学位論文要旨



No 121827
著者(漢字) 黄,明九
著者(英字) HWANG,MYOUNG GOO
著者(カナ) ホァン,ミョングー
標題(和) 銀及び銅を用いた水中のLegionella pneumophilaとPseudomonas aeruginosaの不活化
標題(洋) Inactivation of Legionella pneumophila and Pseudomonas aeruginosa in Water by Using Silver and Copper
報告番号 121827
報告番号 甲21827
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6357号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 国包,章一
 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 講師 片山,浩之
 国立感染症研究所 寄生動物部長 遠藤,卓郎
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、肺病の原因となる水系病原細菌であるLegionella pneumophilaおよびPseudomonas aeruginosaを対象とし、人工水道水における増殖特性、原生動物と共存した場合の細胞内増殖特性、消毒剤としての銀と銅の消毒効果とメカニズムの定量的分析、原生動物の存在が消毒にあたえる影響の評価を目的としている。

 本論文は9章から構成されており、第1章では研究の動機と目的ならびに研究の流れを示した。第2章では本研究に関する既存の研究をまとめた。第3章では研究に用いた微生物の種類と培養法や試料採取時期と準備方法、分析方法等を説明した。第4章から第8章では本研究の実験結果と解析を示し、第9章では本研究から明らかになった結論を整理した。

 第1章と第2章は本研究の背景である。人間が利用する水の中に病原微生物が存在すると、水系感染症に罹患する危険が生じる。水の消毒法としては、塩素消毒に加え、紫外線処理やオゾン処理、膜処理、他の消毒剤開発等の代替手法が研究されている。その中で、最近、銀と銅の消毒特性についての研究が活発に行われている。特にグラム陰性L.pneumophilaは「呼吸を通じて身体へ感染して肺炎の原因となる」と知られている危険な微生物である。生理学的観点でL.pneumophilaは、環境ストレスに対してVBNC(viable but non cultivable、生命力は有るが増殖は出来ない)と言う状態に入る特性が報告されている。VBNC状態にいるL.pneumophilaは、増殖に適する環境条件(栄養分,ミネラル,pHなど)になると再活性化(resuscitation、または再増殖すること)する特性があり、特にAcanthamoeba polyphageなどの原生動物に寄生するとその細胞中で再活性化することが報告されている。さらに、原生動物の細胞内で再活性化したL.pneumophilaは、浮遊状態(planktonic state)より消毒剤に高い耐性を示すことが報告されている。

 本論文では、銀(Ag+)と銅(Cu(++))を消毒剤とし人工水道水(synthetic drinking water, SDW)(pH7.0,25℃)に注入して、消毒剤によるLegionella pneumophilaの不活化特性をPseudomonas aeruginosaおよびEscherichia coliの結果と比較しながら明らかにした。また、3種類の細菌がAcanthamoeba polyphage細胞と共存した場合の特性を調べ、アメーバに寄生した時(amoeba state)の消毒剤に対する感受性と浮遊状態(planktonic state)での感受性とを比較した。なお、細菌の不活化特性をモニタリングするためにフローサイトメーター(flow cytometer,FCM)の適用可能性を検討した。

 以下に、第4章から第8章までの各章で行った研究の内容と、その結果をまとめる。

 第4章は、微生物の特性モニタリングするためのフローサイトメーター(flow cytometer,FCM)の適用可能性についての検討である。細菌のAg+とCu(++)に対する生存特性と細菌数は、SYTO-9とpropidium iodide(PI)の2種類の核酸染色プローブの細胞膜浸透性を利用して区別でき、FCMを用いて生存微生物数を測定することが可能であることを示した。特に、VBNC状態にあるL.pneumophilaはコロニー(colony)計数法で検出できなかったが、FCMを用いた場合は検出されるという現象を明らかにした。

 第5章は、Ag+とCu(++)に対する浮遊状態(planktonic state)の細菌の生存特性の評価である。3種類の細菌は、銀(0.1mgAg/L)と銅(1.0mgCu/L)の8時間の接触により、初期濃度1.0×107cells/mlの菌数から検出限界以下まで不活化されることが観察された。Ag+とCu(++)の消毒能力を評価するため、接触時間(T)と菌体あたり蓄積している金属量Cs値の積(Cs×T値)と菌の生残率(LogNt/No)の関係に着目して結果を整理した。検出限界以下となるような不活化(7.2 log reduction)に必要なCs×T(7.2)値は、Ag+に対してそれぞれ10.38×10(-6)(L.pneumophila),3.12×10(-6)(P.aeruginosa)、2.04×10(-6)μgAg/cell×hr(E.Coli)と算出された。Cu(++)に対しては、それぞれ64.34×10(-6)(L.pneumophila),2.30×10(-6)(P.aeruginosa)、1.45×10(-6)μgCu/cell×hr(E.Coli)と算出された。これらの結果から、L.pneumophilaが他の微生物よりAg+とCu(++)に対して耐性が高いことが明らかになった。

 第6章と第7章は、栄養分が制限された環境(消毒剤は含まず)においてVBNC状態に入る細菌の生理学的特性と、A.polyphage細胞中での再活性化(resuscitation)特性の調査である。VBNC状態の菌数はSYTO-9とPIを適用したFCM分析で計測し、増殖可能状態の菌数はコロニ計数法(CFU counting)を用いて計測し、両者を比較した。P.aeruginosaの場合は、SDW環境でも5.5×104から1.7×106CFU/mlに細菌数が増えたが、L.pneumophilaの場合、細菌を注入してからすぐに増殖可能状態の菌数は減少し、30日後にはコロニ計数法では不検出となった。しかし、増殖可能状態の菌数とは異なり、FCMによるVBNC状態の菌数は190日の培養期間において一定に維持された。

 VBNC状態に入っていたL.pneumophilaは、A.polyphageと共存するとアメーバの細胞中で増殖可能性を回復し(再活性化)、SDW環境でもアメーバ細胞内では増殖(intracellular multiplication)することが明らかになった。VBNC状態に入っていてコロニ計数法では検出限界以下であったL.pneumophilaは、7日間でアメーバ細胞内において1.7×107CFU/mlまで増殖した。この実験結果と類似の結果がP.aeruginosaの実験でも見られたが、E.coliの場合は、A.polyphageと共存すると細菌数が減少した。

 第8章は、L.pneumophilaとP.aeruginosaがA.polyphageの細胞内に存在する状態(amoeba state)と浮遊状態(planktonic state)における、Ag+(0.1mgAg/L)、Cu(++)(1.0mgCu/L)とAg+とCu(++)混合による消毒特性を比較研究した。消毒剤を注入してから1時間以内で、浮遊状態のL.pneumophilaとP.aeruginosaは、初期濃度(約2×107CFU/ml)から24時間以内で検出限界以下まで不活化されたが、アメーバ細胞内に存在する細菌数は、消毒剤注入から7日後にも5.6×101CFU/ml以上生残していることが観察された。注入した消毒剤を分画して定量した結果、約30〜40%が残留消毒剤として水中に残り、約40〜50%のAg+とCu(++)はアメーバ細胞に蓄積し、約20%が浮遊状態の細菌に蓄積し、約0.2〜0.5%のAg+とC(++)がアメーバ細胞内の細菌に蓄積していることが明らかとなった。第5章で観察されたCs×T(7.2)値と、本章での浮遊状態の菌およびアメーバ細胞内に存在している菌のCs×T値の比較を行った。接触開始から1日後の浮遊状態のCs×T値はCs×T(7.2)値より大きく、検出限界以下まで不活化された。Ag+とCu(++)個別に加えた場合について、アメーバ細胞内に存在する細菌については7日後のCs×T値はCs×T(7.2)値以下であり、生残していた。Ag+とCu(++)の両方を加えた場合について、細胞内に存在する細菌の7日後のCs×T値はAg+とCu(++)の両方を加えた場合のCs×T(7.2)値より大きく、検出限界以下まで不活化された。この結果から、水中のみならずアメーバに寄生している状態の細菌についても、Cs×T値を用いることによりAg+とCu(++)による不活化特性を説明できることを示した。L.pneumophilaとP.aeruginosaの生存と増殖特性に対するアメーバの役割は、細菌の増殖の場を提供するだけでなく、消毒剤や環境ストレスを緩和する保護膜としても作用することが明らかになった。

 第9章は、本研究の結果から得た結論の取りまとめである。水中に存在する微生物をモニタリングするためのフローサイトメーター(FCM)の適用は、コロニー係数法より迅速で正確な結果を出すことが明らかになった。消毒剤としてのAg+とCu(++)は、浮遊微生物だけでなく原生動物の細胞内に寄生している微生物の不活化にも高い効果を示した。微生物に蓄積しているCsとCs×T値を通じて、消毒メカニズムや消毒に対するアメーバの役割等を定量的に解析することが出来た。L.pneumophilaは、P.aeruginosaやE.coliよりAg+とCu(++)に対する耐性が高いことが分かった。また、L.pneumophilaは、栄養分が少ない水道水等の環境に適応して、VBNC状態に入って生命力を維持することが明らかになった。さらに、A.polyphageに寄生すると、アメーバの細胞内で再活性化して増殖することが明らかになった。同時に、消毒剤に対する耐性も浮遊状態より非常に高くなることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、Inactivation of Legionella pneumophila and Pseudomonas aeruginosa in Water by Using Silver and Copper(銀及び銅を用いた水中のLegionella pneumophilaとPseudomonas aeruginosaの不活化)と題し、水系病原細菌を対象とし、人工水道水条件下における銀と銅の消毒効果とそのメカニズムの定量的分析、ならびに原生動物の存在が消毒にあたえる影響について研究したものである。9章で構成されている。

 第1章では、水系病原微生物であるL. pneumophilaを対象として銀と銅の消毒特性について研究する必要性とその目的、ならびに研究の流れを示している。

 第2章では、本研究で取り扱う微生物(L. pneumophila, P. aeruginosaおよびAcanthamoeba polyphage)についての概論と、これらの微生物のVBNC(生命力はあるが増殖は出来ない)という状態に関する既存の知見をまとめている。また、銀と銅を用いた消毒に関する既存の研究についてもとりまとめている。

 第3章では、本研究において用いた微生物の準備方法ならびに培養法による増殖可能状態の菌数の計測法、フローサイトメーター(FCM)を用いた生存微生物(VBNCを含む)の計測法を示している。また、銀(Ag+)および銅(Cu(++))の定量法を示し、特に、菌体あたりの蓄積量(Cs値)の測定方法について説明している。

 第4章では、細菌の不活化特性をモニタリングするためにフローサイトメーター(FCM)を適用する妥当性を検討している。細菌のAg+とCu(++)に対する生存特性と細菌数は、SYTO-9とpropidium iodide (PI)の2種類の核酸染色プローブの細胞膜浸透性を利用して区別でき、FCMを用いて生存微生物数を測定することが可能であるとしている。

 第5章では、Ag+およびCu(++)に対する浮遊状態の細菌の生存特性を評価している。Ag+とCu(++)の消毒能力を評価するため、接触時間(T)とCs値との積(Cs×T値)に対する菌の生残率(LogNt/No)の関係を調べ、Cs×T値が解析に有効であることを示している。L. pneumophila、P. aeruginosa、および、E. coliに対して、検出限界以下となるような不活化(7.2 log reduction)に必要なAg+ およびCu(++)のCs×T(7.2)値をそれぞれ求め、L. pneumophilaが他の微生物よりAg+およびCu(++)に対して耐性が高いことを明らかにしている。

 第6章では、VBNC状態に入る細菌の生理学的特性と、そのA. polyphage細胞中での再活性化特性の解析である。P. aeruginosaは人工水道水中で増殖したが、 L. pneumophilaは増殖可能状態の菌数は減少したものの、VBNC状態の菌数は190日の培養期間において一定に維持された。VBNC状態に入っていたL. pneumophilaは、A. polyphageに寄生するとアメーバの細胞中で増殖可能性を回復することを示し、7日間でアメーバ細胞内において1.7×107CFU/mlまで増殖した例を示している。

 第7章では、A. polyphageの特性を調べている。A. polyphageにE. coliを加えるとその菌体を利用してアメーバは増殖することを確認している。一方、L. pneumophilaとP. aeruginosaはアメーバ細胞に寄生して増殖する能力のある細菌であるため、これらを加えるとA. polyphageの数が減少することを観察している。

 第8章では、L. pneumophilaとP. aeruginosaがA. polyphageの細胞内に存在する状態における、Ag+(0.1mgAg/L)、Cu(++)(1.0mgCu/L)、およびAg+とCu(++)混合による消毒特性を研究している。アメーバ細胞内に存在する細菌数は、消毒剤注入から7日後にも生残していることを示している。第5章で得られた浮遊状態の細菌に対するCs×T(7.2)値と、本章での浮遊状態の菌およびアメーバの細胞内に存在している菌のCs×T値の比較を行ない、Ag+とCu(++)を個別に加えた場合については、アメーバ細胞内に存在する細菌に関して7日後のCs×T値はCs×T(7.2)値以下であり、両細菌とも生残していたことを示している。Ag+とCu(++)混合の場合について、細胞内に存在する細菌の7日後のCs×T値はAg+とCu(++)混合の場合のCs×T(7.2)値より大きく、検出限界以下まで不活化されたとしている。この結果から、水中のみならずアメーバに寄生している状態の細菌についても、Cs×T値がAg+とCu(++)による不活化特性を説明する有効な指標となりうることを示している。

 第9章は総括であり、本論文の成果を取りまとめて示してある。

 以上のように、本論文は、水道水の処理技術ならびに配水水質管理の高度化のために、L. pneumophilaとP. aeruginosaに対する銀および銅の消毒効果、および、その効果に対するA. polyphageの存在の影響を明らかにした研究であり、都市環境工学の学術分野に大いに貢献する成果である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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