学位論文要旨



No 121812
著者(漢字) 柳,東佑
著者(英字) Ryu,Dong Woo
著者(カナ) リュウ,ドンウ
標題(和) 環境条件の変動に伴うコンクリート中の水分分布に関する研究
標題(洋)
報告番号 121812
報告番号 甲21812
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6342号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 近年、コンクリート構造物の耐久設計に関して、仕様規定型から性能規定型への移行が指向される中で、その劣化メカニズムの定量的な把握と高度なモデル化が要求されている。コンクリート構造物の耐久設計を確実に実施するためには、外部環境条件に応じてコンクリート中の水分状態を正確に予測することが非常に重要である。なぜならば、劣化現象のほとんどが水分を媒介とした物質移動現象に起因しており、その水分状態によって劣化因子の移動速度や反応速度が大きく左右されるためである。すなわち、コンクリート構造物の劣化現象を定量的に予測するためには、コンクリート構造物が曝される環境条件とコンクリート中の水分移動特性を関連付けて把握しなければならない。

 しかしながら、多孔性材料の物理的性質に影響を及ぼす水分の表面張力、密度、粘性などは、温度に依存しており、さらにそれらの相互作用はコンクリート中の水分移動に直接影響を与える。そんため、その移動メカニズムは非常に複雑なものとなっており、コンクリート中の水分移動現象を正確に把握することが困難となっている。

 既往の水分移動の研究では、コンクリート中の含水状態が弾性係数、クリープ、乾燥収縮などの力学的挙動に著しい影響を与えることから、主に乾燥収縮に関する分野で古くから多くの研究が行われてきた。また、コンクリート中における水分の拡散係数は、コンクリート中の水分の存在状態に依存しており、含水率や相対湿度が大きいほど大きな値となることが、実験的・理論的に確かめられている。しかし、コンクリート構造物が曝される実際の環境条件では、乾燥のみならず、温度・湿度の周期的な変動によって乾燥過程・吸湿過程が連続的に繰り返されている。さらに、降雨時には雨が液状水の状態でコンクリート中に直接侵入するため、乾燥や吸湿に比べてコンクリート中の含水率を大きく変化させる。また、実際のコンクリート構造物では水分移動と熱移動が共存するため、温度の水分移動への影響も考慮すべきであるが、温度勾配下の水分移動の影響を検討した研究は少ない。

 一方、コンクリートのひび割れ発生は劣化因子の浸透が容易となるため、耐久性を著しく阻害することが指摘されているが、ひび割れと耐久性(主に中性化や塩害による鉄筋腐食)に関する問題は、ひび割れ幅とコンクリート中の鉄筋腐食の因果関係を肯定する見解と明確ではないとする見解に分かれている。また、ひび割れ中の物質移動に関する研究は、透気試験や透水試験を通じてその影響を評価したものがほとんどであり、ひび割れ部での水分移動と関連付けた研究は少ない。

 劣化現象の定量的予測手法および鉄筋コンクリート構造物の耐久設計手法を確立するためには、使用環境下におけるコンクリート中の水分の存在状態の把握が不可決であるが、以上のように、周期的な温度・湿度変化や降雨環境下におけるにおけるコンクリート中の水分挙動を総合的に検討した例はあまり見当たらない。したがって、本研究では、外部環境条件(温度、相対湿度、降雨)の周期的な変動がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響を明らかにするため、電極法による相対含水率の測定および湿度センサーによる相対湿度の測定を行うとともに、コンクリート構造物の水分状態が環境条件だけではなく内的要因であるひび割れおよび仕上げ材の性能などによっても支配されていると考えられるため、ひび割れや仕上げ材がコンクリート中の水分状態に及ぼす影響に関しても併せて比較評価することを目的とする。ここで、模擬環境条件としては、東京都の過去30年間の気象庁統計を参考に夏(21.9〜28.3℃、57〜89.7%RH)の気象環境を模擬し、同じ飽水状態でも試験体により含水率に差が生じるので、本研究では、試験体に実際に含まれている含水量の飽水状態の含水量に対する比を「相対含水率」と定め、比較検討の指標とした。また、外部環境条件の変動に伴う表層部コンクリート中の熱・水分移動を予測できる数学的モデルの定式化およびFEMによる解析手法の確立を最終的な目標し、環境模擬実験を通じる結果と比較することでその解析手法の信頼性を検証する。

 第1章 「序論」では、本研究の背景・目的および研究の位置付けや範囲をまとめた。

 第2章 「既往の研究」は、コンクリート中の水分移動メカニズムに関する既往の研究を取りまとめたものであり、物理的吸着理論や凝縮理論により説明される微視的観点およびコンクリートを集合体とみなし、非線形拡散方程式により説明される巨視的な観点、そして外部の環境に対して開放されているひとつの熱力学的な系とみなして熱力学的平衡状態を考慮した熱力学的観点の3つに分けて考察した。

 第3章 「コンクリートの内部含水率分布の測定法」では、コンクリートの含水率測定に関する既往の研究とその測定方法においての問題点について検討し、その中で最も合理的かつ実用的な方法であると考えられる電極法を取り上げ、内部含水率を推定するためのキャリブレーション試験を行った。また、従来の高含水域で測定が不可能であった内部湿度の測定を小型湿度センサーに透湿性シートで防水処理を施すことによって高含水時からの測定が可能な方法を提案した。

 第4章 「環境条件の周期的な変動がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響」では、環境模擬実験を通じて各々の環境因子(温度、相対湿度、降雨)がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響を明らかにするため、電極法による相対含水率の測定および湿度センサーによる相対湿度の測定により、これらの影響を実験的に検討した。

(1)乾燥に伴うコンクリート中の相対含水率分布の経時変化は、試験体の種類に関係なく、表層部に近いほど、各乾燥材齢において乾燥開始とともに急激に減少する。特に、乾燥初期での相対含水率の減少が著しい。

(2)外部の温度・相対湿度がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響を因子ごとに比較検討した結果、水分分布の変化は表層部でのみ生じており、内部では極めて緩慢な水分の減少を示した。

(3)降雨によるコンクリート中の水分分布の経時変化は水セメント比30%の場合は水セメント比60%に比べて屋根の有無による影響が小さかったが、両方とも直接雨がかかる場合には相対含水率(相対湿度)が急激に増加する傾向を示した。

(4)降雨終了後に降雨開始前の相対含水率(相対湿度)に戻るのにかかる時間は表層部に近いほど短いが、本研究では表層部の場合、500時間が経過しても元の相対含水率には戻らなかった。

(5)外気温の変動に伴う内部湿度の変化は内部湿度によって異なった。すなわち、空隙内の相対湿度が90%以上の高湿度領域では内部温度の増加と内部湿度の減少が正確に一致しながら連動したが、相対湿度90%以下の場合は内部温度が増加・減少するにつれて内部湿度も一緒に増加・減少した。

 第5章 「ひび割れや仕上げ材がコンクリート中の含水状態に及ぼす影響」では、第4章で模擬した同じ環境条件、測定方法を用いてひび割れや仕上げ材がコンクリート中の含水状態に及ぼす影響を評価した。本研究で対象としてひび割れの幅および仕上げ材の種類は、ひび割れ(表面ひび割れ幅0.1mm・0.2mm)を有するものと仕上げ材(タイル・水系ウレタン・薄塗材E)を施したものであり、健全部の実験結果と比較検討を行った。

(1)乾燥に伴うコンクリート中の相対含水率の経時変化は、ひび割れのある場合、水セメント比30%はひび割れ幅が大きいほど相対含水率の減少幅も大きくなったが、水セメント比60%ではひび割れのない供試体と比べて乾燥に伴うひび割れの影響は顕著ではなかった。一方、仕上材が施した場合には、仕上げ材の性能によって異なるものの、コンクリート中からの水蒸気の逸散は水系ウレタン、薄塗材E、タイル順に高かった。

(2)外部の温度・相対湿度がコンクリート中の相対含水率分布に及ぼす影響を因子ごとに比較検討した結果、ひび割れと仕上材の種類に関係なく、相対含水率分布の経時変化は健全部のものと同様に表層部でのみ生じており、内部では極めて緩慢な水分の減少を示した。ひび割れによる影響はひび割れ幅が大きいほど吸湿より乾燥が速かったが、顕著な相違は認められなかった。一方、仕上げ材を施した場合、水系ウレタンは内部への水蒸気の透湿性は小さく、外に逸散する水蒸気が大きかった。また、薄塗材Eは内外部への水蒸気の透湿性が大きいのに対し、タイルは内外部への水蒸気の透湿性が非常に小さかった。

(3)降雨によるコンクリート中の相対含水率分布の経時変化は、ひび割れのある場合、水セメント比に関係なくひび割れ幅が大きいほど水分の浸透が非常に速く、深部まで比較的容易に到逹した。深さごとの相対含水率の経時変化は、水セメント比60%の場合、表層部から飽水されながら深部へ移動するのに対し、水セメント比30%は速やかに深部へ浸透した。一方、仕上げ材を施した場合には、仕上げ材の種類によって大きく異なった。水系ウレタンは降雨の影響がほぼ見られなかった。薄塗材Eでは、仕上げを施されないものとほぼ同じような傾向が示したが、降雨終了後の温・湿度の繰返しに伴う相対含水率分布は仕上げ材がないものに比べ、高い相対含水率を維持した。また、タイルの場合は目地を通じる水分の吸水が速やかに浸透し、吸水された水分は長期間にわたって徐々に減少した。

 第6章 「熱・水分同時移動の連成解析モデル」では、丸山の空隙構造モデル(C-CBMモデル)と多孔性媒体の中で熱・水分移動の連成に関するPhilipとDe Vriesのモデルに基づいて環境条件に伴う表層部コンクリート中の熱・水分移動を予測できる数学的モデルの定式化およびFEMによる解析手法の確立を試みた。また、第4章の環境模擬実験を通じる結果と比較することでその解析手法の信頼性を検証した。

 第7章 「結論」では、本研究で得られた成果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 柳東佑氏から提出された「環境条件の変動に伴うコンクリート中の水分分布に関する研究」は、外部環境条件(温度、相対湿度、降雨)の周期的な変動がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響を明らかにしたものであり、実験を通じて、コンクリート中の含水率および相対湿度の測定を行い、環境条件だけではなくひび割れおよび仕上げ材がコンクリート中の水分状態に及ぼす影響を把握するとともに、外部環境条件の変動に伴う表層部コンクリート中の熱・水分移動を予測できる数学的モデルの定式化を行い、有限要素解析による環境条件の変動に伴う水分の挙動を予測できる手法を構築したものである。

 本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

 第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

 第2章では、コンクリート中の水分移動メカニズムに関して、物理的吸着理論や凝縮理論により説明される微視的観点、コンクリートを集合体とみなして非線形拡散方程式により説明される巨視的な観点、および外部環境に対して開放された一つの熱力学的な系とみなして熱力学的平衡状態を考慮した観点、という3区分に分類がなされて、既往の研究が適切に取りまとめられている。

 第3章では、従来のコンクリートの含水率測定に関する問題点について検討がなされており、内部含水率を推定するためのキャリブレーション試験が実施されるとともに、従来、高含水域で測定が不可能であった内部湿度の測定を可能とする方法が提案されている。

 第4章では、環境模擬実験を通じて、電極法による相対含水率の測定および相対湿度センサーによる相対湿度の測定により、各々の環境因子(温度、相対湿度、降雨)がコンクリート中の水分分布に及ぼす影響を明らかにしている。

 第5章では、第4章で模擬した環境条件下において、電極法および相対湿度センサーを用いて実験を行い、コンクリート表面のひび割れ(ひび割れ幅0.1〜0.2mm)や仕上げ材(タイル、水系ウレタン、薄塗仕上材)がコンクリート中の含水状態に及ぼす影響を明らかにしている。

 第6章では、外部環境条件の周期的な変動に伴うコンクリート中の熱・水分移動を予測するために、コンクリート中の細孔構造のモデル化、細孔径に応じた局所的な熱力学的平衡のモデル化、温度勾配および含水率勾配を駆動力とする水分移動のモデル化、液島を考慮した水分移動のモデル化などを行った上で、有限要素解析を行うことにより、外部環境因子の変動に伴うコンクリート中の水分移動および温度変化を予測できる可能性を見出している。

 第7章では、本論文の結論および今後の課題が要領よくまとめられている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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