学位論文要旨



No 121823
著者(漢字) クア テュイ ティテュ
著者(英字) QUACH THUY THI THU
著者(カナ) クア テュイ ティテュ
標題(和) 粉末活性炭添加型精密膜処理における粉末活性炭の酸・アルカリ処理による吸着と膜ファウリングへの影響
標題(洋) EFFECTS OF ACID/BASE TREATMENT OF POWDERED ACTIVATED CARBON ON ADSORPTION AND MEMBRANE FOULING IN PAC-MICROFILTRATION SYSTEM (PAC-MF)
報告番号 121823
報告番号 甲21823
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6353号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 中島,典之
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

水道水中の有機物は、色度、無機物との反応による水中の挙動、及び消毒プロセスにおける発癌性副生成物の生成に関与している。高濃度粉末活性炭-精密ろ過プロセス(PAC-MF)のような膜ろ過処理によって、発癌性副生成物は効率よく制御できる。しかし、PACケーキ層の形成による膜ファウリングが、膜ろ過装置における主要な障害となっている。

MF膜システムの膜ファウリングは、天然有機物(NOM)、金属やPAC粒子の膜表面及び膜細孔への付着によって形成される。最近の膜ファウリングの研究は、NOM由来のファウリングの解明に力が注がれており、親水性のNOM分画として高分子化合物やコロイダル性有機物が主な有機性のファウリング因子と分かっている。しかし、二価金属イオンが存在する条件下での有機物の複雑な挙動に起因した膜ファウリングは、未だ解明されていない。PAC-MFのようなハイブリッドプロセスにおいては、PACケーキ層の形成や、膜表面への金属及び有機物の吸着などが巻くファウリングに影響するため、膜ファウリングのプロセスはさらに複雑である。PAC-MFプロセスにおいては、有機物や金属の成分がPACに吸着されることにより、膜表面での濃度が変化する。従って、PAC吸着により金属と有機物の相互作用に影響を与えると考えられる。

このため、NOMと金属及び膜の相互作用に影響する、PACの性質、特にPACの表面化学の視点から、PACの役割を検証することにより、膜ファウリング機構をより深く解明することができる。また、膜ファウリングの原因が明らかとなれば、PAC-MF装置は広く普及すると考えられる。本研究は、活性炭の酸もしくはアルカリ処理によるNOMと金属の吸着に対する影響を調べること、及びPAC-MFシステムにおける膜ファウリングの機構を解明することを意図して行われた。本研究の目的は次の4つである。まず、酸及びアルカリ処理後のPAC表面特性を解明する。第二に、自然水を用いた場合のPAC-MFシステムの膜ファウリングにおいてそのPACの酸・アルカリ処理の効果を明らかにする。第三は、PAC、有機物及び金属の表面化学に基づいた吸着・相互作用を解明し、第四は人工原水を使用してフミン酸及びカルシウムイオンの膜ファウリングへの影響を調べることである。

はじめに第一の研究目的に対して、PAC表面化学に及ぼす化学処理の効果に関する研究を行った。木質粉末活性炭PACは、60%硝酸と2規定水酸化ナトリウム処理によって表面化学特性が変化する。酸・アルカリによる表面処理や吸着済みのPAC表面特性の変化は、FT-IR、pH滴定による等電点及び、中和滴定によって検証した。表面処理したPACのFT-IRと中和滴定の結果によると、硝酸処理を行ったPACはカルボキシル基やフェノール類が顕著に増加したのに対し、水酸化ナトリウム処理を行ったPACはフェノール類とラクトン基の増加が見受けられた。酸アルカリ滴定により測定したPACの等電点は、純水洗浄した活性炭が6.5であったのに対して、硝酸処理でpH4.2に低下し、アルカリ処理ではpH8.5に上昇した。

つぎに、第二番目の目的に沿って、多摩川の原水を用いて、化学処理を施したPACのNOMと金属の吸着能力と、膜ファウリングについて調査した。PACケーキファウリングについては、NOM及び金属を吸着済みのPACの比ケーキ抵抗(RC)についても調べた。水酸化ナトリウムで処理したPAC(BPAC)は水洗浄のみのPAC(WPAC)よりもNOM吸着能が高められた一方、硝酸処理のPAC(APAC)は金属吸着能が高まった。また、予めNOMと金属を吸着したPACを用いて、デットエンド式MFろ過試験によりPACのケーキファウリングを調べたところ、APAC及びBPACはともに比ケーキ抵抗(RC)値がWPACよりも減少した。活性炭に吸着せずに原水中に残存するNOMや金属と、NOM及び金属を吸着した後のPAC特性が、PACケーキ形成に強く影響することが分かった。本研究の結果から、化学処理をした活性炭は、NOMや金属類の吸着能が増加しRCが減少するため、PAC-MFシステムにおいて透過流束を増加させ、膜ファウリングを抑制できることが明らかとなった。

三番目の調査研究として、膜ファウリングに影響するPAC、有機物及び金属の3つの要因について更に解明するため、フミン酸及び金属イオン濃度の異なった人工原水を用いて、PACの表面処理が吸着や膜ファウリングに与える影響を調べた。フミン酸及び金属イオンを吸着したPACを、比ケーキ抵抗の調査に使用した。これらの物質を吸着した後のPACの特性変化は、FT-IRにより調べたファウリングに及ぼすPACの硝酸処理は、金属吸着量の著しい増加を、水酸化ナトリウム処理はフミン酸吸着量の増加をもたらした。金属とフミン酸を混合して吸着させると、フミン酸と金属の吸着量がともに増加を示した。フミン酸及び金属イオンを吸着したPACの比ケーキ抵抗は、PACの表面化学性状と吸着前のフミン酸または金属イオン濃度に依存していた。金属イオンは、水洗PAC(WPAC)と水酸化ナトリウム処理を施したPAC(BPAC)の比ケーキ抵抗(RC)に強い影響を及ぼすが、フミン酸の添加は硝酸処理をしたPAC(APAC)に影響した。フミン酸と金属イオンの組み合わせ効果として、酸処理したPAC(APAC)とアルカリ処理したPAC(BPAC)の比ケーキ抵抗(RC)が、フミン酸もしくは金属イオンのみを加えた実験ケースより低かった。これらの結果は、PACの表面化学や供給水の組成がPACの比ケーキ抵抗(RC)に影響を与えたことを示した。

吸着に及ぼすPAC表面化学や膜ファウリングの影響が上記調査によって明らかになったことをもとに、四番目の調査としてPACによるフミン酸と金属を吸着除去した場合、原水中のこれらの物質による膜ファウリングの低減効果を調べた。膜供給水は、異なった濃度のフミン酸と、金属としてカルシウムを含んだ水を調整した。膜ファウリングは、透過流束の低下、比ケーキ抵抗及び、水質パラメータをもとに評価した。フミン酸のサイズは、ナノ粒子分析機を用いて調査した。フミン酸や二価金属によるMF膜ファウリングを評価したところ、膜ファウリングをおこす比ケーキ抵抗には、フミン酸と二価金属イオンの濃度だけでなく、有機物と二価金属の濃度比が大きな影響を及ぼすことを明らかにした。即ち、フミン酸とカルシウム比(フミン酸/カルシウム)が高いか低い場合には、中間の値に比べて比ケーキ抵抗が小さくなることが示された。フミン酸の粒子サイズを測定したところ、二価金属としてのCaCl2濃度が0.5mMの時、フミン酸の粒子径は減少した。

以上の研究結果から、活性炭の表面化学特性は、有機物と金属の吸着に重要な影響を及ぼすことが明らかとなった。水酸化ナトリウム処理したPACは有機物の吸着を高める一方で、硝酸処理したPACは金属吸着を高める。これにより、原水中の膜汚染物質を効率よく除去できるだけでなく、ろ過水中の有機物や金属濃度を低減することができる。また、有機物及び多価金属を吸着したPACの表面化学特性は、PACケーキ形成に影響することが示された。PACなしでの有機物と金属による膜ファウリングを調べたところ、二価金属やフミン酸の濃度ではなく、濃度比が比ケーキ抵抗に対して重要な影響を及ぼすことが明らかになった。

表面化学処理を行った活性炭は、PAC-MFシステムにおいて透過流束の増加や膜ファウリングの抑制効果があった。更に、PACの表面官能基による金属や有機物の吸着への影響については、PACの投入目的や供給水の前処理手法を提案するためにも、今後より定量的な研究を進める必要がある。膜ファウリングを理解する上で、金属イオン、特にカルシウムが共存する場合のフミン酸の構造や錯体形成についても、さらに調査が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「粉末活性炭添加型精密膜処理における粉末活性炭の酸・アルカリ処理による吸着と膜ファウリングへの影響」(Effects of Acid/Base Treatment of Powdered Activated Carbon on Adsorption and Membrane Fouling in PAC-Microfiltration System (PAC-MF))と題し、浄水処理における高濃度粉末活性炭添加型の膜ろ過プロセスについて、特に粉末活性炭の表面化学修飾による有機物及び金属の吸着能力の変化と、活性炭ケーキ層によるろ過抵抗の変化について研究したものである。本論文は8章で構成されている。

 第1章は、本研究の背景と目的について述べたものであり、パイロットプラント実験により、粉末活性炭(PAC)による膜表面上のケーキ層の形成により、膜ろ過が困難となる問題を指摘するとともに、活性炭の表面性状を改変することにより、この問題を回避できる可能性を指摘した。

 第2章は、文献調査であり、高度浄水処理の除去対象となる天然有機物について、これまでの研究をまとめるとともに、天然有機物の構造について詳細に述べている。また、活性炭吸着、活性炭の化学修飾法、及び活性炭と膜ろ過とを組み合わせた浄水プロセスについて、既存の文献についてまとめたものである。

 第3章は実験方法であり、本研究で用いられた粉末活性炭および、その化学修飾方法について詳しく述べている。さらに、活性炭の表面化学性状の分析方法として、FT-IRや荷電量の測定方法について述べるとともに、回分式膜ろ過実験における活性炭ケーキ層のろ過抵抗の測定方法などについて述べている。

 第4章は、酸・アルカリ処理後の活性炭の表面化学性状の変化について、水洗浄した粉末活性炭と比較しつつ、実験の結果を述べている。酸洗浄した粉末活性炭は表面の酸性官能基が増大し、等電点が酸性側にシフトしたのに対して、アルカリ洗浄した活性炭では酸性官能基が減少し、等電点がアルカリ側にシフトした。

 第5章は、酸・アルカリ処理した活性炭を用いて、多摩川河川水中の天然有機物および多価金属の吸着について調べた結果について述べている。その結果、アルカリ処理した活性炭は有機物の吸着能力がわずかに上昇したのに対して、酸処理した活性炭では有機物の吸着能力が減少した。一方、金属の吸着能力については、酸処理した活性炭が大きく増大したのに対して、アルカリ処理した活性炭による吸着量の増加はわずかであった。また、吸着前後のFT-IRデータから、活性炭への有機物及び金属の吸着によって、活性炭の官能基に大きな変化が見られることが示された。

 第6章では、多摩川河川水を模擬した人工原水を、フミン酸試薬と主要金属を用いて調製し、酸・アルカリ処理した活性炭によって吸着を行った。その結果、活性炭への金属イオンの吸着はフミン酸の添加によって増大し、また、活性炭へのフミン酸の吸着も金属イオンの添加によって増大した。活性炭ケーキろ過抵抗に関しては、酸処理した活性炭はフミン酸吸着後のろ過抵抗が大きく増大したのに対して、水洗い及びアルカリ処理した活性炭は金属吸着後のろ過抵抗の増大が著しかった。これら全ての活性炭について、金属とフミン酸の両方を吸着した場合、単独のフミン酸或いは金属を吸着した場合よりも減少した。

 第7章では、金属イオンをカルシウムのみとし、フミン酸との共存条件での膜ろ過抵抗を調べている。これは、活性炭吸着によりフミン酸や金属イオンが除去された場合、どの程度フミン酸と金属イオンによる膜ろ過抵抗が減少するかを調べるための調査であり、この実験では活性炭は用いられていない。研究の結果から、フミン酸とカルシウムによる膜ろ過抵抗は、膜に付着した絶対量のほかに、フミン酸とカルシウムの相対的な付着量に依存し、膜ろ過抵抗を最大とする付着割合が存在することが明らかとなった。

 第8章は結論であり、本研究で得られた主な結論についてまとめている。

 以上のように本論文は浄水処理における高濃度粉末活性炭添加型の膜ろ過プロセスについて、特に粉末活性炭の表面化学修飾による有機物及び金属の吸着能力の変化と、活性炭ケーキ層によるろ過抵抗の変化について新しい解析方法を適用し、これまで知られていなかった特性を明らかにした。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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