学位論文要旨



No 121810
著者(漢字) 平野,智子
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,トモコ
標題(和) 既存住宅からのCO2排出量削減のためのロードマップに関する研究
標題(洋)
報告番号 121810
報告番号 甲21810
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6340号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、既存住宅からのCO2排出量削減のためのロードマップに関する検討を目的とする。

 京都議定書が発効し、第一約束期間が迫ってきているなか、住宅分野においてもCO2排出量の削減が期待されている。これまで、新築に関する政策や対策が多い状況が続いてきたが、既存住宅ストックからのCO2排出削減量もより真剣に取り組まれねばならない。

 これまでにも、既存住宅ストックのCO2排出削減量の推定を国レベルで行った研究は存在したが、それらでは推計の基礎となる住宅ストック量の算定が粗かったとともに、住宅自体の省エネルギー性能(すなわち断熱性能)を対象としており、より現実的なオプションである設備機器交換や新エネルギー機器の導入についての検討はほとんどなされてこなかった。

 そこで、本研究では、正確なストック量を算定して使用するとともに、断熱改修のみならず、家電機器の交換および新エネルギー機器の導入による住宅ストックの改善を対象とした検討を行う。また、それらの結果を基として、断熱改修・家電機器交換・新エネルギー機器導入に関するいくつかの政策案を提示し、国全体としてのCO2排出量削減効果、世帯ごとにかかる費用、および国全体の費用を算定し、政策案の有効性を検討する。最後に、それらの検討を例として、CO2排出量削減のためのロードマップを考える際に必須となる政策の事前評価手法に関しての考察を行う。

 以下に、各章の主たる内容を示す。

 まず、1章では、序論として、本研究の概要を述べた。

 2章では、研究背景と研究課題を掘り下げた。2.1節では研究背景として、京都議定書および日本の関連政策について概説し、住宅の既存ストックにおけるCO2排出量削減の必要性を述べた。2.2節では、既存住宅ストックのCO2排出削減量の推定を国レベルで行っている既往研究をレビューし、2.3節では、研究目的「既存住宅からのCO2排出量削減のためのロードマップに関する研究」を明らかにした。さらに、2.4節では研究範囲、2.5節では研究方法をまとめた。

 3章では、信頼性理論に基づく建物寿命の推定手法を応用して、住宅ストックの現存量を推定し、構造別・建て方別の住宅ストック量を示すとともに、簡易な仮定により2030年までのストック量を推定した。まず、3.1節では、ストック量推定手法の概要として、推定手法の流れと、関連する既往研究の位置付けを述べた。3.2節では、建物寿命の定義を明らかにした。3.3節では、機械工学分野で発展してきた信頼性理論の累積ハザード法について、この手法を用いた理由を述べるとともに、理論の解説を行った。3.4節では、累積ハザード法における信頼度関数の3種類の算定手法(すなわち、累積ハザード関数近似法、区間残存率推計法、最小二乗法を用いた分布関数の推定手法)を説明した。3.5節では、3.4節で述べた信頼度関数の算定に際する使用データを、固定資産税家屋台帳による方法、全国的な統計資料(「建築着工統計」・「固定資産の価格等に関する概要調書」)による方法の2方法について述べた。3.6節では、3.3〜3.5節で述べた方法によって算定された、既往研究における信頼度関数(すなわち、建物残存率)の推定結果を一覧として表した。3.7節では、住宅ストック量の推定を行った。まず、3.7.1節において、建築着工統計からの捕捉漏れ率について解説した。次に、3.7.2節では、1945年以前に建設された住宅ストックの現存量を行った。3.7.3節では、1945年以降に建設された住宅ストックの残存量の算出条件を明確にし、3.7.4節で、住宅ストック量の将来予測に関する仮定を述べた後、3.8節では1945年以前・1945年以降の住宅ストックについて、2030年までの残存量の予測結果を示した。また、特に、2005年、2012年、2030年時点における建設年別の住宅ストック戸数(構造別・建て方別)を明らかにした。

 4章では、3章で推定した住宅ストック量を基に、既存住宅ストックの断熱改修によるCO2排出量の削減効果を推定した。ただし、3章では構造別・建て方別としたものの、本章ではその区別をつけることはできなかった。その点は今後の課題である。4.1節では、住宅ストックの省エネルギー化に関する政策をまとめた。具体的には、まず、省エネルギー法について、住宅の省エネルギー基準の推移、2005年の改正の要点を述べた。次に、性能表示制度について、省エネルギー基準との関係を説明し、近年の制度実施状況を述べた。また、住宅金融公庫における割増融資・基準金利適用条件を概説した。4.2節では、断熱改修を取りまく状況として、5年間の間の居住状況の変化に関するデータや住替え・改善の意向についてのデータを上げるとともに、増改築・改装の工事件数・実施額等を示した。また、工事内容別の工事件数内訳のデータを示した。4.3節では、省エネルギー基準ごとの住宅のエネルギー消費原単位を示し、断熱改修のシナリオを提示した。4.4節では、そのシナリオに基づくCO2排出削減効果および改修戸数を、2008〜2012年の平均(京都議定書第一約束期間)および2030年までについて推定し、京都議定書や京都議定書目標達成計画における目標値との比較を行った。5章では、家電機器の更新によるCO2排出量削減効果を推定した。

 まず、5.1節では、家電機器の省エネルギー化に関する政策を概説した。具体的には、省エネルギー法とそれに基づく省エネラベリング制度を解説し、省エネルギー型製品販売事業者評価制度、省エネ大賞、エコリーフ環境ラベル、HEMSの普及、住宅金融公庫の割増融資制度、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による補助金の各制度を概説した。5.2節では、家電機器の更新を取りまく状況を、家庭における機器・用途別のエネルギー消費の割合を通して述べた。5.3節では、家電製品の省エネルギー性能と価格との関係を、製品カタログおよびウェブ上の価格検索サイトによって調査した。調査対象は、エアコン、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、温水洗浄便座であり、温水洗便座以外においては、程度の違いはあるものの、本体価格が上がるほど消費電力量が下がることが確認できた。5.4節では、エアコンのみを対象として、機器更新のシナリオを提示し、2008〜2012年までの平均および2030年までのCO2排出量削減効果を推定した。

 6章では、新エネルギー機器の導入によるCO2排出量削減効果を推定した。まず、6.1節では、新エネルギー機器導入に関する政策をまとめた。具体的には、新エネルギー法、RPS法、グリーン電力基金、新エネルギー財団(NEF)による補助金、自治体による補助金、住宅金融公庫の割増融資などの制度を概観した。6.2節では、新エネルギー機器導入を取りまく状況について述べた。6.2.1節は、太陽光発電に関して、6.2.2節は、太陽熱給湯に関して、導入量や価格・コストの推移を示した。6.3節では、太陽光発電、太陽熱給湯のみを対象として、機器導入のシナリオを述べた。6.4節では、6.3節のシナリオにより、CO2排出量削減効果を、2008〜2012年の平均および2030年までについて推定した。

 7章では、5つの政策を提案し、4〜6章に基づいてその効果を推定することにより、ロードマップの作成と検討を行った。まず、7.1節では、関連する政策目標(京都議定書および京都議定書目標達成計画の目標値)を明確にした。7.2節では、ロードマップの定義を述べ、研究の目標を明示した。7.3節では、4〜6章の総括を行った。7.4節で、政策案を5つ提示した。すなわち、「エアコンの更新に対する補助」、「新エネルギー機器の導入に対する補助」、「省エネ住宅に関する環境税」、「電気使用量表示計の設置義務付け」、「公営住宅の断熱改修・設備機器更新」である。7.5〜7.9節では、それら5つの政策の詳細な内容を述べ、その効果をCO2排出量の削減、各世帯および国全体でのコストの面から検討した。7.10節では、5つの政策案をあわせた検討を行うとともに、本手法の事前評価手法としての有効性を検討した。

 最後に8章にて、結論を述べるとともに、今後の課題を概説した。

審査要旨 要旨を表示する

 CO2の排出量を削減する目標をたてその政策を推進することは、化石燃料の使用量を抑制する意味でも、また地球温暖化のリスクを低めるためにも重要である。特に住生活にかかわる化石燃料使用に伴うCO2排出量は、一国の総量の3割から5割を占めていることから、各国では既存住宅から排出されるCO2削減目標を政策的に定め、その実現のために様々な政策を企画・実施している。但、CO2削減目標は、それぞれの政策の技術的・経済的実行可能性の検討をしたうえで、政策別の削減可能量を積み上げて設定したものではなく、国全体の削減目標を、排出源別・セクター別に割り付けて設定されている傾向がある。しかも、削減政策それぞれについての費用対効果を検討した上で、費用対効果を最大化する観点から、諸政策が組み合わされているわけでもない。

 このような齟齬が生じている一因は、既存住宅におけるCO2削減政策のマクロ的効果を定量的に予測する手法が学術的に確立していないことによる。

 本論文は、このような現実的課題及び学術の現状を踏まえ、

1)CO2削減対策の費用対効果、政策効用関数、及び既存住宅の諸属性(建設年代・規模・所在地気候特性・断熱性能・構造形式、使用設備機器特性)などをもとに、複数の政策を組み合わせた場合に、どれくらいのCO2削減が期待できるのかをマクロ的に予測する手法を開発すること

2)その予測手法を用いて、既存住宅からのCO2排出量削減のためのロードマップを描き出すための検討を行うこと

を目的にしたものである。

 具体的には、本論文では、まず第3章で、信頼性理論に基づく建物寿命の推定手法を応用して、住宅ストックの現存量を推定し、構造別・建て方別の住宅ストック量を示すとともに、簡易な仮定により2030年までのストック量を推定している。次に第4章では、3章で推定結果を基に、既存住宅ストックの断熱改修によるCO2排出量の削減効果を推定している。また、5章では、家電機器の更新によるCO2排出量削減効果を推定した。続く6章では、新エネルギー機器の導入によるCO2排出量削減効果を推定している。さらに、7章では、5つの政策を提案し、4〜6章に基づいてその効果を推定することによって、ロードマップの検討を行っている。

 このような議論の展開を通じて、本論文は、どのような政策を組み合わせると、既存住宅からのCO2削減量がどのくらい期待できるのか、また、それぞれの政策組み合わせにおける政府の財政支出総額、家計負担総額をマクロ的に定量的に予測する手法を開発することに成功している。加えて、この予測手法を用いて、CO2削減量のロードマップを、費用対効果を加味しながらヒューリスティックスに検討する道筋も示している。

 このような本論文の成果は、例えば30年後に実現する政策目標をもとに、これから30年の間にどのような政策を講じていけばよいのかバックキャスト型のロードマップを描いていくことを支援できるという社会的・実務的意義をもっている。また、建築学と政策科学・環境学を連携させていくきっかけとなりうる学術的意義も持っている。

 よって、その学術的意義の高さと、社会的意義に鑑みて、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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