学位論文要旨



No 121825
著者(漢字) 趙,昇衍
著者(英字) CHO,SEUNG YEOUN
著者(カナ) ジョオ,スンイョン
標題(和) ソウルと東京の都市更新政策と都心商業業務地更新実態に関する比較研究
標題(洋)
報告番号 121825
報告番号 甲21825
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6355号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景と目的】

 都心部は、都市の地理的にも中心に位置しながら、行政・商業・業務などの中枢機能を担当している地域として、空間的・機能的な側面から都市全対へ及ぶ影響が大きい。20世紀末に登場した都市再生論、成長管理論、持続可能開発論等の都市政策理論では、都市のスプロール、乱開発を抑制するためにも、都心部の高密利用・有効利用が重要であると強調している。しかし、従来の物理的環境改善や基盤施設の拡充が中心である「都市再開発(Redevelopment)」だけでは、複雑になった21世紀の都心部問題に対応しがたいという認識から、社会・経済的な側面を含む都心部の活性化を図る「都市再生(Regeneration, Revitalization)」へ政策が転換してきている。

 一方、アジア大都市はデザインガイドラインのような建築形態規制だけでは改善しがたい市街地構造が劣悪な地域が存在しているが、それは欧米のスラムほど経済・社会的に衰退していない地域であり、欧米型の都心部再生政策だけでは解決できない課題となっている。このようにアジア大都市においては、既成市街地の有効利用を図りながら、周辺地区の物理的環境の整備を行う都市再生手法が必要である。特に、1990年代以降の東京とソウルにおいては、地方自治の拡大、住民参加の拡大、規制緩和という都市政策を巡る環境の変化が現れている。

 以上を踏まえ、本研究は街路基盤弱体・敷地狭小を特徴とするアジア大都市の歴史的な中心商業業務地における市街地更新をどう進めたら良いのか、という問いに答えるため、まず、これまでの更新政策の実態とその効果および副作用を分析評価すること、を目的としている。

【都市更新政策と市街地更新】

 第1章では、都市更新政策に関する理論研究を行い、本論における分析の枠組みを提示している。本研究のテーマとなる都市更新政策では、都市計画の体系の中で、市街地更新の方向定め、市街地更新の主体、形態、手法等を定めるものとして、結果として適切な市街地の形成を誘導していくものとして定義する。

【論文の構成】

 本論分は2部から構成されている。I部(第2章と第3章)では1990年代後半以降のダウンタウン・プランを中心とするソウルの都市更新政策とそれに伴う都心商業業務地における市街地更新の実態を分析し、II部(第4章と第5章)では、規制緩和の都市更新政策を全面的に展開してきている都市更新政策とそれに伴う都心商業業務地における市街地更新の実態を分析した。以下各章の要旨を記す。

<I部:ソウルの都市更新政策と都心商業業務地更新実態>

 第2章では、ソウルの都市更新政策を概説し、1990年代半ば以降のダウンタウン・プランを中心とする市街地更新スキームの導入とその内容を考察した。ソウルは2001年に初に行政計画として都心部管理基本計画が定められ、都心部全域における市街地更新を一つの計画でコントロールする仕組みが導入された。現在、ソウルは2004年策定された都心部発展計画をダウンタウン・プランとして、法定再開発滋養、地区単位計画、個別更新という3本柱で都心部全域の市街地更新を導く政策スキームとして整っている。このような政策スキームの特徴は、大きく4つに整理可能である。第一に、都心部の都市更新政策が従来の市街地更新規制から、積極的な市街地更新誘導へ方向を転換したことである。国の首都圏人口集中を抑制するため都心部の市街地更新制限政策をとってきたが、地方分権化と共にソウル市は地域均衡発展政策の一環として積極的な都心部の市街地更新誘導による地域再生を図っている。第二に、都心商業業務地における総合的かつ具体的なマスタープランの整備である。従来の都心再開発基本計画は都市環境整備事業区域に限定されたものを、都心部発展計画は都心部全域を対象とし、その将来像や地域別特性を生かした整備方針を提示している。これで従来は明確な整備基準がなかった都市環境整備事業区域外の個別更新もコントロールできるようになったことは総合的都市更新政策として重要な意義がある。第三に、従来のスクラップ&ビルド中心の市街地更新手法を多様化している。都心部発展計画では「開発と保存の調和」という基本原則に従い、都市環境整備事業区域に開発を集中させ、高層開発を誘導させる一方、都市環境整備事業も手法の多様化、地区単位計画の拡大による多様な市街地像の実現を図っている。最後は、公共主導の市街地更新へ転換である。公共空間整備の長期未施行による都心部の質低下を防止し、同時に環境改善による民間の投資意欲を導くため、行政が公有地を中心に道路や公園などの整備を行っている。その費用は、後に民間側が市街地更新を行う際に請求することで、公平性を確保しようとしている。

 第3章では、第2章で明らかになった都心部発展計画による市街地更新の実態を個別の手法を中心に考察を行った。ソウルの場合、都心部の地形や敷地の状況が比較的に均一であることから、寧ろ都市政策によって現在のような市街地構造が形成されたと考えられる。したがって、その市街地更新の手法によって、事例地区を抽出・分析を行った。都心部発展計画では、都心部全体を4地区に区分し、地区別の都市更新の方向と共に、都市環境整備事業、地区単位計画、修復型再開発、保全再開発などの具体的な適用手法を規定している。まず、ソウル市は都心部発展計画に都心部における高さ制限や容積率制限を厳しく規定し、都市環境整備事業区域ではこれらの規制緩和や容積率インセンティブが可能であり、高層・高密開発を誘導している。特に、土地の有効活用の方法として、都市環境整備基本計画に敷地統合による面的整備、土地の高度利用、市街地の高層化を図っている。2004年の整備基本計画では既存計画の強直性を補完し、保全型再開発手法や修復型再開発手法などの多様な手法が具体的に取り組まれたが、まだ実績は少ない。一方、このような大規模開発を抑制しながら、街並み誘導型の市街地更新を図る手法として、地区単位計画がある。現在は、比較的に良好な街並みをもっている地域や都心部の伝統的なアイデンティティを持つ地域を守るため、地区レベルでの詳細計画を定め、個別更新を誘導している。個別更新が成立しがたい地域において、市街地更新を可能とさせるための建ぺい率や敷地規模の規制を緩和する一方、用途や高さ、開発規模においては厳しい規制をかけている。都心部発展計画では、容積率の緩和など規制緩和を行う際にも地区単位計画の策定を前提とするなど、都心部全域に地区単位計画を拡大し、規制緩和による乱開発を予防する一方、計画的に市街地更新を誘導する方針である。その他の個別更新に関しては、一定規模以上(従来は11階、現在は16階)のものはソウル市建築委員会の審議対象として、個別のコントロールが可能である。都心部発展計画は、都市環境整備事業区域外の小規模個別更新における整備基準を設けたことに注目が注ぐ。しかし、都心部発展計画における基準が市街地の状況が十分に反映されていない緩い基準であり、行政計画として法定安定性が弱いところが今後の課題として残っている。

<II部:東京の都市更新政策と都心商業業務地更新実態>

 第4章では、東京の都市更新政策を概説し、都心商業業務中心地における都市更新政策のスキームを導出した。東京は特定地区を中心に規制緩和を行った従来の都市更新政策から、経済的論理に従って市街地更新を促進するため規制緩和政策を拡大してきた。東京の都市更新政策は地区レベルの都市更新政策と国からの都市更新政策が各自の手法を持ち、直接規制緩和型の都市更新政策をもって個別市街地更新を誘導している。しかし、それらの個別更新を総合的な観点からコントロールするための更新戦略が欠如しており、市街地更新による都市空間の質の向上より、市街地更新の量的増加を齎している。現在の都市更新政策スキームの特徴は、大きく3つに整理できる。まずは、国による規制緩和型の都市更新政策から最近の地区レベルでの街並み誘導型都市更新政策まで、いずれも民間の個別更新を誘導し、公共空間や道路など都市基盤を漸進的に整備していくことを前提としていることである。具体的に市街地更新を誘導するため、民間事業者が市街地更新を展開しやすい方向に建築形態規制緩和など各種都市更新政策を導入してきている。

 第二に、住民参加のプロセスを通じて共通の市街地像を整備し、漸進的な市街地更新を図ることを目的として導入された地区レベルの都市更新政策へも規制緩和型が増加している。地区レベルの都市更新政策は、地方分権化の中で地域の特性を反映し、市街地更新を誘導しながら良好な環境を保存又は整備を誘導するため、自治体において重要な都市更新政策手法である。しかし、最近は規制緩和型地区計画の手法が増えるなど、結果的に規制緩和の範囲が拡大されている。最後に、国と地区レベルの都市更新政策の中で、東京都は個別更新を誘導する更新戦略を明示することが求められている。しかし、東京のマスタープランには市街地更新をすべき地区の位置等は記述されているものの、具体的な整備方向等は個々の市街地更新に委ねられている。東京都の定める各種のマスタープラン的なものは、都心部の更新戦略としても不十分であり、また整備手法や個別更新を誘導するためのガイドラインとしての制度的な位置づけもない。各区や各地域の更新に関わる住民・地権者、開発事業者の参加で、欠如している都市戦略を明示し、また各種整備手法がそれをもとに展開し得るような制度的体系を明確にする必要もある。

 第5章では、第4章で明らかになった規制緩和型都市更新政策の拡大による市街地更新の実態を個別の地区を中心に考察を行った。特に、江戸時代に城下町として武家屋敷が並ぶ山の手と町人地が立地した下町という2つの性格が異なる形成背景から、地区によって現在の土地利用状況や都市構造の問題が異なる。敷地狭小、道路基盤弱体という都市構造の問題を解決するため、個別更新に伴う公共空間の確保を誘導してきたことが特徴である。本章ではその政策スキームと市街地更新の実態へ着目し、市街地形成の特徴から山の手地区の丸の内、六本木地区と下町の神田、日本橋の4地区を抽出、市街地更新の実態を分析した。まず、東京の都心部における市街地更新手法の選択は、民間事業者に委ねられている。民間事業者は江戸時代の土地利用及び戦災復興再開発による都市基盤構造の差による当該地区の基盤状況や敷地規模を考慮し、個別更新による事業採算性が確保可能な手法を選択している。基本的には、市街地再開発事業などの事業手法、総合設計や特定街区のようなインセンティブゾーニング、地区計画など地区の個別更新を促進するため、法定再開発事業以外に各種要綱事業や手法が導入されてきた。第二に、東京の都市更新政策スキームでは民間の個別更新を誘導し、公共空間や道路など都市基盤を漸進的に整備していくことを前提としているため、民間事業者が市街地更新を展開しやすい方向に建築形態規制緩和など各種都市更新政策を導入してきた。最後に東京都の更新戦略の欠如から、都心部の中でも区などの自治体によって、都市更新政策の適用、誘導が異なり、市街地更新の状況や内容も異なる。全体として個別更新の数は増えてきているが、それらの個別更新を都市空間質の向上へ結びつけるためのマスタープランの整備が至急な課題である。

【本論文の結論】

 結章では、以上までの考察を踏まえ、ソウルと東京の都市更新政策及び市街地更新の実態を比較・分析し、アジア大都市として共通にもっている街路基盤弱体・敷地狭小をもつ伝統的な都市空間における市街地更新のコントロールへの方向性を提示することを試みた。そして、アジア型都市構造の問題点を解決するための、ソウルと東京の取り組みの特徴と課題を整理した。アジアの大都市は、欧米に比べ道路や公園などの基盤整備水準が低く、敷地規模も小さいことから、敷地統合型の市街地更新を通じて公共空間を確保することが重要な都市更新政策の課題であった。そのため、東京は建築基準法など関連法律を改正し、既存の特定地区における規制緩和を拡大し、全面的な規制緩和による市街地更新の誘導を図った。ソウルも個別更新を促進するため、従来の一律的な都市更新政策から転換し、地区の特性を考慮し、小規模の改善型市街地更新や街並み誘導型の市街地更新を導入するなど、多様な市街地更新手法が整備されるようになった。しかし、現在のような個別の規制緩和による市街地更新の量的拡大は都心部の密度を高めるだけで、良好な都市空間の整備とは言い難い。現在のような規制緩和政策はすべての都心商業業務地を大小混合の無秩序な市街地の量産に過ぎない。総合的な観点から市街地の現状を明確に分析し、マスタープランに基づいて適切に個別更新を誘導することが今後の都市更新における課題である。特に、ソウルは個別更新の誘導をより実効性の高いものとする工夫が、東京は都心部全体の更新戦略が必要とされている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、一般に街路基盤が弱体で敷地が狭小という特徴を有するアジア大都市の中心商業業務地(いわゆる都心部)において、どのように近代的都心商業業務空間の成長需要を受け容れつつ再開発や市街地更新を進めるべきかを検討するため、代表的なアジア大都市であるソウルと東京を対象として、その都市更新政策の展開過程と更新実態を分析し、都市更新に関わる計画・規制・誘導・事業手法の制度的枠組(スキーム)の効果(パフォーマンス)と問題を評価することを目的としている。

 第1章では、都市更新政策に関する理論研究を行い、本論における分析の枠組みを提示している。本研究のテーマとなる都市更新政策では、都市計画の体系の中で、市街地更新の方向定め、市街地更新の主体、形態、手法等を定めるものとして、結果として適切な市街地の形成を誘導していくものとして定義している。

 第I部「ソウルの都市更新政策と都心商業業務地更新実態」の冒頭、第2章では、ソウルの都市更新政策を概説し、1990年代半ば以降のダウンタウン・プランを中心とする市街地更新スキームの導入とその内容を考察している。ソウルは2001年に初に行政計画として都心部管理基本計画が定められ、都心部全域における市街地更新を統合的な計画によってコントロールする仕組みが導入されている。現在、ソウルは2004年に策定された都心部発展計画をダウンタウン・プランとして、法定再開発事業、地区単位計画、個別更新という3つの手法により都心部全域の市街地更新を導く方式となっている。

 このスキームの特徴は、第一に、都心部の都市更新政策が従来の基盤整備を伴わない更新を規制する政策から、積極的に市街地更新誘導に方向転換したこと、第二に、都心商業業務地における総合的かつ具体的なマスタープランの整備、第三に、従来のスクラップ&ビルド型再開発中心の更新手法を「開発と保存の調和」という基本原則に即して多様化したこと、第四に、民間主導から公共主導の市街地更新へ転換である。

 第3章ではソウルの市街地更新の実態を手法別に分析している。ソウル市の都心部発展計画では、都心部全体を4地区に区分し、地区別の都市更新の方向と共に、都市環境整備事業、地区単位計画、修復型再開発、保全再開発などの具体的な適用手法を規定している。まず、都心部発展計画において都心部の高さ制限や容積率制限を厳しく規定した上で、都市環境整備事業区域ではこれらの規制を緩和し、容積率インセンティブ等を用いることを可能にしている。2004年の都市環境整備基本計画では既存計画の強直性を補完し、保全型再開発手法や修復型再開発手法などの多様な手法が導入された。一方、このような大規模開発を抑制しながら、街並み誘導型の市街地更新を図る手法として、地区単位計画がある。現在は、比較的良好な街並みを形成している地域や都心部の伝統的景観を有する地域を保全するため、地区レベルの詳細計画を定め、これに即して個別更新を誘導している。個別更新を促進するため、建ぺい率や敷地規模規制を緩和する一方、用途や高さ、開発規模に関しては厳しい規制をかけている。都心部発展計画では、容積率の緩和など規制緩和を行う際には地区単位計画の策定を前提とするなど、都心部全域に地区単位計画を拡大し、規制緩和による乱開発を予防する一方、計画的に市街地更新を誘導する方針となっている。その他の個別更新については、一定規模以上のもの(従来は11階、現在は16階)についてソウル市建築委員会の審議対象とし、個別のコントロールを行っている。都心部発展計画では、都市環境整備事業区域外の小規模個別更新における整備基準を設けた点が注目に値する。しかし、この都心部発展計画における基準は、市街地の実態に比べ、かなり緩い基準といえ、また行政計画であるため安定性に欠ける面が今後の課題と指摘している。

第II部「東京の都市更新政策と都心商業業務地更新実態」第4章では、東京の都市更新政策を概説し、都心商業業務中心地における都市更新政策のスキームを導出している。東京では、用途地域等による一般規制を堅持しつつ、計画的な再開発が行われる特定地区(あるいは大規模敷地)に限定して容積率インセンティブ等を与えるという80年代までの都市更新政策から、バブル経済崩壊後の経済安定化政策および都心居住促進政策を背景に、経済的論理に従った市街地更新を全面的に促進しようとする規制緩和政策に転換し、これを拡大してきた。東京では、規制緩和型の各種都市更新手法を通じて個別市街地更新を促進・誘導しているといえるが、こうした個別更新誘導施策を総合的・広域的な観点から計画的に運用するための戦略的計画が欠如しているため、市街地更新を通じた新規空間(床)の供給は促進されているものの、これが都市空間の質の向上をもたらしたといえるかは疑問である。現在の都市更新政策スキームの特徴は、大きく3つに整理できる。第一に、民間の個別更新を促進・誘導し、公共空間や道路など都市基盤を漸進的に整備する方式であること。第二に、地元地権者の参加プロセスを通じて地区レベルの計画を策定し、これに即した漸進的な市街地更新を図る方式であるが、都心商業業務地の場合、地権者(およびデベロッパー)の意向を反映し、規制緩和による高度利用促進型の計画が主流となっていること。第三に、東京都の再開発方針は個々の更新プロジェクト等の位置と概要のリストに過ぎないのが実態であり、その他のマスタープラン的な計画についは、大きなゾーン区分と抽象的な更新の方針が示されているだけであり、都心全体の更新戦略や将来空間像を示すものとはなっていない。また、こうした「方針的計画」と地域地区や地区計画等の法定都市計画運用との関係性も曖昧であること。こうした性質から、東京では、事業採算性の高い地区において、都市全体や周辺地域との関係性についての配慮を欠いたまま当該地区(ないし敷地)の「最大有効利用」を追求した更新が展開している。

 第5章では、典型地区として、市街地の基盤・敷地割りの性質に応じ、丸の内、六本木、神田、日本橋の4地区を選定し、市街地更新の実態を分析している。結果として、第一に、民間事業者は当該地区の基盤状況や敷地規模を考慮し、個別更新による事業採算性が確保可能な手法を選択していること。第二に、大規模跡地開発を除けば、更新を通じて都市基盤の抜本的改造がなされることはなく、公共空間の改善という観点からは、公開空地(特に歩道状公開空地)や地下鉄への接続改良等の限定的な(マージナルな)改善にとどまること。第三に、東京都レベルの更新戦略の欠如から、自治体によって、都市更新政策の適用、誘導方式が異なり、市街地更新の状況や内容も異なること。全体として個別更新は活発であるが、これら個別更新が集積した結果としての新たな市街地空間の質の向上、特に公共空間の拡充をどのように実現するかが課題であるとしている。

 結章では、以上の分析を踏まえ、アジア型都市構造の問題点を解決するためのソウルと東京の取り組みの特徴と課題を整理した上で、街路基盤弱体・敷地狭小な伝統的市街地空間を今日的な商業業務地へ更新する方式確立の課題を以下のように提示している。

 アジアの大都市は、欧米に比べ道路や公園などの基盤整備水準が低く、敷地規模も小さいことから、敷地統合型の市街地更新(再開発)を通じて公共空間の整備と敷地の整序を確保することが都市更新政策の課題であった。しかしながら、近年、面的再開発の実現困難性と、歴史的伝統的空間構成の育成の観点を背景に、東京では都心部の抜本的基盤整備の意図は薄れ、個別地区の高度利用促進を通じた地区内部および縁辺部の公共空間の改善に集中している現状である。ソウルも従来の面的基盤整備を前提とする画一的な都市更新政策から転換し、地区の特性を考慮し、小規模の改善型市街地更新や街並み誘導型の市街地更新を導入するなど、多様な市街地更新手法が整備されるようになった。このような面的基盤改変を伴わない、個別更新の集積による市街地更新方式は、機能的建築空間の量的拡大や、建物や敷地内空地の質的高度化を促進し、また街区・敷地割りの歴史的伝統的パターンを継承する点では評価できるが、高まった密度に対応する公共空間の量的・質的な拡充にはつながるとはいえない。個別更新の高度化が過度に進行した場合、公共空間との相対的関係が破綻する虞があり、そうなれば結局のところ地区全体を面的に再開発する必要性が生ずることになる。公共空間との対応関係や、広域的都市景観、地域相互の関係性などに配慮した総合的・広域的な都市更新戦略に基づいて個別地区の更新誘導方針と枠組みを設定することが必要である。

 このように本論文は、都市計画分野における今日的な課題に対し、重要かつ有用な知見を明らかにしたものといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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