学位論文要旨



No 121798
著者(漢字) 弓削,進弥
著者(英字)
著者(カナ) ユゲ,シンヤ
標題(和) ウナギの新規グアニリンファミリーとその浸透圧調節作用
標題(洋) Osmoregulatory Functions of a Novel Guanylin Family in Eels
報告番号 121798
報告番号 甲21798
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4913号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 助教授 兵藤,晋
内容要旨 要旨を表示する

 海産真骨魚類(以下海水魚と記す)は、体液浸透圧が環境海水よりも低い(約1/3)ため、常に脱水される危険にさらされる。浸透圧差で体内から受動的に失われる水分を補うために、海水魚は海水を盛んに飲み、そのほとんど全ての水分を塩分とともに腸で吸収する。よって、過剰な塩分を捨てる役割を果たす鰓と同様、海水魚の腸も、水とイオンを吸収するために極めて重要な浸透圧調節器官である。私は、腸で産生され、腸での水やNaClの輸送調節を行うことが哺乳類で知られているホルモン、グアニリンファミリーが、海水魚の腸での水やイオンの吸収調節に深く関与していると予想し、本研究に取り組んだ。実験材料として、淡水海水双方で生息できる高い浸透圧能力を備える広塩性魚類のウナギを用いた。またウナギは、腸の形態や機能を環境塩分変化に応じて素早く変化させるため、腸のホルモンを研究する上で非常に有用だと考えた。

 修士課程で私は、ウナギの腸と腎臓で、哺乳類で知られているグアニリン、ウログアニリンの他に、第3のグアニリンとして、他の脊椎動物では知られていないレノグアニリンを同定し、そのうちグアニリンとウログアニリンの遺伝子発現が、淡水ウナギに比べ海水ウナギの腸で有意に上昇することを示した。博士課程では、引き続きそれらの機能を調べるために、まずホルモンの作用部位に必ず存在する受容体の研究から行なった。さらに、海水魚の腸でのイオン輸送に対するグアニリンファミリーの作用を、Ussing chamberを用いて電気生理学的に解析し、ウナギで同定した新規グアニリンファミリーの浸透圧調節作用を調べた。

 哺乳類では、2種のグアニリンは同じ1つの受容体、膜貫通型グアニル酸シクラーゼC(GC-C)受容体に結合することが知られている。しかし私は、ウナギの腸と腎臓から、2種のGC-C cDNAをクローニングし、それぞれGC-C1、GC-C2と名付けた。アミノ酸配列、および4つの主要領域(細胞外、膜貫通、キナーゼ様、シクラーゼ触媒領域)とC端テール配列からなる基本構造は、他の脊椎動物で知られているGC-Cとよく似ていた。また、分子系統解析からも、クローン化した2種の遺伝子は、他の種のGC-Cと同じグループに属し、他のGC型受容体とは異なる場所に位置することが示された。培養細胞COSで発現させた2種のGC-Cに、3種の合成ウナギグアニリンを投与すると、どのリガンドも10(-8)/10(-7)〜10(-5) Mの間で用量依存的なセカンドメッセンジャーcGMPの産生が見られた。有意なcGMP産生を引き起こす最小濃度でリガンドの効力を比較すると、GC-C1では、ウログアニリン>グアニリン≧レノグアニリン、GC-C2では、グアニリン≧レノグアニリン>ウログアニリンであった。これらの結果より、2種のウナギGC-Cは機能的グアニリン受容体であり、両者でリガンド選択性に違いがあることが示された。リガンド選択性の違いは、2種のGC-Cのアミノ酸配列の保存性が、細胞内領域(74-90%)に比べリガンドが結合する細胞外領域で低い(53%)事実と一致する。以上より、魚類のグアニリン系には哺乳類よりも多数のホルモンと受容体が存在することが示され、その多様な関係を哺乳類以外で初めて明らかにすることができた。

 2種のウナギGC-C遺伝子は、ホルモンと同様、主に消化管(食道、胃、腸)と腎臓で発現が検出されたため、3種のウナギグアニリンは、産生器官で局所的に作用している可能性が示唆された。さらに2種のGC-C遺伝子は、グアニリン、ウログアニリン遺伝子と同様、淡水ウナギに比べ海水ウナギの腸で有意に発現が上昇していた。しかしその上昇は淡水から海水に移行後24時間以内では起こらなかったため、環境塩分濃度の変化に対する反応は、ホルモン遺伝子よりも遅いことが分かった。以上より、グアニリン系は特に海水ウナギの腸で重要な働きをしていることが示唆された。

 そこで、海水ウナギの腸でのグアニリンファミリーの役割を調べるために、腸を前腸、中腸、後腸の3部位に分け、Ussing chamberを用いて、合成ウナギグアニリンの作用を短絡電流値(I(SC))の変化で調べた。chamberにセットし膜の両側を同じリンガー溶液で満たし、粘膜側電位を0とした場合、前腸は漿膜側正(+)、中腸と後腸は漿膜側負(-)の経上皮膜電位を示し、また、後腸は前腸の約4倍、中腸の約8倍の電気的膜抵抗を示したため、腸の部位による機能の違いが予想された。漿膜側投与では、どの部位に対してもどのグアニリンも有意な反応が見られなかったため、以降全て粘膜側投与で実験を行なった。その結果、前腸ではほとんどの個体で3種のグアニリンによるI(SC)変化は見られなかったが、中腸と後腸では、3種のグアニリンは、いずれも10(-8)〜10(-6) Mで用量依存的にI(SC)を減少させ、高濃度ではI(SC)の流れを逆転させた。また、電気的膜抵抗の総変化は、中腸で60%程度、後腸で40%程度の減少を示した。これらにより、ウナギの腸では2種のGC-C受容体は粘膜側に存在することが示された。さらに、I(SC)の正負逆転と膜抵抗の減少の結果から、グアニリンファミリーが、起電性のチャネル/輸送体に作用し、そのゲートを開き、そこを通るイオンの流れを増加させ、その結果全体的なそのイオンの流れの方向が逆転したと予想された。

 全体のI(SC)減少の50%減少を引き起こす濃度(ID(50))をホルモン作用の強さとして表したところ、中腸では3種のグアニリン間に有意な差は見られなかったが、後腸では、グアニリンが、ウログアニリンとレノグアニリンの1/2以下のID(50)を示し、作用が有意に強かった。また、中腸と後腸でそれぞれのグアニリンのID(50)を比較したところ、中腸は後腸の1/4〜1/10以下を示し、3種のグアニリンはいずれも後腸より中腸で強く作用することが示された。これらは、2種のGC-C受容体の発現が、腸の後方より前方に多く、また後腸では、GC-C1に比べ、グアニリンが一番強いcGMP産生能を示すGC-C2の発現の方が10倍近く高かったことと一致すると考えられる。なお、本生理実験では、他のグアニリンと異なり環境塩分変化による遺伝子発現の変化が見られなかったレノグアニリンも、他のグアニリンと同様な結果を示しており、特別な違いを示さなかった。

 次に、最も作用が強く見られた海水ウナギの中腸で、グアニリンを代表として、海水魚の経腸上皮イオン輸送に関与するイオンチャネルや輸送体の阻害剤を用い、グアニリンが調節する標的を調べた。その結果、Cl-チャネルのうち特にCFTRを強く阻害するNPPB、あるいはNKCCを阻害するbumetanideが粘膜側に存在する状態では、グアニリンによるI(SC)減少が著しく阻害された。同じく粘膜側にNa+-Cl-共役輸送体(NCC)の阻害剤HCTZ、Cl-/HCO3-交換体の阻害剤DIDS、上皮型Na+チャネルの阻害剤amilorideがそれぞれ存在しても、グアニリンによるI(SC)の変化に影響はほとんど見られなかった。NPPBとDIDSは、漿膜側存在下での実験も同様に行なったが、グアニリンの作用に影響を示さなかった。これらにより、海水ウナギの腸上皮の粘膜側にはCFTR様チャネルが存在し、いっぽう漿膜側のCl-チャネルはNPPBに非感受性の、CFTRとは異なるタイプのものが存在することが示唆された。さらに膜抵抗が減少したことと合わせると、グアニリンは、粘膜側のそのチャネルを直接調節し活性化させている可能性が示唆された。しかしNKCCに対しては、直接の作用かどうかは不明である。

 以上より、グアニリンファミリーは、海水ウナギの中腸で粘膜側CFTRを介したCl-排出を促進することが示唆された。排出されたCl-は、再び、NKCCやNCCによって吸収されると考えられるが、特に水を引っ張る強力な駆動力を発生させるNKCCは、吸収においてNa+に対し2倍のCl-を必要とするため、このような管腔側へのCl-の補給は重要だと予想される。また、近年、CFTRはCl-だけでなくHCO3-も同様に通すチャネルであることが証明されており、グアニリンによるCFTRを通じた重炭酸排出作用も予想される。同じく近年、海水魚の腸で盛んに排出される重炭酸は、腸内のpH維持だけでなく、飲む海水に一定量含まれるが、腸で10%程度しか吸収されずに残るCa(2+)やMg(2+)を重炭酸塩(CaCO3やMgCO3)として沈殿させ、腸内の浸透圧上昇を防ぐ役割があることが強く示唆されている。特に海水魚の中腸〜後腸にかけては、腸内溶液の浸透圧が体液と等張であることで水吸収が盛んに起こる。よって、その部位でI(SC)変化を示したグアニリンファミリーは、重炭酸排出の調節に関与している可能性が示唆される。また、重炭酸排出という点では、グアニリンの作用により排出されたCl-が、NKCCだけでなく、Cl-/HCO3-交換体によっても吸収され、さらにこの交換体によるHCO3-排出も促進されると予想される。なお、中腸でのこれらの作用は、I(SC)や膜抵抗の変化が似た傾向を示した後腸でも本質的には同様だと予想される。

 本研究により、ウナギは、3種のホルモンと2種の受容体からなる多様化したグアニリン系を持つことが示された。さらにグアニリンファミリーは、腸の中後半部位で、粘膜側のCFTRを活性化し、Cl-とHCO3-を排出させることで水の吸収を促進し、ウナギの海水適応を促進させることが示唆された。

図.ウナギのグアニリン系のまとめ

GN:グアニリン、UGN:ウログアニリン、RGN:レノグアニリン、GC-C:グアニル酸シクラーゼC受容体。□の大きさは相対的な遺伝子発現レベルを示す。〓(灰色)の遺伝子は、淡水ウナギに比べ海水適応ウナギで有意に発現が上昇する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、General Introduction、Chapter I, Chapter II、およびGeneral Discussionの4部より構成されている。本論文のテーマであるグアニリンファミリーは、腸で選択的に産生され、腸における水やイオンの吸収に重要な役割を持つホルモンである。これまで哺乳類以外の動物では、免疫組織化学などでその存在が示唆されてはいたが、分子としては同定されていなかった。魚類は海水という高い浸透圧環境では脱水されるため、盛んに海水を飲んでイオンと共に水を吸収している。すなわち、海水魚にとって腸は極めて重要な体液調節器官である。申請者は、淡水と海水を往来する回遊魚であるウナギを用いて、修士課程では非哺乳類で初めてグアニリンファミリーを同定した。ウナギのグアニリンファミリーは3種のパラログからなり、海水ではそれらの遺伝子発現が亢進することを明らかにしている。博士課程では、ウナギにおけるグアニリンファミリーの作用を明らかにするべく、次の2つのChapterからなる研究を行い、魚類で初めてグアニリンファミリーの生理作用を明らかにした。

 Chapter Iでは、グアニリンファミリーの生理作用を明らかにするための第一歩として、2種類のグアニリン受容体を同定した。これら受容体もリガンドと同様に腸で主に発現が見られたので、腸で傍分泌的に働いている可能性が高い。さらに、2種の受容体をCOS細胞で発現させ、セカンドメッセンジャーであるサイクリックGMPの産生を指標に3種のグアニリンの結合能を調べたところ、それぞれの受容体が3種のグアニリンに対してリガンド選択性をもつことを明らかにした。このように、ウナギのグアニリンファミリーとその受容体は、2種のホルモンと1種の受容体しかもたない哺乳類と比較すると多様化しており、ウナギの腸において重要な役割を持つことが示唆される。これら2種の受容体も、リガンドと同様に海水ウナギの腸で発現が亢進していた。したがって、ウナギのグアニリンファミリーは、海水環境への適応に重要な役割を持つことが示唆された。

 そこで、Chapter 2では、Ussing chamberを用いてin vitroで腸におけるグアニリンファミリーの作用を調べている。このシステムは、腸上皮を通るイオンの動きを短絡電流と抵抗の変化などで測定する。その結果、グアニリンは腸におけるイオンの吸収を抑制して、高濃度では逆に陰イオンの管腔側への分泌を起こしていることが示唆された。腸に多数存在するイオン輸送体のどれに作用しているかを調べるため、イオン輸送体に特異的なさまざまな阻害剤を用いて調べたところ、CFTRとよばれるクロライドチャネルがグアニリンの作用に関わっていることがわかった。すなわち、グアニリンが作用するとクロライドや重炭酸イオン(HCO3-)などの陰イオンを管腔側へ分泌させる。申請者は、Cl-を供給することによりNa-K-2Cl共輸送体を動かしたり、HCO3-を供給して管腔内に高濃度に存在するCa(2+)やMg(2+)イオンに働いてCaCO3やMgCO3として沈殿させていると考えている。Na-K-2Clにより4分子のオスモライトが動くと水も動くため、Cl-を分泌させることにより逆に水の吸収が促進する。また、Mg(2+)やCa(2+)を沈殿させることにより浸透圧を下げ、水を吸収しやすい環境を作っていると考えられる。このように、本研究により初めてグアニリン受容体が非哺乳類で同定されただけではなく、魚類における生理作用が明らかになった。すなわち、グアニリンファミリーは海水魚の腸において水の吸収を促進することにより、海水への適応を促進することを明らかにし。さらに、哺乳類を用いた研究だけではわからなかったグアニリンの新しい働きを機能を解明した、画期的な研究であるといえる。

 なお、本論文のChapter 1のうち、COS細胞における受容体遺伝子の発現系を確立する際に、北海道大学の鈴木範男教授と当時大学院D3の山上紗矢佳博士にご指導をいただいた。しかし、実験は全て論文提出者本人が東京大学海洋研究所で行ったものである。また、受容体遺伝子のクローニングでは当研究室助手である井上広滋博士にご指導いただいたが、実験は全て本人が行った。そのため、Chapter Iの研究において論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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