学位論文要旨



No 121799
著者(漢字) セーチャン ヴァンナラ
著者(英字) Saechan Vannarat
著者(カナ) セーチャン ヴァンナラ
標題(和) ヒト及びマカク由来ガンマヘルペスウイルスのゲノム多様性
標題(洋) Genomic diversity of human and macaque lymphocryptovirus
報告番号 121799
報告番号 甲21799
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4914号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石田,貴文
 東京大学 教授 植田,信太郎
 東京大学 講師 井原,泰雄
 東京大学 教授 諏訪,元
 東京医科歯科大学 助教授 清水,則夫
内容要旨 要旨を表示する

 ヘルペスウイルスの一員であるエプスタイン・バールウイルス(EBV)は、Lymphocryptovirus属に分類され、世界中でおよそ90%以上の人が感染していると推定されている。EBVのゲノムには、85種類以上の遺伝子がコードされているが、その中でも特にLatent membrane protein 1 (LMP1)という遺伝子は、様々な悪性疾患に関わっていることが知られている。LMP1遺伝子の塩基配列には、地理的に異なる集団間で差異がみられる。LMP1の配列から、東南アジアの人に分布するEBVは、パプアニューギニア、アフリカ、及び、オーストラリアの人に分布するEBVとは別の系統に分類され、ウイルスの進化には宿主であるヒト集団の拡散と移住が強く関わっていると考えられる。

 本研究では、まず、EBVのLMP1のC末端の配列を解析することで、タイの少数民族におけるEBVの多様性を研究した。東南アジアの14民族を対象に、343のLMP1配列を解析した。その結果、B98-5、China 1、China 2、Mediterranean (Med)の4つの既知の系統に加え、Southeast Asia 2 (SEA2)と命名した新たな系統がタイに存在していることを明らかにした。China 1は、Lisu族、Shan族、南タイ人、北部マレーシア人で高頻度に分布していた。一方、China 2は、Akha族、Hmong族、中部タイ人、北部マレーシア人で高頻度に見られた。またChina 2の頻度分布は、タイ中央部と南部では有意に異なっていた(p=0.006)。新たに見いだされたSEA2は、タイ北部、及び、南部の少数民族だけでなく、北部マレーシアやインドネシアのスンバ島でも広く検出されたことから、東南アジア特有の系統であると考えられた。これらのことは、ある集団におけるウイルスの亜系の分布は、その集団が他集団に対し、閉鎖的であるか開放的であるかによってその分布特性が異なることを示している。すなわち、より閉鎖的集団ではそのウイルスの亜系の多様性は乏しくなっていた。一方、検索した諸集団をその使用言語によって分類し、分布するEBVの系統を調べたところ、オーストロ・タイと他の語族間でSEA2の分布が異なっていることがわかった(p=0.0001)。

 続いて、EBV関連性東南アジアT細胞症候群の患者を対象にLMP1の系統を調べた結果、新たな系統であるSoutheast Asia 1 (SEA1)が同定された。SEA1はタイ南部でのみ存在が確認され、特に患者での検出頻度が有意に高いことを明らかとなった(p=0.025)。また患者において、Medが検出された場合は有意に予後が悪いこともわかった(p=0.029)。これらのことはLMP1の系統は、単に地理的な分布特性を示すばかりではなく、EBV関連疾患の発症にも関与していることを示していた。

 EBVに近縁なLymphocryptovirus属のγヘルペスウイルス(LCV)には、ニホンザルやアカゲザル、ヒヒ、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー等、ヒトを除く旧世界の霊長類を自然宿主としているものも存在する。そこで、ヘルペスウイルスの系統関係を知る上で有用な遺伝子と考えられる、糖タンパクB(gB)遺伝子の配列を同定、比較することで、地理的に隔離されている複数のニホンザル集団間のLCVの系統関係を調べた。まずニホンザルLCVにおける全gB遺伝子配列(2595塩基)を決定した。さらに各々のニホンザル集団から検出されるLCVの系統を比較した結果、宿主であるニホンザルの地理的な分布が、LCVのgB遺伝子の系統と強く関連していることが明らかにされた。

 本研究は、タイの少数民族、及び、EBV関連性東南アジアT細胞症候群患者を対象として、EBVの遺伝的多様性、分布、及び、疾病リスクを検証した初めての研究である。本研究により、EBVの系統はタイの人々の地理的・民族的背景の影響を受けていること、さらにEBVの系統がある種の疾病の要因になっていることが示唆された。またLMP1系統によって、感染しやすい細胞の傾向や疾病リスク、予後に違いが見られることも明らかにした。加えて、本研究は、ニホンザルのLCV遺伝子の多様性を調べた初めての研究でもあり、ニホンザルのLCVを研究することは、LCVの病原性研究に重要なだけでなく、ホミニゼーションの視点からEBVとヒトの関係を理解するための動物モデルとしてニホンザルを位置づけることにも繋がると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 ヘルペスウイルスの一員であるエプスタイン・バールウイルス(EBV)は、Lymphocryptovirus属に分類され、世界中でおよそ90%以上の人が感染していると推定されている。85種類以上のEBV遺伝子の中でも特にLatent membrane protein 1 (LMP1)という遺伝子は、様々な悪性疾患に関わっていることが知られている。また、LMP1遺伝子の塩基配列には、地理的に異なる集団間で差異がみられる。アジアの人類集団ではEBVのLMP1のC末端の配列を、一方、ニホンザルに感染する近縁ウイルスではグライコプロテインBの配列を解析して得られた知見をまとめたのが本論文である。

 本論文の主文は4つの部分から構成されている。第I部で研究全体の背景の説明と位置づけがなされ、第II・III部に研究成果が提示され、第IV部が全体のまとめに充当されている。

 第I部では、研究対象としたEBVが属するヘルペスウイルスに関する情報が要約され、EBVの属性・ゲノム・疾病との関連、についてこれまでになされてきた研究を中心に本研究の背景が紹介されている。

 第II部の第1章では、EBVのLMP1のC末端の配列を解析することで、タイの少数民族におけるEBVの多様性を検索した。東南アジアの14民族を対象に、343のLMP1配列を解析した結果、B98-5、China 1、China 2、Mediterranean (Med)の4つの既知の系統に加え、Southeast Asia 2 (SEA2)と命名した新たな系統がタイに存在していることを明らかにした。China 1は、Lisu族、Shan族、南タイ人、北部マレーシア人で高頻度に分布していた。一方、China 2は、Akha族、Hmong族、中部タイ人、北部マレーシア人で高頻度に見られた。またChina 2の頻度分布は、タイ中央部と南部では有意に異なっていた(p=0.006)。新たに見いだされたSEA2は、タイの少数民族だけでなく、マレーシアやインドネシアでも広く検出されたことから、東南アジア特有の系統であると考えられた。一方、検索した諸集団をその使用言語によって分類し、分布するEBVの系統を調べたところ、オーストロ・タイと他の語族間でSEA2の分布が異なっていることがわかった(p=0.0001)。このようにウイルスの系統と人類学領域を融合させる試みは高く評価された。2章では、EBV関連性東南アジアT細胞症候群の患者を対象にLMP1の系統を調べた結果、新たな系統であるSoutheast Asia 1 (SEA1)を同定した。SEA1はタイ南部でのみ存在が確認され、特に患者での検出頻度が有意に高いことを明らかにした(p=0.025)。また患者において、Medが検出された場合は有意に予後が悪いこともわかった(p=0.029)。LMP1の系統と感染する細胞の種類にも言及できたことは、医療分野への応用という点で期待される。

 第III部の第3章では、EBVに近縁な霊長類のLymphocryptovirus属のγヘルペスウイルス(LCV)に着目した。ヘルペスウイルスの系統関係を知る上で有用な遺伝子と考えられる、糖タンパクB(gB)遺伝子の配列を同定、比較することで、地理的に隔離されている複数のニホンザル集団間のLCVの系統関係を調べた。まずニホンザルLCVにおける全gB遺伝子配列(2595塩基)を決定し、系統を比較した結果、宿主であるニホンザルの地理的な分布が、LCVのgB遺伝子の系統と強く関連していることを明らかにし、ウイルスの情報をサル集団の分化・移住研究に適用しうることが示された。

 以上より、本論文では、本研究は、タイの少数民族、及び、EBV関連性東南アジアT細胞症候群患者を対象として、EBVの遺伝的多様性、分布、及び、疾病リスクを検証した初めての研究である。本研究により、EBVの系統はタイの人々の地理的・民族的背景の影響を受けていること、さらにEBVの系統がある種の疾病を惹起したり予後影響することが示唆された。加えて、本研究は、ニホンザルのLCV遺伝子の多様性を調べた初めての研究でもあり、ニホンザルのLCVを研究することは、ホミニゼーションの視点からEBVとヒトの関係を理解するためのモデルとしてニホンザルを位置づけることにも繋がると期待される。

 本論文は石田貴文他との共同研究に基づいている。石田は指導教員として、その他の共同研究者は試料・抗体提供者の立場から共著者として参画している。本論文の実験・解析は論文提出者が終始主体となっておこない、その論文への寄与は十分と判断される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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