学位論文要旨



No 121816
著者(漢字) 蔡,耀賢
著者(英字) TSAY,YAW SHYAN
著者(カナ) サイ,ヨウケン
標題(和) 空気質の向上を省エネルギー的に実現する非結露型空調方式と湿度制御手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 121816
報告番号 甲21816
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6346号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、非結露の生じない環境の確保により湿気問題を根本的に解決する対策であることに着目し、CO2ヒートポンプ組込型デシカント空調システム及び調湿建材の湿気緩和効果を利用し、非結露環境の実現手法を提案・検討した。

 近年、住宅の気密性の強化に伴い、室内換気回数の低下による室内湿度上昇が生じ、室内におけるカビ発生などの問題が顕著となっている。湿度上昇に伴う結露被害は、建物の腐朽のほかカビ毒などによる生物起源のIAQ (Indoor Air Quality)の悪化や健康影響を意味しており、ダンプハウス(Damp House)或はダンプビルディング(Damp Building)と称される社会的な問題となっている。そのため、欧米では室内空気汚染によるシックハウス問題は、室内揮発性化学物質から、ダンプハウス・ダンプビルディングとそれによる生物起源汚染に関心が移っている。日本の場合、北欧、欧米に比べ多湿気候区であり、近い将来にこの問題が社会的に話題になると思われる。

 デシカント空調システム(Desiccant Air-Conditioning System)は空調システム内及び室内で非結露の環境を実現することが可能である。このシステムによりカビ・細菌等による建物屋内のIAQの低下を改善することが期待され、関連する研究も多い。しかし、一般的なデシカント空調システムは、成績係数(Coefficient of Performance)が1以下であり、省エネルギーの観点から見ると、除湿ロータの再生用のエネルギーとして太陽熱・低温排熱(コージェネレーションなど)を利用することがないかぎり、通常のヒートポンプを用いた冷却減湿システムの効率に遠く及ばない。また、室内で非結露を確実に担保するための条件整理も充分になされていない。

 本論文では、以上のようなデシカント空調システムの問題点に着目し、以下に示すように(1)IAQ性能及び熱源の安定性を確保できる高性能デシカント空調システム、(2)年間を通して利用できるシステム、(3)調湿建材との併用により設備容量を削減できるシステムの提案を目的とする。

(1)新たなデシカント空調システムの提案

 CO2ヒートポンプをデシカント空調システムに組み込み、省エネルギー性、及び、非結露環境の実現によるIAQの向上を同時に実現し、低温排熱がない場合にも安定的な熱源を提供できる高効率のデシカント空調方式を開発する。

(2)除湿冷房及び加湿・暖房を同一システムで実現する

 デシカント空調システムに関する研究は、夏季の冷房としての利用が多く、冬季の暖房に利用する研究は少ない。本研究は、夏季の冷房時のIAQ向上のみならず、冬季の暖房時にも加湿かつ暖房を提供できるデシカント空調システムを検討する。

(3)調湿建材及びデシカント空調システムの併用

 潜熱負荷変動に空調システムの容量制御のみで対応することには限界がある。省エネルギーを図るには、この負荷変動のレベルを抑え込むことが必要となる。本研究では調湿建材を室内に設置し、一部の湿気負荷を負担する併用方式、及び、調湿建材の吸湿・放湿サイクルを検討する。

 本論文の構成は、は以下に示すように計9章である。

 序章では、湿度制御及び室内の空気質に関する問題点を提起し、新たな湿度制御方式の必要性を述べる。

 第1章では、本研究のアクティブ(active)制御手法として用いるデシカント(除湿剤:desiccant)の水蒸気吸着・脱着現象の基礎理論について説明する。また、パッシブ(passive)制御手法として利用する多孔質建材内部の熱・水分同時移動現象について、既往研究のレビュー及び基礎理論の説明を行う。

 第2章では、室内における湿気シミュレーション手法としてCFD(数値流体力学:Computational Fluid Dynamics)を用いた流体解析手法、及び、1質点系モデルを用いた解析手法について解説する。

 第3章では、デシカント空調システムの原理と特徴を説明し、既往の研究及び事例などについて紹介する。

 第4章では、CO2ヒートポンプの原理と特徴を説明し、既往の研究及び事例などについて紹介する。

 第5章では、本研究の提案するCO2ヒートポンプ組込型デシカント空調機の概要を説明する。しかし、この提案システムはまだ製品化されていないため、実験用システムを構築し、実験により夏季の除湿・冷房性能を検討する。最後に、既存のCO2ヒートポンプ製品の性能を基に、提案システムの性能試算を行った結果を紹介する。

 第6章では、提案システムの冬季における加湿・暖房性能に関する検討を行う。また、加湿・暖房運転を行う場合の顕熱・潜熱容量制御方式について提案を行う。

 第7章では、パッシブ制御手法の調湿建材の適用可能性について述べる。この章では、数値解析するための湿気物性値測定、及び、本研究の提案した建材内部熱・湿気移動及び室内気流分布を考慮した数値解析手法を紹介する。

 第8章では、パッシブ制御手法とアクティブ制御手法の併用として、デシカント空調と調湿用シリカゲルの併用による空調設備の容量低減効果、及び、調湿用シリカゲルの吸湿・放湿を一日サイクルで利用する場合の適用可能性の検討について述べる。

 第9章では、本論文の結論と今後の課題を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、非結露の生じない環境の確保が湿気問題を根本的に解決する対策であることに着目し、CO2ヒートポンプ組込型デシカント空調システム及び調湿建材の湿気緩和効果を利用し、非結露環境の実現手法を提案・検討した。

 近年、住宅の気密性の強化に伴い、室内換気回数の低下による室内湿度上昇が生じ、室内におけるカビ発生などの問題が顕著となっている。湿度上昇に伴う結露被害は、建物の腐朽のほか、カビ毒などによる生物起源のIAQ (Indoor Air Quality)の悪化や健康影響を意味しており、ダンプハウス(Damp House)或はダンプビルディング(Damp Building)と称される社会的な問題となっている。そのため、欧米では室内空気汚染によるシックハウス問題は、室内揮発性化学物質から、ダンプハウス・ダンプビルディングとそれによる生物起源汚染に関心が移っている。日本の場合、北欧、欧米に比べ多湿気候区であり、近い将来にこの問題が社会的に話題になると思われる。

 デシカント空調システム(Desiccant Air-Conditioning System)は、空調システム内及び室内で非結露の環境を実現することが可能である。このシステムでは、カビ・細菌等による建物屋内のIAQの低下を改善することが期待され、関連する研究も多い。しかし、一般的なデシカント空調システムは、成績係数(Coefficient of Performance)が1以下であり、省エネルギーの観点から見ると、除湿ロータの再生用のエネルギーとして太陽熱・低温排熱(コージェネレーションなど)を利用することがない限り、通常のヒートポンプを用いた冷却減湿システムの効率に遠く及ばない。また、室内で非結露を確実に担保するための条件整理も充分になされていない。

 本論文では、以上のようなデシカント空調システムの問題点に着目し、(1)IAQ性能及び熱源の安定性を確保できる高性能デシカント空調システム、(2)年間を通して利用できるシステム、(3)調湿建材との併用により設備容量を削減できるシステムの提案を目的とする。

 本論文は、計9章で構成される。

 序章では、湿度制御及び室内の空気質に関する問題点を提起し、新たな湿度制御方式の必要性を述べる。

 第1章では、本研究のアクティブ(active)制御手法として用いるデシカント(除湿剤:desiccant)の水蒸気吸着・脱着現象の基礎理論について説明する。また、パッシブ(passive)制御手法として利用する多孔質建材内部の熱・水分同時移動現象について、既往研究のレビュー及び基礎理論の説明を行う。

 第2章では、室内における湿気シミュレーション手法としてCFD(数値流体力学:Computational Fluid Dynamics)を用いた流体解析手法、及び、1質点系モデルを用いた解析手法について解説する。

 第3章では、デシカント空調システムの原理と特徴を説明し、既往の研究及び事例などについて紹介する。

 第4章では、CO2ヒートポンプの原理と特徴を説明し、既往の研究及び事例などについて紹介する。

 第5章では、本研究の提案するCO2ヒートポンプ組込型デシカント空調機の概要を説明する。しかし、この提案システムはまだ製品化されていないため、実験用システムを構築し、実験により夏季の除湿・冷房性能を検討する。最後に、既存のCO2ヒートポンプ製品の性能を基に、提案システムの性能試算を行った結果を紹介する。

 第6章では、提案システムの冬季における加湿・暖房性能に関する検討を行う。また、加湿・暖房運転を行う場合の顕熱・潜熱容量制御方式について提案を行う。

 第7章では、パッシブ制御手法の調湿建材の適用可能性について述べる。この章では、数値解析するための湿気物性値測定、及び、本研究の提案した建材内部熱・湿気移動及び室内気流分布を考慮した数値解析手法を紹介する。

 第8章では、パッシブ制御手法とアクティブ制御手法の併用として、デシカント空調と調湿用シリカゲルの併用による空調設備の容量低減効果、及び、調湿用シリカゲルの吸湿・放湿を一日サイクルで利用する場合の適用可能性の検討について述べる。

 第9章では、本論文の結論と今後の課題を示す。

 以上、本論文は、非結露型空調方式及びパッシブ手法を併用した湿度制御手法を提案し、その有効性を実験及びCFD解析手法を用い、検討を行っている。本論文で提案した新たなデシカント空調方式は、従来のデシカント空調方式の短所であった熱源の不安定などを解決するものである。また、本論文で提案したCFD連成解析を用いた湿気解析手法は、温湿度の空間的解析が可能であり、従来の一質点系モデルより精密なモデルとして、これからデシカント空調の普及及び湿気解析の精度に大きく寄与し、建築環境工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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