学位論文要旨



No 121817
著者(漢字) 蘇,甲秀
著者(英字) SO,KAB SOO
著者(カナ) ソ,カプス
標題(和) 自立高齢者の共同居住における居住空間と行動範囲の展開に関する研究 : グループリビングを中心として
標題(洋)
報告番号 121817
報告番号 甲21817
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6347号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

 単独世帯や一人暮らし高齢者の増加によって、高齢者住居における生活行為や居住環境のためのネットワーク形成が重要視されているが、近年には地域内で住み続けられる小規模・多機能共同住宅が求められている。その中、自立高齢者が他人と共生に暮らせるグループリビングという住まい方が現れ、在宅サービスを基盤とした共同生活の一部としての役割を果たしている。グループリビングの現状では、居住者の生活環境に対する各種サービスは比較的に整備されているが、居住者の居場所の観点からみると、個人空間の適切さ、外出活動における環境や地域内でのグループリビングの位置づけなど、未だ様々な課題が残っている。

 そこで、比較的に健康な高齢者の生活類型を把握すると共に、地域との交流という社会的活動に焦点を置き、地域内での高齢者の日常生活を維持するための要件を整える必要がある。また、地域活動を基盤とする居住者の外出活動について考察することで、高齢者が充分な社会的構成員として活動できる充分な環境の形成を建築計画の側面から検討することも必要である。特に、個人空間と共有空間の組み合わせが基本となるグループリビングにおいては、高齢者を含む地域との情報交換と交流を導く空間特性を中心に、高齢者が生活の居場所を形成するプロセスを探ることが重要である。

 従って、本研究では高齢者の日常生活パターンを把握し、地域内において高齢者の外出活動と地域との交流関係を探ることによって、高齢者住居環境の改善と高齢社会の地域コミュニティのあり方を図ることを目的とする。具体的には、入居者の生活パターンから見た生活様態と物的環境、物的環境による入居者の生活空間と居場所、外出活動による日常行動範囲と生活領域の拡がり、地域との交流及びコミュニティ活動の形態を明らかにする。また、健康な高齢者における生活空間の特性を見出すこと、交流の場としての拠点を提供する地域交流空間を設けることから生活行動の地域への拡がりが持つ意味を明らかにすることと、さらに、健康な高齢者が要介護になっても住み続けられる新しい住まいのあり方を提示することを本研究の意義とする。

 本論文は全7章から構成される。

 第1章では、研究の概要を中心とし、目的・調査概要・研究の位置付けなどについて論じる。

 グループリビングの現状を把握することを目的とし、神奈川県と埼玉県の3ヶ所で予備調査を行ってから、東京圏内のグループリビング20ヶ所を探し出し、予備調査とアンケート調査を実施した。アンケート調査の内容としては、運営側の運営形態や空間構成、各種サービスの種類、入居者の属性など、基礎的な内容を中心とした。その23ヶ所の中、7ヶ所から協力を得て、運営側とのインタビュー調査と行った。さらに、その7ヶ所のうち、6ヶ所を対象とし、入居者とのヒアリング調査と共に、個室環境の設え、入居者の外出活動の範囲のマッピングなどについて本調査を行った。

 本調査においては、運営側の運営形態及び事情を聞くと同時に、入居者ごとの個室の物的環境や生活形態に関して聞いた。入居者とのインタビューにより一日の生活タイムスケジュールを聞き、個室の設えからの個室空間の構成、外出活動の形態など、全般的な入居者の生活パターンを把握することにした。

 第2章では、自立可能な単独世帯高齢者を中心としたグループリビングに対する運営側からの現状を探ることを目的とし、東京圏内でのグループリビングに対する平面類型及び空間構成、空間の物的環境、運営実態について、文献調査とアンケート調査の内容を中心とした。

 具体的にはグループリビングの始まりから発展過程について考察すると共に、グループリビングの運営側の運営形態や類型などについて分析することで、個々の運営形態と特徴を把握し、全般的な生活形態や環境を中心にまとめることである。よって、建物の概要をはじめ、運営主体による運営概要、運営目的と経緯、提供サービス、組織メンバー構成など、運営主体の活動や物的環境を明らかにする。特に、各運営主体を個人、NPO法人、企業の3つに分け、各運営主体の運営形態による仕組み、入居者との関わり、各空間の構成などについて論じる。

 第3章では、アンケート調査により、具体的な事例を通してグループリビングの運営主体のあり方について考察する。各グループリビングの生活空間類型の中で、居住空間は入居者が主に住みこなしている個室空間であり、共用空間は入居者同士の交流や共同生活空間と言え、地域交流空間は地域関連施設とコミュニティ活動が行われる場である。

 それを踏まえ、調査対象においての平面類型及び空間構成について考察する。同時に、各空間での物的環境を探り、多機能な空間要素による生活空間の場としての空間類型を明らかにする。

 また、入居者に対する運営側からの各種支援サービスの取り組みや類型について論じ、実際に運営されている状況を把握することにする。

 第4章では、グループリビングの現状を把握した上で、アンケート調査から入居者の属性を把握すると共に、実際に入居者の一日の生活スケジュールによる生活様態やパターンを滞在場所別、生活行為別に分けて考察することにする。前章のように、東京圏内でのグループリビングの運営主体による入居者の生活様態を把握した上で、生活行為と空間との相関関係を図ることである。

 本章においては、各運営主体のグループリビングでの入居状況を把握し、運営主体別による入居者の生活様態をまとめ、運営側からの各種生活支援サービスなどに伴う入居者の利用関係を明らかにする。同時に、入居者17名を調査対象者とし、ヒアリング調査を行い、入居者の属性による一日のタイムスケジュールを作成した。その一日の生活タイムスケジュールによる日常的な生活形態を把握し、各グループリビングにおいて入居者の生活行為と空間との相関関係を探ろうとする。

 多くの入居者は比較的に健康な高齢者のため、一日の生活スケジュールによく示されるように、自由な生活を送っていると考えられる。また、入居者同士の交流や余暇・趣味活動による外出活動など、様々な生活形態がみられる。そして、入居者の生活行為にあたっては、生活基本行為、静的行為、余暇活動行為、会話交流行為、社会活動行為に分けて考察した。

 第5章では、高齢期に居住環境を変えることや移り住む高齢者が多く見られる現状の中、グループリビングに住みこなしている多くの入居者は、他地域から転居した者が多く、以前の住まい方とは異なる環境であることが当然である。そうした移り住むことによって、各々の入居者が自分の所有物や家具などを個室空間内でどのように使い、生活しているかに注目し、居住環境の移行による生活スタイルの変化に関わる生活領域の特性を探ることである。中でも、個々の入居者においての物的環境の利用状況を把握し、物的環境と生活空間の居場所、生活領域の形成過程について考察する。また、個室環境において入居者の生活行為による個室での領域形成過程にも触ると共に、共有空間での空間の使われ方を探り出し、グループリビング内で入居者の居場所のあり方について考察する。

 各グループリビング内で備えられている物的環境の状況を把握した上で、入居者の個室内での観察による家具類や私物などの設えについて論じる。それを踏まえ、個室内で入居者の生活様態の状況から、生活の場所として領域形成類型を考察すると共に、共用空間での生活の場の形成過程を把握することとする。

 調査にあたっては、東京圏内のグループリビングの中、入居者17名を対象とし、入居者とのヒアリング調査と並行に観察調査を行い、個室内での家具類や個人の私物などについて観察・記録することにした。

 第6章では、単独世帯や一人暮らし高齢者の割合が多く占められ、自立した高齢者の生活を持続させる様々な対策が近年現れている。その中、自宅に閉じこもりがちな生活は健康な高齢者の身体的能力や精神的意欲を低下させる要因の一つとなり、それを未然に防止するための前提条件として、高齢者が自由に生活できる環境を建築計画的に整備する必要がある。また、居住空間における入居者の生活の質は、居住内部空間のみによって決定されるものではなく、外部との持続的な関係によっても影響を受けるものであると考えられる。

 グループリビングにおいては、入居者の利用状況や個室環境をめぐる物的環境により、様々な生活行為が現れる。また、入居者の一日の生活スケジュールのように、生活行為の中に外出活動を組み込んでいる入居者が多く、その形態も様々なであることがみられる。

 従って、本章では、グループリビング内での空間の利用状況を踏まえ、その外出活動に焦点を置き、外部空間での入居者の生活行為や場所の利用などについて論じる。

 各グループリビングでの周辺の環境を把握し、入居者の一日の生活スケジュールから、外出活動の類型と外出経路の探索を調べることで、日常的な外出行動パターンの傾向を把握する。同時に、入居者の外出活動による生活領域の拡がりとして日常行動範囲について考察する。

 第7章では、総論及び総括として、自立した高齢者に関する環境つくり、今後のグループリビングのあり方について包括的にまとめた。グループリビングの運営主体の仕組みと空間形態としては、個人、NPO法人、企業に分け、各々の運営主体における運営上の仕組みと空間分類ができた。また、個室空間での入居者の生活行為から、生活領域の拡がりとして外出類型までまとめることにした。

 地域においてのグループリビングは、小規模・多機能住宅として共同生活の中で、物理的な環境だけではなく、人的サポートシステムが必要であり、地域に開かれた共同居住の場を作るべきだと考えられる。

 また、運営主体による生活支援サービスがあったとしても、個室空間での物的環境がある程度備わっていないと、入居者の生活や身体に関する自由を阻む可能性が高いと言える。そして、入居者の外出活動についても、グループリビングの外部からの内部への取り組みも重要視されるべきであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はグループリビングを中心として自立高齢者の日常生活、地域内の外出活動と地域との交流関係から自立高齢者の共同居住における居住空間と行動範囲の展開を探ることによって、高齢者居住環境の改善と高齢社会の地域コミュニティのあり方を考えることを目的としている。

 近年、一人暮らし高齢者の増加によって、地域内で住み続けられる小規模・多機能共同住宅として、自立高齢者が他人と共に暮らせるグループリビングという住まい方が現れ、在宅サービスを基盤とした共同生活としての役割を果たしている。しかし現状では、居住者の居場所の適切さ、外出活動における環境や地域内での位置づけなど、未だ様々な課題が残っている。個人空間と共有空間の組み合わせが基本となるグループリビングにおいては、高齢者を含む地域との情報交換と交流を導く空間特性を中心に、高齢者が生活の居場所を形成するプロセスを探ることが重要である。具体的には、入居者の生活パターンから見た生活様態と物的環境、物的環境による入居者の生活領域と居場所、外出活動による日常行動範囲と生活の拡がり、地域との交流及びコミュニティ活動の形態を明らかにした。

 本論文は全7章から構成される。

 第1章では、研究の目的、位置付けなどを行った。

 第2章では、文献調査とアンケート調査から、平面類型及び空間構成、空間の物的環境、運営概要、運営目的と経緯、提供サービス、組織メンバー構成など、運営側からの現状を明らかにした。各運営主体は個人、NPO法人、企業の3つに分けられ、各運営形態による仕組み、入居者との関わり、各空間の構成などについて論じた。

 第3章では、アンケート調査により、入居者が主に住みこなしている個室空間である居住空間、入居者同士の交流や共同生活の共用空間、地域関連施設とコミュニティ活動が行われる場である地域交流空間の平面類型及び空間構成について考察した。また、入居者に対する運営側からの各種支援サービスの取り組みや類型について論じ、実際に運営されている状況を把握した。

 第4章では、入居者のヒアリング調査を行い、入居者の属性ごとの一日のタイムスケジュールによる日常的な生活形態と空間との関係を、滞在空間別、生活行為別に分けて把握し、生活行為と空間との関係を明らかにし、運営側からの各種生活支援サービスなどに伴う入居者の利用関係を検討した。多くの入居者は、比較的に健康な高齢者のため、自由な生活を送り、入居者同士の交流や余暇・趣味活動による外出活動など、様々な生活形態がみられる。また、入居者の生活行為にあたっては、生活基本行為、静的行為、余暇活動行為、会話交流行為、社会活動行為に分けて考察した。

 第5章では、グループリビングに住みこなしている多くの入居者は、他地域から転居した者が多く、以前の住まい方とは異なる環境である。個々の入居者においての物的環境の利用状況を把握し、生活の居場所、生活領域の形成について、個室環境において入居者の生活行為による個室での領域形成過程、共用空間での使われ方を探り出し、グループリビング内での入居者の居場所のあり方について考察する。

 第6章では、周辺の環境を把握し、入居者の一日の生活スケジュールから、外出活動の類型と外出経路を調べることで、日常的な外出行動パターンの傾向を把握した。同時に、入居者の外出活動による生活領域の拡がりとして日常行動範囲について考察する。入居者の生活の質は、居住内部空間だけではなく、その外部との持続的な関係によっても影響を受ける。自宅に閉じこもりがちな生活を未然に防止するため、高齢者が自由に生活できる環境を整備する必要がある。

 第7章では、総論及び総括として、自立した高齢者に関する環境つくり、今後のグループリビングのあり方について包括的にまとめた。

 個人、NPO法人、企業、各々の運営主体における運営上の仕組みと空間分類ができた。また、個室空間での入居者の生活行為、生活領域の拡がりとして外出類型をまとめた。

 地域においてのグループリビングは、小規模・多機能住宅として共同生活の中で、物理的な環境だけではなく、人的サポートシステムが必要であり、地域に開かれた共同居住の場を作るべきと考えられる。

 また、運営主体による生活支援サービスがあったとしても、個室空間での物的環境がある程度備わっていないと、入居者の生活や身体に関する自由を阻む可能性が高い。そして、入居者の外出活動についても、グループリビングの外部からの内部への取り組みも重要視されるべきであると考えられる。

 本論文は、グループリビングの諸問題点を指摘し、運営主体による運営方法の違いと高齢者の日常生活パターンを把握し、地域内の外出活動と地域との交流関係を探ることによって、グループリビングに要求される有効な建築計画の方向性を提示した。

 以上のように本論文は、急速に進む少子高齢化社会の中で、制度や運営方法等が絶えず変容していく状況で規範が変わり行く施設の実態と問題点を明らかにし、グループリビングが持つべき規範の一つの方向を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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