学位論文要旨



No 121824
著者(漢字) グェン トウン ラム
著者(英字) Nguyen Tung Lan
著者(カナ) グェン トウン ラム
標題(和) ベトナムにおける住宅金融制度と低所得者層に対する住宅補助事業の改革に関する研究
標題(洋) A Study on the Restructuring of Housing Finance systems and Subsidized Housing Programs for Low Income Groups in Vietnam
報告番号 121824
報告番号 甲21824
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6354号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

1986年、ベトナム政府は国内の社会経済の発展を目的とし、新しい政策(Doi Moi 政策)に取り組んだ。Doi Moi 政策の主な目的は市場経済への移行であった。いくつか政治経済学的取り組みがその政策のためになされたが、その中の住宅整備政策は国民の一般住宅の入手可能性の向上を目的とした戦略であった。経済改革政策の一部である都市住宅制度の改革により、住宅の不足と不平等を解決するため、都市住宅の民営化、商業化、国営化がおこなわれた。住宅金融制度はこの戦略の枠組み内で改革されてきたのである。

ベトナムにおける住宅金融制度の改革は二つの側面を見ることができる。それらは住宅生産のための金融メカニズムと住宅産業への財源の流れである。詳しくは、住宅開発のための金銭の流動化と供給への取り組みという側面、そして住宅開発のための、公式・非公式の金融機関からの財源の流れという側面である。前者が住宅開発業者とより深い関係がある一方、後者は住宅の金融面において、住宅開発業者と購入者両方に関係している。改革が低所得者層の住宅の入手可能性に対してどれだけ影響を与えたかについては、この二つの側面を詳しく見ることによって明らかにできるだろう。

本研究では、ベトナムにおける住宅金融制度の改革とそれによる低所得者層の住宅入手可能性に与える影響について調査することを目的とする。これを基本とし、本研究では具体的に以下の3つを目的としている:(a)過渡期における住宅市場構造の変化と、それに関係する住宅金融制度について明らかにすること。(b)住宅金融制度の改革過程を明確にすること。(c)現在の住宅補助事業における住宅金融メカニズムの状況と、それによる低所得世帯の住宅事情の改善への影響を比較すること。以上の3つである。

本研究は、都市住宅金融制度の改革について調査し、これらの改革がどのように低所得世帯の住宅入手可能性に影響を与えるかについて、ハノイ市の事例研究により明らかにし、1986年以降新たに現れた住宅市場における国家の役割の変化を検証する。まず、低所得者層への影響を明らかにするため、ハノイ市において近年実施された3つの住宅補助事業の実態を世帯調査の結果より比較した。都市住宅金融制度の改革について分析したところ、住宅供給における政府の役割を少なくしたことにより、財政負担は軽減されたが、低所得者の住宅入手支援だけでなく、それと同時に住宅生産における住宅開発業者の後押しをするような状況を作っているという課題にも直面していることが明らかになった。住宅生産において住宅金融は非常に重要な役割を担うため、住宅金融制度の改革は住宅開発戦略の枠組みと非常に深く関わっている。住宅開発戦略におけるどんな改革も、住宅産業への財源供給の戦略に対してだけでなく、住宅生産に関する金融メカニズムにも影響を与える。そしてこれらの要因は、住宅に関する財源の入手可能性という点において、個々の世帯だけでなく住宅開発業者も含む消費者全体にも影響を与えると思われる。ベトナムとハノイ市における住宅開発戦略に関する調査と、住宅金融制度に関するヒアリングより、財源供給についての戦略や金融メカニズムの関係、また、住宅開発政策、住宅金融メカニズム、住宅ローン政策、低所得者層の住宅事情改善事業の関係を明らかにした。

住宅開発戦略における政府の役割は、1986年以降の政府以外の住宅生産者の出現によって変化した。国家予算からの助成金の削減により、これらの住宅生産産業は、金融上の手法を用いるだけでなく、他の利用可能な財源を探すこととなった。公式な金融機関の役割はこれらの要求に対応するために改革されてきた。しかし、実際、これらの改革は、住宅生産者と消費者の両サイドからの要求を満たしていなかった。長い歴史を持つ非公式の金融機関の存在は、特に低所得者層の住宅消費者の強い要求に対し、公式な金融機関の短所とのバランスをとる重要な役割を果たしてきた。しかし、低所得者層の住宅入手可能性が保証されるような住宅部門の持続可能な発展のために、住宅金融制度における政府介入への要求は緊急かつ重要なものとなってきている。これらは、現在の非公式な住宅金融機関と公式な機関の役割とのバランスをとると考えられ、これにより、低所得者層の住宅入手可能性は向上するだろう。

現在の住宅開発戦略と住宅金融制度をより詳しく分析すると、ハノイ市における世帯調査から、1986年以前と比べ、より品質の高い住宅を選ぶ機会が増えているが低所得者層の住宅入手可能性は低くなっていることがわかる。また、3つの住宅事業を比較すると、政府による金融的介入が多い事業では、低所得者の居住水準は上がり、満足度も高くなっている。これら3つの住宅事業における、高所得世帯、低所得世帯の住宅入手可能性と居住水準における問題は、住宅開発規制と金融助成金との間へのバランスのとれた政府の介入の要求により起こった。もし計画段階にある開発にこれ以上の介入があるならば、より多くの助成金が基盤システムに対し必要になるが、これらの助成金は低所得者ではなくむしろ高所得者に支払われる。将来、高所得者・低所得者双方のバランスをとるためには、政府はますます増加する開発計画と、商業施設に対する金融上の介入を規制すべきである。

審査要旨 要旨を表示する

 ベトナムでは、1986年以降の新しい政策(Doi Moi政策)下における市場経済への移行のもとで、住宅整備政策は国民の一般住宅の入手可能性の向上を目的とした戦略がとられ、経済改革政策の一部である都市住宅制度の改革により、住宅の不足と不平等を解決するため、都市住宅の民営化、商業化がおこなわれた。住宅金融制度はこの戦略の枠組み内で改革されてきた。本研究は、アジア発展途上国の移行経済国としての特色をもつベトナムにおける住宅分野の改革を、住宅購入者、供給者に対する住宅金融制度改革について、実際につくられた住宅団地の質を通じて、評価するものであり、ユニークな研究である。また、ベトナムにおける住宅金融制度の改革を二つの側面から整理している点も本研究の特色である。住宅開発のための金銭の流動化と供給への取り組みという側面、そして住宅開発のための、公式・非公式の金融機関からの財源の流れという側面である。前者が住宅開発業者とより深い関係がある一方、後者は住宅の金融面において、住宅開発業者と購入者両方に関係している。本研究は、これらの諸点について、事例研究を通じて、改革が低所得者層の住宅の入手可能性に対してどれだけ影響を与えたかについて明らかにしている。

 以上のような背景のもとで、本研究は、ベトナムにおける住宅金融制度の改革とそれによる低所得者層の住宅入手可能性に与える影響について調査することを目的とし、具体的には、(a)過渡期における住宅市場構造の変化と、それに関係する住宅金融制度の特色の解明、(b)住宅金融制度の改革過程の明確化、(c)現在の住宅補助事業における住宅金融メカニズムの状況と、それによる低所得世帯の住宅事情の改善への影響の比較を行った。

 以上のような目的のもとで、本研究は、事例として、ハノイ市における住宅開発を取り上げ、1986年以降新たに現れた住宅市場における国家の役割の変化を詳しく検証している。本研究の成果として、第一に、低所得者層への影響を明らかにするため、ハノイ市において近年実施された3つの住宅補助事業の実態を世帯調査の結果より比較し、都市住宅金融制度の改革について分析することを通じて、住宅供給における政府の役割を少なくしたことにより、財政負担は軽減されたが、低所得者の住宅入手支援だけでなく、それと同時に住宅生産における住宅開発業者の後押しをするような状況を作っているという課題にも直面していることを示したことが挙げられる。また、第二に、住宅生産において住宅金融は非常に重要な役割を担うため、住宅金融制度の改革は住宅開発戦略の枠組みと非常に深く関わっている。住宅開発戦略におけるどんな改革も、住宅産業への財源供給の戦略に対してだけでなく、住宅生産に関する金融メカニズムにも影響を与える。そしてこれらの要因は、住宅に関する財源の入手可能性という点において、個々の世帯だけでなく住宅開発業者も含む消費者全体にも影響を与える。ベトナムとハノイ市における住宅開発戦略に関する調査と、住宅金融制度に関するヒアリングより、財源供給についての戦略や金融メカニズムの関係、また、住宅開発政策、住宅金融メカニズム、住宅ローン政策、低所得者層の住宅事情改善事業の関係を明らかにしたことも本研究の重要な成果と言える。

 本研究が詳しく論述しているように、住宅開発戦略における政府の役割は、1986年以降の政府以外の住宅生産者の出現によって変化し、国家予算からの助成金の削減により、これらの住宅生産産業は、金融上の手法を用いるだけでなく、他の利用可能な財源を探すこととなった。公式な金融機関の役割はこれらの要求に対応するために改革されてきた。しかし、一方で、これらの改革は、住宅生産者と消費者の両サイドからの要求を満たしていない。

 このような分析を踏まえ、本研究は、ひとつの結論として、長い歴史を持つ非公式の金融機関の存在は、特に低所得者層の住宅消費者の強い要求に対し、公式な金融機関の短所とのバランスをとる重要な役割を果たしてきた。しかし、低所得者層の住宅入手可能性が保証されるような住宅部門の持続可能な発展のために、住宅金融制度における政府介入への要求は緊急かつ重要なものとなってきている。これらは、現在の非公式な住宅金融機関と公式な機関の役割とのバランスをとると考えられ、これにより、低所得者層の住宅入手可能性を向上させることを主張しており、この主張は、政府の考慮すべき重要な政策提言である。

 ハノイ市における世帯調査から、1986年以前と比べ、より品質の高い住宅を選ぶ機会が増えているが低所得者層の住宅入手可能性は低くなっていることがわかる。また、3つの住宅事業を比較すると、政府による金融的介入が多い事業では、低所得者の居住水準は上がり、満足度も高くなっている。これら3つの住宅事業における、高所得世帯、低所得世帯の住宅入手可能性と居住水準における問題は、住宅開発規制と金融助成金との間へのバランスのとれた政府の介入の要求により起こった。以上の分析より、本研究の示した二番目の重要な結論として、計画段階にある開発にこれ以上の介入があるならば、より多くの助成金が基盤システムに対し必要になるが、これらの助成金は低所得者ではなくむしろ高所得者に支払われる。将来、高所得者・低所得者双方のバランスをとるためには、政府はますます増加する開発計画と、商業施設に対する金融上の介入を規制すべきであるとの論点が導かれる。

 以上のとおり、本研究は、とくに移行経済化のベトナムにおける住宅政策分野における課題について事例分析を通じて詳細に明らかにし、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の改善のための有益な提言を行っている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク