF濃度、および左内転筋におけるbFGF量の経時的変化を、ELISA法およびウェスタンブロット法によりそれぞれ分析した。

【結果】

 ウェスタンブロット法ではpCAcchbFGFcs23をトランスフェクトされた培養ウサギ線維芽細胞からは2種類のbFGF (18 kDa、 22 kDa) が分泌されていたことが確認され、また、3H-thymidine取り込み分析からは、pCAcchbFGFcs23をトランスフェクトさせた細胞の培養液は、コントロールの培養液に比して有意に高いDNA合成促進能を有していた。

 遺伝子導入効率に関しては、ルシフェラーゼ発現量は電圧が100Vまでは電圧にほぼ比例して上昇したが、150Vでは低下した。また、電極周囲には、炎症および筋組織の変性が認められ、電圧と共にその範囲は拡大したが、75V以下では電極周囲に限局していた。

 血管新生効果に関しては、まず、下腿血圧比は遺伝子導入直前においては、LacZ-E-、 bFGF-E-、 LacZ-E+ およびbFGF-E+ の各群間で下腿血圧比に有意差は認められなかった。一方、遺伝子導入28日後では、bFGF-E+ 群はコントロール群(LacZ-E-)より高値を示した(bFGF-E+ 群;0.69±0.052、LacZ-E- 群;0.54±0.020、P<0.05)。しかしながら、他2群に関してはコントロール群との間に有意差は認められなかった(bFGF-E- 群;0.053±0.046、LacZ-E+ 群;0.53±0.061) 。血管撮影スコアは比較的直径の太い側副血行の発達を反映していると考えられるが、遺伝子導入28日後の各群の血管撮影スコアはそれぞれ LacZ-E-群;0.49±0.14、bFGF-E- 群;0.62±0.072、LacZ-E+ 群;0.54±0.079、 bFGF-E+ 群;0.64±0.091であり、bFGF-E- 群とbFGF-E+ 群のみコントロール群より有意に高値であった(P<0.05)。また、この2群間においては有意差は認められなかった。次に、遺伝子導入28日後の各群の内腸骨動脈安静時血流量はそれぞれ LacZ-E-群;26.4±6.0 ml/min、bFGF-E- 群;26.1±6.6 ml/min、LacZ-E+ 群;26.6±7.6 ml/min、 bFGF-E+ 群;40.6±7.5 ml/min、また、最大血流量はそれぞれ LacZ-E-群;62.2±11.7 ml/min、bFGF-E- 群;63.9±20.0 ml/min、LacZ-E+ 群;68.8±11.2 ml/min、 bFGF-E+ 群;96.8±17.4 ml/minであり、bFGF-E+ 群のみコントロール群より有意に高値であった(P<0.05)。また、遺伝子導入28日後の各群の毛細血管密度はそれぞれ LacZ-E-群;134.7±26.3 /mm2、bFGF-E- 群;161.0±30.6/mm2、LacZ-E+ 群;145.7±30.2/mm2、 bFGF-E+ 群;192.3±18.1/mm2であり、bFGF-E+ 群のみコントロール群より有意に高値であった(P<0.05)。さらに、遺伝子導入28日後の各群の毛細血管密度はそれぞれ LacZ-E-群;1.1±0.02mm、bFGF-E- 群; 1.3±0.06mm、LacZ-E+ 群;1.2±0.09mm、 bFGF-E+ 群;1.4±0.07mmであり、bFGF-E+ 群のみコントロール群より有意に高値であった(P<0.05)。

 in vivoにおけるbFGFの発現については、まず、血清bFGF濃度に関しては、下腿筋でのエレクトロポレーションによるpCAcchbFGFcs23の導入後、有意な上昇は認められなかった。 一方、エレクトロポレーションを用いてpCAcchbFGFcs23を導入した局所筋肉(左内転筋)においては、bFGFの発現量は1日目から上昇し、4、7日目には最大量に達した。その後bFGF発現レベルは徐々に減少したが、28日目においてもコントロール時に比してわずかに高値を示していた。

【結論】

 本研究において、われわれは血管新生治療のひとつとして、plasmid vectorの局所投与にin vivo エレクトロポレーション法を組み合わせた方法を提示した。ウサギ後肢虚血モデルにbFGF組み込みplasmid vectorを筋注投与し75Vの電圧でin vivo エレクトロポレーションを付加した。局所におけるbFGF発現量は著しく増加し、21日後までその効果は持続した。28日後、著明な側副血行路の形成が認められ、虚血状態が改善された。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、増加の一途をたどる動脈硬化性疾患のなかで、慢性重症虚血肢は患者のADL(日常生活動作;activities of daily living)のみならず、生命予後をも低下せしめるものとなっている。慢性重症虚血肢においては薬物治療では十分な効果が得られないことも多く、また、外科的血行再建が不可能な症例もしばしば見受けられる。本研究は慢性重症虚血肢に対する新しい治療法を模索するため、ウサギ後肢虚血モデルの虚血大腿筋にbFGF plasmidをin vivo エレクトロポレーション法を用いて投与し、その血管新生効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. bFGFは本来細胞外への分泌能を有さない。本研究ではpCAGGS vector plasmidにIL-2の分泌シグナルを付加したbFGF cDNAを組み込んだplasmid 、pCAcchbFGFcs23を作成し、培養ウサギ繊維芽細胞にtransfectionさせたところ、培養液中にbFGFの存在が確認され、pCAcchbFGFcs23が分泌型bFGFの遺伝子導入能力を持つことが示された。またこの培養液を3H-thymidine取り込み分析法により分析したところ、分泌されたbFGFがDNA合成促進能力を有することが示された。

2. ウサギ骨格筋におけるin vivoエレクトロポレーション法の遺伝子導入効率を検討するために、ルシフェラーゼ遺伝子をpCAGGS plasmid vectorに組み込んだpCAccluc+をウサギ大腿筋に遺伝子導入したところ、100Vまでは電圧依存性に導入効率が上昇することが示された。電圧刺激を加えた筋組織を組織学的に検討したところ、電極刺入部周囲に、筋細胞の壊死、変性、再生、炎症細胞浸潤、線維化といった変化が認められ、これは、電圧の増加とともにその重症度が増し、また、範囲も拡大することが示された。

3. ウサギ後肢虚血モデルを作成し、bFGF遺伝子組込みplasmid、およびLacZ遺伝子組込みplasmidを虚血大腿筋にin vivoエレクトロポレーション法を用いて筋注投与し、血管新生効果を評価したところ、bFGF遺伝子組込みplasmidをエレクトロポレーション法により投与した群においてのみ、コントロール群に比して有意に高い血管新生効果が得られることが示された。bFGF遺伝子組込みplasmidをin vivoエレクトロポレーション法により健常ウサギ大腿筋に遺伝子導入したところ、その効果は4-7日後に最大となり21日後でも持続していることが示された。しかしながら、血中bFGFの濃度はplasmid投与後も変化は認められなかった。以上により、bFGF組込みplasmidをin vivoエレクトロポレーション法によりウサギ虚血大腿筋に投与すると、局所におけるbFGFの持続的発現により血管新生効果が得られると考えられた。

 以上、本論文はウサギ後肢虚血モデルにおいて、虚血大腿筋に分泌型bFGF遺伝子組込みplasmidをin vivoエレクトロポレーション法により投与することで、有意な血管新生効果が得られることを示した。本研究は、これまで治療の困難であった、外科的血行再建が不可能な慢性重症虚血肢に対する、新しい治療法の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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