学位論文要旨



No 121819
著者(漢字) 陳,震宇
著者(英字) CHEN,CHEN YU
著者(カナ) チン,シンウ
標題(和) 日本と台湾における公的な集合住宅の構法の変遷に関する比較研究 : 公団住宅と国民住宅における構法を中心に
標題(洋)
報告番号 121819
報告番号 甲21819
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6349号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

■ 研究の背景と目的

 2003年の日本における住宅土地統計調査と2000年の台湾における全面的戸口及び住戸調査の結果によると、日本と台湾では、1981年以降に建設されたものが共に二分の一を占めていることがわかった。これらの住宅は、1980年以前に建設されたものと比べ、居住性のよさと共に建物寿命の長さを求める要請に応えて建設されたものである。

 そしてその膨大なストックをより長く保つために、改修・修繕などの住宅再生工事を行うのは必然であり、従ってこれからの日本と台湾は本格的に住宅再生を行う社会になると考えられる。

 よって、本研究は両国における公的な集合住宅を研究対象とし、各時期における構法の内容を考察することにより、それぞれの時期における構法の内容を解明し、住宅を再生する際に重要な既存住宅・建物の状況を明らかにするほか、各段階における構法の変化を解明することにより、各段階における構法の欠点が避けつつ、将来の改修工事を円滑に進めるころを目的としている。

 日本と台湾における公的な集合住宅(前者は公団住宅と称し、後者は国民住宅と称する)についてのもう1つの大きな差異点は、公団住宅では建物を設計・施工する際、標準詳細設計図集という図面の内容を基本とし、或いはこの図集の主旨を理解したうえで、住宅の建設が進められているに対して、国民住宅では、先述したような標準詳細設計図面が殆どなく、一般的な設計図面と一部の施工詳細図で住宅が建設されることである。

 このような背景で、両者の構法の変遷について、どのような差異が出てくるのかを解明することも1つの目的である。

 時間の経過に従って新しい時代の要求を反映し、構法の内容を修正することにより、建築物の性能を改善し、より良い住宅を建てることができると考えられる。本研究は、公団住宅と国民住宅における構法の内容及び変遷を解明するほか、両者互いの変遷の内容を比較することにより、各構法を修正する意図も明らかになっており、将来構法の発展にとって、有益な参考資料となると考えられる。また、それにより、構法の発展の過程に関する因子がどのように構法の発展に影響するのかについても明らかになった。

■ 研究の範囲

 公団住宅では、都市公団によって公布された各版の標準詳細設計図集の時期に合わせ、即ち、1984年(第1版)から2002年(第5版)までの19年間の間に建設された公団住宅を対象とする。

 一方、国民住宅では、標準詳細設計図集がないため、両者を客観的に比較するために、調査の範囲は同様に1984年から2002年の間に建てられたものを選定した。

■ 研究の方法と内容

 本研究では、住宅全体においてより多く問題が発生する部分、屋根、外壁、バルコニーの3つの部位を選定し、その構法の変遷及びその原因を明らかにした。

 考察にあたって主に以下の5つの要素で各部位の構法を解明する。その中で、特に各段階において修正された事項に着目し、さらにその原因を明らかにする。

(1)各部位、或いは部品の構成

(2)用いられた材料及びその性質

(3)形状と寸法

(4)取り付け方と施工の方法

(5)納まり

 なお、以上の5つの考察要素で構法の変遷を全て解明できるわけではない。各時期における構法は、当時の法令、規定、或いは基準などの因子から影響を受けた場合もあると考えられる。よって、各部位における構法を考察する時、以上の5つの考察要素を基本とするほか、構法の変化を考察する時に当時の基準なども考慮し、その変化の内容を解明する。

1 公団住宅における構法の変遷

 各段階の公団住宅における屋根、バルコニー、外壁の3つの部位の構法の変化を考察し、公団住宅における構法内容が改訂された理由が明らかになった。

(1) 住宅性能の向上

 この理由で構法の内容を修正した例が最も多い。やはり性能は構法にとって各機能を満たすための最も重要な指標であると考えられる。公団住宅の場合は主に建物の耐久性、防水性、断熱性などの性能を向上するための様々な修正が行われた。なお、各項目の改訂事項によって、単一な性能の改善だけではなく、複数の性能が同時に改善されたこともある。

(2) 施工の合理化と効率化の追求

 例えば、従来複数であった工種を単一な工種にすること、或いは施工作業の空間を確保するために寸法の修正を行うことなどを指す。

(3) 施工品質の確保

 例えば、施工品質を確保するために図面に改めて文字或いは詳細図で指示すること、または施工責任を明確に区分すること。

(4) 維持管理

 実際に使用した経験により、一部の修正が行われることを指す。例えば、避難口の寸法の修正(拡大)、避難指示方式の変更など。

(5) コストの低減

 建物の諸性能に悪影響を及ぼさないような条件で建築物のコストを低減させること。

(6) 当時の法令、基準の対応

 標準詳細設計図集として全国に通用するため、各時期における法令、或いは新しい基準に対応することも重要であると考えられる。例えば、住宅性能表示制度に応じて、2002年以降、鉄筋かぶりの厚さを一致させることなど。

(7) 健康問題への配慮

 人体に対する有害な材料を不採用とすること。例えば、石綿製品の使用をやめ、他の同じ性質を持っている材料とすること。

2 国民住宅における構法の変遷

 この部分では、同様に各段階の国民住宅における構法の内容とその理由を考察し、その変遷の理由を以下に示す。

(1) 住宅性能の向上

 公団住宅と同様に、建物の防水性、耐久性などを向上させるために構法の内容が修正された。但し、公団住宅の構法の修正方法とは違い、異なる工法を採用することもある。

(2) 施工効率の向上

 国民住宅では、施工効率を向上させるために、同じ構法で修正することでなく、従来と異なる構法或いは工法を採用することが多い。

(3) 安全性

 主に過去の使用経験により、構法の修正が行われる。例えば、タイル剥落の問題を解決するために、裏足の長さの理由で、1992年以降、押出成形タイルがよく採用されている。

(4) 施工品質の確保

 施工品質を確保することは、工事現場の作業にとって最も重要な課題の1つである。例えば、国民住宅では、施工する前に予想された品質を確保するために、外壁面におけるタイル工事を進行する際、調整用の伸縮調整目地を用いる。

3 公団住宅と国民住宅における構法の変遷の比較

 公団住宅と国民住宅の構法の変化及び変遷の原因を比較した結果、以下の共通点と相異点が明らかになった。

 共通点としては、主に以下の2つの点が挙げられる。

(1)住宅性能の向上

 住宅諸性能を確保・向上するのは、構法として建物の各機能を満たすために最も重要な項目である。

(2)施工効率の向上(施工の合理化)

 主に施工作業の手順を簡略化することにより、手間がかかる施工作業を簡易化することを指す。また、使用材料を変更することにより、より簡単な施工作業で同じ性能を満たすこともある。

 次は両者における相異点は、以下に示したとおりである。

(1)構法変遷発展の差異

 公団住宅と国民住宅の構法の変遷内容を比較すると、前者で各段階に行われた修正は局部的なものが多い。即ち、同じ構法と工法の中で様々な細かい修正が行われ、その構法を進化させている。それに対し、国民住宅では、最初から同じ工法或いは部材を採用し続けることでなく、新たに別の工法或いは部材を使用することが多い。その原因の1つは、標準詳細設計図集の有無の影響であり、もう1つは公団住宅(賃貸を主とする)と国民住宅(分譲を主とする)の事業経営形態が違うためであると考えられる。

(2)住宅諸性能の重視の差異

 公団住宅と国民住宅の両者は、住宅に関する性能を向上するために、同様に構法の修正を行ってきた。但し、両者における変化の内容を比較すると、修正手法が異なることが明らかになった。例えば、同じ防水性を向上させるために、公団住宅では躯体から部材まで幾つかの修正を行うのに対し、国民住宅では修正することより別の方法で取替える方法を採用することが多い。なお、それにより防水性が本当に向上するかはまた別の問題であると考えられる。

 さらに、日本と台湾は同様に地震国であるが、公団住宅では、耐震機能が重視され耐震目地に関する図面が指示されているのに対し、国民住宅では耐震目地を設けることが明確に指示されていない。

 これらの差異は、主に技術開発方針の有無の影響であると考えられる。

(3)維持管理面からの差異

 公団住宅と国民住宅の両者における構法の変遷の理由を比較すると、前者は各部位において維持管理面からの理由で修正された例が多いのに対し、後者ではその理由で修正された箇所が少ない。

(4)躯体劣化の重視の差異

 公団住宅における構法の変遷を考察すると、躯体の劣化を防止するために各段階、各部位で対応する修正が行われた。一方、国民住宅における構法の変遷を考察すると、躯体に対して劣化を防止する対策は殆どされていない。

 なお、(3)と(4)の差異が生じる理由は、主に両者の事業経営形態の違いのためであると考えられる。

 以上の内容を見ると、公団住宅と国民住宅における構法の変遷は、構法の基本因子である性能、コスト、施工性などについて共通しているが、実行面の観点から見ると、両方の差異は依然として沢山存在している。

4 結論

 本研究は、日本と台湾における公的な集合住宅の各段階の構法、その変化及び変化の原因を明らかにした。但し、公的な集合住宅の割合は、住宅ストックの全体に比して、日本でも台湾でも、まだ少ない。今後、両国の民間の集合住宅も含め、既存集合住宅の全体の構法を解明することは、既存住宅の再生事業にとって、大きな助けとなるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「日本と台湾における公的な集合住宅の構法の変遷に関する比較研究−公団住宅と国民住宅における構法を中心に−」は、日本、台湾両国における公的な集合住宅のそれぞれの時期における構法の内容とその変遷を明らかにし、住宅を再生する際に重要な既存建物の状況を明らかにした論文であり、全5章からなっている。

 第1章では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果等を明らかにしている。その中で、日本、台湾両国における公的な集合住宅である公団住宅と国民住宅を研究対象とし、それぞれの構法の変遷を明らかにする本論文の意義として、今後増大する既存住宅の改修工事において、建設当時における構法の欠点を巧妙に避けつつ改修工事を進める上での有益な資料が得られる点、異なる体系を持つ構法の変遷の原因を比較し明らかにすることで、将来の構法の改良や発展を促す上で有益な資料が得られる点の2点を挙げている。2点目に関しては、日本と台湾における公的な集合住宅の大きな違いが標準詳細設計図の有無であることを述べ、構法の改良等におけるそうした標準類の有無の影響を明らかにすることができることをいま一つの意義として確認している。また、日本の公団住宅、台湾の国民住宅ともに、1984年から2002年までの構法を対象とし、対象部位は工事後最も多くの問題が発生する屋根、外壁、バルコニーの3つの部位に絞ることを述べるとともに、構法の変遷を把握する視点として、各部位或いは部品の構成、用いられた材料及びその性質、形状と寸法、取付け方と施工の方法、納まりの5つが重要であることを指摘している。

 第2章「公団住宅における構法の変遷」では、各時期の公団住宅における屋根、バルコニー、外壁の構法の変遷を詳細に追跡し、構法の内容が変更された理由を明らかにしている。具体的には、構法変更の内容をすべて見出し指摘した上で、構法が変更された理由として、(1)耐久性、防水性、断熱性などの建物性能を向上することの必要性、(2)必要工種の削減や施工作業空間の確保等施工の合理化と効率化の必要性、(3)施工品質の確保の必要性、(4)維持管理の経験に基づく必要性、(5)建物の諸性能に悪影響を及ぼさない中でのコスト低減の必要性、(6)法令、基準の変更への対応の必要性、(7)健康問題への対応の必要性の6種があることを明らかにしている。

 第3章「国民住宅における構法の変遷」では、台湾の国民住宅について前章と同様に、各時期における屋根、バルコニー、外壁の構法の変遷を詳細に追跡し、構法の内容が変更された理由を明らかにしている。具体的には、構法変更の内容をすべて見出し指摘した上で、構法が変更された理由として、(1)耐久性、防水性、断熱性などの建物性能を向上することの必要性、(2)必要工種の削減や施工作業空間の確保等施工の合理化と効率化の必要性、(3)施工品質の確保の必要性、(4)タイル剥落等安全性上の問題を解決する必要性の4種だけが見られたこと、また、構法の変更が、公団住宅に多く見られた同じ構法の中の修正ではなく、従来と全く異なる新種の構法の採用によることが多いことを明らかにしている。

 第4章「公団住宅と国民住宅における構法の変遷の比較」では、前2章の成果に基づき、公団住宅と国民住宅の構法の変更及びその理由を比較し、相互の共通点と相異点を明らかにしている。具体的には、先ず共通点として、構法変更の理由に建物性能の向上の必要性と施工効率の向上の必要性が見られた点を指摘している。そして、両者の相違点として、公団住宅においては構法の局部的な変更による改良が多いのに対して、国民住宅においては新たに別の構法や部材を使用することが多い点、公団住宅において維持管理実績に基づく必要性から構法が変更された例が多いのに対し、国民住宅においてはそうした原因での変更が少ない点、公団住宅において躯体の劣化防止のための変更がしばしば見られたのに対して、国民住宅においてはそうした変更が殆ど見られなかった点を挙げ、そうした相違点の存在に標準詳細設計図の有無と両者の事業経営形態の違いが影響していることを指摘している

 第5章「結論」では、前4章で新たに得られた知見を整理した上で、集合住宅構法の発展の過程とそのメカニズムの捉え方を提案し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、豊富な文献調査及び関係者への詳細な聞取り調査等を通じて、日本と台湾の集合住宅構法の変遷とその原因を具体的かつに詳細に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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