学位論文要旨



No 121793
著者(漢字) 山岸,悠
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギシ,ハルカ
標題(和) ペルム紀-三畳紀の板鰓類相 : 多様性、古生物地理と大量絶滅後の回復現象
標題(洋) Permo-Triassic elasmobranch fauna : diversity, paleobiogeography and recovery after the mass extinction
報告番号 121793
報告番号 甲21793
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4908号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚部,一成
 北海道大学 教授 仲谷,一宏
 筑波大学 教授 指田,勝男
 東京大学 教授 磯崎,行雄
 東京大学 助教授 大路,樹生
内容要旨 要旨を表示する

 顕生代最大の大量絶滅であるペルム紀末の絶滅事変では,海洋の底生無脊椎動物,特に固着性・表在性の濾過食者が壊滅的な被害を被ったことが知られる.最近では生痕化石の記録から,底生生物の回復時期が地域ごとに異なることが明らかにされている.一方,海洋の遊泳性生物もペルム紀末に打撃を受けたことが知られるが,回復過程の地域差に着目した研究はこれまでなかった.

 本研究では,海生の遊泳性生物である魚類に着目し,ペルム紀-三畳紀の主要な魚類であった軟骨魚綱板鰓亜綱(サメ・エイ)について,(1)基礎データの蓄積を図る,(2)化石記録の地理的・時代的分布を明らかにする,(3)タクサによる差異が見られるかどうかを明らかにする,という一連の作業を通じ,ペルム紀末大量絶滅イベント後における板鰓類の回復過程を考察することを目的とする.

 板鰓類には,三畳紀以降に出現し現在も繁栄する新生板鰓類や,中生代に繁栄するヒボダス類があり,その他三畳紀までに絶滅する古生代のタクサも数多く知られる.これらが,三畳紀に大きく入れ替わることが知られるが,三畳紀前期の化石記録が乏しいため,その詳細は明らかになっていなかった.

 本研究では,基礎データの蓄積のため,世界各地のペルム紀-三畳紀の遠洋成石灰岩や沿岸性堆積物などから,板鰓類化石の抽出を試みた.調査・分析した試料は,愛媛県田穂層の遠洋成石灰岩(Smithian-Carnian),宮崎県高千穂町の岩戸層・三田井層・上村層の遠洋成石灰岩(U.Permian-L.Norian),群馬県神流町塩ノ沢層の遠洋成石灰岩(L.Triassic),岐阜県大垣市の赤坂石灰岩累層中部層(M.Permian),岐阜県本巣市の舟伏山石灰岩,宮城県本吉町の登米層の泥質岩(U.Permian),京都府夜久野町の夜久野層群のスランプ角礫岩(Triassic),高知県佐川町の川内ヶ谷層の泥岩(Carnian),アメリカ合衆国Nevada州Crittenden SpringsのThaynes層の石灰岩(Smithian),Palmino RidgeのGerster層-Thaynes層の石灰岩(Permian-Triassic),Muddy MountainsのVirgin Limestone (Spathian),Utah州HurricaneのVirgin Limestone (Spathian),Idaho州Bear LakeのThaynes層(L.Triassic),California州Lone PineのUnion Wash層(L.Triassic),ロシア沿海州Abrek地域のLazurnaya層-Zhitkov層の砂岩(L.Triassic),チモールRiver Bihati付近の石灰岩(L.Triassic),オマーンWadi WasitのAl Jil層の石灰岩(Griesbachian),マレーシアGua panjangの石灰岩(Triassic),オーストリアRoter Mankkalkの石灰岩(U.Triassic),スピッツベルゲン島Sassendalenのphosphatic bonebed,以上,国内8産地・国外13産地から入手した岩石サンプルもしくは化石標本である.従来行なわれてきた通常のクリーニングによる抽出手法に加え,石灰岩や石灰質砂岩を酸処理し,その残渣から化石抽出を行うという微化石的手法を用いた.この手法により,従来見逃されてきた板鰓類の微小な歯や鱗を大量に得ることができた.

 三畳紀の新生板鰓類の化石記録は極めて乏しい.その理由の一つとして,外部形態観察だけではヒボダス類と識別が困難であることが挙げられる.本研究では,外部形態観察に加えて微細構造観察を行った。このような厳密な同定作業の結果,Neotethys域の三畳紀前期およびmid-Panthalassa域の三畳紀中期から,初期新生板鰓類の産出が確認された.これらの標本は,従来貧弱であった下部三畳系の新生板鰓類の記録を繋ぐものである.

 これらのデータに文献データも含め,ペルム紀-三畳紀の板鰓類の時代的・地理的分布を解析した結果,板鰓類の回復タイミングに地域差があることが明らかになった.すなわちBoreal域やNeotethys域ではGriesbachian-Dienerianに回復が始まるのに対し,eastern Neotethysやwestern PaleotethysではSpathian-Anisianにならないと回復が始まらないことが示された.従来,回復現象は主に底生無脊椎動物について議論されてきたが,本研究では汎世界的スケールでの遊泳性生物の回復パターンを初めて明らかにしたことになる.また,この回復パターンは,従来示されてきた底生生物の回復と類似のパターンであることも明らかになった.このことは,他の遊泳性動物であるアンモナイトやコノドントが割合早い回復を示すことと対照的である。板鰓類が底生動物と深くリンクした生態を持つために同様の回復を示すことが示唆される.

 また,分類群の変遷について以下の2点が示された.(1)ペルム紀-三畳紀の板鰓類のタクサの消長は3つのタイプに分けられた.すなわち,(i)ペルム紀を最後に記録がなくなるPetalodontida目,Caseodontoidea上科を含む"orodont sharks",およびペルム紀まで栄え三畳紀にわずかな記録を残して消滅するEdestoidea上科,Xenacanthidae目,"cladodont sharks"(ii)ペルム紀-三畳紀を通して各地で産出する"durophagous hybodonts"(Lissodus属やAcrodus属など)(iii)ペルム紀以前は全く,もしくはほとんど産出しないが,三畳紀Dienerian以降に産出地域を広げ繁栄する"non-durophagous hybodonts"(主にHybodus属),Neoselachiansである.(2)多咬頭性の歯をもつタクサがP-T境界を境に入れ替わったのに対し,敷石状の歯をもつタクサは明瞭な入れ替わりを示さなかった.しかし敷石状の歯をもつグループはP/Tr境界以降にサイズの著しい減少を示している.これについては同時期に腹足類等もサイズの小型化を示すこととの関連が考えられる。餌のサイズと捕食者である可能性のあるこれらのサメ類との生態学的リンクを反映している可能性がある.

審査要旨 要旨を表示する

 ペルム紀末の大量絶滅は史上最大の絶滅事変として知られているが,本論文はこの絶滅事変前後に,板鰓類(サメやエイを中心とする軟骨魚類)がどのような多様度の減少を示し,その後三畳紀にどのように回復を示したのかという問題に挑戦し,板鰓類の回復現象を初めて世界的なスケールで把握したものである。当研究では,従来ほとんど板鰓類の研究が行われなかった炭酸塩岩に対し,これを酸処理するというユニークな方法によって多量の板鰓類の歯化石を得ることが可能となり,世界的な軟骨魚類の回復過程をダイナミックに描くことに初めて成功した。

 従来,ペルム紀末の大量絶滅では底生動物,特に固着性の濾過食者(例えばウミユリ類,腕足類やコケムシ類など)が大きな影響を受け,多様度を大きく減らしたことが分かっている。しかし遊泳性の動物の多様度変遷についてはアンモナイト類やコノドント類を除き,十分な研究が行われておらず,また従来得られている結果も必ずしも一致したパターンを示しているわけではなかった。とくに魚類に関しては,ペルム紀末の大量絶滅時に大きな多様度減少を示すという説と,多様度の変化は少なかったと見なす説に分かれていた。また,当時の板鰓類は古生代のタクサ,中生代に繁栄するヒボダス類,三畳紀以降に出現する新生板鰓類,の3つに分けられ,三畳紀初期に大きな入れ替わりがあることが示唆されていたが,その詳細は明らかではなかった.当研究では,化石として残りやすくサンプルの得られやすいサメの歯に着目し,世界中のペルム系,三畳系のサメの歯のサンプルを可能な限り集め,サメの歯の詳細な観察と記載を行った。日本国内では8地域から,外国では13地域の岩石サンプルを処理し,化石抽出を行った.さらにどのような種類がどの場所のどの時代の地層から産出するのかを調べ,サメのタクサごとの産出記録をコンパイルした.特に新生板鰓類に関しては,微細構造を走査型電子顕微鏡で観察することにより,その特有の構造を識別して確実な鑑定を行うように努力した。

 その結果,大量絶滅後の板鰓類の回復パターンが,明瞭な地域差を持っていることが明らかになった。すなわち,スピッツベルゲンに代表されるボレアル地域やテーチス海南部のネオテーチス域では,絶滅事変直後のGriesbachian階にすでにサメ類の歯が産出し,いち早い回復が見られたことが示された。それに続きDienerian階からSmithian階では,パンサラッサ海西部や中部で産出が見られた。最後に西ヨーロッパやパンサラッサ海ではSpathian階に入ってからサメの歯の産出が確認され,他地域に比べて遅い回復が示された。さらに従来知られている,他の底生動物の回復パターンと比較すると,サメ類の回復は底生動物の回復期のステージ3(やや複雑な構造をもつ生痕化石の出現,ウミユリ類の出現)が見られる場所に相当することが明らかになった。このことはサメ類の回復が,他の底生動物の回復と密接にリンクし,おそらく食物連鎖などの生態学的な関係が存在していたことが示された.またサメの歯のサイズは三畳紀初期に小さく,同時期に頻繁に出現している小型巻貝類を餌にしていた可能性が示唆された。

 本論文の特筆すべき貢献として,1)従来用いられていなかった炭酸塩岩の酸処理法を用いて世界各地の古生代ペルム系および中生代三畳系から大量の板鰓類化石群を得ることに成功したこと,2)採集した板鰓類化石群の分類学的研究結果とこれまでの産出記録データベースに基づき、各タクサの時空分布や多様度の時代的変遷を詳細に明らかにしたこと,さらに3)従来断片的にしか知られていなかったペルム紀末の大量絶滅事変後の板鰓類の回復パターンを他の十分知られている化石群と同様なレベルの精度で明らかにしたこと,の3つが挙げられる。さらに今後,系統的な解析を行い,三畳紀初期に行われたサメ類の適応放散とその時空的なパターンを知ることができれば,新生板鰓類として現在繁栄しているサメ類の起源と適応放散の実態も知ることが可能となると期待される。審査会では,本論文で用いた新たな手法により,多くの信頼できるデータが入手可能となった点,それらを用いて合理的な解釈を行い,新たな時空的な回復パターンを初めて示すことに成功した点,そして将来的な研究のポテンシャルの大きさを高く評価し,審査委員全員で博士(理学)の学位を授与できるとの判断を下した。

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