学位論文要旨



No 121822
著者(漢字) 張,洪賓
著者(英字) ZHANG,HONG BIN
著者(カナ) チョウ,コウヒン
標題(和) 都市ヒートアイランド解析ツールの開発と中国重慶市の計画への応用
標題(洋) The Development of Urban Heat Island Simulation Tool and its Application to Planning of Chongqing, China
報告番号 121822
報告番号 甲21822
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6352号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 客員助教授 足永,靖信
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 助教授 荒巻,俊也
 東京大学 講師 片山,浩之
 重慶大学 教授 黄,光宇
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、3次元非静水圧気象モデルRAMS(Regional Atmospheric Modeling System)を都市のヒートアイランド現象を解析するためのツールに改良した。そして、この改良したモデルを用いて中国南西山間部の急成長を続けている重慶市のヒートアイランド現況を解析し、またその将来予測を行った。更に、重慶市の将来土地利用計画を参考に、複数のヒートアイランド緩和策を導入する際の効果を評価した。

 ヒートアイランドは都市域の気温がその周辺地域より高くなる現象をいい、都市の温暖化とも呼ぶ。地球温暖化現象に比べ、都市ヒートアイランドは強度が大きく、進行性が早い、比較的対策取りやすい等の特徴を持つため、専門家、行政等に強い関心を持たれている。ヒートアイランドは都市の温熱快適性を損なうだけではなく、大気汚染やエネルギー消費、特に夏季のピークエネルギー消費、都市型夏季集中降雨等様々な都市環境問題に影響を及ぼすため、非常に重要な都市環境問題の一つである。

 様々なヒートアイランドに関する研究の中で、3次元メソスケール数値モデルによるヒートアイランド現象の空間・時間的な解析は都市とその周辺部全域を取り扱っているため、都市ヒートアイランドの現況解明、将来予測とヒートアイランド緩和策の提案などにおいて重要な役割を担っている。しかし、今までの都市ヒートアイランド研究に取り入れられているメソスケール気象モデルの多くは静水圧近似を用いたため、格子サイズの限界や地表面付近での鉛直方向の解像度等の問題点を抱えている。これからのヒートアイランド研究には都市全体と局所の放射・熱輸送現象の双方の影響を考慮できるメソスケールに街区スケールやミクロスケールの情報を加味したモデルの開発が必要となっている。

 本論文の対象都市となる重慶市は四川盆地の南東部、長江上流の三峡ダム貯水域の集水域に位置する。中国「西部大開発」国家戦略の中心都市として1997年に北京、上海及び天津と並ぶ中国4番目の中央直轄市に昇格した。西部地域の発展をリードするために、重慶市は2020年までに都市域面積も都市人口も2003年時点の凡そ2倍に拡大する計画を作成している。このような大規模な都市開発は都市気候に大きな影響をもたらす可能性が大きく、それをなるべく正確に予測し防止策を提案することが重要である。

 本論文ではまず、気象モデルRAMSに都市の構造と熱特性を解析するための都市キャノピーモデルを内挿することによりヒートアイランド解析ツールの開発を行った。

 RAMSは地表面付近の熱・流体力学的な特性を解析するために、LEAF-2(Land Ecosystem-Atmospheric Feedback)というサブモデルを含んでいる。LEAF-2サブモデルは植生の存在による地表面付近の各種フラックスの変化と、地表面と土壌層や大気層とのフラックス交換を扱うもので、植生キャノピーモデルともいう。都市域については、LEAF-2はアルベド、放射、粗度等特性値の違いによってその存在を表している。本論文では、RAMSの初期化過程に土地利用診断プロセスを組み込み、人工被覆地表面に対する計算をLEAF-2の変わりにUC(Urban Canopy)サブモデルを用いる手法を取った。本論文で開発したUCサブモデルはKusakaらが開発Single-layer Urban Canopyスキームをベースにデザインされている。Single-layer Urban Canopyスキームでは都市キャノピーが奥行き無限長の建造物を一定間隔に配置した街区と定義され、人工被覆面は建造物の壁、屋根及び道路から構成されている。人工被覆の熱特性以外に、都市キャノピーの構造が都市気候に及ぼす影響、例えば、建造物の存在による日陰や、鉛直方向での短波・長波の吸収放射、風の遮断効果等も解析できるようになっている。更に、実在都市の建造物のランダム配置に対応するために都市キャノピーが回転できるように設計され、π/8回転されるたびに直射日光の計算を行ない、平均値を取るようにしている。これらSingle-layer Urban Canopyスキームの特性を生かしたうえに、UCサブモデルは各人工被覆面に人工排熱(顕熱・潜熱)フラックス項を加えており、様々なヒートアイランド緩和策を評価するために人工被覆面の蒸発散項も設けている。また、都市キャノピー構造が都市の内部でも異なっていることに対応するため、Urban土地利用クラスが最大10個まで設定できるようにデザインされている。新しいツール(RAMS-UC)の精度は東京と重慶市両都市を対象としてに検証された。

 次に、RAMS-UCモデルを用いた重慶市ヒートアイランド現象の現況解析、将来予測、及び各種ヒートアイランド緩和策の有効性を評価した。衛星リモートセンシング技術を利用して、Landsat-7の衛星画像から解像度凡そ50mの重慶周辺の土地被覆データを抽出し、モデルの入力データの一部として使用した。なお、重慶市計画局で作成された都市開発計画を参考にして大規模都市開発の終了予定である2020年における重慶市ヒートアイランド状況を予測した。大規模都市開発は重慶市の夏季気温を更に上昇させ、新規都市域では5℃近く気温が上昇すること、また周辺の高温化の影響を受け既成都市域でも1℃弱気温が上昇することが予測された。各種緩和策の評価部分では、従来から有効な対策としてよく挙げられている、(1)地表面の高アルベド化、(2)エネルギー消費の抑制、(3)緑被率の増加、などと、新しい提案として、(4)クーリングタワーの積極的な導入、(5)保水性舗装の導入、(6)壁面散水の導入、など計6種類の緩和策の効果を定性及び定量的に評価した。

 最後に、2020年の計画で想定されている重慶市の土地利用に基づいて、大胆な都市の成長管理(Growth Control)を行った場合と比較して、前項で述べた都市のヒートアイランド対策を組み合わせて導入した場合にどの程度ヒートアイランド現象を緩和できるかを検討した。成長管理シナリオでは都市規模が半減し、都市の緑被率が60%まで上げたケースを想定している。一方で、ヒートアイランド対策については前項で個々の対策による効果を評価した結果から用途区域毎に適切な組み合わせで導入するよう試みている。緩和策の組み合わせによるヒートアイランドの改善は夜間において成長管理シナリオによる効果と概ね同程度であるのに対して、昼間においては成長管理シナリオよりもはるかに大きい効果が得られることが分かった。

 以下に、本論文で得られた知見をまとめる。

(1) 気象モデルRAMSに都市キャノピーサブモデルUCを内挿したことにより、異なるスケールの事象をダイナミックにリンクした都市ヒートアイランド解析ツールを開発した。

(2) 現在想定されている大規模都市開発・再開発により重慶市のヒートアイランドの状況は悪化し、新規開発地域ばかりでなく既成市街地においても周辺の気温上昇の影響を受け最大2℃近くの気温上昇が予想された。

(3) ヒートアイランド緩和策の評価において以下の事項が明らかになった。(a)人工排熱量の削減は地域特性に関係なく削減した分だけの効果が期待可能。(b)アルベド改善方策としては屋根面に高反射塗料を導入することが一番効果的。(c)保水性舗装と緑地面積増大方策は夜間のヒートアイランド現象の改善にもっとも効果的。(d)クーリングタワーは昼間のヒートアイランド緩和に効果的ではあるが、大規模に導入されると空気中の水蒸気量の上昇により近隣の蒸発効果が抑制され、逆に地域の気温上昇に繋がる可能性もある。(e)壁面散水による都市ヒートアイランド緩和は顕著ではなかったが、散水による省エネ効果も含めて評価を行うと高冷房使用率の建物での使用が望ましいという結果になることも考えられる。

(4) 重慶市の将来土地利用を元に大胆な成長管理シナリオと各種ヒートアイランド緩和策の複合導入を評価した結果では、昼間においてはヒートアイランド緩和策の複合導入シナリオの方が成長管理シナリオよりも快適な都市温熱境が期待できる結果となった。

Figure 1: Canopy components and heat fluxes. The free atmosphere, canopy air, vegetation, building and ground (soil) are represented by the letters A, C, V, B (where, R denotes building roof and W denotes building walls), and G, respectively.

Figure 2: Horizontal domains in Chongqing simulation

審査要旨 要旨を表示する

 都市活動により都市部の気温が上昇するヒートアイランドの深刻化が近年社会問題になり対策が立案されているが、対策がもたらす効果については必ずしも定量的な評価ができておらず、またその効果もそれぞれの都市がおかれている自然条件や都市活動によって異なる。日本に限らずアジア諸国のヒートアイランドを解析し、都市計画的な対策がもたらす効果を事前に評価することは重要であり、そのニーズは日本のみならずアジア各国に存在している。

 本論文はこのような背景の元に行われたもので、"The Development of Urban Heat Island Simulation Tool and its Application to Planning of Chongqing, China (都市ヒートアイランド解析ツールの開発と中国重慶市の計画への応用)"と題し、英文で10章からなる。この論文で対象とする重慶市は中国の西部開発の中心的な巨大都市として開発が計画されており、また夏季の気温が40度に達する都市である。

 第1章では、解決すべき従来のヒートアイランドシミュレーションモデルの限界と中国内陸の巨大都市に適用する意義について述べている。

 第2章はモデルの改良に関する記述である。従来の気象モデル(RAMS)は大規模な気象現象の把握が元来の目的であるため、都市の構成要素である建物による日照の反射など、地表面付近の状況が反映されておらず、従って都市の対策が評価できない状況にある。そこで、地表面付近を表現する既存のキャノピーモデルをRAMSに組み込んだ。

 第3章は改良したモデルの検証である。検証に当たっては、建物からの人工排熱が計算でき、道路からの排熱もある程度把握できること、シミュレーション例が多いこと、また気象データが充実していることから、東京を対象にした。キャノピーモデル組み込みあり、なしの二つのRAMSモデルを使って比較シミュレーションを行った結果、キャノピーモデルの組み込みによって地表面付近の気温上昇が表現され、より実際の気温に近くなったことが示された。このことから本研究で開発した、キャノピーモデルを組み込んだRAMSは都市のヒートアイランドの解析の有力なツールとして使えると結論づけている。

 第4章は重慶市と2020年のマスタープランについてとりまとめたものである。

 第5章はリモートセンシングによるシミュレーションモデルの入力データの作成についての記述である。

 第6章では重慶市におけるヒートアイランドの状況を前章までで確立したモデルと入力パラメータを元にして再現している。RAMSの特徴は、全体の計算領域(グリッド1)の中で詳しく解析したい地域(グリッド2)に対して解像度を上げて解析できることである。本シミュレーションではグリッド1の計算領域は東西1600 km、南北1600 kmの矩形領域である。グリッド1、グリッド2、さらにグリッド3と段階的にメッシュを細かくし、そのメッシュサイズはそれぞれ20km,4km,1kmである。本章においては重慶市と周辺の合計7地点の気象観測データとシミュレーション結果を比較した。キャノピーモデルを組み込んだRAMSにより、ヒートアイランドの実態がよく表現できていると判断された。

 第7章は、大規模な都市開発が計画されている重慶市の熱環境の将来予測である。このシミュレーションでは重慶市の2020年のマスタープランに基づき、現状と将来の熱環境の比較を行った。その結果、重慶市およびその周辺の高温域の面積が大幅に増大した。重慶中心地を含むグリッド3では夏季14時の気温が40度を超える面積がグリッド全体の12%であったものが30%に増大した。

 第8章は重慶市の将来の熱環境の悪化に対する対策として、省エネルギー、アルベド変更、緑化、保水性舗装、冷房へのクーリングタワーの導入、壁面散水を想定し、それらの効果をシミュレーションにより定量的に評価したものであり、本研究の中心的な成果である。対策によって効果のある時間帯や効果の程度が異なることが示された。

 第9章は実際の重慶の土地利用に合わせて前章で検討した対策を組み合わせて導入した場合の効果を評価しており、いわば現実的な施策の提案といえる。

 第10章は結論である。

 本研究は、今日日本でも問題になっているヒートアイランドの解析とその対策を、今後大規模開発が計画されている中国重慶市に適用したものである。学術的には、気象モデルであるRAMSをヒートアイランド解析用に改良した点に意義がある。また、ヒートアイランドの問題はアジアの巨大都市で深刻な影響を及ぼすと考えられ、その意味で本研究を行う意義は大きい。本研究は、今後のこの分野の研究と実践の基礎となるものとして高く評価される。

 以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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