学位論文要旨



No 121814
著者(漢字) 河野,良坪
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,リョウヘイ
標題(和) 片側開口居室の換気性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 121814
報告番号 甲21814
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6344号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

 自然通風の有効な利用は夏季においては在室者の体感温度を下げて清涼感を与えたり、室内で発生した汚染物質を外気と入れ換えて浄化するなど、環境負荷の低減や快適性の確保が可能となる。自然通風は居室の風上、及び風下壁面に開口窓が存在することを前提とするが、最近の集合住宅やオフィスなどの居室では片側壁面のみに開口窓が有り、新鮮外気の導入量は低下せざるを得ない。こうした居室では、新鮮空気の流入及び流出が同一窓で行われ易く、効率的な通風経路は形成され難い。この為、室の奥深くまで効率よく通風・換気を行うことは困難といえる。

 一方、通風・換気に関する研究は多く行われてきたが、大部分は複数の開口を有する居室を対象としている。片側壁面開口の通風・換気(以下、「片側開口換気」)を対象とした研究の中では、浮力駆動の換気に関する研究が多くを占め、風力駆動の観点から片側開口換気を研究した例は存外に少ない。但し、風が開口面に平行に流れる横風時について、Warrenらは片側開口換気のメカニズムを詳細に分類した上で、開口部で生じる混合層中の乱れによる効果が主要素であると考え、トレーサーガスを室内一様で発生した時の室平均濃度から換気量予測の概算式について言及した。しかしながら、実際に設計段階で役立つ片側開口居室の換気量予測手法は、現状ではあまり整備されていない。

 本研究では、これまで断片的に研究されてきた片側開口換気の性状に関して包括的に検討を行い、また、換気予測手法の提案を行う。具体的には、以下の3つに関して検討する。

(1) 片側開口換気に関する基礎性状の検討(本論文中における第4〜6章)

 片側開口居室においては、開口面に対して垂直に働く静圧力ではなく、建物壁面、すなわち開口面に平行に流れる風を室内に上手に誘導することで、より大きな通風を確保することが可能であると考えられる。ここではオフィス等に設置されている縦軸回転窓での動圧の有効利用が可能と考えられ、その換気性能について検討を行う。また、片側開口居室内の実質的な換気性能を担保する為の設計指針に貢献する為の知見を得る。

 以下に第4〜6章の内容を示す。

「第4章 横風時における片側開口居室の換気性状に関する研究」

 横風時における片側開口通風・換気の基本性状について、風洞実験により検討を行う。ここでは特に、開口面に平行に風が流れる場合について縦軸回転窓の通風原理を活用して、室内全体を片側開口窓のみで、効率良く通風・換気することを目的としている。矩形の開口では開口面風下側で流入、風上側で流出となるが、縦軸回転窓においては窓面が気流をせき止めて風上側で流入、風下側で流出となり、換気量測定の結果からは縦軸回転窓の換気性能の高さが伺える。また、片面2開口の場合の換気性能に関する実験、及び、壁面厚さと換気量の関係に関する実験を行い、設計に寄与する為の知見を得た。

「5章 室内循環流に関する研究」

 扇風機等による人工的な循環気流を室内に予め作成し、自然通風と併用して相乗効果による室内換気効率の改善を試みた。

「第6章 風上開口の風下開口に対するクロスコンタミネーションに関する研究」

 2つの片側開口居室を想定し、風上側居室の開口面から流出した空気が、風下側居室にどの程度流入されるかを、風洞実験により検討した。隣室(風下側居室)において風上側居室の1割弱の汚染質濃度が検出された。また、建物表面ファサードの凹凸は、汚染質を拡散させて下流への影響を低減する可能性があることを確認した。

(2) 通風量増加を目的とした新型開口窓の提案・開発(第7〜8章)

 簡単な機構を用いて、新鮮空気を室の奥深くまで効率的に輸送する開口窓の提案・開発を行なう。ここでは片側開口居室においても窓を開けるという行為のみで、風という自然エネルギーを主体とした室内の環境調節機能を実用レベルとすることを目標とする。

 以下に第7〜8章の内容を示す。

「第7章 サッシ形状型の新型開口の開発」

 建物外観に大きな変更を加えること無く、開口脇のサッシ部分にウインドキャッチャー(受風装置)を組込み、換気性能(P-Q特性)に関して実大試験を行った。室内外の静圧差がほとんど生じない場合においても、外部風があれば動圧を利用した換気が可能と見られた。

「第8章 縦軸回転窓を応用した新型開口の開発」

 縦軸回転窓の通風原理を応用した新型開口を開発するため、テストパターンの換気性能について風洞実験により検討した。実験データを基に、実大試験用の開口が製作されている。

(3) 換気量予測手法の開発(第9章)

 (1)、(2)の研究結果から得られる換気量予測モデル(基準化換気量)を基に、任意の片側開口居室の換気量を低コストで予測出来る手法を提案する。

 以下に第9章の内容を示す。

「第9章 片側開口居室の換気量の簡易予測」

 市街地の気流分布を予めCFDを用いてシミュレーションして、その中の建物の任意の居室の外側を流れる風速を算出する。これを予め風洞実験から得られる換気量予測モデル(基準化換気量)に組み入れることで、簡易に換気量を予測できる。

 本研究は、居室に開口窓を一つしか設置できないような、従来は通風があまり期待できない条件下においても、両側開口の場合に匹敵するような通風量を確保し、また、計画段階において通風量を簡易に予測する手法を提案・開発するところに革新性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「片側開口居室の換気性状に関する研究」を題して、効率的な自然通風利用が困難とされる片側開口居室を対象とし、特に(1)片側開口換気に関する基礎性状の検討、(2)通風量増加を目的とした新型開口窓の提案・開発、(3)換気量予測手法の開発に関する詳細な検討を目的としている。

 これまで通風・換気に関する研究は多く行われてきたが、大部分は複数の開口を有する居室を対象とし、風力駆動の観点から片側開口換気を研究した例は存外に少ない。また、部屋の片壁面にしか開口窓を確保出来ない物件が多いにも関わらず、実際に設計段階で役立つ換気量予測手法は、現状ではあまり整備されていない。本論文では、これまで断片的に研究されてきた片側開口換気の性状に関する包括的な検討と、片側開口建物の設計に寄与する換気量予測手法の提案がなされている。

 尚、このような一開口で流入流出が生じショートカットが起こり得るケースでは、開口形状を工夫することによって、或いは人工的な動力を加えることによって室内循環流を形成させて、新鮮空気を室内奥まで輸送し、実質的な換気量を示す室平均空気齢を小さく(すなわち換気量を大きく)することが可能と思われる。この点に関して言明し一開口通風を検討した例は本研究が始めてである。

 本論文の構成は以下の通りである。

 1章では、本論分の研究背景、及び目的を提示している。

 2章では、片側開口換気に関する既往の研究を概説している。

 3章では、本研究に関連する、各種実験装置(境界層型風洞装置、全炭化水素計、マスフローコントローラ等)の特徴と原理、換気量測定法(トレーサーガス法)、換気効率指標について説明している。

 4〜6章では「片側開口換気に関する基礎性状の検討」を目的としている。

 4章では、風が外壁に平行に流れる横風時における、片側開口居室の換気性状について検討している。一般的な居室では片側壁面上のみに開口窓が設置されることが多く、自然通風のみで十分な換気量は得難いが、開口面に平行流となる横風時においてある程度の換気性能を確保することは可能であり、この場合について縦軸回転窓の通風原理を活用して、室内全体を片側開口窓のみで効率良く通風・換気する点に関して風洞模型実験により検討したものである。

 5章では、一開口モデル内に扇風機や天井扇、排気ファン等により生じるであろう室内気流を循環流として人工的に与えた場合における換気量の増減について、風洞模型実験により検討している。

 6章では、外壁面に接する2つの片側開口居室を想定し、風上側居室の開口面から流出した空気が、開口相互の位置関係や開口形状等に応じて、風下側居室にはどの程度流入されるかを風洞模型実験により検討している。

 7〜8章では、「通風量増加を目的とした新型開口窓の提案・開発」を目的としている。

 7章では、物外観に大きな変更を加えること無く、開口脇ののサッシ部分にウインドキャッチャー(受風装置)を組込み、双方向の風に対して有効に通風を行うシステムの実大試験の結果を示している。

 8章では、縦軸回転窓の通風原理を応用した新型開口の提案・開発を目的とし、風洞模型実験によりテストパターンの換気性能を検証している。

 9章では、「換気量予測手法の開発」を目的としている。

 片面開口の通風は、壁に沿って流れる風の運動量を如何にスムースに室内、その奥に誘導するかが重要となるが、本章では開口近傍を流れる横風と室内換気性状との対応から、片側開口居室の簡易的な換気量予測手法の提案をしている。

 第10章は、本論文の結論、及び今後の課題を述べている。

 以上を要約するに、本研究論文は、居室に開口窓を一つしか設置出来ないような、従来は通風があまり期待できない条件下においても、両側開口の場合に匹敵するような通風量を確保し、また、計画段階において通風量を簡易に予測する手法を提案・開発するところに実用性があり、これからの自然通風利用の促進に大きく寄与し、建築環境工学の発展に寄与するところが大きい。

 本研究成果により風という自然エネルギーを主体とした、居室単位から街区単位にわたり片側開口居室内の換気・通風による室内環境調節を行うことが可能となる。従来の換気回路網計算やRANSモデルでは、単一開口モデルのように流入と流出が開口上の同じ位置で交互に行われる場合の計算には不向きである一方、LESでは計算時間がかかり過ぎ、現段階では実務への適用が難しいとされる。しかし、ここでは窓の外を流れる風速(これはCFD等により算出する必要があるが)からの換気量の簡易予測を可能と考え、特に先行研究者であるWarren氏が行っていない切り口(縦軸回転窓、室内循環流、壁厚と換気量の関係、クロスコンタミネーション等)から片側開口時の換気性状を捉えており、これらの点に多数の新規性が伺える。本研究は、来るべきサステナブル社会における建物による環境調節の自然エネルギー利用の一翼を担う基礎となる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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