学位論文要旨



No 121790
著者(漢字) 齋藤,健人
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,タケト
標題(和) 近赤外分光法を用いた骨格筋虚血プレコンディショニング効果に関する検討
標題(洋)
報告番号 121790
報告番号 甲21790
学位授与日 2006.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2770号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

背景:

 閉塞性動脈硬化症(ASO)は動脈の粥状硬化による内膜病変と、それに伴う血栓形成が原因で起こる慢性動脈閉塞性疾患である。ASOに対しては外科治療による完全血行再建が行われると早期の症状改善が期待できるが、患者の全身状態やQOLに合わせた保存的治療の選択が求められる場合も少なくない。ASOの保存的治療には抗血小板剤や血管拡張剤投与による薬物治療、あるいは慢性虚血によって側副血行路の発達を刺激する運動療法などがある。

 虚血プレコンディショニング(ischemic preconditioning;IP)は、長時間の阻血に先行して短時間の阻血再潅流を行うことにより臓器保護効果を誘導する現象である。特に心領域における検討は数多く見られ、臨床的な応用も検討されている。IPの細胞保護作用に関するメカニズムについては、定まった見解はないものの、細胞膜上のATP感受性Kチャネルの関与が支持されることが多い。

 骨格筋におけるIPの臓器保護効果の検討は、諸家による実験的報告が散見されるものの、臨床的検討は見られていない。本研究では、慢性虚血肢に対する保存的治療法としてのIPの応用に着目し、その効果を生体内における筋肉の運動機能の面から評価した。

 近赤外分光法(near-infrared spectroscopy; NIRS)は歩行運動中における生体組織内の酸素動態、血液量の変化を無侵襲的かつ連続的に測定可能にした検査法であり、重症患者の非侵襲的酸素飽和度モニターや新生児の脳酸素モニターとして医療現場で用いられている。本法の原理は波長域700〜1300nmの近赤外光が生体組織を良好に通過し、ヘモグロビンなどの酸素代謝に関連した物質において吸収されることに基づき、透過光量の変化から比色分析法であるLambert-Beerの法則を用いてヘモグロビン量の相対的変化量を測定するというものである。

 IPが骨格筋におよぼす影響について、生体内の運動機能に着目した報告はみられない。そこで本研究では、骨格筋におけるIPの効果をNIRSを用いて検討した。

目的:

1)動物実験モデルを用いて神経電気刺激による運動中の骨格筋内の酸素動態、血液量の変化を測定し、これが虚血再潅流障害によってどのように変化するのかを検討すると共に、虚血プレコンディショニングがそれらの実験結果に及ぼす効果を検討する。

2) 間歇性跛行を呈するASO患者に対してIPを行い、下肢のNIRS上の変化を検討する。

検討:

検討1)虚血プレコンディショニングが虚血再潅流肢に及ぼす運動機能改善の効果 ―動物モデルでの検討―

・ 方法

 雄性SDラットを各5匹ずつ虚血再潅流群(I/R群;下肢2時間虚血後再潅流)、虚血プレコンディショニング群(IP+I/R群;IP×3セット→下肢2時間虚血後再潅流)、アデノシン投与群(ADO+I/R群;アデノシン静脈内投与→下肢2時間虚血後再潅流)、対照群(Sham群)に分け、全身麻酔下にて腓腹筋を露出させてプローブを装着したのち、坐骨神経電気刺激による筋収縮運動時のNIRSを島津製作所製OM-220を用いて記録した。虚血およびIPは露出した大動脈と腸骨動脈の同時クランプにて行い、IPは1セット=10分間虚血+10分間再灌流とした。各群において処置前および再潅流30分後の電気刺激時のNIRS波形を比較した。また、筋組織障害の指標としてミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性を各群で測定した。

・ 結果

 電気刺激終了後の組織酸素飽和度1/2回復時間は虚血再潅流群において有意に延長したのに対し、虚血プレコンディショニング群およびアデノシン投与群においては延長が見られなかった。また電気刺激時の酸素化ヘモグロビンレベルの振幅低下(Diff- HbO2 ratio)においても虚血プレコンディショニング群は有意に改善していた。ミエロペルオキシダーゼ活性の上昇も虚血プレコンディショニング群、アデノシン投与群では抑制されていた。

検討2)虚血プレコンディショニングが間歇性跛行肢の組織酸素代謝能に及ぼす影響 ―臨床例での検討―

・ 方法

 間歇性跛行を呈するASO患者15例を対象としてNIRSトレッドミル運動

負荷検査を行い、下肢筋組織酸素動態測定を行った。次に安静臥位にて患肢大腿を200mmHg・5分間駆血および5分間解除を3回繰り返すIPを行った後、再度NIRSトレッドミル運動負荷検査を行った。以上の経過についてNIRS波形を解析した。

・結果

 間歇性跛行肢において、虚血プレコンディショニングによる足関節上肢血圧比や最大歩行距離といった臨床症状の改善は現れなかったものの、腓腹筋の筋組織酸素飽和度(SmO2)、筋組織総ヘモグロビン量(THb)や動脈血流速度の上昇が示唆された。

結論:

1) NIRSを用いた動物実験モデルにおいて、虚血再潅流障害によってもたらされる骨格筋の運動機能低下は虚血プレコンディショニングによって抑制された。アデノシン投与によっても一部同様の効果を得ることができた。

2) 臨床実験として間歇性跛行肢に対して虚血プレコンディショニング行ったところ、血液量や血流量の増加作用を認めた。

3) 虚血プレコンディショニングは、生体内の骨格筋の機能面における保護作用を有する可能性が示唆された。

1/2回復時間(秒)

酸素化ヘモグロビンレベルの振幅低下(Diff-HbO2ratio)

ミエロペルオキシダーゼ活性(units/g/min)

IPによる筋組織酸素飽和度の変化

IPによる筋組織総ヘモグロビン量の変化

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は骨格筋における虚血プレコンディショニング効果を明らかにするため、近赤外分光法(NIRS)を用いて筋肉の運動機能の変化を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 動物実験モデルを用いて神経電気刺激による運動中の骨格筋内の酸素動態、血液量の変化を測定し、これが虚血再潅流障害によってどのように変化するのか、また虚血プレコンディショニング(IP)を行うとどのように影響するのかを検討した。雄性SDラットを各5匹ずつ虚血再潅流群(下肢2時間虚血後再潅流)、虚血プレコンディショニング群(IP×3セット→下肢2時間虚血後再潅流)、アデノシン投与群(アデノシン静脈内投与→下肢2時間虚血後再潅流)、対照群に分け、腓腹筋にプローブを装着したのち、坐骨神経電気刺激による筋収縮運動時のNIRSを記録した。虚血およびIPは大動脈と腸骨動脈の同時クランプにて行い、IPは1セット=10分間虚血+10分間再灌流とした。各群において処置前および再潅流30分後の電気刺激時のNIRS波形を比較した。また、筋組織障害の指標としてミエロペルオキシダーゼ活性を各群で測定した。電気刺激終了後の組織酸素飽和度1/2回復時間は虚血再潅流群において有意に延長したのに対し、虚血プレコンディショニング群およびアデノシン投与群においては延長が見られなかった。また電気刺激時の酸素化ヘモグロビンレベルの振幅低下(Diff- HbO2 ratio)においても虚血プレコンディショニング群は有意に改善していた。ミエロペルオキシダーゼ活性の上昇も虚血プレコンディショニング群、アデノシン投与群では抑制されていた。

2. 間歇性跛行を呈する閉塞性動脈硬化症患者15例を対象としてNIRSトレッドミル運動負荷検査を行い、下肢筋組織酸素動態測定を行った。次に安静臥位にて患肢大腿を200mmHg・5分間駆血および5分間解除を3回繰り返すIPを行った後、再度NIRSトレッドミル運動負荷検査を行った。以上の経過についてNIRS波形を解析した。間歇性跛行肢において、虚血プレコンディショニングによる足関節上肢血圧比や最大歩行距離といった臨床症状の改善は現れなかったものの、腓腹筋の筋組織酸素飽和度、筋組織総ヘモグロビン量や動脈血流速度の上昇が示唆された。

 以上、本論文はNIRSを用いることで、虚血再潅流により引き起こされる骨格筋運動機能障害を評価し、さらに虚血プレコンディショニングを加えることによる運動機能障害の抑制効果を示した。また間歇性跛行肢に対する虚血プレコンディショニング効果もNIRSによって評価し得た。本研究は従来見られなかった生体内での骨格筋虚血プレコンディショニング効果を検討し、これが閉塞性動脈硬化症に対する間欠的圧迫療法の臨床応用への有用性を示すものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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