学位論文要旨



No 121796
著者(漢字) 中村,仁美
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒトミ
標題(和) 中部日本の火山岩の地球化学的研究 : 二重のプレートの沈み込み場における流体の挙動に関する考察
標題(洋) Geochemical variations of volcanic rocks in Central Japan : Implication for the fluid processes in subduction zone with the double subducting plates
報告番号 121796
報告番号 甲21796
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4911号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 プログラムディレクター 巽,好幸
 東京大学 教授 木村,純一
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨 要旨を表示する

 島弧では,スラブから水が持ち込まれることによって様々な現象が起こると考えられている.例えば,脱水不安定によるスラブ内での地震活動,広域変成作用及び融点の降下に起因する火成作用などである.これらの作用にはまだ不明な点が多くある.例えば,火成作用では,マグマの発生に重要になるスラブからの脱水のプロセス,脱水した流体が付加したマントルが溶融するプロセスである.脱水と融解のプロセスを経て火山岩が出来るとすると,天然から得られる火山岩から,これらのプロセスを読み解くこともできるはずである.また,同じように脱水と融解のプロセスを経ると仮定すれば,伊豆弧のように海洋地殻が沈み込むシンプルな島弧だけでなく,中部日本のように二重のプレートが沈み込む場でも適応できるはずである.

 そこで,本研究では,火山岩から得られる全ての組成について整合的に説明できるような脱水と融解のプロセスを明らかにすることで島弧マグマ生成のモデルを提案し,沈み込み帯のマグマティズムに制約を与えることを目的とした.さらに,中部日本弧を対象とすることで,これまで例外とされてきた島弧の重要性を指摘したい.

 中部日本の火山は深発地震面(沈み込む太平洋プレートの上面)の深度が約150kmの地点から300kmまでの範囲に位置する.このような中部日本の背弧側に相当し,深発地震面の深度が300kmの地点にあるのが,両白山地(白山火山群)である.他の沈み込み帯と比べても300kmの深発地震面に対応する火山群の存在は特異である.中部日本では,ユーラシアプレートに東南東方向から太平洋プレートが沈み込み,さらに南東方向からフィリピン海プレートが太平洋プレートに覆いかぶさるように沈み込んでおり,フィリピン海プレートにより太平洋プレートの脱水過程に干渉して引き起こされた熱影響の結果,通常よりもはるかに冷たい温度場がうみだされていると考えられている(Iwamori,2000).

 中部日本の火山岩では,微量元素及び同位体比において広域的な組成の変化が観察された.この変化が二重のプレートに起因するものと考え,火山岩の試料を用いて地殻物質の混染を考慮し,マントル内での脱水と溶融のプロセスについて解析を行った.

 その結果,溶融とスラブ由来の脱水のプロセスを定量的に明らかにすることができた.溶融のプロセスの溶融度については,フロント側で大きく,背弧側で小さい.また,溶融条件は,全域でガーネットレールゾライトの寄与が見られ,かつ,背弧側でその寄与度が大きい.次に,脱水のプロセスの脱水量については,大小に分かれ地域性が顕著に見られる.また,その起源については,全体として太平洋プレート由来だが,フィリピン海プレート由来の流体の寄与度が異なる.これらの事実から中部日本は3つのセグメントに分類することができる.これらのセグメントは,それぞれの地域の地震波速度から推定される内部構造と対応関係があることが分かった.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、中部日本の火山岩を対象として、研究地域全体が網羅されるように選んだ28火山について全岩主成分・微量成分濃度及びSr, Nd, Pb同位体比を決定し、その結果を沈み込み帯においてマグマ生成に関わる物質輸送・反応の全過程の微量元素の物質保存モデルと組み合わせ、沈み込み帯における物質輸送過程に制約を課そうとするものである。

 第一章はイントロダクションで,プレートテクトニクスにおいて最も重要な場の一つである島弧に集中している地震や火山活動が、スラブの沈み込みに伴って持ち込まれる水によって影響されていることを述べ、水の役割を明らかにするために、火山岩の化学組成・同位対比を用いてマグマの材料物質を特定するという本研究の目的を述べている。また、研究対象地域である中部日本の特異性として,二重の沈み込み場である事を述べ、特異性から沈み込み場の端成分を抽出しようとする本論文の戦略が述べられている.

 第二章では水の発生と移動に伴う元素移動についての先行研究のレビューを行い,本研究の意味づけとモデルを提示している。このモデルは、スラブの沈み込みに伴ってAOC(altered oceanic basaltic crust)と堆積物が段階的に脱水し、上昇した水は上部にあるマントルウエッジで蛇紋岩として固定され、それがさらに深部に引きずり込まれることで脱水し、上昇した水がマントルを融解してマグマを生成するというものである.

 第三章ではこのモデルの検証の場として選んだ中部日本の地質学的情報と岩石学的及び地球化学的特徴についてまとめている.中部日本では,太平洋プレートとフィリピン海プレートが重なるようにして沈み込んでいる事、火山は深発地震面(沈み込む太平洋プレートの上面)の深度が約150kmの地点から300kmまでの範囲に位置する事等を述べた上で、中部日本の火山岩の微量元素及び同位体比において認められる広域的な組成の変化についてまとめている.最大の特徴は、中央部付近で(87)Sr/(86)Sr, (206)Pb/(204)Pb, (207)Pb/(204)Pb等が低い一方で、(143)Nd/(144)Ndが高い事である。

 第四章では,第三章で観測された広域的な組成変化が浅所でのプロセスを反映しているのではないことを示すために,火山岩の微量元素と同位体組成を考慮し、AFCモデル(Assimilation Fractional Crystallization)を適用して地殻の混染を評価している。この検討によって、浅所でのプロセスが中部日本火山の組成トレンドを作った主要な原因ではないと結論したうえで、マントルプロセスをより明瞭に反映している初生メルトの組成範囲を推定している.

 第五章では深部プロセスのうち,脱水のプロセスについて評価している.島弧に水を持ち運ぶ原材料となる物質の組成幅(スラブ物質とウエッジのカンラン岩),脱水時の元素のmobilityや溶融時の分配係数などの不定性を考慮した上で,第二章で提案しているモデルに基づいて、中部日本で観察された広域的な組成バリエーションの再現を試みている.その結果,中部日本に沈み込む二つのプレートからの流体の寄与を分離抽出することに成功し,各火山の初生マグマの形成に寄与した二つの流体の混合比とソースマントルに対する流体の付加量をパラメータとして得ている.中部日本での流体の起源は,基本的に太平洋プレートであり,さらにフィリピン海プレートからの流体が付け加わると推定されること、付加量は,約0.2-2.0wt.%強の分布があり,これは伊豆弧や東北日本弧で考えられている(0.1-1.0wt.%)よりも明らかに大きい事を述べている.

 第六章では深部プロセスのうち,マントルが溶融するプロセスについて評価している.第五章で見積もった流体が付加したマントルが溶け,第四章で推定した初生メルトになるとして、関連するモデルパラメータ(融解度と融解深度)を最適化している.第五章と同様に,マントルの組成幅,融解時の分配係数の不定性および第五章で推定した流体の組成幅の影響を考慮し,解として得られるパラメータの見積もりの不確定性を検討している.

 第七章では第五章と第六章で得られたパラメータの広域的な変化について述べ,地震波から推定される地下構造との関係を考察している.また,本モデルで生じる重要な不定性についても系統的に考察している.その結果,不定性を考慮しても,中部日本は融解度や沈み込みスラブからの水の寄与が異なる3つのセグメントに分類することができると結論づけている.これらの火山岩から推定されるセグメントが,それぞれの地域の地震波速度から推定される内部構造と非常によい対応関係があることを明らかにし、沈み込むフィリピン海プレートの形状等が火成作用にとって重要であると考察している.

 第八章では本研究で得られた結果をまとめている.

 本研究の革新的な点は,これまで同位体比や一部の微量元素に限られていた沈み込み帯における物質の振る舞いを,同位体比と微量元素全体をカップリングさせて包括的・定量的に明らかにした点である.その結果,二枚のプレートが沈み込む中部日本での脱水のプロセスと溶融プロセスを明らかにすることができた地球科学的意義は大きい。よって本審査委員会は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。

 なお本研究の一部は、岩森光氏と木村純一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、その寄与が十分であると判断する。

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