学位論文要旨



No 121815
著者(漢字) 金,泰洙
著者(英字) KIM,TAE SOO
著者(カナ) キム,テス
標題(和) ステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局挙動に関する解析的研究
標題(洋)
報告番号 121815
報告番号 甲21815
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6345号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

 ステンレス鋼は錆に強く、表面仕上げの美しい鋼材として広く一般に知られている。2000年に施行された建築基準法及び施行令においてステンレス鋼が鉄骨構造用として規定された。それに応じて様々な研究が行われ、ステンレス建築構造設計基準が制定された。以上の研究成果は厚板のみを対象とするものである。しかし、ステンレス鋼は材料費だけでなく、その加工費が高価であるため、炭素鋼と同じように重量鉄骨に使用するより耐食性・耐久性を有効利用した軽量構造への適用を考えるのが現実的となっている。そこで、ステンレス鋼薄板部材の設計規準を作成し、構造材として利用する為の構造的性能を明らかにすることが要求されている。これを受け、ステンレス鋼薄肉部材を用いた軽構造設計規準の作成を目的とした実験研究が行われてきた。ステンレス鋼特有の材料特性や薄板という形状的な特性によりステンレス鋼厚板及び普通鋼板を対象とした現行規準などが適用できないと判断されたため、修正を加え、設計式が提案された。本論文では、それらの研究課題のなかで、ステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局挙動に関する解析的研究を行う。

 既往研究においてSUS304ステンレス鋼薄板を使用したボルト接合部の耐力評価式が提案されたことで、破断モードと最大耐力の予測精度が相当改善されたと報告されている。実験で縁端距離が大きい場合、縁端部に面外曲げが発生し、接合部の耐力が低下する現象が観察されている。面外曲げが生じる接合部において現行の規準式のみならず、既往研究の提案式も面外曲げによる耐力の低下が十分に考慮されていないため、接合部の最大耐力を過大評価している。

 本論文ではステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局挙動に関する既往の研究結果を再び検証すると共に、得られた知見を拡張させる方法として数値解析による検討を試みる。既往の実験データを基に接合部の有限要素解析を行い、実験結果と解析結果を比較・検討し、有限要素解析が接合部の破断モード及び最大耐力を予測する手段として妥当であるかを検証する。ボルト配列、縁端距離、板厚を変数とする解析モデルを想定して数値解析を行い、得られた結果に基づいて面外曲げ発生条件の判定方法を提案する。さらに、面外曲げが生じる際、面外曲げによる耐力低下の度合いを考慮し、面外曲げの発生可否に従うステンレス鋼薄板ボルト接合部の耐力評価法の提案を行う。

 本論文は、以下の6つの章及び4つの付録より構成されている。

 第1章「序論」では、本論文の背景と目的、本論文の構成について記述している。

 第2章「現行の設計基準と既往研究」では、先ず、現行の設計基準で規定する接合部の破断モード及び破断耐力評価式について整理している。ステンレス鋼薄板ボルト接合部に関する実験研究が行われ、炭素鋼厚板用に基づいて制定された現行規準を改良した接合部の耐力評価式を説明している。さらに、ボルトせん断接合部において面外曲げに関する既往研究について述べている。

 第3章「有限要素解析法の適用性」では、薄板ステンレス鋼設計基準の作成を目的とした実験的研究が行われており、その研究の一部であるボルト接合部の終局挙動を予測するにあたって有限要素解析法の適用性について検討している。その結果、得られた知見を以下に示す。

(1) 解析モデルと解析諸条件

 既往研究の試験体のなかで、破断モードが明瞭な試験体を選び、解析対象試験体とする。降伏条件にはvon Misesの降伏条件を用い、塑性域における材料挙動に関してはPrandtl-Reussの流れ則及び等方硬化則に従うものとする。板厚方向変位を拘束しない1枚の板を解析対象とする。種々のパラメトリックスタディを通じ、板要素は3次元ソリッド要素、ボルトは3次元剛体要素とし、板とボルトの接触については摩擦を無視する。境界条件として、板は支持端の面を固定、ボルトは載荷方向のみ変位を許容し、ボルト孔壁の板厚中央部の板厚方向変位を拘束する。ボルトの回転及び座金については考慮しないものとする。加力方法はボルトに一様な漸増強制変位を与える。

(2) 破断と面外曲げの限界状態

 最大公称応力度と一様伸びに対応する真応力度と真ひずみを破断の限界値と設定する。破断の判定として解析結果から得られた真応力度が破断の限界値に達した時点で亀裂が生じ始めると仮定する。面外曲げの発生時、解析モデルに設定した参照点における板厚方向の変位を観察し、この点の板厚方向変位が約0.3mmの近傍に達した時点で面外曲げが発生すると仮定する。

(3) 解析モデルの妥当性の検証

 解析による破断モードの予測結果は実験結果と良好な対応を示している。最大耐力に関する実験の最大耐力と解析の最大耐力の比から考察すると、耐力の評価精度が良くなったことが認められる。実験で面外曲げが生じ、接合部の耐力が低下したことが知られており、偏心力が作用しないようにモデル化した数値解析を行い、面外曲げは試験体の加工やセッティングなどの初期不整、ボルトの傾きによる現象ではないことや解析結果からも面外曲げが最大耐力の低下に影響を及ぼすことなどが明らかになっている。以上のことから、有限要素解析法が接合部の終局挙動を予測する手法としてその適用性が検証される。

 第4章「ステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局挙動」では、第3章の有限要素解析の妥当性を踏まえ、想定した接合部のモデルの数値解析を行い、面外曲げが接合部の構造的挙動に及ぼす影響を調査している。そこで、得られた知見を以下に整理する。

(1) 破断モード、面外曲げと最大耐力

 解析結果に基づいてシリーズ毎に縁端距離、板厚の変化によって破断モード、面外曲げ、最大耐力にいかなる影響を与えるかを考察している。板厚が薄くなるほど、縁端距離の小さい範囲で面外曲げが生じる傾向が見られる。そこで、面外曲げが発生する条件をボルト配列及び板厚別に面外曲げが生じる縁端距離の範囲を提示している。

 さらに、面外曲げが生じるモデルの最大耐力を検討している。1行2列の端抜け破断となるモデルにおいて端あきが大きくなるにつれて最大耐力が次第に上昇しているのに対し、それ以外のモデルは縁端距離が増加しても大きな耐力上昇は見られず、一定の値に収束する、もしくは耐力が僅かに低下している傾向が観察されている。解析結果から面外曲げの発生は縁端距離のみならず、板厚によっても影響を受けていることが明らかになっている。そこで、3つの板厚の解析結果に基づいて面外曲げの発生による耐力低下の度合いを調べ、面外曲げが生じるモデルについて板厚と最大耐力比との相関を得る。同様の縁端距離を持つモデルでも面外曲げにより破断モードが変わる傾向があるので、各シリーズにおいて破断モード毎の最大耐力比の平均値を算定せず、面外曲げが発生した全体モデルの最大耐力比の平均値を求める。この結果を踏まえ、板厚と破断耐力比の関係から近似式を提案している。面外曲げによる耐力低下の補正係数である近似式のCIを導入すれば、面外曲げが生じる接合部の最大耐力を算定することができる。

(2) 現行の設計規準と既往研究の提案式による評価

 板厚1.5mmと3.0mmのモデルにおいて、現行規準と提案式による最大耐力が解析結果の最大耐力を上回っている。特に、解析で面外曲げが生じたモデルに対してその傾向が著しい。しかし、面外曲げがほぼ発生しない板厚6.0mmのモデルにおいては、概ね解析結果と良い対応をしている。但し、端あきが大きいモデルの一部において、現行の規準式により最大耐力は解析の最大耐力を上回っている傾向が見られる。そこで、面外曲げが生じない接合部において端抜け破断とちぎれ破断の最大耐力を算定する際、現行の規準式を改良した提案式の適用が推奨されている。

(3) 他のボルト配列に関する考察

 本論文では4種のボルト配列(1行1列、1行2列、2行1列、2行2列)を対象にして、面外曲げの影響で破断モードの遷移、最大耐力の低下が起こることを確認した。それに加え、その4種以外のボルト配列、例えば、1行3列、2行3列、3行2列について面外曲げの影響があるか否かを検討するために、配列毎に長い縁端距離から構成されるモデル1つずつを仮定して解析を行っている。その結果、面外曲げによる耐力低下の度合いは2〜4%程度で、1行3列、2行3列、3行2列のボルト配列においては面外曲げが耐力に及ぼす影響は考慮しなくて良いという知見が得られる。

 第5章「ステンレス鋼薄板ボルト接合部の耐力評価法の提案」では、第4章の知見を基に面外曲げによる耐力低下を考慮した耐力評価法の方法論とその手順を提案し、第3章の試験体を対象にして耐力評価法の妥当性を検証している。得られた知見は以下の通りである。ボルト配列と板厚による面外曲げの発生条件と最大耐力の補正係数を解析対象試験体に適用した結果、実験結果と評価法により予測された破断モードと面外曲げの発生可否には良好な対応を示している。また、耐力評価法の手順に従い、平板の最大耐力の計算を行う。耐力評価法により得られた最大耐力と実験の最大耐力とを比較した結果、予測精度が相当改善されることが確認された。

 本章の検討により、面外曲げによる接合部の耐力低下を考慮し、提案された耐力評価法はステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局挙動を予測する方法として有効であることが明らかである。

 第6章「結論」では、各章で得られた知見を要約することで本論文の結論とし、今後の課題を記述している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,ステンレス鋼薄板構造におけるボルト接合部の終局挙動について論じたもので,その論考は数値解析に基づいている.今まで,ステンレス鋼は耐久性が要求される特殊な建築物のみに使用が限られていたが,建築物のサステイナビリティに対する社会的な要請から,用途の拡大が期待されている.ステンレス鋼は普通鋼に比べて高価であるため,薄板からの成形材として利用することが現実的とされている.薄板構造物の場合には,ボルト接合部が破壊に至る終局状態において,通常の板厚の場合には現れない現象,すなわちカーリング(板が面外に曲る現象)が生じて,終局耐力が低下することがかねてより指摘されている.しかし,これは限られた実験データによるもので,その現象を設計に取り込むまでには至っていない.本論文は,その点の究明に重点を置いており,カーリングを考慮した接合部の終局耐力の評価手法を確立したことが本研究の特筆すべき成果である.

 本論文は,本文6章と付録から構成されている.

 第1章では,本研究課題に関わる既往の研究および背景が整理されている.ステンレス鋼薄板構造物に対する社会的要請およびそれを達成するために解明すべき学術的課題が明らかにされている.

 第2章では,ボルト接合部の終局耐力の評価式に関して現行の設計基準における規定および最近の研究における提案式がまとめられている.特に,カーリングに対する配慮が現行基準に欠如している点,および最近の実験におけるカーリング現象とそれを考慮した耐力評価式の見直しに関する他研究者の提案がまとめられている.3種類の終局モード,すなわち有効断面破断,端抜け破断,ちぎれ破断のなかで,カーリング現象を考慮した評価式の見直しがなされているのは有効断面破断に対してのみであり,設計への適応には未だ不十分な状況にあることが明らかにされている.

 第3章では,本研究のツールとして用いる有限要素解析の適用性が検討されている.有限要素解析は様々な仮定に立脚しているので,その結果の正当性は実験データと比較することによって検証される.ステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局耐力に関する既往の実験データを再整理し,それと有限要素解析結果を比較分析し,解析の仮定事項に関する検討を加えることによって,最終的に解析方法の妥当性の検証に至っている.特に,本論文で対象としている破断モードの判定と最大耐力の値に関して実験データと数値解析結果に満足すべき対応関係が得られる数値実験の諸前提を明らかにしている.

 第4章では,前章の結果を受けて,ステンレス鋼薄板ボルト接合部の数値シミュレーションを行い,代表的なモデルについて終局挙動を追跡したものである.この章が,本論文の中核を成すものである.接合部におけるボルトプランは無数に存在しうるが,それらを代表しうる4形式に集約し,それぞれについて応力方向と応力直交方向の縁端距離を変化させた数値的パラメトリックスタディを経て,3種類の破断モードの支配領域を明らかにした.それと同時に,今まで知られていた有効断面破断だけでなく,他の破断モードにもカーリングの影響が存在することを明らかにした.数値解析結果は現行基準式による値と綿密に比較され,カーリングが生じる場合には,現行基準式が危険側の耐力評価となることを明らかにした.

 第5章では,第4章の解析結果を基にして設計用の耐力評価式を提案したもので,カーリングによる耐力低減係数を導入した点に特徴がある.すなわち,カーリング発生領域に入っているか否かの判定を行ったのち,補正係数を掛けて耐力を精確に評価する枠組みを構築した.これにより,ステンレス鋼薄板ボルト接合部の終局耐力の正しい評価が可能となった.

 第6章では,論文全体のまとめと今後の課題が示されている.

 本論に添付された付録のうち,付録Aでは過去に行われたステンレス鋼薄板ボルト接合部の破壊実験のデータが整理されている.これは,本文第3章の論考で引用されている.付録Bでは有限要素解析において設定しなければならない諸条件,すなわち要素の種類,メッシュサイズ,ボルトの力学性状,モデルの収斂長さ,破壊の判定条件などについてケーススタディを行った結果が整理されている.これは本文第3章の結論を補完するものとなっている.付録Cでは,数値解析結果のうち,荷重-変形曲線が掲載されており,数値解析が破壊までの経路を追跡していることを確認している.荷重-変形曲線は本文第4章で用いる数値データの基となるものである.付録Dは,参考として解析を行ったもので,本論で対象としたステンレス鋼を普通鋼と比較し,カーリングの発生時期が材料特性に依存することを示している.

 以上のように,本論文はステンレス鋼薄板構造物の設計において欠かすことのできないボルト接合部の終局状態,特に破断モードの判定と最大耐力の評価において,今まで考慮されてこなかったカーリングを加味した精度の高い判定方法と評価式を導き出した点が高く評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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